27 フェリクスとメアリの旅立ち
「メアリ、辛くなったらいつでも帰って来るのよ……!」
「ああ、心配だ……! メアリぃ、不甲斐ない姉様でごめんねぇ!」
フェリクスが王都へ帰る日がやってきた。
それはメアリの旅立ちでもある。
見送りをする二人の姉は、取り繕うのを完全に止めたようだ。
フェリクスの前だろうが構わず好き勝手なことを言っている。
嫌なことをされたらすぐに連絡を寄越せだの、怖いと思ったら迷わず逃げなさいだの、いざとなったら大声で叫びなさいだの、一体シュミット家をなんだと思っているのか。
ノリス領から出たことのない末っ子の旅立ちが心配なのはわかるが、フェリクス本人を前にして彼を悪役にしすぎではなかろうか。
もしかするとその心配が行きすぎて、本気でフェリクスが見えていないのかもしれない。
「でも大丈夫です、フランカ姉様! まだ少し先ですが、私は王都勤務になりますから。そうなったらいつでもメアリを助けられます!」
「任せたわよ、ナディネ。でも、騎士団は忙しいだろうから貴女も身体には気を付けないと」
「メアリのためならなんてことありませんよ! 真夜中であっても駆け付けます」
見えていない可能性が高い気がしてくる。
フェリクスはいつもの笑みを崩すことなく、彼女たちの目の前でただその様子を眺めていた。
「お二人とも、王都で酷い扱いを受けること前提で話してるよな」
「好きに言わせておけばいい。こういう人たちは、こちらが何を言っても変わらないものだ」
「……うちの家族が申し訳ありません」
コソコソと耳打ちする従者マクセンに笑顔のまま小声で答えるフェリクス、そして申し訳なさそうに縮こまるメアリの三人は、馬車に乗り込むタイミングを計りかねていた。
メアリが少しでも背を向けようものなら泣いて縋りそうな勢いだからだ。
これは父親であるディルク副団長に報告するのもかなり面倒なことになりそうだ。先が思いやられる。
「フェリクス様がおっしゃるように、今は何を言っても無駄でしょう。王都にいる間、いかに私が良くしていただけているかをお手紙で報告し続けることにします」
「おや、これは責任重大ですね。メアリにそう思っていただけるよう、僕も尽力しましょう」
「あっ、そういう意味では……!」
彼女は悪くないのにずっと気にしている様子なのを感じ取り、フェリクスが冗談を交えて声をかけると、メアリは慌てたように手を横に振った。まだ恐縮しているようである。
やれやれと思いながらチラッとマクセンに視線を送ると、心得たとばかりに従者は言葉を引き継いだ。
「ご安心ください。すでに屋敷には連絡を入れてあります。着く頃にはメアリ嬢……いえ、メアリ様をお迎えする準備は整っているかと」
「えっ、えっ」
さらに、これからメアリに待ち受ける数々の好待遇を知ってもらえるよう、フェリクスも畳みかけていく。
「当然だな。メアリはシュミット家の女主人になるのだから」
「お、女主人……気が早いのでは?」
シュミット家には現在、女主人はいない。
フェリクスの母は早逝してしまっているからだ。
だからこそ、フェリクスがこんなにも面白みのない男に育ってしまったという噂もあるが、本人はただの性格だと思っている。
ちなみに、美貌は母譲りだ。
「久しぶりのご令嬢の存在に、使用人たちの張り切りようはきっとすごいですよぉ? しっかりもてなされてください、メアリ様」
「は、わ、はい」
やや混乱気味に返事をするメアリに、フェリクスもマクセンも思わずフッと笑ってしまう。
どうやら、罪悪感を忘れてくれたようである。
「お気遣いをありがとうございます、フェリクス様」
三人のやり取りを見ていたユーナ夫人が、柔らかな眼差しでメアリを見ながら頭を下げる。
さすがはノリス家の女主人、こちらの意図を察しているようだ。
「なんのことでしょう?」
「ふふ。いいえ、お礼を言いたかっただけですわ」
とぼけてみせたフェリクスに、ユーナ夫人もそれ以上は言及しなかった。
ただ、最後に悪戯を思いついたかのように蠱惑的な笑みを浮かべて質問を口にする。
「夫への説得に自信はおありですか?」
夫とは、ディルク副団長のことである。
そんなことを言われても、大事にしてきた末娘を奪われる父親の気持ちなどフェリクスには知ったことではない。
そもそも、先に無茶な負担をかけてきたのはあちらなのだから遠慮する気などサラサラなかった。
「もちろんです。ただ、相当嫌われるでしょうけどね」
にやりと笑ってみせたフェリクスに、ユーナ夫人は朗らかに笑う。
「うぅ、メアリっ!」
「ナディネ姉様。先に王都で待っていますね」
「メアリ。ちゃんと手紙を寄越してね」
「もちろんです、フランカ姉様」
二人の姉と順番に抱き締め合ったメアリは、最後に母であるユーナと抱き締め合う。
「思っていたよりもずっと早い旅立ちね」
しんみりと告げられた母の言葉に、メアリの目が少しだけ潤む。
さらにギュッと抱き締める力を込めたメアリは、今何を思うのだろうか。
「元気に過ごすのよ。それさえできれば、あとは何があってもどうにでもなるんだから」
「ふふっ、はい。お母様もお元気で」
こうして、母の温かな眼差しと姉たちの恨みがましい目、それから別れを惜しむ声に見送られながら、フェリクスたちはようやくノリス家を発つのであった。




