紳士なおじ様に、命を救われましたわ〜。
エルマリアが去った後、リオノーラはふわふわと道を挟んで正面にある雑貨屋さんに近づいていった。
ショーウィンドウの中に飾られている食器が気になったから。
そこでガラス越しに、可愛らしい淡い色合いの花柄を散りばめた、真っ白な食器にうっとりとしていると。
「リオノーラリオノーラリオノーラったらリオノーラ!! 貴女はまたふらふらと勝手にどっか行って! 大まかなデザインが決まったから行くわよ行くわよ! 今からお散歩するわよ!」
と、サラリアお義姉様に後ろから声を掛けられる。
「はぁ〜い」
のんびりゆったりと返事をして、振り向いて歩き出したリオノーラに。
「危なっ……リオノーラ!!!」
サラリアお義姉様が、怒鳴るように鋭く声を張り上げて、顔を青ざめさせる。
その視線が、自分の横に向いているのを見て、蹄の音がどんどん近づいて来ているのを感じて。
ーーーあら〜?
もしかして馬車が、とまで考えたところで、グッと後ろから腕を引かれて誰かに抱き込まれる。
ふわ、と嗅ぎ慣れない柑橘系の香水の匂いが鼻腔をくすぐった瞬間、ゴッ! とすぐ後ろを何かが風を巻いて走り抜けた。
背中を押さえる力強い腕と、分厚い大きな温かいものに頬を添えていることから、リオノーラは背の高い男の人に抱かれていることに気づき。
「……きゃ〜」
「それは悲鳴ですかな? 可愛らしいお嬢さん!」
低く耳に心地よい、しかし大きな声で、そう問われ。
「さっきの馬車も飛ばし過ぎですが、せめて周りを確認されてから動き出しなさい! あなたが怪我をしたり儚くなると、大切に思う人たちが悲しみますからな!」
パッと体が離れて、リオノーラは男性に顔を覗き込まれた。
パチリと片目を閉じたのは、髪や髭に白いものが混じる、体格の良い壮年の方だった。
蓄えた豊かな髭の奥にある顔は、端正で彫りが深い。
シルクハットを被り、黒の外套を羽織って中に白いシャツとベストを着込んだ、茶色の髪と明るく青い瞳の、お茶目な紳士に。
「助けていただいて、ありがとうございます〜」
と、リオノーラはゆったりふんわり、微笑んだ。
「おや、恥ずかしがりもせず、命の危機に笑みとは! 随分と豪胆なお嬢さんだ!」
「お褒めに預かり光栄です〜」
「誰も褒めてないわよないわよ! 何してるのリオノーラもう! そこのおじ様助けていただいてありがとうございま……あら?」
ぷんぷんと怒りちょこまかと近づいて来たサラリアお義姉様は、紳士の顔を見てきょとんとした。
ーーーお知り合いですの〜?
と、のんびり考えたリオノーラが、疑問を口にする前に。
「サラリア嬢、お久しぶりですな! 少々運命を感じるタイミングで出会えた幸運に感謝を捧げよう!」
「えー、っと?」
普段はとても早口なサラリアお義姉様が、何故か口元に人差し指を当てた紳士とリオノーラを見比べて、ちょっと口籠るように首を傾げる。
「へ……じゃないわ、何でおじ様がこんなところにいらっしゃるのかしら?」
「野暮用の帰りだ、レディ! そうして、この危なっかしく周りを振り回すご令嬢を見つけたわけだ。分かるかな!?」
飄々とした物言いで、朗々と告げ、紳士はリオノーラに手を差し出す。
「さて、運命のお嬢さん。少し今から、私とデートに洒落込みませんかな!? もちろん、最後は家までお送りしましょう!」
ーーーデート、ですの〜?
ゆっくりと小首を傾げた後、リオノーラはサラリアお義姉様を見る。
お知り合いなら、危ない人物ではないと思うのだけれど、とのんびり考えたリオノーラに。
腰に両手を当てて、ふん、と鼻を鳴らしたサラリアお義姉様が、いつもの調子で答える。
「仕方ないから良いって言ってあげるけどこれは貸し1よおじ様? 当然分かっているわよねだって私とリオノーラのデートの邪魔をして横から攫っていくのだから当然よ!」
「もちろんだとも、レディ! 感情で物を運ばない君がお嬢さんを連れていて、私は幸運だったな!」
ガッハッハ、と笑った紳士は、改めてリオノーラに目を向ける。
「というわけで、行きましょうか、お嬢さん! 退屈はさせないとお約束いたしますぞ!」
そんな紳士の言葉に。
リオノーラは、ゆっくりゆっくり、考えながら手を乗せて。
「でしたら〜、少しお腹が空きましたので、先にご飯にしていただけますか〜?」
ニコニコと要望を伝えたリオノーラに、紳士は目を丸くした後に、破顔した。
「物をはっきりとおっしゃる女性は、嫌いではないな! 良いだろう! デート先に向かう途中で、屋台で何か腹を満たすものを買って行く、それで構いませんかな!?」
「はい〜。では、サラリアお義姉様、また後で〜」
「良い子にしなくて良いわよリオノーラ! コテンパンのけちょんけちょんにしてやるのよそのおじ様は腹黒だからね!」
シュシュシュ、と右拳を素早く何度も突き出すサラリアお義姉様に、うなずいて手を振ってから。
リオノーラは、エスコートするように差し出された紳士の腕に軽く手を添えて、のんびりと歩き出した。
リオノーラの命を救ったこととデートを引き換えにしない紳士は、その貸しをリオノーラにつけました。
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