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19 メアリの忍耐力


 マクセンの話がまったく終わらない。


 最初は飽きさせないようにと気遣う様子を見せていたマクセンだったが、次第に自分だけが話し続けるようになった。

 おかげでメアリはマクセンが王都でどう過ごしていたのかなどを延々と聞く羽目になっている。


今度こそ帰ろうと馬車に向かう道中で花屋に立ち寄ったり、噴水前で休憩をしようと言ったり。

 どうにかつき合い続けて、今はようやく馬車で帰宅中だ。

 その間も、メアリは御者台で、マクセンは馬で並走しながらずっと喋り続けているのである。


 基本的にメアリは話をするよりも聞くタイプだ。

 マクセンがたくさん話してくれる方が助かるのは間違いない。


(なんでこんなに話題があるのかしら?)


 ただ限度というものはある。

 マクセンは人当たりのいい人物だが、相手の様子を窺うことをしないのかもしれない。


 もっとわかりやすく言うと、察する力がないのかもしれないとメアリは内心で失礼なことを考えてしまっていた。


「あ、そろそろ屋敷に着くね。従者の仮面を被らないと」

「従者の仮面、ですか?」

「そ。俺はこんな性格ですが、仕事はちゃんとするのですよ、お嬢様」


 言葉を返しながら、マクセンはこれまでのヘラヘラとした笑みから真面目な顔へ、気さくな態度からから畏まった口調になった。随分と器用な人である。


 と同時に、やっと見えてきた我が家にホッと安心する。いつも以上にこの道のりが長く感じたからだ。


 マクセンは悪い人ではない。

 主人のために泥を被るほど忠誠心が高いし、会話だって楽しかった。

 この短時間でかなり慣れはしたのだが、どうにも気疲れしてしまったようだ。


 メアリは元々、人見知りなのだから頑張った方である。最初に試された件があるからかもしれない。


 馬小屋に到着すると、メアリが御者台から下りるよりも早くマクセンが馬からひらりと下りて手を差し伸べてきた。


「お手をどうぞ、メアリお嬢様」

「えっ。あ、ありがとうございます」


 いつも馬の準備から何から一人でこなすメアリにとって、こういったエスコートは初めてのことであった。

 気恥ずかしさに照れてしまうメアリを、マクセンは微笑ましげに見つめている。


「それからこれ。本日はお付き合いいただきありがとうございました」

「えっ!?」


 地面に降り立ったメアリの目の前に、花束が現れた。

 これは先ほどの花屋で、マクセンが買ったものだろう。


 あまりにも突然、かつ初めての出来事の連続にメアリは混乱した。

 だが状況から察するに、この花束は自分への贈り物だということはわかる。


 メアリは慌てて両手を小さく振り、受け取れないことを告げた。


「たっ、大したことはしていませんので……」

「いえいえ。かわいらしいお嬢様とデートさせていただけたのです。ほんのお礼ですから。それとも」


 恐縮しきりのメアリに、マクセンが大きな身体を屈めて耳元に口を寄せた。


「こういったことを男からされるのは、初めてなのかな?」

「っ! からかわないでください」


 ボッと顔から火が出る勢いで赤くなったメアリは、ケラケラと笑うマクセンを睨み上げながら叫んだ。

 こういったことには本当に慣れていないのだ。

 相手に関係なく、恥ずかしさが込み上げてくる。


 間違いなくからかわれている。

 これもまた彼の手口なのだろうとメアリはしっかり脳裏に刻んだ。


「メアリお嬢様もお年頃ですから、慣れておいた方がよろしいかと。俺の途切れないお喋りにも、嫌な顔一つせず聞いてくれた忍耐強さはさすがでしたが」

「……また試していたのですか?」

「気分を害されたのでしたらすみません。ですが俺は、女性と出かける時はいつもそうしているんです。こちらをどう思っているのか、すぐにわかるでしょう?」


 続けられた彼の言葉に、メアリはもはや呆れるしかない。


 やはりこのマクセンという男は、フェリクスに負けず劣らず一癖もふた癖もある人物であるらしい。


 パン屋での一件から彼の厄介さはわかっていたというのに、軽い人柄に隠された本質を見抜けなかったメアリは、自分の未熟さを心の中で嘆く。


「さっきはあっさり見抜かれちゃいましたからね。今度は騙せて満足です」

「いい性格をしていますよね……」


 異性とのやり取りに関して勘が鈍るのは、ある意味仕方ないことでもある。

 メアリは家族から、それはそれは大切に育てられた筋金入りの箱入りお嬢様なのだから。そもそも異性に耐性があまりないのだ。


「ご教授ありがとうございました。後学のためにしっかり覚えておきます」

「やっぱりメアリちゃんは賢い子だね。次からは、俺ももっと本気で口説くことにするよ」

「……本当に、マクセン様は嫌な人になるのがお上手ですよね」

「ははっ、褒め言葉として受け取りまーす!」


 しかしおかげでメアリは学んだ。もう二度と、同じような手口に騙されることはないだろう。


 ヘラヘラと笑うマクセンに恨みがましげな視線を送ったメアリは、一度目を伏せて気持ちを落ち着けた後、ようやく渡された花束を受け取った。

 いつも通りの、ほんわかとした笑顔を浮かべて。


「ところで仮面が外れていますよ、マクセンさん」

「おっと。これは失礼」


 笑顔の仮面を被った二人は、暫し互いにニコニコと笑みを見せ合うのであった。




(なぜ、マクセンがメアリ嬢と……?)


 一方、屋敷の二階の部屋からそんな二人の様子を見ていた者がいた。フェリクスである。


 遠目であるため、二人の会話はわからない。

 わかるのは二人仲良く町から馬小屋に戻り、マクセンがメアリに花束を贈り、楽しそうに会話を繰り広げた後、親しげに微笑み合っているということだけ。


「あいつ……ここで女性に手を出すなとあれほど言ったというのに」


 フェリクスはスゥッと目を細め、ご機嫌な様子で屋敷の方に向かってくるマクセンを冷ややかに見下ろした。約束を破った従者にはどんな罰を下そうか。


 沸々と込み上げてくる怒りをどうにか抑え、フェリクスはマクセンが戻って来るのを部屋で待った。


「ただいま戻りまし、た……?」

「ああ、おかえり」


 美しい者が怒るととても怖い。

 マクセンは主人の目だけが笑っていない笑顔を見るなり、彼がかなりお怒りであることを察したらしく背筋を伸ばした。


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