24 フェリクスの決断
「何か裏があると思っています。気を悪くしましたか?」
「……ふふっ、いいえ」
フェリクスにつられたように、メアリもついに噴き出して笑った。
「お話ししてしまえば、フェリクス様を呆れさせてしまうかもしれませんが……」
一頻り笑った後、メアリは少しだけ不安げに目を伏せて前置きをする。
「裏がありました。正直に話しても?」
それからすぐに顔を上げ、真っ直ぐフェリクスを見つめながら告げた。
「ええ、ぜひ」
どこか挑戦的にも見えるメアリの視線を受け、フェリクスはどうぞと笑みを深めて話を促す。
メアリは目元を和らげると、落ち着いた様子で話し始めた。
「私は、姉様たちが最も幸せになれる道を進んでほしいと思っています」
「家族思いなのですね。ですが、誰を選んでも、誰かが我慢しなくてはならない。ですよね?」
「そうですね。フェリクス様が婚約者を選ばなくてはならない時点で、最善はないかもしれません。でも、その中でせめて最良の道をと思うのです」
メアリは一度そこで言葉を切ると、深く息を吐き出してからフェリクスの正面に立った。
目の前で見下ろしたメアリは思っていた以上に背が低く、小さく感じる。
加えて、メアリの水色の瞳が宝石のように輝いて見えた。
「フェリクス様。私を婚約者として選ぶ気はありませんか?」
大人びた微笑みを浮かべながら告げたメアリの言葉は、暫しフェリクスの脳内を駆け巡る。
「私に不満はありませんから。フェリクス様さえ私でも良いと思えるのでしたら、これこそが最良の道だと思うのです」
メアリが朗らかに言い切ったその数秒後、ついに耐え切れないといった様子でフェリクスは大声を上げて笑い出した。
こんな風に笑うなど、フェリクス自身も何年振りかわからない。
畑が続く誰もいない道で、笑い声が風に乗る。
メアリもニコニコと笑みを浮かべていた。
「これは、やられましたね。どうやら僕は、知らない間に貴女に売り込まれていたようだ」
額に手を当てて笑うフェリクスは、ようやくそんな言葉を告げた。
メアリもまた、クスクス笑いながらさらにネタばらしをしていく。
「はい。そして、貴方がこうして気付いてくれるのをずっと待っていました」
「そうでしたか。まんまと策略にハマりましたね。僕としたことが、迂闊でした」
苦笑を浮かべるフェリクスであったが、やはり気分は悪くない。
今の彼は取り繕った顔ではなく、間違いなく素の表情を見せていた。
フェリクスは心から愉快だと感じていたのだ。
してやられたという悔しさも感じてはおらず、それがまた不思議だと奇妙な感情を抱く。
「とはいえ、貴女は僕に惚れているわけではないでしょう? むしろ、あまりそういった感情に興味がないのではないですか?」
「ええ、おっしゃる通りです。ですが少なくとも、好ましいとは思っています。それで十分では?」
「同感です。僕も、貴女を好ましいと思っていますよ」
好ましい。自分で言葉にしてしっくりときた。
(ああ、そうか。僕は彼女を好ましいと感じていたんだな。だからこんなにも気になっていたのかもしれない)
フェリクスは再びメアリと目を合わせると、またしても噴き出して笑い合ってしまった。
澄み渡る晴れ空が、なんだか彼らの心を表しているかのようだ。
それから少しして、フェリクスは姿勢を正した。
メアリも何かを察して背筋を伸ばしている。
「参りましたよ、メアリ嬢。……いえ、メアリ」
その場に片膝をつき、フェリクスはメアリの手を取った。
もう片方の手を自身の胸に当て、彼女の水色の瞳を見上げる。
その様子はまるで物語に出てくる王子様のようだ。
周囲が畑だというのにロマンチックな雰囲気になってしまうのは、フェリクスの整った容姿の力だろう。
(もう、迷うことなどないな。それに、彼女以外に適任者はいない)
これはお互い合意の上である。
しかも、メアリが意図的にそう仕向けたことだ。
フェリクスの罪悪感は消えていた。
メアリであれば、これまで悩まされた問題も全てが解決する。
その上、彼女は頭の悪い女ではない。妬み嫉みが渦巻く貴族社会の中でも、潰されずに立ち回れることだろう。
清々しい気持ちの表れか、今のフェリクスの表情は誰も見たことがないほど柔らかで優しいものになっていた。
「どうか、僕の妻になっていただけませんか?」
フェリクスの目と言葉は本気だ。
たとえそこに愛がなくとも、フェリクスはたった今、メアリの人生を背負う覚悟を決めた。
一方メアリは、そんなフェリクスの覚悟もロマンチックな雰囲気もわかってはいない様子だったが、返事の仕方くらいはきちんと心得ているようだった。
「はい。どうぞよろしくお願いいたします」
そっと彼の手を握り返して答えると、フェリクスは立ち上がってありがとうございます、と微笑み返す。
その笑みが、残念なことにいつも通りの胡散臭いものに戻っていたのだが、メアリに気にした様子はない。
それもそうかもしれない。なぜならこの姿こそが、メアリの知る腹黒眼鏡の次期宰相様なのだから。
「これで、少しは目にもの見せられると思いますよ。私の父に」
「? どういうことです?」
しかし、すぐに宰相様の仮面は剝がされることとなる。
来た道を戻るべく歩きながら、メアリが得意げに告げたのだ。
疑問を口にするフェリクスを横目で見ながら、彼女はニヤリと蠱惑的に笑む。
「だって、お父様が最も私を溺愛していますから。厄介な案件を持ち込んだ仕返しとしては、これ以上ないほど完璧だと思います」
悪びれもなく告げるメアリに、フェリクスはまたしても大笑いをさせられることとなった。




