高嶺の花の幼馴染が告白されたらしいけど、俺には手の届かない存在なので諦めようと思います〜私が他の人を見ても何も思わないのかって?思わないわけがないだろうが〜
短編です。
あとがきにちょっとお知らせがありますので、ついでに作品を見て行っていただけると………
それでは、お楽しみください。
昼休み、学校内が喧騒に包まれる時間。
周囲では、最近あったパリオリンピックの表彰選手の話をしている人が割と多くいた。
俺はと言うと、特に話す相手も居ないので、スマホのオンラインゲームをしている。
「ねぇねぇ、空手の日本のあの選手、凄かったよね!」
「確か、初出場なのに対戦相手全員を制限時間の4分の1くらいで倒しちゃって、優勝までの最速タイム叩き出したんでしょ!?なんて名前だっけ?」
「えっと確かね―――」
「へーそんな超人がいるんだなぁ」と他人事のように思いつつ、興味のない話なので聞き耳をやめた時、横から声をかけられた。
「雷人、ちょっと良い?」
そう俺の名前を呼ぶのは、内咲桃華。
腰まで伸びた黒髪に、凄まじく整った顔立ち、青い瞳が特徴の女生徒。
品行方正、才色兼備、さらには文武両道とまで来た。
モテない訳がない、まさに完全無欠の高嶺の花だ。
対する俺の名前は、神崎雷人。
整えられていない黒髪に、ある程度整った程度のフツメン、黒縁の眼鏡と前髪に隠れた亜麻色の瞳、気怠げな表情の、ごくごく普通の陰キャ高校生だ。
強いて特筆すべきは、俺は桃華の幼馴染であることだ。
俺と桃華は小学校時代からの付き合いで、通う中学校はもちろん、高校まで一緒だった。
ここまで長い間一緒に過ごしてきて、何も思わない訳がない。
そう、俺は彼女に恋をしている。
しかし、恋をしているとは言っても、俺は告白をする気はない。
彼女は仮にも高嶺の花だ。
俺のような、クラスから認知されているかどうかも分からない陰キャと一緒にいれば、彼女の評価を下げてしまいかねない。
彼女は、今の評価を得るのに、凄まじい時間を費やしてきた。
髪型を変え、服装を変え、メイクの仕方まで覚えた。
その計り知れない努力を、俺はずっと側で見てきた。
だからこそ、その努力を無駄にしてしまうことはしたくないのだ。
それに、今の彼女には、俺なんかよりも相応しい相手が存在する。
桃華はその容姿と性格から、他学年にも人気があるという。
俺のようなモブは、一歩引いた位置から、穏やかな表情で、“幼馴染であり、親友”として、その恋愛を見届けるのだ。
「桃華、何か用か?」
「ちょっと、運んで欲しいものがあるのよ。私じゃ重すぎて……」
「………正直、面倒臭いんだが」
俺が率直な言葉で断ろうとすると、桃華はどうしても手伝って欲しいのか、さらに食い下がる。
「そ、そこをなんとか……」
「俺じゃなくても運んでくれる奴なんて他にもいっぱいいるだろ?」
「い、いや、ほら、突然他の人に頼んだら、迷惑かもしれないでしょ?だから、雷人に運んでもらおうかと……」
「俺には迷惑かけて良いのかよ」
「内咲さん、何か困ってるなら手伝うよ」
俺たちの会話に突然割り込んできたのは、うちの学年一のイケメンと評される三嶋晴人だ。
整えられた茶髪に、凄まじく整った顔立ち、その爽やかな出立ちに惹かれる女子は多いんだとか。
別に俺は反イケメン同盟とかでもリア充爆発しろ族でもないのでどうでも良いのだが。
あ、よそ見してたら5パーティーくらいにボコられて死んでた。
「俺以外に手伝ってくれる奴がいるんだとよ。俺はゲームがあるんでな。さらば」
問題が解決したと見るや、俺はゲームに戻る。
「あ、ちょっと」
「何か重いものがあるのかな?僕が持ってあげるよ」
「え、あ、えっと、あ、ありがとう………」
そうして荷物を持ちながら去っていく2人を尻目にため息をこぼす。
「はぁ…………諦め切れてないな…………」
さっきのやり取り、本当は持ってやりたかったのが本音だ。
あの三嶋に会話を遮られた時や、一緒に荷物を運ぶ姿にも、心から溢れるドス黒い激しい嫉妬に襲われた。
「俺は、桃華には相応しくない。自分の身を弁えろ、俺」
再びゲームオーバーになるスマホの画面を見ながら、スマホを握りしめ、誰にも聞こえないよう呟いた。
〜内咲桃華side〜
「それにしても、内咲さんって本当にモテるよね。羨ましいなぁ」
「う、うん、ありがとう………」
私は、隣の三嶋君との会話をしつつも、頭の中は雷人のことでいっぱいだった。
(雷人、どうして最近はあんなに塩っぽいんだろう……話しかければちゃんと答えてくれるし、お昼ご飯も一緒に食べようと誘えば承諾してくれるのに………一緒に帰ろうと誘えば断られ、休日に遊びに行こうと誘えば断られ、何か、線を引かれている気がする)
これだけ雷人のことを考えていて、自分で気が付かない訳がない。
そう、私は雷人のことが好きなのだ。
好きになったのは、外見ではない、その内面だ。
彼は、誰に対しても優しい。
人種、性別、容姿、年齢、老若男女誰問わず誰でも助けた。
私も助けられたその1人。
今よりもずっと地味な容姿をしていた私は、小学校の頃虐められていたのだ。
誰にも助けを求めることもできず、耐え続ける日々。
そんなある日、雷人が同じ学校の同じクラスに転校してきたのだ。
さっきも言ったような性格だった彼は、私に対する虐めも、見逃すことはなかった。
『おい、お前ら!やめろよ!その子嫌がってるだろ!』
『はぁ?転校生如きが出しゃばってんじゃねぇぞ!』
そうして殴りかかるいじめっ子たち。
そこで、好きになったもう一つの理由。
彼は、物凄く強い。
殴りかかるいじめっ子たちの拳を余裕で躱し、しっかりと全員を蹂躙してしまったのだ。
その様子が、とても凛々しくて、カッコよかったのだ。
『お前ら、次やったらもっと酷い目見るぞ』
『こ、こんなことして、許されると思ってるのかよ………』
『もし誰かに言うようなら、こっちはお前らを再起不能にする。人を助けた結果なんだから、俺は後悔なんてしないしな』
『く、くそ』
『それが嫌ならもう何もしないことだな』
そうして、彼は私を颯爽と救い、虐めの魔の手から救ってくれたのだ。
後で聞いた話だと、彼は空手、柔道、合気道、拳法、カンフー、ボクシング、剣道、薙刀、銃剣道と言った数々の武術を習っているらしく、その実力は全国大会出場レベルらしい。
その優しさも、カッコよさも、私だけに、私のだけのものにしたい。
そう思うようになるのは、そう時間は掛からなかった。
私が過去の記憶を思い浮かべていると、隣から私を呼ぶ声が聞こえた。
「内咲さん!」
「……へっ、はっ、な、何?」
「なんかボーッとしてたけど大丈夫?」
「う、うん、大丈夫」
「それなら良いんだけど………それより、今日の放課後、屋上まで来てくれるかな?君に伝えたいことがあって」
「わ、分かった……」
「うん、待ってるね」
その日の放課後、言われた通りに屋上へと向かうと、そこには既に三嶋君がいた。
「三嶋君、お待たせ」
「ああ、内咲さん、僕も今来たところだよ」
お決まりの挨拶をしたところで、私は予想通りの言葉をもらう。
「早速だけど………内咲さん、君のことが好きだ。僕と、付き合って欲しい」
〜神崎雷人side〜
「マジかよ………まさか桃華の告白現場を目撃するとはな」
俺は放課後、委員会の仕事があったため、しばらくの間学校に残り、帰ろうとしたところで、屋上へと向かう桃華の姿を見た。
気になって追いかけてみた結果、この告白現場を目撃してしまった。
「いやはや、なんとも無難な場所で告白するもんだなぁ。一応どうなるか見ておくか」
正直な話、相手はあの三嶋だ。
うちの学年では一番可能性のある人間だろう。
俺は桃華の初彼氏ゲットの瞬間を目に収めるため、その場の一部始終を観察することにした。
「君を一目見た時からずっと思っていたんだ。君は色々な輩に告白をされているようだけど、やはり、君に似合うのは僕しかいないってね」
「………」
「君には、数々の魅力がある。その綺麗な髪、美しいボディライン、花の咲く美貌、全てが君の美しさを引き立たせ、君を形作っている」
「………」
「そして、君の優しさに触れるうち、気付いたよ。僕は君のことが誰よりも好きだってね」
「………」
「それからは、来る日も来る日も君のことを考えていた。そして今日、その感情が爆発したんだ」
「………」
「もう一度言おう。君のことが好きだ。僕と、付き合って欲しい」
なんだろう、かなり長いことを除けば良い告白なのは分かるんだが、なんかちょいちょい古いんだよな。
いかにも無難な告白場所に、いかにも無難な告白をされた桃華は一体どんな返答をするのだろう。
「………ごめんなさい。私には、好きな人がいるんです」
こりゃまた無難な………
しかし意外だった。
断ること自体も意外なのだが、まさか好きな人を理由に持ち出すとはな。
桃華の言葉が事実だとするなら、一体誰になるんだろうか。
もし事実なのであれば、それは援護してやらねば、親友の名が廃るだろう。
「ど、どうして、僕じゃ、ダメなのかい?その好きな人じゃなきゃ、ダメなのかい?」
フラれて尚、ワンチャン狙おうとする三嶋。
その剣幕から何やら不穏な空気を感じとる。
「う、うん」
「お、お試しでも良いから、僕と付き合うつもりはないのか?ほ、ほら、僕みたいな超優良物件がお買い得なんだぞ?」
「ごめんなさい、どうしても、あなたとは付き合えません………」
「そ、そんな………そんな……!」
桃華に完全に取り付く島がないことを宣告された三嶋は、そこで完全に人が変わった。
「な、なら、力尽くでも僕のものにしてやる!!」
そう叫び、屋上の硬いコンクリートに桃華を押し倒した三嶋。
「へぇ、あれが本性なんだな。ヤバい奴だな」
俺は手に持っていたスマホを胸ポケットにしまい、少しだけ開いていた屋上の扉を開いて外へ出る。
「ちょっと!やだ!やめて!」
「こ、これで、僕と君は一つになれる……!」
これは完全に目が逝ってしまっている。
一回ぶっ叩くか。
「へ、へへっ、内咲さ―――」
「―――ぶっ飛べ!!ドカス!!」
「べぇぇぇ!?!?」
俺は桃華の上に覆い被さる三嶋の頭部を右足のつま先で蹴り抜く。
「ら、雷人!」
「なんでこんなにトラブルに巻き込まれるかねぇ、桃華は」
起き上がり、俺の後ろに隠れる桃華。
蹴りで数メートル飛ばされた三嶋は起き上がり、こちらを睨む。
「き、貴様、僕の邪魔をしやがって、分かってるんだろうな!!」
「はぁ、出たよ、陽キャの専売特許、意味不明な逆上」
「あぁ!?」
「まぁそうしないと底辺の陰キャ共を支配できないもんね。仕方がないか」
「調子に乗りやがって………」
俺の煽りにバッチリと乗ってきてくれる三嶋。なんだか楽しくなってきた。
「ちなみに、さっきの一部始終は全部記録してるぞ」
「なっ」
俺は胸ポケットのスマホを取り出し、こっそりと録画していた桃華を押し倒す映像を見せる。
「これ、強制わいせつ未遂に当たるだろうな。ついでに高校生は少年法にも引っかからないからバッチリ犯罪だ」
「く、くそ!それ寄越せ!」
俺のスマホを奪おうと手を伸ばしてくる三嶋を俺は軽い足取りで躱す。
「く、くそ、この!」
「遅い遅い」
俺は伸ばされる手を躱し続ける。
しばらく攻防を続けた後、三嶋の攻撃が止んだ。
「ゼィ……ゼィ……クソ、こうなったら…!」
息を切らし、余裕のない表情の三嶋は、考えられる最終手段に出る。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
拳を振り上げ、こちらに殴りかかる。
暴力行使に出たか。ますますクズだな。
俺は乱雑に振り下ろされる拳を避け、いなし、受け止める。
「全く、こうなれば哀れ以外の何者でもないぞ」
「俺は、俺は貴様如きに負けるわけがないぃぃぃぃ!!」
最早イケメンが台無しなほど顔をぐしゃぐしゃにしている。哀れだ。
何回か攻撃を避けていると、下手くそな攻撃に段々と飽きてきた。
「はぁ、所詮はこの程度か。そい」
「っ!?」
俺は三嶋の右拳を避け、それを左手で掴み、右手を添えつつ、腰を落として流れるように体を反転、あっという間に地面に倒れた三嶋を確認した俺は、まだ拳を掴んでいる左手を膝より下の位置を通しつつ自身の右側へと移動させる。
すると何ということだろう。
さっきまで目の前に立っていた三嶋が、俺に右手を固められ、うつ伏せで倒れているではないか。
この技は、俺が習っている拳法の技で、簡単に言えば、相手が出してきた拳を元に、相手を地面に倒して一時無力化、からの形を変えてうつ伏せにしての完全無力化を狙った搦手の技だ。
「あ、あれ?僕は、いつの間に倒れて………」
どうやら、倒しのあまりの速さに、脳が追いついていないようだ。
「おい三嶋、この状態でどうするんだ?」
「こ、これ、貴様がやったのか!?」
「そうだが?」
「く、クソ!離せ!!」
「離すわけがねえだろバカタレ。お前はこのまま警察に突き出す。お前が俺に暴力を振るおうとしたところも、スマホを奪おうとしたところも、バッチリ撮ってるからな。これで暴行未遂、強盗未遂が加わったな」
「う、うぅ………」
ここまで言えば自分がした事の重さが分かったか。
それにしても、コイツ怖い物無しだな。
3つの犯罪を犯してやっと観念するとか、どんだけ桃華が欲しかったんだよ。
ちなみに、これは刑事裁判において起訴される可能性のある罪状で、民事裁判に関しては、桃華の精神的苦痛で訴訟を起こせる。
そうなれば、三嶋家は割と大きい家だって聞くし、三嶋本人どころか、三嶋家ごと終わりかもな。
その辺は桃華の意思なのでどうなるかは知らんが。
その後、桃華に頼んで教師と警察を呼んでもらい、俺が撮った動画を見せた。
その動画が元で、三嶋は強制わいせつ未遂、暴行未遂、強盗未遂の容疑で逮捕、俺と桃華は事情聴取のために、警察署まで同行することになった。
そして、聴取が終わり、警察署から出た後、帰路へと着く。
「大丈夫か、桃華」
「う、うん………」
「そうか、何か起きる前でよかった。もしあのクズに何かされてたら、桃華の好きな人に申し訳が立たなかったからな」
「………ま、まさか、聞いてたの!?」
「ああ、最初からな」
まさか俺に聞かれていたとは思わなかったのか、メチャクチャに赤面する桃華。
「い、いつから?」
「『三嶋君、お待たせ』からかな?」
「一番最初じゃん………」
思ったより最初から聞かれていたことに驚きを隠せないのか、さらに驚愕する桃華。
「ら、雷人は、どうしてこんな時間に学校にいたの?」
「委員会の仕事があったんだよ。そいで、帰ろうとしたらお前らを見かけた」
「それで、気になってついてきた、ってこと?」
若干期待のこもった眼差しを向けてくる桃華。
「まぁ告白なのは分かりきってたからな。桃華がどんな返事をするのか気になったんだ」
「そ、そうなんだ」
若干残念そうな表情をする桃華。コロコロ表情が変わって可愛い。
「全く、三嶋の告白ですら断るなんて、お前はいつになったら恋人を作るんだ?お前なら選び放題だろうに」
そして、俺も桃華のことを諦められるのに。
そう思った途端、心臓が苦しくなる。
俺がその感覚をスルーして桃華の方を見ると、予想外なことに、桃華は泣きそうな顔をしていた。
「なっ!?」
俺が驚愕すると、桃華はとんでもないことを聞いてくる。
「雷人は、私のことが、嫌いなの?」
「え?」
嫌いな訳がない。
これだけ一緒に過ごしてきて、どれほどの間桃華のことを思ったことか。
俺が桃華のことを嫌いになる?あり得ない。
好きじゃなくなることはあっても、嫌いになることなんてあるわけがない。
「酷いよ」
「はぁ?」
「どうしてそんな酷いことを言うのよ!」
「ちょ、桃華?」
ポロポロと涙が桃華の頬を伝う。
そして制服のスカートの裾を握りしめ、桃華は叫ぶ。
「私が他の人を見ても、何も思わないの!?いつになったら私を見てくれるの!?この馬鹿!阿保!鈍感!変態!外道!人外!人たらし!人でなし!」
「待て待てそれは言い過ぎだろ!?」
「もう知らない!!」
「おい!桃華!!」
そのまま走って行ってしまう。
なんて言い草だ………
馬鹿、阿保、鈍感はまぁまだ良いとして、何だ外道に人外に人たらしって。
俺は真っ当に生きてる善良な人間だぞ………
仕方が無いので、俺は桃華の後を追いかけることにした。
〜内咲桃華side〜
(どうしてよ!どうしてなのよ!何で雷人は私の気持ちに気づかないのよ!!)
そんな投げやりな思いのままに走り続ける私。
人という人を押し除け、夜の街を走り抜ける。
どれ程の距離と時間を走り続けただろうか。体力が切れて立ち止まる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
荒い息を整えながら、周囲を見渡す。
知らない道、知らない建物、知らない地名。
どうやら、無我夢中で走っているうちに、全く知らない場所まで来てしまったようだ。
「し、しまった、戻らないと」
私が慌てて引き返そうとした時、後ろから手を握られた。
びっくりして振り返ると、そこには見知らぬ男性が私の手を掴んでこちらを見ていた。
「ねぇねぇおねーさん。今暇?暇だよね?」
「え、えっと……」
私が困惑していると、彼の取り巻きらしい男3人が、私を取り囲んでしまう。
「暇なら今からオレたちと遊ぼーよw絶対楽しいからさw」
「わ、私、帰らないと」
「えーつれないなぁwww良いじゃんか、ちょっとくらいw」
だんだんと彼とその取り巻きの眼差しが野蛮なものへと変わり、恐怖を覚える。
「キミ、よく見たら可愛いー顔してるねw」
「そうそう、スタイルもイイしw」
「ひっ」
私の体を舐め回すように見つめる男たちに、私はそこはかとない嫌悪感を覚える。
「ほらほら、イイでしょ?悪いようにはしないからさwオレらと遊ぼーよw」
「い、嫌、離して………」
何とか包囲網から逃げ出そうとするが、こちらは非力な女子高生1人に対して、相手は成人男性4人、さらにはその1人に腕を掴まれている。
力の差は歴然だ。
「はーい決定ーwそれじゃあ行こっかwおねーさん?」
私の意思など関係なしに連れ去ろうとする男たち。
「い、嫌、嫌、雷人!」
咄嗟に助けを呼ぼうとして、大切な幼馴染の名前を呼ぶ。
「おい」
「あ?」
その時、背後から怒りに満ちた声が聞こえた。
「雷人!」
そこには、いつでも私のことを助けてくれる、心優しき私の幼馴染で思い人の男の子が、息を切らして立っていた。
〜神崎雷人side〜
俺は男たちの間に割って入り、桃華を抱き寄せる。
「あっ」
「その手、離せよ」
割と抑えた方なのだが、思ったよりもドスの効いた低い声が出た。
桃華は俺の腕の中で震えている。小さく嗚咽も聞こえた。
相当怖かったんだろう。
コイツらは、桃華に対してこれ程の恐怖を与えた。
ならば、それ相応の対価を支払ってもらわなきゃな。
「アンタ誰?」
敵対心剥き出しでこちらを睨む目の前の男。
それに対して俺ははっきりと言う。
「この子の彼氏だ。文句あるか」
「あっそ。お前みたいな陰キャが彼氏な訳ねぇだろ。ただ出しゃばってきただけのヒーロー気取りが。とっとと失せろ」
「そうか、なら、これ見ても同じ事が言えるか?」
そう言って俺は、変装のためにいつもつけている伊達メガネを外し、前髪を掻き上げて、完全な素顔を見せる。
「この顔、最近のテレビを見た奴なら分かると思うが?」
「あ?」
「誰だお前?」
「いや待て、どっかで見たような………」
「あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁあ!!!」
目の前の男と取り巻き2人が首を傾げる中、取り巻きの1人が叫びを上げる。
「おいどうした!?」
「こ、コイツ、コイツはぁっ!」
「この陰キャが一体何だってんだ!?」
どうやら、俺の正体に気づいたらしい。
「コイツは!最近、パリオリンピックに出場して、対戦相手全員を制限時間の4分の1の時間で降したっていうバケモノ!空手軽量部門、神崎雷人金メダリストだ!!」
「き、金メダリストぉ!?」
「えぇっ!?!?」
◇
元々、俺の家はスポーツマン、それも武術系の家系で、父が柔道世界一、母が空手日本一を獲得したこともあるという、まさに武道一家の元に、長男として生まれた。
やはり、スポーツマンの一家に生まれたからには、両親と同系統のスポーツをやらされる訳で、当時は武術なんて大嫌いだったのを覚えている。
この平和な日本で、なぜ武術をしなければならないのか、なぜわざわざ痛い思いをするのか、なぜそんなことに一生を捧げるのか、全く分からなかった。
そんな中、一つの転機が訪れた。
転校した先で、1人の女の子、今では大切な幼馴染の桃華が、虐めを受けていたのだ。
武術は嫌いでも、その時からそういった“してはいけない事”が大嫌いだった俺は、迷わず助けに入った。
そこで、何となくわかった。
桃華から感謝された時、言われた言葉がある。
『君が戦ってる姿、カッコよかったよ!何だか君に元気をもらえたみたい!私、これからも頑張ってみる!』
俺の武術で、誰かを元気付ける事ができる。
そう思うと、今まで嫌いだった武術にやる気が出てきたのだ。
『俺の武術で、もっと沢山の人を元気にしたい!』
きっと、両親もそのことを分かっていたんだと思う。
だからこそ、世界一、日本一を目指せたし、その後も現役で続けられたのだと思う。
そして、今度は俺が、それをする番だ。
そう思った俺は、今まで以上に努力をした。
来る日も来る日も練習、練習。
その合間を縫って大会、大会。
そして、その末に勝ち取った、パリオリンピックへの切符。
そして、そこで俺は無事優勝。
嬉しかった。誇らしかった。
金メダルを取ったことじゃ無い。
世界中に、俺の勇姿を見てもらえたから。
俺はこの日の嬉しさをバネに、沢山の人を元気に、笑顔にするという目標は忘れないように、もっともっと頑張っていこうと思った。
俺が変装していたのも、その一環。
もし、俺が正体を表して、チヤホヤされるようになった時、もしかしたら沢山の人を元気にするという目標を忘れてしまいかねないと思ったからだ。
だからこそ、俺は学校で大人しくしているし、目立つこともしたくないのだ。
◇
「その通り。自分で言うと恥ずかしいが、パリオリンピック競技大会空手軽量部門金メダリスト、神崎雷人とは俺のことだ。さて、これを知ったお前らはどうする?立ち向かうか?尻尾巻いて逃げるか?どうするんだ?あ、サインはお断りな」
俺が凄まじい剣幕で問いかけると、男4人はガタガタと震え始め、腰を抜かしてしまう。
「や、ヤベェよ………」
「か、勝てねぇ………」
「てか、俺ら、そんなヤバい人の恋人にちょっかいを………」
ビビりまくっている彼らに、試しに本物の殺意を込めた視線をブッ刺す。
「ぁ………………」
あ、壊れた。
4人とも完全にうんともすんとも言わなくなった。
なんか4人の股間が湿っている気がする。きちゃない。
「さて、これに懲りたらもう2度とこんなことはするんじゃない。良いな?」
「は、はぃ……………」
脅しはこれくらいで良いだろう。
髪と眼鏡を戻し、桃華の手を取ってその場を後にする。
◇
しばらくの間、互いに会話もなく、ただ無言で歩いていた。
その沈黙を破ったのは、桃華だった。
「………あの、雷人?」
「ん?」
「えっと、さっきは、逃げちゃって、ごめん………それであんな事に巻き込んじゃって、雷人が隠したかったことまでバラしちゃって………」
「あぁ…………」
「でも、凄い驚いちゃったな。雷人が、金メダリストだったなんて………」
「…………」
再び沈黙が降りる。
次に沈黙を破るのは、俺だ。
「あの、さ」
「………何?」
「あの時の、『私が他の人を見ても、何も思わないのか』『いつになったら私を見てくれるのか』って言葉、なんだけど………」
俺があの言葉のシーンを掘り返そうとすると、桃華は顔を真っ赤にして手を振る。
「あ、あれは!わ、忘れ―――」
「俺としては、何も思わない訳がないし、最初から見てるつもりなんだよね」
「ぇ?」
そこで、俺はもう、全ての本心を打ち明ける事にした。
「俺は、さ、割と最初の方から、桃華のことは好きで、今でも好きなんだよ」
「そ、そうなの?」
「ああ、でも、俺は桃華と恋人になることは、憚られたんだ」
「………どうして?」
「桃華は、中学に入ってから、自分磨きをして、物凄く変わっただろ?そのおかげで、桃華への周りの評価も、爆発的に上がった」
「う、うん」
「俺は、その努力を、無駄にしたくなかったんだ」
「………どういうこと?」
「ほら、俺って、変装してるとはいえ、見た目陰キャだろ?しかも、クラスメイトに名前を覚えてもらえているかすら怪しいレベルの。そんな奴が、今や“高嶺の花”だなんて呼ばれる程の学園のマドンナになった桃華の隣にいたら、もしかしたら、桃華の評価を下げてしまうかもしれない。それは、桃華の努力を無駄にするようなことだ。桃華の努力を、誰よりも近くで見てきた俺としては、それだけはどうしても避けたかった。だから、俺は自分の感情に目を背けたんだよ」
「………」
全てを吐き出した俺は、何だかスッキリとした気分だった。
ずっと胸につかえていた引っ掛かりが取れたような感じだ。
きっと、桃華に嫌われる決心がついたんだと思う。
俺の言葉を聞いた桃華も、口を開く。
「ねぇ雷人、私がどうして、自分磨きに時間を注いだんだと思う?」
「え?それは自分を変えたいんだとてっきり………」
「うん。それもあるよ。でもね、もっと他の理由もあるんだよ?」
「そ、そうなのか?」
「うん、それはね……」
その次の言葉には、耳を疑った。
「雷人の隣に立つのに相応しい人間になろうとしたからだよ」
「は?いや、いやいや、何で?どうして?オレに相応しい?いや相応しく無いのはそうなんだけど、足りて無いのは俺の方であって………」
「ううん、確かに、今ではそうかも知れない。でも、昔は違った。ほら、私って、昔は物凄く暗い性格だったでしょ?」
「まぁ、それは」
「あの時の私にとって、雷人はヒーローだった。暗闇から救い出してくれた、たった一つの光。でも、その光が向けられたのは、私だけじゃなかった。雷人は、どんな人でも助ける、みんなのヒーロー。それで思った。そんな雷人に、今の私で釣り合うのだろうかって。だから、いっぱい努力した。雷人の隣に、胸を張って立てるように」
それは、知らなかった。
俺はてっきり、桃華が暗い自分に辟易して、自分を変えたのだと………
周囲を見れば、すでに静かな住宅街で、見知った道を歩いていた。
「そう、だったのか」
「うん。それでね、今の私は、雷人から見て、どう思う?」
「どう、って………」
「私、あの時から変われたかな。雷人の隣に立てる女の子に、なれたかな………」
街灯の下で立ち止まり、俺の前に立って、クルリと回ってみせる桃華。
少しだけ、不安を滲ませる表情で、こちらに尋ねてくる。
でも、そんなことは、俺にとっては愚問だった。
「当たり前に決まってるだろ。桃華は、もう俺の方が見劣りするくらいになったよ」
「………本当?」
「あぁ、本当だ」
「………嬉しい」
満面の笑みではにかむ桃華。
その様子は、つい抱きしめてしまうほど、魅力的なものだった。
「ら、雷人?」
「あ、ご、ごめん、つい」
慌てて離れようとする俺を、今度は桃華が抱きしめる。
「ちょ、桃華?」
「離れちゃダメ」
「わ、分かった」
それからしばらく、互いの体温を感じ合った後、抱きしめ合ったまま、目を合わせる。
「俺から、言っていいか?」
「………うん」
「内咲桃華さん、俺は昔から、貴女のことが好きです。俺と、恋人になってください」
その俺の告白に、どんな言葉を返されるのか分からないが、これだけは断言できる。
きっと彼女は、俺のことを受け入れてくれる。
俺の告白を聞いた桃華は、その目に涙を浮かべながら、返答をしてくれる。
「神崎雷人君、私も昔から、君のことが好きです。これから、よろしくお願いします」
そうして、めでたく恋人になった俺たちは、絶対に離さないように、さっきよりも断然強く抱きしめ合う。
「待たせてごめん」
「遅過ぎるよ………」
「待たせた分、これからは桃華を甘やかすよ」
「うん、いっぱい甘えちゃうよ」
その後、しっかりと抱きしめあって愛情を分かち合った俺たちは、きちんと帰路に着いた。
もちろん、手は繋いで。
◇
「雷人、ちょっと良い?」
次の日の昼休み、俺がスマホでオンラインゲームをしていると、横から桃華に声をかけられた。
「ん、どうした、桃華」
「ちょっと運んで欲しいものがあってね………」
「正直、めんどい」
俺が適当な理由をつけて断ろうとすると、桃華は頬をぷくっと膨らませて、コチラを睨む。
「ちょっと、可愛い彼女のお願いなのに、ゲームの方が大事なの?」
「ははっ、違うよ。その表情が見たかったんだよ」
「どういうこと?」
訳がわからないと首を傾げる桃華に、俺はニヤッと笑ってその理由を教える。
「だって、桃華の怒った顔、可愛いんだもん」
「か、かわっ、も、もう!雷人はすぐそうやって!」
「照れてるのもかーわいい」
「んもー!」
「ははははは!」
俺たちが付き合い始めてからは、学校でもこんな感じだ。
おかげで周囲に甚大な被害が出ているそうだが、そんなことは知ったことではない。
今も周りの生徒が顔を真っ赤にして目を逸らしている。
「そんなことよりも!手伝ってくれるの!?くれないの!?」
「ちょっと揶揄い過ぎたな。分かったよ。で、何を運べば良いんだ?」
「ええとね、あの箱をお願い」
「了解」
そして指さされた段ボール箱を持ってみると、違和感を感じた。
「ほら、雷人行くよ」
「お、おう」
廊下に出て、2人で並んで歩き始める。
「なあ、この箱、なんか軽い気がするんだが?桃華でも持てるだろ?」
さっきの違和感。
俺が持つ箱が軽過ぎるのだ。
この程度なら、桃華1人でも運べる重さのはずだ。
俺の質問にニヤリとした桃華はこちらに問いかける。
「理由、知りたい?」
「え、なんか訳があんのか?」
「それはね………」
そして、満面の笑みでこちらを見る。
「雷人と、2人きりになりたかったからだよ」
「っ、な、なるほどな。そういうことか」
「今、ドキッとしたでしょ」
「ま、まぁな」
「さっきのお返しってことで」
「ふっ、そうだな」
そこからは、2人で楽しく会話しながら、荷物を運び、教材準備室へと向かった。
会話の途中で、互いに見つめ合い、そして笑顔で言葉を交わす。
「雷人、大好き」
「あぁ、俺も大好きだ」
お久しぶりです。島です。
何気に二週間ぶりほどでしょうか?
早速お知らせをば………
現在、連載している異世界系の小説ですが、本当に勝手ながら、連載打ち切りにさせてもらおうと思います。
言い訳がましくなりますが、自分の中では試作の意味合いが強かったんですよね。
今回投稿してみて、自分の作風、書き方がなんとなくわかってきたのもあります。
一応、次回作として別の作品の投稿を予定していますので、ぜひお楽しみに。
それでは。