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腹黒次期宰相フェリクス・シュミットはほんわか令嬢の策に嵌まる  作者: 阿井りいあ
婚約者選び編

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26 フェリクスとメアリの親友


 それからのノリス家は大忙しだった。

 ノリス家だけではない。小さな町では噂などすぐに広まるため、町全体が大騒ぎとなっている。


 もちろん祝福ムードだ。ノリス家の娘たちが生まれた時以来の、久し振りの祝い事なのだから。

 ただ、長女でも次女でもなく、三女が最初に嫁ぐらしいことには、様々な意見が飛び交っているようだった。


 しかし、そんな周囲の噂話にまで気を回している暇はない。


 婚約者が無事に決まったため、メアリはこれからフェリクスとともに王都へと報告に向かうこととなる。

 それだけではなく、王都での生活に慣れるためにも、今度はメアリがシュミット家で過ごすことに決まったのだ。


 ノリス領から王都まではそれなりに距離がある。

 場合によっては、そのまま王都で暮らすことになるだろう。


 季節が変わればナディネも王都の女性騎士団に配属されるし、父親であるディルクは元々王都にいる。

 それに、メアリが望めばいつでも里帰りできるよう計らおうとフェリクスは考えていた。


 というわけで、荷造りはもちろん諸々の準備に追われているというわけだ。


 主に忙しいのは使用人たちである。

 ノリス家の者はもちろんのこと、シュミット家から来ている唯一の従者、マクセンもまた各所への連絡や準備に追われて動き回っていた。

 あれでも、仕事はちゃんとする従者なのである。


 そして現在。

 周囲が慌ただしい中、フェリクスだけがなぜか町にやってきていた。

 どうしても二人で話したいことがあると、ある人物に呼び出されていたからだ。


 そのためフェリクスは今、食堂のイスに座らされている。

 彼を呼び出した人物、全ての事情を知るメアリの親友、サーシャの前に。


 サーシャは、二人が本当に愛し合っているわけではないことを知っている。

 加えてメアリの意見を尊重していた。


 理解があるので親友として婚約に反対することはないが心配は拭えない、というところなのだろう。

 自分の目で直接見て、フェリクスと話してみたいという申し出であった。


 フェリクスとしては、サーシャの話を聞いたところで今後のことはなにも変わらない。

 反対されようが罵倒を浴びせられようが、婚約はするのだから。


 結果が変わらない物事に対して他者の意見など聞く必要はない、煩わしいというのが彼の本音であり、本来なら妻となる女性の友人相手などにわざわざ時間を作ってやるほど優しい男でもなかった。だが。


『サーシャとは昔から、お互いの結婚相手と面談するという約束をしていたんです。子どもの口約束ではあるんですが……』


 苦笑を浮かべながらメアリに頼まれてしまったフェリクスは、なぜか断ることができなかったのだ。


(まぁいい。できる限りメアリの要望に応えると決めたしな)


 それを抜きにしても、すでにメアリには甘くなっていることにフェリクス自身は気付いていない。


「ほんっとーに、メアリを一生守ってくれるんですよね?」


 開店前の店内にて、向かい側に座るサーシャが真剣な顔で訊ねてくる。

 フェリクスに対する緊張を持ちつつ、それでも言いたいことは伝えてやるという意気込みがヒシヒシと感じられた。


 相手が貴族だからと縮こまるだけではない彼女の姿勢に、フェリクスは満足げにニコリと微笑む。

 サーシャの態度によっては適当に相槌を打って帰ろうと思っていたのだが、どうやらお眼鏡に適ったようである。


「もちろんその努力は怠りません。それが僕の義務ですから」

「義務、ですか。うん、まぁ、守ってくれるならそれでもいいですけど……なんだかなぁ」


 自称一般的な感性を持つ乙女たるサーシャは、フェリクスの笑みを前にして顔を赤くしている。

 心臓を押さえている辺り、だいぶ目の前に美形にやられているようだ。


「……大丈夫ですか?」

「美形を前にすると勝手にこうなるだけなので!」

「なるほど。この顔がご迷惑をおかけします」

「自覚があるなら微笑みは控えていただけませんかね!」


 サーシャは器用に視線だけをフェリクスから逸らしながら叫んでいる。

 ある意味、感情のコントロールが上手いといえるかもしれない。


 そんな彼女を見るのは愉快ではあるが、話が進まないのは困りものだ。

 フェリクスは無理に笑みを浮かべるのだけはやめて、さっさと先を促すことにした。


「言いたいことがおありなら、遠慮なくどうぞ。無礼だなんだと後で文句を言うこともありませんから」


 フェリクスはそう告げた後、出されたお茶に口をつける。

 サーシャがこちらを意識せずにすむよう、視線も逸らしてあげるという気遣いも見せた。

 それでも絵になる美形なのは変わらないのだが。


「……では、お言葉に甘えて。そのぉ、フェリクス様は、メアリを愛することはないんですか?」


 顔を真っ赤にはするものの、サーシャは直球で質問を投げてきた。

 腹の探り合いと遠回しな嫌味の応酬が当たり前の貴族社会に身を置いているフェリクスは、彼女の素直な態度に笑みを溢してしまわないよう拳で口元を隠す。

 乙女サーシャへの配慮である。


「妻として愛するか、ということでしょうか」

「そう、です」


 親友のために勇気を出して聞いてくれたのだ。

 フェリクスも真摯に向き合うべきだろう。


 質問の内容としてはまだ子どもじみたものだという感想が拭えないが、彼女にとっては真剣なのだろうこともわかる。


 他人を見下しがちなフェリクスであっても、その辺りの配慮くらいはできるのである。


「正直に聞いてくださったので、僕も正直に答えましょう。実のところ、その点については僕にもわかりません」


 カップを置き、テーブルの上で手を組んだフェリクスは真っ直ぐサーシャを見た。

 サーシャもまた、真剣な顔でこちらを見ていたからだ。


 フェリクスが目を向けたことでまたしてもサーシャの頬は赤く染まったが、どうにか耐えようとしているのがわかる。


 フェリクスは続けた。


「今の僕なら、誰かと恋愛をする気はないとハッキリ言えますが、人の気持ちは変わるものです。僕も普通の人間なので」


 その言葉を聞いて、サーシャはぽかんとした表情を浮かべた。

 メアリと同じようなことを言う彼に驚いていたのだが、フェリクスにはわからぬことだ。

 彼女の反応に軽く首を傾げてしまう。


「未来のことは、わからないってこと? ……ですか?」

「そうですね。絶対なんてものはこの世で最も信じられない言葉ですので」


 うっかり微笑みそうになって、どうにか踏みとどまる。

 結果、真顔で互いに見つめ合うというなんとも緊迫感漂う雰囲気が流れた。


「無責任な男だと思いますか?」


 このままフリーズされてはどうしようもない。

 フェリクスは質問を投げかけた。

 そのおかげでハッとなったサーシャが慌てて首を横に振る。


「いいえ、むしろ責任感の塊だと思います。それに誠実です。だって、この先もずっと妻として愛することがなかったとしても、メアリを見捨てたり、裏切ったりはしないって聞こえますから」


 予想に反して、サーシャは自分のことを信用してくれたようである。

 本音を話せば疑心を抱かれ、反感を買うことを覚悟していたフェリクスにとっては嬉しい誤算だ。


 さすがはメアリの親友とでもいうべきか、それとも客商売だからか。

 本質を見極める能力が高いとみえる。


「愛せるかはわからなくても、義務だとしても。努力を怠らないと言い切ってくれましたもん。次期宰相様ともあろうお方が、嘘を吐いたりはしないでしょう?」


 ずっと緊張した様子だったサーシャは、ここでようやくふわりと表情を緩めた。

 どうやら納得のいく答えを返せたようでなによりである。


 フェリクスはうっかり笑みを浮かべながら、もちろんですと答えた。


「どうか、メアリをよろしくお願いします。あの子、優しくてしっかり者だけど、危なっかしいところもあるから」

「僕もそう思います」


 意外と行動力があって大胆なところがあることは、この短期間でも十分に理解できた。

 そんなメアリのことをサーシャも思い浮かべたのか、彼女は嬉しそうにクスッと笑う。


 話が終わったのを察してフェリクスが立ち上がると、サーシャもまた慌てて席を立った。

 フェリクスが握手を求めて差し出した右手を、戸惑いながら見つめた彼女はチラッと目だけでこちらの顔を窺っている。


「いつか、メアリに会いに来てください。歓迎いたしますよ。里帰りの機会も設けますから」

「! は、はい! ありがとうございます!」


 最初は挙動不審に目を泳がせていたメアリの親友が、最後には飛び切りの笑顔で握手に応じてくれている。

 まるで警戒心の強い小動物を手懐けたような気持ちだ。


 しかしホッとしたのも束の間、またしてもパッと顔を逸らされてしまう。

 つい微笑んでしまったことで、また赤面させてしまったのかとも思ったのだが……どうやら違うようだ。


 今度はフェリクスの方が、サーシャからそっと目を逸らす。


(あまり泣き顔を見られたくはないだろう)


 親友のために涙を流すサーシャを前に、フェリクスは無言でハンカチを渡す。


 彼女がメアリの親友だからだろうか、珍しく他人に対して思いやりをみせたのであった。


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