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17 メアリの所感


「でもさ、ナディネ様が候補から外れて、メアリが候補に入ったかもしれないのはいいとして。それでも今のところ、一番の候補はフランカ様なのよね?」

「んー……」


 昨日のやり取りについて、メアリはサーシャにフランカの事情までは語っていなかった。

 さすがに個人的なことであるし、推測の域を出ない姉の心情を、いくら親友相手とはいえおいそれと話すわけにはいかないからだ。


「確かにそうなんだけど……フランカ姉様と話し合ったようで。迷っているみたいだったわ」


 結局、メアリはこの程度しか説明ができない。


 しかし伊達に客商売をしていないサーシャである。

 歯切れの悪いメアリの言葉に何かを察したらしい。


「ふむ。フランカ様に何か事情がある感じね?」

「さすがね。察してくれて助かるわ」

「ふふん、このくらいわけないわよ」


 メアリが感心したように告げると、サーシャは胸を張ってニッと笑った。

 そのままテーブルに肘を置いて頬杖をつきながら口を開く。


「でも、相手の事情を考えて迷うだなんて、フェリクス様もただ冷たい人間ってわけじゃないみたいね? メアリが言うなら腹黒であることは確かなんでしょうけど」

「責任感のある方なんだと思うわ。合理主義者なのか確かに冷たい部分はあるのだけれど、フェリクス様からは人に対する敬意が感じられるもの」


 フェリクスは実際、不必要に相手の気分を害するようなことはしない。

 それどころか、いつでも人好きのする笑みを浮かべて接してくれる。


 それはつまり、できることなら穏便に、最も互いが納得する形でこの話をまとめたいのではないか、とメアリは予想を述べた。

 例えそれが面倒だからという理由であっても、波風を立てないのは良いことだと思える。


「なるほどねー。でもそれって、やっぱり冷たい人なのかもしれないわね」

「そうなの?」

「そうよ。滅多に本音を見せないから壁があるってことでしょ? 本気で愛する気がないなら夫婦でさえビジネス上の関係になりそうじゃない。メアリは平気なの? 決して心の内に踏み込ませてくれない男が夫で」

「? 誰だってそういうものでしょう?」


 きょとん、とした顔で首を傾げるメアリに、サーシャはがっくりと項垂れた。


「ああ、メアリも割とそっち側の人間なのね……」


 案外、似た者同士でお似合いかもしれないとサーシャは思った。


「とにかく! フェリクス様が迷っているというのならチャンスじゃない? もう半月もないんだから、そろそろ勝負に出る頃でしょ」


 ナディネもダメ、フランカにするのも戸惑われる。

 そうなるとやっと眼中に入ったであろうメアリを選んでもらうまであと一歩というところだ。

 ここまで、メアリの計画通りと言えるだろう。


「そうね。もう少し、踏み込んでみようとは思うけれど……」

「けれど?」


 しかし、メアリは何かを考えるように顎に手を当て、真剣な顔をしていた。

 順調に事が進んでいるのに何が問題なのだろうか、とサーシャが聞き返す。


「万が一、フェリクス様がフランカ姉様を気に入ったというのなら、私には何もできないわ」


 メアリはあくまで、フェリクスが誰でもいいというのなら自分を選べばいい、というスタンスなのだ。

 もし姉のどちらかを好きになったのなら、迷わずそちらを選んでもらいたいと考えている。


 姉たちのことを思えばすんなりと良いとは言えないのだが、フェリクスの気持ちを無視してまで奪おうとは思えない。


「……そんなこと、あるの?」


 一方で、サーシャは呆れた顔を見せている。

 メアリだって、あのフェリクスが誰かに恋をするなんて想像もできない。

 万が一の可能性だってないだろうとは思っているのだが。


「同情が愛に変わることって、結構あるのでしょう? 人の気持ちがどうなるかなんてわからないわ。きっと、誰にもね」


 人の心は変わるもの。本人でさえ知らぬ間に変わることだってあるだろう。


「……それもそうね」


 サーシャはスッと遠い目をしながらそう答えた。

 それから、メアリには聞こえないほどの小さな声でポツリと呟く。


「メアリ自身も気持ちが変わる可能性があるってこと……わかっているのかしら」


 恐らくわかっているようで自覚はないのだろう。


 親友の行く末を思って、サーシャは心配な気持ちを募らせるのであった。




 サーシャのいる食堂を出た後は、買い物をしてから帰る予定となっている。


 いつも向かうお店で果物を購入し、馬車に戻ろうと歩いていると、見覚えのある人物が目に入ってきた。

 その人物もまたメアリに気付いたようで、笑顔を見せながら近付いてくる。


「こんにちは、メアリお嬢様」

「こんにちは。貴方はフェリクス様の……」

「はい。従者のマクセン・ロビーと言います。どうぞ、マクセンとお呼びくださいね」


 フェリクスよりも背の高いマクセンと目を合わせようと思うと、メアリは思い切り見上げなければならなくなる。

 それをあらかじめわかっていたのだろう、マクセンは少しだけ屈みながら礼をしてくれた。


(気を遣ってくださっているのね。フェリクス様の従者ですもの。彼もきっと優秀なんだわ)


 明るい笑顔を浮かべるマクセンには、裏表がないように見えた。

 恐らく、もともと社交的なタイプなのだろう。


 メアリは、彼の口調や表情からマクセンが堅苦しいのはあまり好きではないのだろうことを瞬時に読み取った。


「ではマクセン様。その、どうぞ楽に話してください。私に対して畏まった態度をとる必要はありませんから」


 メアリがふわりと笑いながらそう言うと、マクセンはわずかに目を見開いて驚いた様子を見せた。


「……そんなにわかりやすかったですか? 俺」

「いえ。なんとなく、そんな気がしただけです。あの、本当に楽に話して大丈夫ですよ。もし内緒にしてほしいなら誰にも言いませんし」


 メアリが人差し指を立て、少しだけ口の端を上げて微笑むと、マクセンもまた意図を察してニヤリと笑う。

 そのまま上体を起こすと、赤茶の髪を片手で掻き上げながらお言葉に甘えて、と告げた。


「いやぁ、まいったな。でも助かるよ。俺、お上品にし続けると倒れちゃう持病があるからさ」


 マクセンが冗談めかして言った内容に、メアリはクスッと笑う。期待通りのメアリの様子にマクセンはさらに言葉を続けた。


「さすがに、メアリちゃんって呼んだら怒る?」

「いいえ。お好きなようになさってください」

「やった! でも叱られるんでフェリクスにはこれで」


 マクセンはウインクをしながら、先ほどメアリがしたように口元に人差し指を立てた。


「ええ。秘密ですね」


 それを見てメアリはいつも通りほんわかとした笑みを浮かべながら確信する。


(マクセン様は女性慣れしているわね。距離の詰め方が早いもの)


 わかりやすいマクセンの性格など、メアリにはお見通しであった。


 とはいえ、彼にとってもメアリはかなり年下の小娘に過ぎない。

 フェリクスと同じで子ども扱いになるだろうという考えに至る辺り、メアリは少し鈍かった。


「ね、どこかお茶が飲めるお店はないかな?」

「それでしたら、この先にパン屋さんと併設しているお店がありますよ。と言いますか、そこしかないのですけれど」


 この町はあまり大きくはない。

 そのため、お茶ができるようなお洒落なお店もほとんどないのだ。


 王都に住むマクセンのような人にはさぞ田舎に思えるだろうとの気持ちから、メアリはやや恥ずかしそうだ。


「素敵じゃないか! もしかして、お屋敷で出してくれているパンはその店で?」

「え? あ、はい。そうです」

「わぁ、最高! あのパン、すっごく美味しいよね。使っている小麦がいいのかな。ぜひ行ってみたいんだけど、メアリちゃんも付き合ってくれないかな?」


 さすがの話術である。わかってはいても町のことを褒めてもらえるのは嬉しいものだ。

 メアリは一つ頷いて、その申し出を受け入れた。


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