42 メアリの心の内
お披露目パーティーが終わり、国王への謁見も終わった。父親への親孝行もできて、ひとまずやらねばならないことは一通り終えたように思う。
ようやく少し休む時間ができたのだ。
メアリは自室で久しぶりに、思い切り気を抜いていた。
思えばシュミット家に来てからというもの、マナーの再確認やダンスの練習、貴族の顔や名前と家同士の関係性を覚える勉強など、休む暇がなく実に怒涛の日々だった。
田舎育ちとはいえ、今回のことでメアリは自分が伯爵家の娘でよかったとしみじみ思う。
幼い頃からマナーやダンスに関する教育を一通り受けていたおかげで、その点について困ることがなかったからだ。
(幼い頃は、こんなの覚えたって一生使わないのにって思っていたけれど)
父の教育方針に、今になって心から感謝するメアリである。
実際、先日ディルクと食事をした時には何度もお礼を告げた。
「今日はこの後、何をしようかな……」
暫くの間はのんびり過ごしていいと言われたものの、やることが何もないというのも困りものだ。
シュミット家の使用人たちは皆とても優秀で、メアリに対して親切に接してくれる。
専属の侍女になるというカリーナが特に優秀過ぎるのか、こちらが頼んだことはもちろん、頼んでいないことまで先回りして手配してくれるくらいであった。
これまで自分のことは自分でやり、メイドたちの仕事も手伝っていたメアリにとって、何もやらせてもらえない生活は快適ではなく、退屈になってしまう。
そもそも、伯爵令嬢であるメアリが自由にやらせてもらえていたのは、ひとえにノリス家が田舎で、教育方針が自由だったからに過ぎない。
今は次期宰相夫人という身。
メイドたちに混ざって働くわけにはいかないことくらい、メアリにだってわかっていた。
もちろん手厚くもてなしてくれることには、心の底から感謝もしている。しているのだが。
(暇すぎる……!)
できることなら庭の草むしりや買い出しにでも行きたいが、絶対に止められるだろう。
料理くらいはさせてもらえるが、いつもできるわけでもない上に、材料も自分で見に行くことが叶わない。
結婚すれば前のような自由な暮らしができないこともわかってはいたが、もう少しやれることがあればと願わずにはいられない。
王都のご令嬢たちが普段何をして時間を潰しているのか、本気で聞いてみたいメアリである。
(みんながみんな、刺繍やお花、絵画や読書を楽しむのかな)
実のところ、メアリはそれらにあまり興味がない。
見るのは楽しめるが、自分で作るものに関してはお菓子作り以外に楽しいと思えないのだ。
読書はそれなりに楽しめるが、一日中読み続けられるほどではない。
そういったところは父のディルクや姉のナディネに似て、身体を動かす方が好きなのである。
(ああ、少しでも気を紛らわせたいのに)
何より、今のメアリは暇になることで困っていることがあるのだ。
そう、メアリは困惑している。
どうにも最近、心臓の調子がおかしい。
フェリクスの近くにいると決まって心音が速くなるのだ。それに、驚くほど顔が熱くなってしまうのである。
「考えないようにしていたのに……」
暇になるとどうしても考えてしまう。
だからこそ、何かやることがあればと思っていたのだ。
メアリは与えられた豪華な部屋の、広いベッドに仰向けになった。
そのまま体を丸めてころん、と横向きに転がる。
本当はわかっているのだ。
自分がわからないフリをしているということを。
「そこまで、お子様じゃないもの。でも、いつから……?」
頬を両手で覆いながら小声で呟く。
ふと、フェリクスが浮かべた柔らかな微笑みを思い出し、メアリはさらに赤面した。
「恋、だなんて」
それを口にしたことでついに耐えられなくなったのか、メアリは顔を枕に埋めて、うつ伏せになったまま足をジタバタさせた。
自分が誰かに恋をするだなんて考えたことさえなかったのだ。
周囲にも恋をしている者はあまりおらず、知識もほとんど持ち合わせていない。
今のこの気持ちが本当に恋なのかと言われると、正直なところ自信はないのだが。
(それ以外に考えられないし、そう考えると納得できちゃう……)
なまじ賢いからこそ、気付いてしまえば色々なことに説明がつけてしまえるのである。
メアリは今ほど、自分が鈍感であればよかったのにと思ったことはない。
恋って何? 人を好きになるって何? などと首を傾げるような、見た目通りのほんわかした女の子であったならどれほど良かったか。
目を閉じると思い出す。
お披露目パーティーでのダンスは、あまりにも近い距離に心臓が飛び出そうだった。
こんなにも密着するものだっただろうか、と本気で悩んだほどだ。
侯爵令嬢たちに囲まれて嫌味を言われた時も、絶妙なタイミングで間に入り、自分を守ってくれた。
その後、肩を抱き寄せられて歩いた時は、ものすごく緊張した。
王城を案内してくれた時だって、内心ではドキドキしていた。
顔を真っ赤にして照れた姿は失礼ながらかわいく思えて、本当はずっと見つめていたかった。
(騎士団の訓練場で手をお借りした時は、自分の大胆さに驚いたわ)
あの時のフェリクスは、目を丸くして驚いていた。
呆れられたのかもしれないが、その後しっかりと手を握りしめてくれたことがとても嬉しかった。
あの時も、あの時も、あの時も。
フェリクスの顔が浮かんでは胸が締め付けられる。
でもそれがすべて……演技だということはわかっているのだ。勘違いしてはならないということも。
それでも、フェリクスに触れられた優しく温かな手が、妙に恋しい。
これを恋と呼ばずになんと呼べば説明がつくというのか。
残念なことに、メアリはもう気付いてしまった。
もはや知らぬフリはできないだろう。したところでボロが出るだけである。
いっそきちんと気持ちを自覚した上で、冷静に対応できるようにすべきだとメアリは考えを切り替えた。
ガバッと起き上がり、パチンと両頬を叩くように両手で挟む。
「自分の欠点や失敗を受け入れるのと同じよ。言い訳を考えている間はモヤモヤするけれど、ダメな部分を受け入れてしまえば楽になるもの」
人を好きになることを、欠点や失敗と同列に扱うのが独特である。
「あの人が好きなんだって、受け入れてしまえば極端に恥ずかしくなることもない、はず。たぶん」
すでにはっきり好きだと口にし、フェリクスを思い出したことで恥ずかしくなっている。
だが、先ほどまでのように隠れてしまいたくなるようなモヤモヤは感じない気がした。
「……むしろちょっと、心地好いかも」
ドキドキは、ワクワクに。
よく考えてみれば、自分の初恋の相手が婚約者なのだ。なんという幸運だろうか。
それに、フェリクスはノリス家でメアリが仕掛けたあれこれに気付いてくれた。
きっと自分のこの恋心も、地道にアピールし続ければ気付いてくれるはずだ。
「作戦を練らなきゃね。あの時みたいに!」
すぐには無理だ。
フェリクスはきっと、自分のことをかなり年下の少女だと思って線を引いている。下手すると、まだ子ども扱いをしている可能性だってあった。
それでも婚約者に選んでくれたくらいだ。
意識してもらうのは、前の時よりも楽かもしれない。
それに時間はたっぷりある。なんといっても、これからはシュミット家で共に過ごすのだから。
必ず自分の恋心に気付いてもらう。
そして、受け入れてもらうのだ。
いつかフェリクスの方からメアリを求めてもらえるように。
焦らず、自然に、ゆっくりと。
そして、計画的に。
時間をかけて、落としていく。
メアリは、そう心に決めたのである。
これにて、婚約者選び編は完結となります。一巻収録分です!
なお、書籍版は大幅改稿&加筆をしていますのでさらにお楽しみいただけるかと!最初からかなり違います(*´﹀`*)
糖度も増しておりますよ〜♡
1巻発売は10月4日です。どうぞよろしくお願いします!
詳細は下スクロールして見てみてください☆
また、婚約者編もいずれ更新していこうと思いますので、どうか気長にお待ちください……!
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