台風の目になりましたわ〜。
リオノーラが、辺境伯とやり合った翌日。
いつも通りにのんびりした一日を過ごす予定だったリオノーラの元に、レイデンが姿を見せた。
「明日には婚約解消の署名をする」
「分かりましたわ〜」
「落ち着いたら、手紙を書こう。……そういうことが出来るのも、領主の娘さんとの顔合わせまでの間だけだが」
「どのくらいですの〜?」
「おそらく、二年ほど」
ニコニコしているリオノーラと、生真面目に受け答えするレイデン。
そんな二人の周りでは本日、台風のようにあらゆる人々の思惑と行動が飛び交っていたのだが……その中心にあり、想い合うのに別れることを決めた二人の時間は、終始穏やかだった。
「幸せですわねぇ、レイデン〜」
「そうだな」
※※※
リオノーラの父母と、レイデンの父母は客間で話し合いをしていた。
「これほどの慰謝料をいただく訳には……事業提携解消の金額の10倍は、いくらなんでも破格すぎるのでは?」
ただでさえ、押し切られて婚約解消ではなく破棄となったのだ。
しかしそれに、レイデンの父である、富豪の男爵は譲らない。
「いえ。結局辺境伯様の分も入っております。昨夜、早駆けで『リオノーラ嬢の要求を全面的に受け入れる。支払いは、その頭脳に敬意を表して』と」
「……あの子、一体何をしたのです?」
「どうも昨日、辺境伯様と偶然に出会って共に過ごされたようです。養子の提案に面白がりながらも難色を示していた態度が、急変いたしましてね。詳しい事情は私にも分かりませんが」
※※※
オルミラージュ侯爵家の懐刀。
そうまことしやかに囁かれるデスターム伯爵家の中でも、歴代随一の切れ物と呼ばれる三女サラリアは、唯一にして最愛の人であるミリアルド子爵令息と共に、辺境伯の元を訪れていた。
「昨日見たでしょ聞いたでしょ理解したでしょノロノロノーラの癒され具合可愛さ明晰さ、あの子は宝よお宝よバカレイデンよりも貴重な価値を持つ最高の妹よその望みを叶えないなら辺境伯家をぶっ潰すわよ!」
「サラリア。騎士の中でも一騎当千とされる〝殲騎〟の位を与えられたレイデンを、貶めるのは良くないね」
「リオノーラを捨てる男とそれを拾う辺境伯家の名声なんて地の底を掘ってゴミとして捨てるくらい、いらないわよいらないわよ! でもおじ様がアバランテ当主として手厚くおバカ可愛いリオノーラを遇するなら一億歩譲って潰さないでおいてあげるわよ!」
相変わらず姦しいサラリアに、辺境伯は、ハハハハハ! といつも通り大きな声で笑う。
「勿論だとも、サラリア嬢! あのリオノーラ嬢を、レイデンと共に我が辺境伯家に迎え入れられるのなら、今ある資産の半分を失っても惜しくはないからな!」
彼女を受け入れることで、将来的に見込める資産の総額。
さらに、もう少し被害が大きくなることを覚悟していた一部戦線の劣勢を、寡兵で覆した戦才の塊であるレイデン。
ーーーミラリオーノと我が娘に加えてあの二人が手に入るなら、我が辺境伯領の次代は盤石。
冷徹な打算と、何よりも二人の人柄を気に入った辺境伯は、サラリアが家の名を背負ってまでぶち込んできた脅しに近い交渉を快く受け入れていた。
※※※
「お兄様! 頭の足りないリオノーラと、猪レイデンが婚約解消するってどういう事ですの!? お聞きになっておりまして!?」
昨日は夜遅くまでレイデンと飲んでいて、妹と顔を合わせなかった王立騎士団に入り浸りのデルトラーデ侯爵家長男、アダムスは、妹のエルマリアの言葉にキョトンとした。
「聞いてるよ。それがどうしたの?」
デルトラーテ侯爵家は、長子が双子だった。
家督は、ちょいちょい失言が多く責任が大嫌いな自分ではなく、真面目で寡黙な双子の弟であるツルギスが継ぐことが決まっていて、気楽なものだ。
彼が継ぐまでは使えない長男としてブラブラして、その後どこかの騎士団に編入する予定である。
レイデンと唯一まともに打ち合えるアダムスが、未だ根無草の理由は双子の弟の邪魔をしない為だった。
「どうしたもこうしたもありませんわ! 何で似合いの二人が、軽薄辺境伯の横槍で別れることになってますの!?」
「横槍? 自分の意思で決めたってレイデンは言ってたけど」
「わたくしは納得してなくてよ! 友人としてうちの権力でどうにかなさいませ!」
「横暴じゃない?」
アダムスは、妹の無茶に苦笑して、近くにいた家令に声を掛ける。
「そういう話、聞いてる?」
「は。旦那様と辺境伯が昨日、お話し合いをなされております」
ライオネル王国は、領主に他国よりも多くの私兵を認めているが、正式に騎士団や魔術師団を名乗れる規模の軍を所有出来るのは、王都と辺境領、国の穀物庫と呼ばれるオルブラン侯爵領のみだ。
その為、アバランテ辺境伯と父は繋がりが深く今代は仲もいい。
〝殲騎〟を拝したレイデンの移譲も、隣国である大公国との最近のきな臭さを加味しての移譲らしい。
「さらに昨日、辺境伯様より旦那様へ伝えられたことがあります」
「聞いても良いやつ?」
「は。ですがレイデン様ご本人に対しては、リオノーラ嬢の意向で秘密裏にとの仰せです」
アダムスがエルマリアと目を見交わして「聞こう」と告げると。
「リオノーラ嬢は婚約解消後、辺境伯様と正式な養子縁組の手続きを行い、辺境伯家の次女として迎えられるそうです。その後、顔合わせの際にレイデン様ご自身が、ご令嬢様とリオノーラ様のどちらを選ぶかを決めさせると」
「なるほどね」
ーーーアバランテ伯も、そういう悪戯が好きだからなぁ。
苦笑したアダムスは、妹の顔を見る。
「そういうことらしいよ、エルマリア」
「流石ですわね、頭の足りないリオノーラ……! わたくしが認めただけありますわ……!」
「認めた相手に口が悪くなるのやめたらいいのに」
エルマリアが上機嫌に歯軋りするのに、アダムスは肩をすくめて答えた。
てことで、伏せてましたがこれ『悪役令嬢の矜持』と同じ舞台で緩く繋がっている話でした。
ライオネル家が王家を継いだ後、元はその下についていたアバランテ伯爵家が繰り上がって領地を継いでいます。
矜持はサラリアの伯爵家の主家に当たる、オルミラージュ侯爵家の方の話ですね。
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おまけ:アーバインを鍛えるのは、辺境伯領に向かったレイデンです。その辺りの話はぼちぼちやる予定です!