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週末の約束

 ギリギリ終電に駆け込み、今日も何とか無事帰宅。空腹のピークを越え、今は眠気しかない。おかげで食費は浮くが確実に身体は蝕まれる。


 いつもの俺なら強く実感しているだろう。だが家に帰るとエルピスが社畜専用の消化に優しいヘルシーサラダを作ってくれていて、日付が変わる直前の時間帯でも胃に収められそうだった。


「シーザーサラダっていうんでしょ? 冷蔵庫にドレッシングがあって、パソコンで調べたらサラダの調味料だったから使ってみたの。山菜料理はお母さんの手伝いでよく作ってきたし、この世界の野菜も何となく調理できそうだなって──みんなが殺された日も、晩ごはんのサラダを作ろうとしてたんだっけ……」


 異世界での辛い出来事が強く脳裏をよぎったのか、エルピスの表情に翳が差す。


「癒えるはず、ないよな。俺も家族を失う哀しみは知ってるから。全部とは言わない。ただ、ほんの少しエルピスの気持ちがわかる。周囲に叩かれて大切な家族を奪われる苦しみが」

「ユーマも家族を──」

「暗い話はよそう。今日はエルピスが俺のために料理してくれた記念日だからさ」


 エルピスは必死に前を向こうとしている。家族を失い見知らぬ世界に一人飛ばされても幸せになろうともがいている。俺はどうだ? 嘆くばかりで現状を変える努力をしてきたか? 呪われた運命や理不尽を受け入れ呑み込む奴が偉いと勘違いしていなかったか? 俺がエルピスを照らしているんじゃない、エルピスが俺を。


 俺はサラダを口に入れた。


「美味しいよ。これなら明日も働けそうだ」俺はぐるぐると肩を回してみせた。

「身体はちゃんと大事にしてね。そうじゃないと悲しむ人がいるでしょ。ユーマの家族のこともいつか聞かせてね」


「ああ、約束する」


 あまり人と関わることのなかった人生。当然身の上話をすることもなく、俺の人生における親友とは、孤独だけだった。


 食器を二人で片付けると、エルピスは見せたいものがあると言って俺をパソコンの前まで連れてきた。俺が長時間勤務をこなしている間、エルピスはこの世界の文明、価値観、法律、科学などを着実に習得しているようで、色々質問された。アニメでよく見るが、まず車に目を惹かれ、走る鉄塊と呼ぶのはどうやら本当らしい。異世界モノの作者さんスゴイな、想像力。


「ここに行ってみたい」


 検索窓が開かれると、画面が青一色に染まった。そう、海だ。休日出勤を上司に頼み込んで午前中に上がればエルピスを連れて行く時間は確保できる。


「向こうの世界にはなかったのか?」

「わたしたちの村は森の中にあったし、人間の監視があるから近づけなかったの」

「じゃあ、週末にでも行こうか」

「ユーマは早く家に帰って休みたいかな、って思ってたんだけど……」

「そんな気を遣わなくていいよ。社畜だからこそ体力には自信がある」


 エルピスは少し考える素振りを見せ、


「前から思ってたんだけど、社畜ってやっぱり人間の上位種なの? 強靭な体力と精神力を持ち合わせた凄い人たち」

「今の台詞、全国の仲間たちに届けたい……というわけでお互い週末を楽しみにしていよう!」

「ありがとう、ユーマ」


 ただ1つ問題があるとすれば、


「真冬だから泳ぐのは無理だな」

「わたしそんなに寒くないよ」

「え?」


 エルピスを道端で拾った日、俺は温かいスープと毛布を渡した気がするんだが……。エルピスの返事は、「あのときはユーマのこと、警戒してたから本当のことは言わなかったの。お腹は空いてたけどね」


 種族の違いを改めて感じた。寒さ暑さの耐性はこれほどまでに人間と違うのかと。


「人間は真冬に海で泳ぐとさすがに風邪引くから、俺は少し離れたところでエルピスを見守ってるよ」

「どうして離れる必要があるの?」

「それはだな、神聖なエルフの水浴びを人間ごときが拝むべきじゃないと思うからだ」

「人間は殺したいほど嫌いだけど、ユーマならいいよ」

「でも、エルフの水浴びって、その……あれなわけでして……」俺は後頭部を掻いた。


 エルピスも何かを察したらしく、「み、水、水着っていう衣服があるのは、もちろん知っててそれを買わなくちゃいけないんだよね──」エルピスの顔が赤く染まった。


 こうして俺たちは真冬の海へ行くことになった。水族館じゃなくて良かった。取り乱しているエルピスを前に、俺は冷静にそんなことを考えていた。

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