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5  フェリクスの余裕


 夕食の席で、フェリクスは常に穏やかな笑みを顔に貼り付けていた。


 ただそれはフェリクスだけではない。

 ユーナ夫人やナディネ、そしてメアリも同じ。


 ただ一人、フランカだけが険しい表情を保っていた。


 そのことに誰も意識を向けないノリス家の女性たちを、フェリクスは薄気味悪く思う。

 窘めるでも、妙な空気になるでもなく、それが当たり前のことのように受け入れているのが不気味なのだ。


(なるほど。恐らくフランカ嬢はこの結婚に乗り気ではないのだろうな。大方、僕に嫌われようとしている、といったところか。涙ぐましいね)


 人の顔色を窺いながら常に最適解を導いてきた彼にとって、彼女たちの思惑など手に取るようにわかる。

 それが透けて見える者は、フェリクスの地雷であった。


 だが今更フェリクスは自分が嫌われようと気にしない。

 別に自分だって彼女たちから好かれようと思っているわけではないのだから。


 いや、できれば今後ずっと共に過ごす相手になるのだから、互いに嫌な思いをしない程度の関係は築きたいとは思うのだが。


 最初から前途多難である。

 しかしどうせ三人の中の誰かを選ばなくてはならないのだ。


 そこまでわかりやすく嫌だと主張するのなら、次女のナディネを選んでやったって別に良かった。


(ただ、あまりにも態度が悪いのなら……素直に策に乗ってやるのも、な)


 フランカの嫌われようとする態度は、どうやらフェリクスの嗜虐心をくすぐってしまったようだ。

 その際、フェリクスが本当に僅かに口角を上げたのを、メアリだけが見ていたことには誰も気付かなかった。


 夕食の時間は、他愛もない談笑を挟みながら穏やかに過ぎていく。


 フェリクスはどこまでも好青年で、ノリスの持つ領地がいかに豊かであるかを語り、名産品であるワインのことを語る。

 さらに彼女たちの父親であるディルクの王都での活躍など、話題に暇がない。


 すでにユーナ夫人は完全にフェリクスへ好印象を抱いているようだった。

 だが、一方で婚約を回避したいのであろうフランカは、意地になって粗を探しているように見えた。


 手に取るようにわかる彼女の姿に、フェリクスのフランカへの評価は下がっていく。

 彼女の目論見はある意味で成功していると言えるのだが、好き嫌いで選んでなどいられないという、半ば悟りの境地に達しているフェリクスには無駄なことであった。


「食事も残すところは食後のデザートだけですわ。そろそろわたくしは席を外します。ただし、あまり遅い時間まで話に花を咲かせないでくださいませね」

「ははは、もちろん心得ていますよ。お嬢様たちに夜更かしをさせるわけにはいきませんからね」


 そうして夫人が食卓を後にし、テーブルにデザートが並べられたところで、フェリクスは自分から三人の娘たちに話を切り出すことにした。


「急な話で驚かれたでしょうね。貴女方には本当に申し訳ないと思っているのです。面識もない男が滞在することになって……さぞや不安でしょう」


 思ってもないことを口にしたフェリクスであったが、素直そうなナディネは真に受けたようだ。

 あまりにも申し訳なさそうに眉尻を下げる彼を見て、大いに慌て始めた。


「そ、そんなことはありませんよ! フェリクス様の方こそ、初めて来る屋敷に滞在しなければならないのはストレスになるでしょう? お互い、言いっこなしです!」

「そう言ってもらえると、いくらか心が軽くなりますね。ありがとうございます、ナディネ嬢」

「い、いえ……」


 笑顔で答えたフェリクスを見て、ナディネがなぜか引きつった笑みを見せた。


(……なるほど。彼女たちの意図がわかってきたな)


 恐らく彼女たちの間で、フェリクスの婚約者にはこのナディネを選んでもらいたいのだろう。

 しかし、当のナディネは彼に興味があるわけではない、といったところか。


(これまで、女性には好意ばかりを向けられてきたが……ノリス姉妹はそういうわけではないらしい。新鮮だな)


 言い寄られることがほとんどだったフェリクスにとって、彼女たちの反応は珍しい。

 そのせいか、好意的な態度を取られないということが、フェリクスの好感度を少しだけ高めていた。


 一方、妹の姿を見て思うところがあったのか、なんとも言えない雰囲気に耐えかねたのか、今度はフランカが焦ったように口を開いた。


「フェリクス様。ハッキリと申し上げておきますわ。きっと貴方様は、ご自分が選ぶ側だと思って余裕ぶっているのでしょうけれど、こちらにだって選ぶ権利はありますからね」


 やや喧嘩腰にそう告げたフランカに対し、彼女の態度を予想していたフェリクスはどこまでも冷静だった。

 穏やかに、それでいて少し困ったように微笑みながら言葉を返す。


「ええ、それは当然のことでしょうね。僕がどなたを選んだとしても、断られてしまっては仕方ありません」


 余裕な態度が何かしら気に食わなかったのだろう、フランカの怒りに火がついたようだ。

 彼女の沸点は低いらしい。


「仕方ない、では済まないことくらいわかるでしょう? 陛下の命なのですからっ」

「そうですね、とても困ったことになります」

「~~~っ! もういいわ! 貴方、何も考えていないのねっ!」


 フランカはまだまだ未熟だ。半分以上が完全に素であるように思えた。

 ユーナ夫人のように俯瞰した目で物事を見極め、感情的にならないような女性になるにはもう少し時間がかかりそうだ。


 その点、フェリクスはすでに出来上がっていた。

 相変わらず涼やかな顔でフランカの言葉を受け止めている。


「そんなことはありませんよ。せっかく一カ月あるのです。短い期間ではありますが、僕は貴女方に少しでも歩み寄る努力をしたいと思っていますよ」


 胸に手を当てて真摯な態度を見せるフェリクスに、フランカも一瞬だけたじろぐ。


 フェリクスは、ノリス姉妹にとっても素晴らしい婚約者候補ではあるのだ。

 見目麗しいフェリクスを素直に素敵だと思える心もあるのだろう、フランカの頬は赤くなっていた。


(僕と……いや、誰とも婚約したくない理由は、なんなのだろうな?)


 訳あり姉妹。

 初日のわずかなやり取りだけで、そのことがよくわかるというものだ。


「まだ出会って一日も経っていません。ですがもし僕が貴女を選んだ時は、許しを得られるよう努力はいたしますよ」


 そう言ってフェリクスが笑みを向けると、フランカはさらに赤面した。

 それが、好ましいと思っている、いないとは関係のないことだということくらい、フェリクスにもわかっている。


 これこそが、己の容姿を利用したいつもの手口なのだから。


 相手を赤面させ、正常な思考を崩し、自分のペースに持っていく。

 フェリクスとは、そういう男なのだ。


(フランカ嬢、ね。いくら素晴らしい頭脳を持っていても、勝手に人を決め付けて、優位を保とうと喚き散らすような頭の悪さはいただけないな)


 好青年の内面はなかなかにどす黒い。

 頭脳明晰であることが、フェリクスの好む賢さに繋がるわけではないようだ。


「ふ、ふんっ、精々頑張るといいわ。誰を選ぶかは勝手だけれど、私のことはそう簡単に落とせないわよ」

「おや、お手柔らかに頼みます」


 腕を組んでそっぽ向くフランカだったが、フェリクスは確信した。


 彼女のことを落とすのは、おそらく簡単だろうと。



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