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腹黒次期宰相フェリクス・シュミットはほんわか令嬢の策に嵌まる  作者: 阿井りいあ
婚約者選び編

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34 フェリクスの決意


「メアリ、お待たせいたしました」


 飲み物をメアリに渡しながら近付いたフェリクスは、令嬢たちの方に一切目を向けない。

 まるで存在していないかのようにメアリだけを見ていた。


「ありがとうございます、フェリクス様」


 メアリもメアリで、フェリクスが戻ってからは令嬢たちの方に見向きもしなかった。

 この一瞬でフェリクスの意図に気付いたのだ。

 おかげで、気付けば二人の世界ができあがっている。


 あまりにも自分たちの存在が無視されているため、令嬢たちは戸惑うばかりだ。

 しかし、ここで引き下がるほどペンドラン侯爵令嬢は気の弱い女性ではなかった。


「あの、フェリクス様っ」


 さすがに名前を呼ばれては無視もできない。

 ここで黙って引き下がっていればいいものを、と内心で思いながらも、フェリクスは貼り付けた笑みを浮かべて振り返った。


「ああ、ペンドラン侯爵家のご令嬢ではありませんか」


 今気付いたかのように告げるフェリクスは、笑顔ではあったが妙な迫力があった。

 さしもの侯爵令嬢も硬直してしまっている。


 だがすぐに気を取り直してフェリクスに一歩近付き、媚びを売るように甘えた声を出した。


「本日はお呼びいただけて嬉しかったですわ。ちょうどノリス伯爵令嬢にご挨拶をしていたところでしたの。きっと王都のことはまだわからないでしょうから、お力になれればと思って」


 予想通り過ぎる言動にフェリクスは内心でげんなりしつつ、そうでしたかと言いながら笑みを深めた。

 その美しい笑みにうっとりとした表情を浮かべる侯爵令嬢であったが、次に続くフェリクスの言葉に再び青ざめることとなる。


「先ほどは、メアリのどこが気に入ったのかと楽しそうに訊ねていましたね」


 自分の嫌味を聞かれていたことに気付き、サァッと血の気が引いていく侯爵令嬢たち。

 先ほどから顔色がコロコロ変わって忙しそうだ。


「ああ、お気になさらないでください。ペンドラン令嬢は侯爵家ですから、田舎の伯爵家と聞けば悪印象があるのは仕方のないことです」


 ここで彼女たちを完膚なきまでに罵っても良いのだが、そうなると今後の関係に差し障る。

 ある程度、言い方に配慮が必要なのが面倒だが、その辺りの加減はフェリクスの得意分野でもあった。


 どちらが主導を握っているのかを、わからせなくてはならない。

 同じ侯爵家でも代々宰相を務めているシュミット家がペンドラン家より力を持っているのは誰もが知るところなのだから。


 何も問題はない。こんな年若いご令嬢たちなど、古いルールに縛られ、過去の栄光にしがみ付いた頑固ジジイ共を相手するよりずっと楽だ。ただ、面倒なだけで。


「僕は、たとえ爵位がなくとも有能であれば尊敬しますけどね」

「へ、平民にも……!?」

「ええ、シュミット家は実力主義ですので」


 あくまでも、家の方針であることを伝えるのが大事だ。

 押し付けることはしませんよ、ただシュミット家は家柄が良くても実力がなければ認めませんよ、と主張している。


 簡単に言うと、ペンドラン家は家柄だけで実力が足りていないということなのだが、その辺りの意味に気付いた様子は見られない。

 フェリクスは脳内で馬鹿にしたように鼻で笑った。


「その点、メアリは伯爵家のご令嬢でもありますし、とても優秀です。何も問題がないどころか、こちらから口説き落としてしまったほど素晴らしい女性なのですよ」


 さらに、ペンドラン家よりも爵位の低いノリス家の末娘の方をシュミット家は認めている、という意味を込めて告げると、さすがにこれには侯爵令嬢もカッと顔を赤くして怒りを露わにした。


「我が家門を侮辱しているのですか!」

「僕はメアリや実力のある者の良さを語っただけですが? それにペンドラン家が由緒ある家門であることは周知の事実ではありませんか。今さら語ることでもないかと」


 僕の言ったことのどこが侮辱になるのです? と疑問を投げかけるフェリクスに対し、誰も言い返すことなどできない。

 フェリクスが家柄だけのペンドラン家を、決して褒めていないことに気付いた者はどれだけいるだろうか。


 ワナワナと震える侯爵令嬢は、よせばいいのに負け惜しみのような言葉を口にした。


「め、メアリ嬢がどれほど優秀だというのですかっ!」


 侮辱しているのはどちらだと言いたくなる、頭の悪い発言である。

 一瞬だけスッと目を細めたフェリクスは、先ほどから黙って成り行きを見守っているメアリの腰を引き寄せた。


「おや。シュミット家の(・・・・・・)大切な内部情報を、そう簡単に明かすわけがないではありませんか」


 メアリはすでに、シュミット家の人間だ。


 周囲でこちらの様子を窺っていた者たちにも、この意図は伝わっただろう。

 ついに侯爵令嬢も何も言い返せないようだった。


 さらにダメ押しとして、最後にフェリクスはメアリとの仲の良さをアピールしておく。


「第一、相応しいかどうか以前に……僕たちは愛し合っていますので」


 他の者が入る隙などないことをハッキリと周囲に示し、フェリクスはメアリを連れて人のいないバルコニーへと移動するのであった。


 後にこの出来事が「あのフェリクス・シュミットが婚約者を溺愛している」という噂としてあっという間に広がり、フェリクスの評価がさらに上がっていくこととなる。


「フェリクス様。愛する婚約者への微笑みが、少し崩れてきていますよ」


 会場の騒がしさから抜け出し、外のひんやりとした空気を感じながらメアリは現実的な言葉を口にする。


 さきほどまでの侯爵令嬢とのやり取りなどまったく気にもしていない様子だ。


 いや、気にはしているのかもしれない。

 実はショックを受けたかもしれない。


 だがフェリクスにはまだメアリの心の内を読むことができなかった。それが何よりも悔しい。


(メアリ。君は僕が「愛する婚約者を演じている僕」を演じていることを知らない)


 気持ちを自覚してからというもの、思いは日に日に膨らんでいく。

 じっくりと時間をかけてわかってもらおうとは思うものの、当分の間はこの溢れてしまいそうな思いを持て余すことだろう。


「陛下にご挨拶をして帰ることといたしましょう」


 フェリクスは、イタズラをする子どものように無邪気に笑うメアリの肩を、流れるような所作で引き寄せる。


「行きましょうか」

「……はい」


 それならば、演技が必要な場ではむしろ演技をしなければいい。

 メアリを愛する自分を見せるための演技など、もはや必要ないのだ。


 距離の近さも、人前でならメアリも疑問に思うことはない。

 なぜなら、自分たちは愛し合う婚約者同士なのだから。


 本音を言えば、人のいない場所でこそ彼女に触れたいのだが。


 惜しむらくは、肩を引き寄せて密着しながら歩くと自分よりもずっと背の低いメアリの顔がよく見えないということくらいか。


(アピールと称して二人で出かける日を増やすか。パーティーにも出席するようにしよう)


 これまで何かと理由をつけて欠席していた社交の場に、自分から出たいと思う日が来るなど我ながら驚いてしまう。

 それも理由が「少しでもメアリと触れ合いたいから」という馬鹿げたものなのだからざまぁない。


(この僕が、ね)


 これまでマクセンを馬鹿にしてきたフェリクスだったが、ほんの少しだけ理解した。

 とはいえ、女性とあらば声をかけに行く節操のなさについては、いつまでたっても理解しがたいのだが。


「あの、フェリクス様」


 陛下に挨拶に行く途中、人気のない廊下へ出たところでメアリが声をかけてきた。

 フェリクスを見上げるメアリはどことなく恥ずかしそうに微笑んでいる。


「今日の私は、ちゃんと貴方を愛する婚約者ができていましたか?」


 ご令嬢たちに囲まれながらあれほどの対応を見せておいて、これである。

 もしかすると、これもまた自覚がないのかもしれない。


「フェリクス様には微笑みが崩れています、と偉そうなことを言っておきながら……実はあまり自信がないのです」


 予想通りであった。

 これにはフェリクスも呆れるしかない。

 ここまで自分の能力の高さに疎いとは。


 周囲のことには鋭すぎるほど察せるというのに、自分の評価については無頓着である。


 だがそれも仕方のないことかもしれない。

 今までは誰にも気付かれなかった能力なのだから。


 認めてくれる者もいなかったのだ、自分でもその有能さに気付けないのも無理はない。


「僕としては、期待以上に上手くやってくれたと思っていますよ」


 ならば、自分が褒めてやればいい。

 ちゃんとわかってくれるまで根気強く。


 きっとこの先もメアリは臨機応変に対応してくれるだろうという信用もある。褒める機会はたくさんあるだろう。


「ただ、できていたかどうかは自分達では判断できないと思います。評価というものは他者が勝手にするものですから」

「それもそうですね……」


 しかし、フェリクスは人を褒めるのが下手であった。


 褒められたとは思っていないのだろう、メアリは納得したように何度も頷いている。

 それもこれも、フェリクスがつい余計な説明を付け加えてしまうからだ。


 これは良くないと焦ったフェリクスは、改めて告げる。


「少なくとも、今日の周囲の反応を見る限りでは成功と言えるのではないでしょうか」

「それならよかったです」


 これがフェリクスの精一杯である。

 とことん、真っ直ぐ人を褒めるということが苦手な男だ。メアリがそれでも嬉しそうなのが救いであった。


 ホッとしたように無防備な笑みを向けてくるのが、フェリクスにとっては心臓に悪い。

 彼女のこうした素直な反応を見ると、どうしようもなく愛おしくなるのだ。


「今後も精進いたしますね」

「……ええ。僕も精一杯の努力をしますよ」


────貴女に、気付いてもらえるように。


 きっと、フェリクスが言った「努力」の本当の意味はわからないだろう。


 だがいつかメアリがこの思いに気付き、受け止めてもらえるようになった時には、今日のことを笑いながら話すつもりだ。


 焦らず、スマートに、ゆっくりと。

 そして、計画的に。

 時間をかけて、落とすのだ。


 フェリクスは、そう心に決めたのだった。


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― 新着の感想 ―
> (メアリ。君は僕が「愛する婚約者を演じている僕」を演じていることを知らない) これかなりグッときますね…!メアリちゃん、気づいたらどうなっちゃうのかしら(ノ∀`) 早く気づかないかな、いや、やっ…
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