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腹黒次期宰相フェリクス・シュミットはほんわか令嬢の策に嵌まる  作者: 阿井りいあ
婚約者選び編

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40 フェリクスの挑発


「メアリ! 来てくれたのだな!」


 騎士たちの訓練を少しだけ見学した二人は、邪魔にならないようにと誰にも見つからない内に訓練場を立ち去った。

 しかしそんな二人を、いやメアリだけを呼び止める声に足を止める。


「お父様、どうして気付いたのですか? 見つからないようにこっそりと見ていましたのに」


 メアリの父であり、近衛騎士でもある副団長のディルクである。


 驚くメアリに対し、ディルクはご機嫌な様子で目尻を下げている。

 娘がかわいくて仕方ないらしい。


「ははは! 愛する娘の気配がわからぬ父ではないぞ!」


 愛する娘、という部分を妙に協調された気がする。そして無駄に声が大きい。


 声をかけてきた時から気付いてはいたが、ディルクは完全にフェリクスを無視していた。

 今もメアリの隣でにこやかに微笑んでいるというのに、自分の存在をないものとして扱うディルクは非常にわかりやすい男である。


「お仕事をされるお父様は初めて見ましたが、とてもカッコいいですね」

「そ、そうか? わはは! そうかそうか! 父がカッコいいか! メアリにとって私はカッコいい父なのだな!」


 鬱陶しい、それが一番の感想だったがそれを表に出すことなくフェリクスの笑みは崩れない。

 ここで余計な口を挟まないのは、メアリのために他ならないからだ。


 父親と話すのが久しぶりなのだろう、どこか嬉しそうに見える彼女の邪魔はしたくなかった。


「訓練はいいのですか?」

「ちょうど休憩に入ったところだ。問題ない」


 本当に休憩のタイミングだったのか、それともメアリが来たから休憩になったのかは怪しいところだ。

 副団長という立場を乱用している可能性はあるが、騎士団のことに口を挟む気はない。


 フェリクスは相変わらず微笑んだまま二人の会話を聞いていた。


「そうだ、メアリ。私は今日の夕方から休みをもらっているんだ。一緒に食事でもしないか?」

「え、っと……」


 ディルクの提案に、メアリはチラッとフェリクスに視線を向けてくる。

 こうなれば自分も口を挟むほかないだろう。


 フェリクスは極上の笑みを浮かべながら答えた。


「メアリの好きにしてくださっていいのですよ。遅くなるようでしたら迎えに行きますから」

「! ありがとうございます、フェリクス様!」


 嬉しそうに顔をほころばせるメアリに、フェリクスの目元が和らぐ。


 一方、そんな二人の様子が気に入らないのか、ディルクは不機嫌を隠すこともなく腕を組んで鼻を鳴らした。


「ふん! 迎えなど来なくてもいい!」

「では、シュミット家まで(・・・・・・・)送ってくださるのですか?」


 さすがに態度が悪すぎるディルクに対し、フェリクスも黙っているわけにはいかない。


 挑発するような単語を選んで確認すると、ディルクがぷるぷると震え出した。


「このっ、小僧が……!」


 この程度の挑発に乗るとは、副団長としてあるまじきことである。

 溺愛する末娘のことだからこそ沸点が低いのかもしれないが、さすがによろしくない態度だ。


 先にこちらをあからさまに無視し、礼を欠いたのはディルクの方である。フェリクスが下手に出る理由など何一つない。


 視線だけで人を殺せそうな勢いのディルクだったが、フェリクスはそれを涼しい顔で受け流していた。


「ディルク副団長、せっかくの機会です。休憩の間にお時間をいただけませんか?」


 それどころか、まるで喧嘩を売るかのような提案をしてのける。


 実際は別に喧嘩など売ってはいないが、ディルクにとってはそう感じるであろう。先ほどよりも目付き鋭くフェリクスを睨んでいる。


「一度、二人で話す必要があるかと思いましたので」

「私はお前に話すことなどない!」

「僕にはあります」


 本当なら、フェリクスだって二人で話したくなどない。

 自分でも言ったように「必要がある」と思ったから言っているのだ。


 こんなにも面倒な相手、断られたならさっさと諦めてしまいたい。けれど、今回ばかりはそうもいかなかった。


 これは、フェリクスなりのけじめなのだから。


「お父様。意地悪なさらないでください」

「ぐ、メアリ……」


 返答を渋るディルクに、ついにメアリが助け舟を出した。

 メアリもまた父の態度に思うところがあるようで、どこか怒ったようにディルクを睨んでいる。


「お父様が我が家に婚約者をとお決めになったのでしょう? それなのに、そんな態度は良くないと思います」


 正論である。娘たちを結婚させたいがために話を出したのはディルクだ。

 ただ、想定外にも末娘が嫁ぐことになってしまっただけで。


 つまり、文句を言える立場ではない。

 それをディルクもわかっているからこそ、悔しくて、認めたくなくて、苛立ちばかりが募っているのだろう。フェリクスは同情などしてやらないが。


「私の旦那様となる方に、失礼のないようにしてくださいね」

「ぐ、ぬ……わ、わかった」


 メアリの更なる一言が効いたのか、ディルクはようやく首を縦に振った。

 続けて、訓練場から出てきた騎士たちに指示を飛ばす。


「お前たち! メアリを来客室へ案内しろ。いいか、絶対に指一本触れるんじゃないぞ!」


 過保護極まりない発言である。

 加えて私情が入っているからか声に怒気が滲んでいる。


 それでも騎士たちは真面目な顔で返事をすると、すぐに指示に従うべくメアリに近付いた。部下の鑑である。


「来い」


 次いで、フェリクスに対してぶっきらぼうに告げたディルクは、ドスドスと足音荒く会議室へと向かう。


 そんなディルクの後を追いながら、フェリクスはメアリにすぐ済みますのでと一言残し、会議室へ足を踏み入れた。


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