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腹黒次期宰相フェリクス・シュミットはほんわか令嬢の策に嵌まる  作者: 阿井りいあ
婚約者選び編

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20 フェリクスの苛立ち


「ここでの恋愛沙汰はやめとけ、と言ったはずだが?」

「あー……見てた?」


 たった一言で全てを察した様子のマクセンは、頭を掻きながら告げた。

 その悪びれもしない態度に、フェリクスはこれみよがしに長いため息を吐く。


「よりにもよって、メアリ嬢に手を出すとは……」

「誤解を招く発言はやめて? 別に手は出してないから!」

「じゃあ、何があったのか話してみろ」


 マクセンが女性と二人で話しているというだけで手を出しているとみなすフェリクスは、腕を組んだまま笑みを崩さない。


 あんまりではないか、と思われるかもしれないが、マクセンの女性問題の数々を知る者なら誰もがそう思うことだ。

 これに限ってはマクセンの自業自得である。

 要は、日頃の行いというやつだ。


 当の本人もそう見られていることに自覚はある。

 しかしながら今日の流れを全て話せば絶対に叱られるだろう。


 実のところマクセンは、今日のやり取りでメアリがフェリクスの相手として適任だと確信していた。

 簡単に言うと、メアリをオススメしたい気持ちがあるのだ。


 だからこそだろうか、素直に教えてやるのも癪だと思ったらしいマクセンは、ニヤニヤしながら反論を口にする。

 怒れるフェリクスを前にこんな態度がとれるのはマクセンくらいである。


「プライベートなことにまで事細かに説明しなきゃいけないんですかぁ?」


 間違いなく主人に対してする態度ではない。

 だが、フェリクスはいちいち反応してやるつもりはなかった。

 マクセンはこちらのポーカーフェイスを崩したがっているだけなのだから。


「お前のプライベートなどどうでもいい。……相手がノリス家のご令嬢でなければ、こちらとしても事細かなプライベート事情を聞かなくて済んだんだが?」


 本気で怒っているのだということをわからせなければならない。

 フェリクスは途中から笑みを消すと、先ほどよりも低めの声で告げた。


 さすがにまずいと思ったのか、マクセンが慌てたように弁明をし始める。


「そ、そもそもお前が言ったんだろーが! メアリ嬢は若すぎるって! 候補から外れてるんだったら、俺が狙ったって別にいいじゃ……」

「よくないに決まっているだろ!」


 しかし、それはフェリクスの声に遮られた。

 滅多にない声を荒らげる主人の姿に、彼の従者は息を呑む。


 マクセンとしては、ただの確認だったのだ。

 メアリがまだ候補外にいるのかどうかの。

 フェリクスの認識がほんの少しでも変わっていたらいいな、くらいに思っていたのである。


 それがどうしたことか。

 過剰な反応を見せた意外すぎる己の主人に、驚いてしまうのも無理はなかった。


 フェリクスはいつだって冷静で、淡々と正論をぶつけて相手を丸め込むような男だ。

 今だって、自分がどれほど言葉を並べたところで言い負かされることを覚悟していた。まさか怒鳴られるとは思ってもみなかった。


 そうした理由でマクセンが声も出せずに驚いているのを見て、フェリクスもハッと我に返る。


(実際、僕が彼女はさすがにないと言ったのは事実だ。今もそう思っている。だが……)


 ごほん、と一つ咳をしたフェリクスは、続けて小さくため息を吐いた。


(無性に、苛立つ)


 額に手を当てながら複雑な表情を浮かべるフェリクスを見て、恋愛脳のマクセンはピンときた。


 が、腹黒で自分の損得で動くあのフェリクスが?という思いと、しかもよりによって相手はメアリ?という思いがあるからか、うまく受け止められずに混乱しているように見受けられた。

 納得するのを拒否しているようにも見える。


 結果、マクセンもまた言葉を続けることができず、ただ黙っていることしかできない様子であった。


 気まずい沈黙を破ったのはフェリクスである。


「……とにかく。これ以上、メアリ嬢に近付くんじゃない。彼女だってノリス家の令嬢で……一応は婚約者候補の一人なんだからな」


 どの口が、と言いたげなマクセンはグッと堪えて口を噤む。

 そのセリフは以前、マクセンがフェリクスに告げた言葉なのだ。


 だが今は、調子に乗ったマクセンが反省すべきところ。

 マクセンは一度頭を下げてからようやく口を開いた。


「……わ、かりました」


 話はこれで終わりと言わんばかりに、フェリクスはサッと片手を振ってマクセンの退室を促す。

 マクセンは深々と下げた頭をゆっくり上げると、静かに部屋を後にした。


 その際、じわじわとフェリクスの気持ちの変化を理解したマクセンが、緩んでいく口元を隠しながら去って行ったことをフェリクスは知る由もない。


 一人になったフェリクスは、イスにドサッと腰かける。

 それから眼鏡を外してテーブルの上に置き、両手で顔を覆った。


「マクセンの悪癖にも困ったものだな」


 彼が女性関係で揉めごとを起こすのは珍しいことではない。

 とはいえ、あまり大きな問題になることはなく、あっても少し口論になる程度のものだった。


 フェリクスとて、基本的にはマクセンのプライベートなことに口を出す気はない。

 決してシュミット家の名を落とすことのないように、という条件さえ守れば、後は自己責任で好きにしていいと伝えている。


 それでもよく口論になるのは、マクセンの想い人が揃いも揃ってフェリクスに惚れていたという状況が多かったからだ。

 フェリクス本人が巻き込まれるようなことはないのだが、その都度マクセンから愚痴を聞かされるのにはうんざりしている。


 ただ、今回は逆だった。

 フェリクスの相手に、マクセンが手を出していると言えなくもないこの状況。頭を抱えたくなるというものだ。


(相手がメアリ嬢でなければ、口を出すこともなかったというのに)


 そう、それだけだ。

 無性に苛立つのも、ただでさえ婚約者を選ぶという面倒な状況に置かれているというのに、さらに厄介ごとを持ち込んでくるのが許せないだけである。


 別に、メアリだからではない。


「ナディネ嬢やフランカ嬢だったとしても、同じように苛立ったはずだ」


 自分で納得させようと呟くが、どうもスッキリしない。

 それどころか、なぜか先ほどマクセンから花束を受け取って微笑んでいたメアリの姿ばかりを思い出してしまう。


 それがまた、余計にフェリクスを苛立たせた。

 メアリの方は、満更でもなかったのだろうかと考えてしまうのだ。


「……シャワーでも浴びるか」


 余計なことに気を取られている場合ではない。

 期日は迫ってきているのだから。


 王都に残してきた仕事のことも気になり始めてきた。

 うまく事が進まない今の状況がもどかしく、ストレスが溜まっているのだろう。気持ちを切り替えなくてはならない。


 全てはストレスのせいだと結論付けて、フェリクスは上着を脱ぎながらシャワールームへと足を運ぶのだった。


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