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腹黒次期宰相フェリクス・シュミットはほんわか令嬢の策に嵌まる  作者: 阿井りいあ
二人は婚約者編

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10 フェリクスの牽制


 王城の通路をフェリクスは足早に進む。

 お茶会はだいぶ前に終え、片付けも終わっていると聞いていたため城門から会場までの道を逆から辿っているところだ。


(メアリは今どこにいる? 経過時間から計算して、そろそろ城門近くにいるのではないかと思ったのだが)


 お茶会の会場まで戻ってきたが、メアリを見つけるどころか彼女を見たという者にすら出会わない。

 フェリクスの胸の内に不安が膨らみ始めたが、軽く息を吐き出して冷静さを保つ。


(王女殿下たちに連れまわされているかもしれない。ああ、その可能性が高いな)


 天真爛漫な二人の王女なら、王宮の方にまで連れ歩いていてもおかしくはない。

 彼女たちは貴族界において中立を保ってはいるものの、若さゆえに気に入った相手をとことん構い倒すところがある。


 フェリクスもアルフォンスに仕えるようになった頃、半ば無理矢理お茶会に参加させられたことがあった。

 あの時の場違いさと居た堪れなさはいまだに忘れられない。


 そんな過去はさておき、もしも王宮の方へと連れていかれたのなら探しようがなくなってしまう。

 王城内を自由に歩けるフェリクスといえど、王族の居住区たる王宮はおいそれと立ち入れる場所ではないのだ。


(聞いて回るしかない、か)


 フェリクスは小さくため息を吐くと、所々に配置されている騎士たちに聞き込みをしながら王宮までの道を辿っていくことにした。

 そうして歩き始めてすぐ、意外にも早くメアリの目撃情報を得ることができた。


 ただ、その場所が問題である。

 王宮とは真逆の、騎士団の訓練場方面だったからだ。


 自然とフェリクスの歩く速度があがるのは、騎士などメアリに最も近付けたくない人種だからだろう。


(特に今の時間は訓練を終えて興奮状態の騎士たちがうろついている。急がなくては)


 訓練場が近づくと、フェリクスはすぐさま人だかりに気付いた。

 騎士たちが誰かを囲むように立っており、楽しげな雰囲気が漂っている。


 体格のいい騎士たちが多くいるため誰を囲んでいるのかまでは見えないが、このような状況など滅多にないため簡単に予想はつく。


 フェリクスはつかつかとその集団に歩み寄ると、一度息を吐ききってから笑みを浮かべた。


「皆さん、そこで何をしているのですか?」


 特段大きいわけでもないが、やけによく通るフェリクスの声。

 騎士たちは声の主がすぐにわかったのか、一斉にバッと振り返ると姿勢を正した。


「あら、フェリクス。お仕事は終えましたの?」

「イェルカ王女殿下。なぜこちらにいらっしゃるのですか……」


 メアリがここにいるなら王女たちもいる可能性はあったが、普段は寄り付きもしない騎士団の訓練場付近にいるはずがないとも思っていたフェリクスは思わず脱力する。


 イェルカの背後にはウルスラの他に、困ったように微笑むメアリ。

 クラウディアの姿は見えないので訓練場に来るのを遠慮したのだろうことが予想される。


(やはり王女たちに振り回されていたようだ。まったく、天真爛漫は王族の血筋なのか?)


 フェリクスは頭痛を耐えるように額に手を当てた。

 一方、問われたイェルカは両手の指先を合わせて楽しそうに口を開く。


「さきほどメアリから、騎士団の訓練を見学したお話を聞かせてもらいましたの。だからぜひ見てみたくって」

「でも、訓練はすでに終えた後でした。一度も見たことがないから残念です。ね、イェルカお姉様」

「本当に。ですからせめて訓練を終えた騎士たちにお話を聞こうと思って。皆さん、親切に教えてくださいましたわ!」

「誰も止めなかったのですか……」


 興奮気味な王女たちを前に、フェリクスはため息を吐きたいのをグッと堪えて周囲にいるメイドや護衛たちに目を向けた。

 それぞれが申し訳ございませんと言わんばかりに疲れた顔で頭を下げている。

 その様子に、彼らも一応は止めようと試みたのだろうとフェリクスは察した。


「イェルカ殿下、ウルスラ殿下。この件についてはアルフォンス殿下及び陛下にもご報告させていただきますからね」

「えぇっ!? お兄様はともかく、お父様にまで!?」

「おや、後ろめたいことがないのなら報告しても問題ないでしょう? 当然、陛下に許可を得て王宮を出てここまで来ているのだとばかり思っていましたが」

「フェリクスったら意地悪です! こういう時は見逃すのが紳士ですよっ」

「ええ、紳士として大変心苦しくはありますが、立場上黙っているわけにもいかないのですよ。ご理解ください」


 フェリクスは王女たちに臆することなくいつもの笑みを浮かべて淡々と告げる。

 アルフォンスへの対応と同様に、彼女たちへの対応にも慣れたものだ。


 背後で悔しそうに頬を膨らませる王女二人から視線を逸らし、フェリクスはようやくメアリに向き直る。

 申し訳なさそうな顔で見上げてくるメアリに心を揺さぶられながらも、フェリクスは手を差し出して穏やかに告げた。


「メアリ。僕も今日は仕事を終えましたので、一緒に屋敷へ帰りましょう。王女殿下方はこの後、陛下から大切なお話があるようですし」

「酷いですわ! 裏切者ですわっ!」

「フェリクスーっ、覚えておきなさいっ! うわーん、お姉様! 叱られてしまいますぅ!」

「なんとでもおっしゃってください。貴方たち、王女殿下方を頼みましたよ」

「はっ!」


 メアリの手を取り、イェルカとウルスラの文句を聞き流しながらフェリクスは王女付きの護衛たちに指示を出す。

 護衛たちはもちろん、メイドたちもホッと安心したように頭を下げていたことから彼らもほとほと困り果てていたのだろう。


 フェリクスはひと仕事を終えたとばかりに肩の力を抜くと、まだ文句を言い続ける王女たちに向き直った。


「では、僕たちは失礼いたします」

「あ、あの。イェルカ様、ウルスラ様。今日はありがとうございました」

「こちらこそですわ、メアリ。また一緒にお喋りいたしましょうね」

「絶対よ? メアリちゃん!」

「はい、ぜひ」


 どうやらメアリは王女たちにかなり気に入られたらしい。

 フェリクスへの態度とずいぶん違うが、立場上どうしても小言が多くなってしまうので毛嫌いされるのは仕方のないことだ。


「それと騎士様方。お疲れのところ、色々とお話を聞かせてくださってありがとうございました」


 少し考えごとをしている間に、律儀なメアリは騎士たちにもお礼を告げていた。

 ふわりと微笑むメアリの愛らしい姿は守ってあげたい雰囲気を醸し出しており、騎士たちの頬を赤く染める。


(やはりメアリは騎士たちの好みに合うようだ)


 苛立ったフェリクスはほぼ無意識にメアリの肩をグイッと引き寄せた。

 その際、少し力が強くなってしまったことに自分で驚く。


 嫉妬心。独占欲。


 子どもじみた感情に飲み込まれそうになった時、不思議そうに見上げてくるメアリと目が合う。


 おかげでフェリクスはやっと冷静になれた。


「……メアリが魅力的なのは仕方がありませんが。騎士の皆さん、彼女は僕の婚約者であることをお忘れなきよう」


 にこりといつもの笑みを浮かべたフェリクスはそれだけを言い捨て、メアリの肩を抱いたままその場を立ち去った。


「……意外と狭量な方でしたのね、フェリクスったら」

「作戦はうまくいったということですよね、イェルカお姉様。この勢いでフェリクスが嫉妬心にかられてメアリちゃんに愛を囁いてくれたらいいのですけれど」

「そうね、ウルスラ。うふふ、楽しいわね! 早速お部屋に戻って次の作戦を考えましょう。私たちであの初心なお二人の背中をいっぱい押しますわよ!」

「はい! イェルカお姉様!」


 フェリクスとメアリの知らぬところで、王女たちは燃えている。

 国王である父からの説教が待っていることなどもう忘れているようだった。


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