4 メアリの方策
結局、話はナディネが婚約者に選ばれるように動く、ということでまとまってしまった。
話し合いを終えて自室に戻ったメアリは、ドアを閉めると大きなため息を吐く。
「やっぱり、フランカ姉様にはこのまま領地経営をさせてあげたいわ。お気持ち的にも複雑だろうし、その点については同意見だけれど。でもナディネ姉様だって、騎士団長様とは無理だとしても……せめて、好みに近い殿方と結婚して幸せになってもらいたいのに」
メアリだってノリス家の一員なのだ。大事にされるのはありがたいが、少し除け者にされている気がして悲しくなってしまう。
自分も姉二人のことはとても大切なのに、ここまで大事に甘やかされるほど子どもでもないのに、と。
そもそも、今のメアリはフランカが以前結婚しようとしていた時と同じ年齢である。どう考えても過保護が過ぎる。
「なんとかして私を選んでもらえないかしら」
メアリはそう考えたが、自分が最も候補から遠いことは自覚していた。おそらく、最初から候補外である可能性が高い。
メアリは現在十八歳。フェリクスとは十歳も離れているし、賢い女性を望む彼にとって小娘は論外だろうからだ。
そうでなくとも、メアリはフランカのようにすごく勉強ができるわけでもなければ、ナディネのように戦う知識だってない。
勉強は一般常識レベルにできる程度であるし、騎士のことだって少しだけ専門用語がわかるといったくらいである。
他に特別な知識を持っているわけでもないし、何より外見からそうとは見られない。
やや垂れ目のおっとりとした印象は、多くの者たちには好まれるものの、フェリクスの好みとは正反対だろう。
ふわふわとした髪も、お人形さんのようなかわいらしさはあるが、理知的にはとても見えない。
それこそがメアリの良さであり、婚約の申し込みが山ほどあるくらい他の男性には人気ではあるのだが。
ちなみに、メアリ命な家族によって婚約の申し出は全て揉み消されているのは余談である。
「人は見かけで判断してはダメ。そのくらい、賢い次期宰相様なら理解しているはず、よね?」
自分に賢さはあるだろうか。メアリは自問する。そして自答した。
「賢い女性だと思わせることはできるかもしれないわ」
もしも婚約後に賢くないとバレたとしても、時すでに遅しだ。もう決定が覆ることはないというところまで隠し通せればいい。
その後にいくらバレようとも構わないし、姉二人が結婚しなくてすむのならそれでいいのだ。
ただ、騙し討ちのようで申し訳なさは感じるが致し方ない。
どうせメアリも、あと数年もしたらどこかへ嫁ぐ予定なのだ。
自分を溺愛する母や姉たちが、まだ早いと申し込みを蹴っているだけに過ぎないのだから。
……いや、下手をすれば大事にされすぎて婚期を逃す可能性だってあった。
特に結婚願望があるわけではないが、このまま過保護な家族に流されるままなのは嫌だ。
メアリ自身に将来やりたいことはまだないため、王都に嫁いでも構わない。
むしろ、結婚後に何か目標を見付けられるかもしれない。王都には、この田舎とは違っていろんな物があるのだから。
(まぁ、何も見つけられなくても住む場所と人が変わるだけだし、なんの問題もないわ)
メアリは結婚に夢を見たりしない、少々ドライな性格であった。
「確か、一カ月この屋敷に滞在するのよね。それなら最初は……観察から。フェリクス様が実際はどんな方なのかを知らなければ」
もしもフェリクスがメアリを選んだのなら、もはや誰にも止めることはできなくなる。何せ王命なのだから。
自分が選ばれるように仕向ける。
この作戦は母にも姉にも言えないことだ。絶対に止められる。
メアリは誰にも気付かれることなく、ひっそりと計画を立てることにした。
ついにフェリクスが訪れる日を迎えた。
母によって簡単に紹介はされたが、夕食の席で改めて挨拶をするという。
今フェリクスは、用意された客室で休憩をしているそうだ。
メアリは姉であるナディネの部屋を訪れた。
そこにはすでにフランカも来ており、早速二人でフェリクスについての話をしていたところのようだ。
もちろん、そうだろうと見越してメアリも訪ねている。
「ん、メアリ? どうしたの? 怖くなったのかな。そうだよね、見知らぬ男性が同じ屋敷にいるんだもん」
「こっちへいらっしゃい。かわいい子」
姉二人は一切の警戒なくメアリを招き入れてくれた。
二人ともメアリを溺愛しているため、一度も追い出されたことはないので当然の結果ではある。
「先ほどのフランカ姉様の鋭い眼差し、最高でした! きっと印象は悪く映ったんじゃないでしょうか」
「そ、そうかしら? 母様に似たキツい顔付きが良かったのかもしれないわね」
「ふふっ、美人が怒ると怖いですからね。ですがまだ油断はできません。候補から最も近いのは姉様なのですから。言葉や態度で敵意を示しましょう。まずは相手の戦意を削ぐことが大事です」
まるで戦の話を聞いているかのようである。実際、彼女たちにとっては戦なのだろうが。
「私、思ったことはつい口に出してしまうもの。きっと、無理に頑張らなくても嫌われるような言動はできると思うわ」
「頼もしいですね! 私の方は……できるだけ馬鹿なことをしでかさないようにだけ気を付けます。うぅ、それが難しいのですけど」
メアリとしても、フランカが候補から除外されるのは願ってもないことだ。
さすがにフランカを超える賢さを演出するのは難しいと考えているからである。
ただ、ナディネなら。
少し失礼にはなるが、戦いに関する知識以外ならどうにかなるかもしれない。
彼女の明るさと楽観的な部分は、悪く言えば頭が悪く見える部分でもあるのだから。
(もちろん、ナディネ姉様が馬鹿だなんて絶対に思わないけれど)
メアリもまた、姉たちが大好きであった。
だからこそ、メアリは密かに腹を立てているのだ。
先ほど、軽く挨拶だけを交わした次期宰相フェリクス・シュミット。
メアリの目に彼は、人を見下すタイプに映っていたのだから。
(人の良さそうな笑みを浮かべていらしたけれど、目は笑っていないように見えたもの。それに、返事に淀みがなさすぎるわ。きっと、普段から上辺だけのやり取りに慣れていらっしゃるのよ)
たったあれだけのやり取りで、メアリはすでにフェリクスの本質を見抜きつつある。
(絶対に腹黒。笑顔の眼鏡宰相だなんて腹黒に決まっているもの)
偏見が混ざっていることは否めないが、メアリは非常に洞察力の鋭い少女であった。