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第0話 権力が崩壊するまで

「国王陛下が戻られたぞー」


 馬車に揺られ、王である俺が帰還した。大げさなくらい民たちが集まり、王の帰還を笑顔で出迎えてくれる。肝心の俺はというと、馬車の上で女に囲まれ、浴衣姿で下駄なんかを履いていたりする。自慢の金色に輝くふさふさの髪は、今日ばかりはセットもされずに前髪も垂れている。これが魔物退治であればハードワックスでつんつんに固めて出撃していたことだろう。


「休暇から帰っただけでこれだ。大げさが過ぎるぞ」


 俺が呟く。王都から少しばかり離れた避暑地へ温泉旅行に出掛けていたに過ぎない。たった四泊、都を留守にしただけでこの喜びよう。王に対する民からの信頼は絶大なものだった。


 豪華な馬車が通る道の両脇には、大勢の民が並ぶ。みな笑顔でこちらに憧れの眼差しを向けている。幼い子供たちが両手を振って歓迎してくれた。


「お帰りなさい国王様! これでこの国も安心だ!」

「はっはっは。その通りだ。俺がいる限り安心して暮らすが良い」


 俺は馬車の上から手を振り返してやった。歓声が強くなる。国王陛下万歳、と誰かが叫んだ。


「あら、子供には優しいですのね」


 隣に座っている側室の女が、耳元でぼやいた。

 俺の両脇には三人の女がいる。耳の長いエルフの娘と、猫耳をたまにぴくりと動かしながら毛繕いをしている獣族の娘、そして頬にそばかすのある人間の女だ。

 俺は人間の女に向かって、言い返した。


「子供だけじゃない。女にも優しいぞ俺は」

「じゃあ私にも優しくして下さいな」

「旅行中あれだけ優しくしたじゃないか」


 すると女は余計に俺の元にもたれ掛かってくる。大きな胸が腕に当たるほどに。


「もっと甘えたいって意味です。今宵は、誰をお召しになるのですか?」

「まったく。民の前だぞ。少しは場を選べ」

「周知の事実ではありませんか。王なのですから堂々となさって下さい」


 観衆はそんな俺たちの姿を見ても、驚きもしない。国王に女がいるのは当然なのだ。妻もいるが、王が望めば何人でも妾を作ることができる。

 実際、俺には千人の女がいる。みな等しく愛している。

 俺は人前で少し気恥ずかしくなって、妾の女から顔を背けた。

 民の中に混じっている一人の娘と、ふと目があった。まだ若い。少しぼろい布の服を着て、赤い頭巾をかぶっている。目の大きな可愛らしい娘だ。田舎娘だろうか。頬を紅潮させてこちらを見ていた。この国では遠路はるばる村娘が王都へとやって来る。出稼ぎに来ることもあるが、噂では、王に見初められて側室として仕えることが目的になっている娘もいると聞く。本当かどうかは分からないが。


 俺は、その娘にも手を振ってやった。


 娘は驚いたように目を見開いて、口元に手を当てた。嬉しそうに目に涙を浮かべる。いまにも泣き出しそうな表情だった。きっと苦労を重ねてきた娘なのだろう。あとで王宮に呼んでやろう。また一人、側室の女が増えそうだ、などと俺は予感を覚えていた。


 いつしか大衆の中で「陛下万歳、陛下万歳」というかけ声が生まれていた。民に愛されること、王としてこの上なく嬉しい。この国と民と、そして千人の女たちを俺は守り抜いて行くのだと、心新たに決意を固める。

 ばんっ、と銃声が響いたのはその時だ。民の声が一斉に止んだ。銃声は二度、三度と鳴った。

 民が悲鳴を上げる。一瞬にして混乱と恐怖が広がった。


「落ち着けいっ!」


 俺が馬車の上で立ち上がる。その声が瞬く間に波及して、民たちは落ち着きを取り戻した。

 目の前に三発の銃弾が浮かんでいた。俺と女たちを狙ったものだ。もちろん阻止した。三発の鉛玉は見えない魔力の壁に阻まれて、目の前でぼろぼろと下に落ちた。


 俺は弾の飛んできた方角へと、怒りの眼差しを向けた。少し離れた建物の上に数名の覆面が身を潜めている。覆面たちは慌ててその場を去ろうとしていた。


「闇討ちとは卑怯な。堂々と出てこい!」


 俺は羽織っているマントの中に手を伸ばした。ちょうど左脇の後ろ辺りに異次元に繋がっている穴がある。そこへ右手を突っ込むと中から必要なものを取り出すことが出来る。六次元ポケットと俺は呼んでいる。


 俺が取り出したのは、今週号のジャンプだった。


「ふん。間違えた。これを持っておけ」


 俺は今週号のジャンプをエルフの女に預けると、再び六次元ポケットに手を突っ込んだ。

 次に取り出したのは黒い磁石だ。魔力を帯びた磁石で、黒い色をしているように見えるが表面は透明なガラスのように透き通っており、中で黒い煙がゆっくりと渦巻いている。煙の色が黒いので黒く見えている透明な玉である。悪党磁石と俺は呼んでいる。引きつけるものは磁力を帯びた物質ではない、俺が悪党と認定したものだけを強力に引きつける。


 俺は悪党磁石を、停止した馬車の前方に放り投げた。玉が砕け散る。中から煙がぼわんと出てきて、遠方の方から、先ほど逃げ出した暗殺者たちが三人、すさまじい勢いで飛んできた。


 煙に張り付けにされる形で、三人の覆面たちが横一列に並ぶ。足をばたつかせている。


「どこの国の差し金だ。名乗れ」

「ゆ、許してくれ。俺たちは雇われたんだ」

「名乗れと言っている。王の命が聞けぬか」


 俺が繰り返す。一人の男が覆面を剥いで、顔を晒した。


「お、俺たちは……ううっ」


 言葉を続けようとして、息が詰まったように苦しみ出す。三人の男たちは両手を顔に当てて、悶えたかと思うと、その姿は見る間に巨大な魔物へと変貌を遂げた。狐のような顔と、鋭い赤い目。馬車よりも巨大な体躯で、こちらを見下ろす。


 民たちが悲鳴を上げながら逃げ出して行く。


「呪いか。哀れな」


 こうなってしまっては助からない。どうやら魔術の力によって操られているらしい。


「うおおーんんっ!」


 狐の魔物が吠える。魔物を縛り上げていた磁石の煙は、変身の際に吹き飛ばされてしまった。そう易々と解かれてしまうほどヤワな道具ではない。それすなわち、魔物たちの力がそれほどまでに強力であることを物語っていた。

 一匹の魔物が手を振り上げ、こちらに攻撃を繰り出す。凄まじい早さで。


「勇者様!」


 隣の猫族の妾が、とっさに俺を呼ぶ。俺の旧職業を口にした。

 俺は無詠唱で魔法壁を展開し、魔物の攻撃を防いだ。バリバリバリ、と衝撃波が広がる。


「勇者か。もう随分前のことだ。いまの俺は国王だと何度言えば分かる」


 俺が勇者として転生したのは一年も前の話だ。魔王は二週間でしばきあげた。そしてこの国の王様の跡継ぎとして招かれた。老齢の国王が逝去した後、俺は正式にこの国の王位についた。

 最強のチート能力と女にモテる魅力。加えて王位を手に入れた俺は最高の幸せ者になった。もちろん重要なのは金でも権力でも女でもない。民の幸福こそが、俺にとっての宝物だ。

 民からまた別の悲鳴が上がった。そちらに目をやると、ニ体の魔物が民に襲いかかっていた。何人かの民が魔物の一振りによって消し飛んだ。肉体がバラバラになり宙を舞う。トマト祭りでもないのに血しぶきが青い空を真っ赤に染め上げた。


「おい。なにをしている」


 俺は六次元ポケットから我が名剣を取り出していた。その剣を掲げると、時間は止まった。俺と目の前の魔物三匹だけをこの空間に閉じ込め、民への干渉を全て断ち切る。魔物たちが異変に気付いて、みなこちらに身体を向ける。停止した空間の中で、俺は呼びかけた。


「誰の許可を得て、我が民に手を出した。クズどもが」


 魔物たちは威嚇するだけで、もはや言葉を忘れている。


「我が命を狙うのは好きにすれば良い。だが我が民と我が千人の女に手出しすることは、死を意味すると覚えておけ」


 俺がその台詞を言い終える前に、停止した空間のあらゆる場所から、あらゆる時代の、あらゆる世界の名剣たちが、その立派な剣身を表出させていた。俺はその空間で一万の武器を自在に操る。この四方八方に展開される最強の剣技の前では、どんな魔物であっても無力に等しい。


「呪いを受けた事は同情してやる。だがな貴様等の罪はもはや万死に値する。裁きを受けよ」


 三匹の魔物がほうこうと共に襲いかかってくる。だが遅い。俺の万の武器たちが一斉に魔物の身体を貫いていた。


「せめて天国へ送ってやろう。王は慈悲深い。よく覚えておけ」


 男たちの魂が解放され、安らかに天界へと還っていった。

 まもなくして、時間が動き出した。いや、少しだけ戻っていた。


「国王陛下万歳! 国王陛下万歳!」


 民たちは何事も知らずに、かけ声を続けている。

 俺は馬車に座って何事もなかったかのように、民に手を振っていた。


「なにかあったんですか?」


 俺の肩に頭を乗せている妾が尋ねてきた。


「いいや。なにもない。今日も平和だ」

「では、今宵は私をお召しになって下さい」

「またその話か」

「いま初めてした話です」

「そうか。それなら良かった」


 時間を巻き戻すのは少し控えた方が良さそうだ、と俺は思った。


「明日は建国記念祭ですね」


 エルフの妾がそう言った。反対の腕にしがみついてくる。やはり巨大な胸が腕に当たる。いや、当てられている。

 まったく。民の前で困ったものだ。しかし二人の女の胸が腕に当たる感触というものは、正直言って悪いものではない。王にとって、それは日常でしかない。


「建国記念か、早いものだな」


 俺は、この世界へやってきてからの日々に想いを巡らせた。一年前だ。建国記念祭の日に俺は転生勇者としてこの地にやってきた。あれから、ちょうど一年。長くもあり、短くもあり。


「明日は誰をお召しになりますか? 大切な日に召されるのはいったい誰なのか、王宮ではみなその話で持ちきりですよ」

「そうだな。誰にしようか」


 千人も妾がいると選ぶのも一苦労だ。正妻の機嫌もたまにはとってやらないと行けない。国王とは大変な職業だ。肉体は一つしかないというのに。


 たわいもない話をしている間に、馬車は王宮の門前に辿り着いた。また今日から王としての役目が始まる。楽しくも、せわしない日常に戻って行くのだ。


 俺はこんな日々が続くものだとばかり思っていた。


 その日の夜、三人の妾を王室に招いた。


 ――俺は、命を狙われた。


 とっさに身を守り、六次元ポケットで対抗しようとしたが、俺のチート能力は消えていた。千人いた俺の女たちは瞬く間に俺への恨みを募らせ、あることないことを大臣たちに告げ口した。そして俺は国を追われた。懸賞金までかけられて。民たちの間では、本当の王はすでに死んでいて俺は王にすり替わっている悪党だ、という共通認識が生まれていた。嘘のように聞こえるかも知れないが、これらがたった一夜で起こった。どういうことか俺には理解できない。嘘つきの詐欺師の女たらしだと、ひどい罵倒を受けた。


 俺は命からがら逃げ延びて、転生時に案内を受けた異世界サポート窓口へと駆け込んでいた。

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