10 メアリの目論見
メアリは平和主義だ。そしてあまり欲がない。
姉二人のようにやりたいことが特にあるわけでもなく、かといって絶対にやりたくないと思うこともなかった。
言われればなんでもやるメアリは器用でもあったため、一通りのことがそれなりにできる。
生きていく上で困ることはなかった。
それでも万能ではない。
人より体力はある方だが小柄な身体は非力であるし、運動は好きでも速く走ることはできない。
だが、それでも困ることはなかった。
なぜなら、メアリには彼女を助けてくれる人がたくさんいるからである。
いつもニコニコしているメアリはみんなから愛され、少し頼めば、時には頼まなくても力になってくれるのだ。
(さっきは、たぶんうまくいったんだと思う)
カポカポと馬を進ませながら、御者台の上でメアリは先ほどのことを思い出していた。
彼女は昔から、人の会話が噛み合っていない時にすぐ察することができた。
なぜわかるのかと言われると、なんとなくとしか答えられない。
むしろメアリにとっては、なぜみんなは気付かないのかが不思議なほどで、当たり前にわかることなのだ。
だから今回も、質問の意図がわかったから答えただけ。いつも通りのことをしただけだった。
そしてフェリクスは、それに気付いたのだろうとメアリは思う。
おそらくだが、自分の印象が上方修正されたのだろうことも察していた。
(何が良い印象に結びつくのかわからないわね。それなら……うん、この調子でフェリクス様の視界に入る頻度を増やしていこう)
自分が人好きのするタイプだということはわかっている。
フェリクスのようなタイプに気に入られるかはわからないが、少なくとも嫌がられないよう振舞える自信はあった。
ちなみに、惚れてもらおうだなんてことは微塵も考えていない。
自分を婚約者にすれば全てが円満解決するということをわかってもらうのがメアリの目的だった。
(お昼には町に来るのよね。ナディネ姉様が連れて行くならあのお店だろうから……よし)
目下の目標は、ナディネの異性の好みを知ってもらうこと。
明るくて嘘の吐けないナディネのことだ。すでにボロを出しており、フェリクスは何かしら察している部分もあることだろう。
だからこそ、ハッキリとわかってもらういい機会だとメアリは考えたのだ。
(ナディネ姉様が乗り気じゃないことがハッキリとすれば、私を候補に入れることも考えてくれるかも)
十歳も年下なのだから、子ども扱いされていることには気付いている。
だが、貴族家の結婚でそのくらいの年の差はよくあること。
まずは思っているほど子どもではないと知ってもらえるよう、フェリクスの前では大人っぽく見えるような振る舞いも心掛けていた。
もう一度言うが、メアリは平和主義だ。
家族を愛しており、自分より人の喜ぶ姿を見るのが好きである。
(男性を愛するだとか、そういうのはわからないけれど。たぶん、誰が相手でもうまくやれると思うわ)
生真面目な人でも、豪快な人でも、少し意地悪な人でも、メアリは相手に合わせてできるだけ波風立てずに付き合える自信がある。
もし暴力的な人が相手だったとしても、周囲に助けを求めることができるくらいには強かでもあった。
その辺りを考えるとフェリクスは身元もしっかりしているし、無駄に嫌なことをするわけでもなさそうに見える。
彼と結婚することになったとしても、自分はあっさりと受け入れてしまえるだろう。
(……愛することを求められたら困ってしまうけれど、そんなタイプにも見えないし。案外、お互いの利害が一致すると思うのよね。腹黒だなんてことは、大した問題でもないし)
フランカが選ばれたら、フランカがものすごく我慢することになる。
ナディネもそうだ。その点、自分は泣きたくなるほど拒否したい理由があるわけでもない。
これが一番平和的で、円満な解決。
フェリクスさえ、自分を選んでも良いと思ってくれたなら。
だからメアリは、こっそりと計画を練るのだ。
(フェリクス様だって、頭が悪い女性でさえなければ私たち姉妹の中の誰でもいいと思っているはずだもの)
そこに勝機がある。
メアリは手綱を握る手にギュッと力を込めた。
ほどなくして、メアリは町に辿り着く。
飼料を買うための店に馬車を停めると、店主がすぐに駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ! 今日はメアリお嬢様がいらしたんですね! いつもので良いですか?」
「こんにちは。ええ、お願いしても?」
「もちろんでさぁ! メアリ様は他に買い物して来ますかい?」
店主は慣れた手つきで馬の手綱を受け取りながら、にこやかに訊ねてくる。
彼はこうしていつも同じ質問をしてくれるのだ。
それはメアリが毎回、他の店でも買い物をすることを知っているからである。
「いいかしら? いつも頼んで申し訳ないのだけれど……」
「何をおっしゃいますか。ノリス家の皆さんがいるからこそ、この領は豊かで平和なんです。このくらい、なんてことないですよ。メアリお嬢様が戻るまで馬に水もやっておきますから」
「いつも本当にありがとう。とっても助かるわ」
「へへ……むず痒いねぇ。お嬢様にそう言ってもらえるなんて、今日はいい日だ!」
こうしてメアリは、いつものように店主に笑顔で見送られながら買い物へと向かう。
だが今日は、買い物へ向かう前にある場所へと足を進めた。
ナディネがフェリクスと向かうであろう食堂と、とある場所へ。