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休日のショッピング

 土曜の休日出勤が終わり、晩飯の支度をしてからエルピスを連れ、駅前のヤマモト電気に向かった。住んでいる都市部からは少し離れたところにある。それでも街は家族連れや学生で賑わい、俺より死んだ目をした死人はどうにも見当たらなかった。


 俺たちは電車で来ているので影響はないが、駐車場は公道に車列がはみ出るほど混雑している。俺は車を持たない。正確には持てない。行き先もお金もないんでね。俺みたいな疲労困憊のサラリーマンが休日あるいは休日出勤後に運転すれば、居眠り大事故で即刻牢屋行きが確定する。そのとき会社は何も反省することなく懲戒解雇を俺に叩きつけて何事もなかったように次の人材を雇い、忘れるのだろう。


 セール中のためか普段より客数が多い。俺は別に構わないのだが、エルピスのほうは。


「大丈夫か、ちょっと想定外に人が多いな。嫌なら無理しなくていいからな。日を改めることだってできるわけだし」

「平気だよ。ユーマが一緒にいてくれるなら」

「そうか、なら少しだけ頑張ってもらおう」


 深い意味はない。エルピスが俺に求めるものは安心感と幸福感だ。信頼といえば聞こえはいいが、ドライに言うならお互い利害が一致した関係。俺は話し相手を手に入れ、彼女は異世界へ帰還するための魔素を補給できる。彼女の信頼は、打算の下に成り立っているということを肝に銘じる。


 1階のフロアは主にインテリアや家具のラインナップが豊富でエルピスに何か買ってやりたい気もしたが、今日の目的はそれではない。さらに歩を進め2階へ上がると、パソコン、テレビ、スマホ、ゲームなどの電子機器類が立ち並ぶ。ゲームソフトコーナーでは小学生が親におねだりし、来年のお年玉で買いなさいと聞こえてきた。俺も子供の頃よくごねたが、誕生日とお正月にしかゲームは買ってもらえなかったな。最近はゲームする気力すら湧かなくなったけど。


「そういや、もう年の瀬だよな、1年早いなあ。再来年までには転職しよう……なんて毎日通勤電車で固く決意するんだけどさ。今より悪くなったらどうしようとか考えちゃうんだよな」


 きっと来年も同じことを言っているのだろう。そもそも社畜が転職活動に割ける時間など皆無に等しい。


「ユーマも会社と戦ってるんだ。ジョーシはどこの会社にもいるの?」

「いるよ、自分が社長にならない限りは」

「なれないの?」

「簡単に言ってくれるねえ。俺のスペックじゃ、あと2回は転生して経験積まないとなれないな」

「ユーマは優しくて、頼りになるのに」

「むしろ、そうだからなれないんだよ。非情で計算高い奴ほど上に行く確率も高い」

「どこの世界も一緒なんだね。全然嬉しくない共通点だけど」

「のらりくらり下っ端やるのも案外悪くないのかもしれないな。上さえ良ければ」


 音響機器周辺はさらに人が多く、エルピスが俺の衣服を強く握りしめる感触が伝わってきた。人間ももちろんだが、加えて見慣れない機械群にも怯えているようだ。


「突然飛んできて襲ったりしないから大丈夫だ。うちに置いてあるパソコンやスマホの親戚と思えばいい」

「怖いけど、少し興味はあるの。魔法が使えない代わりに、こっちの世界では科学がこんなにも発展したんだって」

「魔法と科学、ファンタジーでよく見る対比だな。俺は魔法のほうが好みだったけど、エルピスと出会って考えが変わった。結局、どの世界にも技術の悪用を企む奴がいて世の中を引っ掻き回す。便利なものがある限り、平和な日常は訪れないのが真理だ」

「わたしには凄くこの世界が平和に見えるけど」

「ここは日本っていう場所で、確かに民族間の表立った戦争はない平和な国と言われてる。けど他の国では科学を悪用した戦争が今もどこかで必ず起きてる。あー、話が重たくなってきたから辞めよう。せっかく会社以外のことを考えられる時間なんだから、もっと有意義に使わないと損だ。そんで、俺がエルピスに見せたかったのは━━」


 俺たちが立ち止まったのは、ヘッドホンの売り場だった。国産から海外製まで幅広いラインナップに加え、体験型コーナーも設置されている。


「これは何に使う道具なの?」

「耳につけて音楽を聞くための機械。俺はZony製が好みだけどちょっと値段が高い。音楽を聞くためじゃなくて、物理的な意味でエルピスの耳を隠せると思ってここに連れてきた。これがあれば人間の擬態に貴重な魔素を使わなくて済むし、単にオシャレなアイテムとして周りからは見られるだろ。とりあえず着けてみようよ」

「うん、ユーマがそう言うなら」


 エルピスの肌に馴染むよう色はベージュ基調を選んだ。実際に音楽を聴くことが目的でないため、密閉性や低温の力強さとかは度外視で、できるだけ面積の広い縦長タイプをチョイス。電子機器を選ぶのは俺の得意分野だ。無論、ファッションセンスの観点は管轄外だが。


「なんだか不思議な感じ。でも少し折りたためば耳を完全に隠せるね」

「俺の声はしっかり聞こえてる?」

「うん。わたしこれ気に入った」

「じゃあ決まり。ちなみに他に気になる物は? 遠慮なくいってくれていいぞ。色の好みはあっちがいいとか、着け心地はこっちとか。もっと我儘に」

「ユーマが選んでくれたから、これがいい」

「随分と謙虚なんだな。わかった、じゃあ買おう」

「でも高いんじゃない? 円の価値はわたしにはわからないけど、せっかくユーマが稼いだお金をこれに使うんでしょ」

「稼いだお金を使う時間すらないのが本物の社畜なんだ。安月給なりに貯金はちょとちょこしてる。奨学金の返済分を除くとほとんど残らないけど、誰かのためにお金を使うこと自体が久しぶりで。会社に入って心が死んでからは、いかに朝早く会社に行って、終電までに帰って身体を休めることしか考えられなくて、それ以外は全て面倒事だった。そんな俺に希望を与えてくれたのがエルピスなんだよ。これは感謝の気持ちとして買わせてほしい」


「ありがとう。わたしもユーマが会社に色んなものを奪われないように協力するね!」


 会社はとんでもない悪の組織であるとエルピスに吹き込んでしまったが、まあ間違いじゃないからそのままにしておこう。エルピスの笑顔を見ながら俺はそんなことを考えていたのだった。

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