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薬井の挑戦状

 ユーマに腹が立ったんじゃない。自分に対する怒りでもない。虚しかった。特別な存在でありたかった。帰った後も決して忘れたりしない、その言葉を期待してた。


 夜道を歩いた末行き着いた公園には誰ひとりおらず、冷たく乾いた空気が取り囲む。ひどいことを言って家を飛び出した。仕事が忙しいのに追い討ちをかけてしまった。


 何となくブランコに腰掛ける。元の世界でもよく遊んだ。錆びたチェーンを両手に握りしめ、ぼんやりと足元に目を落とす。


 自分のことは忘れてくれ──お互い傷つかないためにはそうするしかない。ユーマのいう通りだと思う。わたしはこの世界に来るはずのなかった通りすがりのエルフ。足し引きゼロになるほうが自然で辻褄も合う。きっと理屈はそうなんだ。


 自分を卑下し、惨めさをステータスにするほどに、この世界は生きにくいのかもしれない。だからこそユーマの支えになりたいと思った。


 そのとき、足音がこちらに近づいてくるのにふと気が付いた。物思いにふけっていたせいで、反応が遅れた。夜の街は1人で出歩かないこと、そんな忠告を今さらながら思い出した。万が一襲われたら攻撃魔法を撃ってすぐに逃げよう。魔法の使えない人間なんてわたしの敵じゃない。


「君は……」


 知っている顔がそこにあった。表情は暗くてよくわからないけど、明らかに疑問の入り混じった声だった。


「薬井さん……?」

「私の名前がぱっと出てくる辺り、営業がーとか家で愚痴ってるんだろうね」苦笑を浮かべ、空いているほうのブランコを一瞥し、「少し座ってもいいかな」


「は、はい……」理由はわからないけど、この人を前にすると妙に緊張する。でも不思議と危険は感じない。


「今頃パソコンの画面見つめながら、やっぱりどうしても1日間に合わないとか、私の計画通りに進んでるのが癪だとか、そんな文句言いながらながら晩ごはん食べてるんだろうなあ」


 完全に言い当てられた。ユーマは単純だし仕方ないと思えてしまうけど。


「薬井さんはどうしてここに? 住んでるのはこの辺じゃないって」

「佐村くんのとこ寄ろうとしてたんだ。営業の私にできることはもうないし、あとは技術の佐村くんに託すだけ。きっと徹夜して全力投球してくるはず。そう思うと私だけぐっすり快眠ってなんか後ろめたくてさ。おやつとエナジードリンク買って持っていくつもりだったけど、君がいるならその心配も無用だったかな?」

「ユーマはわたしがいなくたって……薬井さんのほうが頼りにされてると思います」


「どうかな?」そう言うと、薬井はブランコを漕ぎ始めた。「私にできるのは仕事のサポートだけだよ。それも私じゃなくたって、営業の他の人でも務まるビジネス上の関係。でもエルちゃんは違う。佐村くんと一緒に暮らして、心の支えになってるはずだよ。私とはそもそも立っている土俵が違うんだ。自分ではなかなか気付けないものだけどね」


「そんなことは……」


 自分が薬井に勝っている? そんな訳ない。


 たまたま出会って一緒に暮らして、魔法が使えるからわたしはユーマの力になれた。薬井さんの理屈なら、魔法が使える他者でもよかったことになる。土俵はわたしのほうが下だ。


「何かあった?」薬井はブランコを漕ぐスピードを緩め、それだけ訊いてきた。


「心も体もボロボロにして毎日会社に行ってるのに、報われないのはひどいと思って」

「若いね。でも不満をもつのはいいこと。じゃないと搾取されるだけの人生になる。ただそれを表立って言うには相当な覚悟がいるのも事実。私も佐村くんも、そんな勇気ないんだよ。1人2人が声を上げたところで何も変わらない。現実で必要なのは結局受け入れる強さだ」

「それでもわたしはユーマが幸せになってほしい。見返りなしに誰かを助けられる人が、自分を卑下したままで、いいはずないと思います!」


「眩しいほどに真っ直ぐなんだね……勉強を教えるとか的外れだったかな。まあそれは置いておくとして──」薬井はブランコを静止させ、「私と勝負しようか。ルールは簡単。佐村くんが残り4日でミッションをクリアできるよう君がサポートすること。あと4日で超大事な案件をクリアしないといけないんだ、私たち。学校で言う宿題の期日みたいなものかな。期限を守らないと先生にめちゃくちゃ怒られるでしょ」


「どうしてそんなこと?」

「正直、今までの課題と違って相当無茶なことを言われてるから、ゴールできないって私はもう諦めてる。営業として、お客さんを頑張って繋いだし計画は1秒も無駄にしないよう組んだ。論理的に考えて、これより良い選択肢はない。1番上手くいったパターンでもあと1日足りない」


「できないと、大変なことになるんですか?」

「下手したら佐村くんの一生に関わるかもね」

「じゃあ受けます、その勝負!」

「勝ったほうには豪華特典もあるよ」

「特典?」

「罰はなし。君が勝ったら佐村くんと交わした約束はなしにする。というか約束の意味すら失うのか。達成できない、に賭けた私が勝ったら佐村くんに告白する」


 ちょっと待った……気になる情報が一気に押し寄せてきて。


「ユーマとどんな約束をしたんですか」

「内緒。個人的な興味の話だから」

「じゃあ、告白は……?」

「それは、まんま言葉通りの意味だよ」


 彼女は真っ直ぐ、こちらを見つめてきた。


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