第2話 サポート窓口にて2
ようやく話の出来そうな奴が出てきた。やはり下っ端は駄目だ。サポートなら上の奴に限る。
「ばかもの! なぜもっと柔軟に対応出来ない。このマニュアル女が!」
オータムが窓口の女に怒鳴った。
「申し訳ございませんマネジャ。ですが保証が切れているんです」
「保証が切れています。だから出来ません。これでは誰も納得せんぞ。何のための窓口だ。定型ルールを案内するだけなら張り紙で十分だ。お前らがいる意味を考えろ。頭を使え頭を!」
女が涙目になって俯く。気の毒そうに見えた。
「いや。もういいよ。とりあえず保証期間を延ばしてもらえれば許すよ」
「勇者様の有り難いお言葉、痛み入ります。ですが、これは勇者様が考えている以上に深刻な話なのです。少々お時間を頂いても良いですかな」
そう言ってオータムが窓口を離れ向こうに歩いて行く。この窓口の隣にも別の窓口があって、白い板で仕切られている。そのさらに向こうにも机があって勇者をサポートする受付は十個も二十個も向こうに続いている。俺のほかにも受付でやり取りをしている勇者は大勢いた。
オータムが、ほかの窓口の女たちにも聞こえる声で呼びかけた。
「聞きなさい! 犬ども!」
魔力を使って声のボリュームを引き上げている。拡声器ばりに声が響いた。先ほどまで耳に届いていた小さな話し声が、すべて止まった。
「いいですか、あなたたちの役割は勇者様を導くことです。それがサポート窓口の使命です。忘れてはいませんか。この世界は勇者様が転生してくることで成り立っている事実を。彼ら彼女らは、みなお客様です。お客様は勇者様なのです。ほら、そこの君」
オータムが窓口の女を一人、指名した。「はい」と答えて女が起立する。やはり犬族だ。
「お客様は?」「勇者様です」
「そうだ。稀に宝箱やスライムや剣に転生される方もいるが、彼らは窓口にはやって来ない。この窓口にやって来るのはいつも勇者様だ。もう一度」
「お客様は勇者様!」
「もっと声を上げて。みなも一緒に。さんはい」
「お客様は勇者様! お客様は勇者様!」
犬族の女たちが全員起立して、声を揃えて呪文のように唱える。
なんかヤバい会社の朝礼みたいになってきた。
「お客様は勇者様! お客様は勇者様!」
「いいぞー。そこまで」
オータムが手で制した。
「みな肝に銘じておけ。お客様は勇者様だ。数ある異世界の中からこのイナーカを選んで頂いた。そのことへの感謝を忘れるな」
「はい!」と大勢の返事。
「この世界に勇者様は必須だ。なぜだか分かるか。そこの君」
別の犬族の女を指名する。女が背筋を伸ばして答えた。
「この世界は深刻な人手不足だからです。勇者様が転生して来ないと労働力が確保できません」
「なぜだ? なぜ労働者がこんなにも減ってしまった?」
「魔物に食われるからです」
「そうだ。森に入った労働者の多くが魔物に食われる。そんな魔物を蹴散らし、魔物の中から生まれてくる魔王を退治してくれるのが勇者様だ。勇者様がこの世界を支えていると言っても過言ではない。分かったら、さっさと勇者様のサポートをしろ。この犬畜生どもが!」
その言葉でまたサポート窓口の対応が再開された。オータムもこちらに戻ってくる。
「お待たせしました勇者様。渇を入れて来ましたので、もうご安心下さい」
「はあ。なんか闇を垣間見た気がするけど、まぁいいや」
「さて、契約書は。どれどれ」
オータムが机の上の分厚い契約書をぱらぱらとめくる。そして血判を確かめると「ふむふむ」と納得したようにつぶやいた。
「不備はないようですな。勇者様。一年保証は切れております」
「そう言われたんだよ。それで、どうなるんだよ。保証は」
「保証はありません。サポートは終了しております。以上」
「ええっ? どゆこと?」
「保証は終了しております。お帰りになって下さい。以上」
「いやいや、待てよ。おいオータム! お前が登場して振り出しに戻ったぞ。自覚あるか? なに、時間戻した? まさかのループ展開?」
俺は困惑した。先程までの統率力はなんだったのか。お客様は勇者様! なにが勇者様? とんだ茶番を見せやがって。なんのフリだよ。
オータムが渋い顔で答えた。
「間違いなく契約は有効です。覚えていないようでしたら、お見せすることも可能です」
「お見せするだと? どうやって」
オータムが優雅な身振りで二回、ぽんぽんと手を打ち鳴らした。天井を見ている。俺もその先を振り仰いだ。高めの天井に巨大な一つ目を持つつぶらな瞳のコウモリがぶら下がっている。目玉がほぼ本体で、目玉から羽が生えている生物だ。それが机の上にばたばたと降りてきた。
「うわ、なにこいつ」
「一つ目コウモリ族のオオキ・メーです」
「メ~」
鳴き声はどう聞いても山羊だ。
「それどうするんだよ」
「こいつは見たものを記録しています」
そう言って、オータムがメーの頭部をバシンと叩いた。
「メ~」
目をちかちかさせて、前方にぶわんと映像が表示された。プロジェクターさながらに。
「うわ、なんか出た」
ばしばしばし、オータムがメーを連打で叩く。
「メメメ、メ~」
「叩きすぎだろ」
「叩いた数で日時調整します。ちょうど一年前に勇者様がここを訪れたと記録にあります」
ばしばしばし。ばしばしばしばし。
「メメメ、ウエッ、メ、メメ、ダメ、ゴロ……ジデ……メ~」
「いまなんか別の言葉しゃべったぞ」
「気のせいです」
「やべーだろこの窓口」
まもなくして一年前の映像が映し出された。そこには別の窓口の女と、一年前の俺がテーブルを挟んで着席していた。
「これ俺か?」
思わず声に出る。確かに俺の面影がある、気がする。日本で着用していたアパレルショップで買った安物のティーシャツに、破れた青いジーパン。黒髪でワックスも塗らずに前髪が変に揃っていて非常にダサい。童貞感丸出しの男だった。
「あ、これやべー。黒歴史かも。やめろ見せんな」
俺の胸が急に締め付けられた。忘れていたかった記憶がいまここに。
映像の中で俺と窓口の女のやり取りが開始される。
『勇者様。この度は、私たちの異世界イナーカにご転生頂き誠にありがとうございます。わたくし異世界サポート窓口の担当、モナカと言います。どうぞよろしくお願いします』
『あ、はい。ども』
頭を下げる俺。声も小さい。人見知りで陰キャの青年。いやこの時すでに三十五歳なので青年は苦しい。中年だ。髪もやや薄くなっている。転生時、そう言えば現世で死亡した際の見た目のまま、こっちにやって来たんだった。モテそうにない雰囲気なのは当然だ。
『まずはこちらの契約書をご覧ください』
と言って、女が分厚い契約書に手を伸ばした。
『響木正道様、三十五歳。勇者枠での転生となります。この地域はイナーカの東に位置するウカーブ島のスターレという町でですね、これこれ、かくかく、しかじかのですね――』
長々とした説明が始まる。俺はたまに相づちを打ったりしてその話に耳を傾けている。
しばらくして、女が尋ねてきた。
『ここまでで疑問はありますか?』
『大丈夫です。勇者枠なんですね。てっきり、希望が通ると聞いていたので農民枠かと』
穏やかな口調で俺が言った。窓口の女が眉を潜めて続ける。
『そうなんです。勇者枠なんです。というのもですね、いま転生者様の枠がほとんど勇者枠となっておりまして。農民枠は当選倍率が非常に高く、ご案内が難しい状況です。なので最初は勇者様として転生して頂く形となります』
『魔王とか倒すんですよね。それは、ちょっと』
『一匹は倒してもらう必要がございます。ただ安心して下さい。勇者枠での転生の場合、素敵な特典がついているので』
『素敵な特典?』
『はい。この異世界イナーカだけの特別特典です。なんとほらここに書かれてある通り』
契約書をぱらぱらとめくり、そこを指で示す。窓口の女が大仰に声を張り上げた。
『勇者枠での転生には、なんと、チートハーレム保証が付属します!』
あっ、と隣にいたレンゲが声を上げた。
「ここからのようですね」
「そのようですな」
オータムもそれに続く。みなで映像の続きを見守った。映像の中の女が、案内を続けた。
『このチートハーレム保証を使えば、魔王だって一撃ぺこん、で倒せちゃいます。だいたいの勇者様は二週間くらいで魔王を倒されてますね』
『なるほど。魔王を一匹でも倒せば、後は自由なんですね』
『ですです。なので実質は勇者様としての活動は短期で終わります。その後はこの保証を自由にお使い頂いて構いません。素敵だと思いませんか? チート能力、欲しいですよね』
『うーん。チート能力自体は、そこまで欲しいとは思ってなくて』
『ええっ!』
窓口の女が仰け反る。
『それはいったい、どうしてですか?』
『いや僕、普通に畑を耕して、のんびり暮らしたいなと思ってて』
『それで農民枠を希望していたと』
『そうです。ここの異世界は野菜が美味しいって聞いたので』
『たしかに。ここイナーカの野菜はとても美味しいです。大自然ですくすくと育ったジャグイーモとンニーンジなんかは絶品です。でも、先ほども申した通り魔王をさくっと倒しちゃってからでも農民にはなれますのでご安心下さい。それにチート能力を使えば、いくらでも土地を開拓し放題です。ハーレム保証も付属するので、お嫁さんもたくさん作って』
『いや、ハーレムも要らないかな』
『ええっ!』
窓口の女がまた仰け反る。
『驚きです。私こんな珍しい勇者様を見たの初めてです。勇者様に転生して、チート無双したいとか、モテモテになりたいとか、そんな願望はないんですか』
『普通でいいです。普通のスローライフで。健康な身体と美味しい食事と、あと出来ればお嫁さんが一人いれば、それで幸せです』
『まるで聖人ですね。あなたに幸あらんことを』
窓口の女が両手を結び、祈りを捧げた。そして納得したような声で続ける。
『分かりました。スローライフを希望している勇者様のお気持ちは、よく分かりました。ですが転生はあくまで契約書に記載の通り、勇者枠でとなります』
『まあ、分かりました。一匹倒せばいいんですよね』
『はい。さくっと倒して下さい。ただ注意点がございます。ここは、とても重要なのでご理解頂きたいのですが』
契約書のページを一枚めくり、女がそこを指でとんとん叩いて続ける。
『チートハーレム保証は一年間有効です。一年間のみ有効です。それ以降は効力が切れますので、ご注意下さい。忘れないで下さい』
繰り返して強調する。俺が頷いて答えた。
『分かりました。正直、なくても良いんですけど』
『いえいえ、魔王退治にはこの保証は必須です。一年間ですので魔王退治は余裕を持って、出来れば半年が過ぎる前くらいには済ませて下さい。じゃないと、チートがない状態での魔王退治は、なかなかハードです。人生の半分くらいを捧げることになりますよ』
『魔王って、やっぱり強いんですね。話の流れ的に弱いのかと思ってました』
『チートが強すぎるんです』
『でもまあ、分かりました。早めに魔王倒します』
その返事が終わったタイミングで、映像がぱっと停止した。
画面を見守っていた連中がみな一様に、俺に視線を注ぐ。
「ちゃんと案内されてますね」
とレンゲがつぶやく。
「マニュアル通りですな。以上」
オータムがそれに続いた。