4 メアリと姉妹殿下
(なにがどうしてこうなったのかしら?)
メアリは内心で冷や汗を流しながら、ニコニコ微笑みつつそう思っていた。
というのもメアリは現在、王宮内にある王女様たち専用の庭に立っているからだ。
(フェリクス様が仕事をしている姿を見に王城へ来ただけだったのに……!)
綺麗なバラが咲き誇る庭では、どうやらこれから小さなお茶会が始まるらしい。
とはいえ、今のメアリには白いテーブルに並べられたスコーンやジャム、紅茶を前にして心躍る余裕などない。
「飛び入りのお客様だなんて嬉しいわ! お兄様もたまには役に立ちますわね」
「本当に。誘ってもぜーんぜんお茶会に来てくれないお兄様のこと、少しだけ好きになったかも」
「それはそれは。愛しいプリンセスたちに喜んでもらえるとは光栄だよ。メアリ嬢を連れてきた甲斐があったな」
この国の第一、第二王女と王太子を前に緊張するなという方が無理というものだ。
いくら度胸があるといっても、メアリは田舎の領地から出てきたばかりの伯爵令嬢なのだから。
王太子アルフォンスからの頼まれごととは、彼の妹である王女二人のお茶の相手をしてほしいというものだった。
「お兄様もご一緒にいかが?」
「参加したいのは山々なんだけどね、まだ仕事が残っているから」
「んもう、いつもそればっかり!」
王女二人はアルフォンスの腕を両側からグイグイ引っ張りながら頬を膨らませている。
随分と仲の良い兄妹なのだな、と思うとメアリの緊張も少しだけ解れる気がした。
妹王女たちの手から逃れ、あっという間にその場から去ってしまった王太子を見送ったところで、メアリは勇気を出して王女二人に挨拶を試みた。
「王女殿下。急なことだというのに素敵なお茶会にご一緒させていただき、誠にありがとうございます」
メアリの挨拶を聞いて、名残惜しそうにアルフォンスを見つめていた二人の王女が振り返る。
それから姉妹は互いに一度顔を見合わせると、にっこりと微笑んで言葉を返した。
「ふふ、こちらこそ突然の声かけでしたでしょうに、来てくれて嬉しいですわ。それと、私のことはどうかイェルカとお呼びになって。せっかく同じ歳なのですもの。仲良くしたいですわ」
「あっ、私もです! メアリさん、私もウルスラと呼んでくださいな!」
イェルカはメアリと同じ十八歳、ウルスラは二歳年下の十六歳だ。
だが、二人は背丈も同じくらいで髪と目の色も同じ銀髪に緑。
髪質が少し違うくらいでパッと見ただけでは間違えてしまいそうなほどそっくりだった。
「光栄です。その……イェルカ様、ウルスラ様」
メアリがおずおずと二人の王女を名前で呼ぶと、王女たちはとても満足そうに笑った。
それからすぐにイェルカが手を引いて席まで誘ってくれたのだが、まさか王女が自ら案内してくれるとは思っていなかったメアリは、目を白黒させることしかできなかった。
「メアリさん。私はね、歳の近いご令嬢とは出来るだけ交流を深めるようにしていますの。せっかくなら誰とでも良い関係を築きたいでしょう?」
イェルカは緑の猫目をキランと光らせて告げる。
どこかの派閥に肩入れする気はなく、中立を貫くと言っているのだとすぐに理解したメアリは、先に釘を刺すイェルカの賢い対応に感心してしまう。
「なかなかできることではありませんよね。イェルカ様が率先してそう立ち回ってくださることで、助かる者も多そうです」
メアリの反応を見たイェルカは、目をぱちくりとさせている。
それからすぐ楽しそうに目元を緩ませると「さぁ、お座りになって」と半ば強制的にメアリを椅子に座らせた。
「ふふっ、誰かと特別仲良くするという気はなかったのですけれど。メアリさんはフェリクス様の婚約者ですもの。親しくしても問題ないと思いませんこと?」
「え、えっと」
椅子に座ったメアリの顔を覗き込みながら告げるイェルカのサラリとした銀髪が視界に入る。
(中立でいるのだということを、たった今おっしゃられたばかりなのに)
仲良くできることはありがたいが、田舎貴族の自分がそう簡単に親しくしていいものかどうかの判断がメアリにはできなかった。
「ずるいわ、お姉様。私もメアリさんと特別仲良しになりたいです! ね、メアリちゃんって呼んでもいい?」
脳内でぐるぐる考えごとをする暇もなく、今度はウルスラが目を潤ませながらメアリの顔を見つめてきた。
「まぁ、貴女のほうこそ抜け駆けはずるいですわよ、ウルスラ! では、わたくしはメアリと呼ばせていただきますわ! だって同じ年ですもの!」
「ずーるーいーっ!」
ウルスラがジタバタするたび、フワフワの銀髪が揺れる。
非常にかわいらしいが、目の前で繰り広げられる姉妹喧嘩を前にうっかり遠い目になりそうだ。
ただ、実のところメアリはこの手の揉めごとに慣れている。
なぜなら、ノリス家の姉二人もまたメアリの取り合いで似たような言い合いをよくしていたからだ。
そのため、この場を収める方法を感覚で知っていたメアリは大きめの声で割って入った。
「私は! イェルカ様ともウルスラ様とも親しくできるなら、これ以上ないほど幸せです……!」
しかし、相手が王女殿下であることを失念していたメアリはハッと我に返る。
恐る恐る様子を窺うと、王女二人は少しの間を置いてにんまりと笑みを深めた。
(あっ、これは……もしかすると、試されていたのかも)
再び内心で冷や汗を流したメアリだったが、王女たちに怒った様子は見られない。
むしろ喜んでいるように見えた。
「メアリちゃんは私たちの喧嘩を止めてくれましたよね、イェルカお姉様」
「ええ。貴重な人材ですわ。逃しませんわよ、メアリ! 今後ともよろしくお願いしますわ!」
どうやら気に入られたようだが、王女たちから漂う曲者感にメアリは少しだけ怯んでしまう。
しかし他でもない王女たちが仲良くなりたいと歩み寄ってくれているのだ。
恐れ多い気持ちはあれど、メアリとしては嬉しい気持ちのほうが強かった。
「光栄です。イェルカ様、ウルスラ様、こちらこそよろしくお願いいたします」
メアリがふわり笑うと、王女たちもつられるように柔らかく微笑んだ。




