久しぶりに、その言葉を聞きましたわ〜。
「レイデンの色って黒だから、あんまりリオノーラに似合わないのよね困るわホント困る」
「それでしたら、お嬢様の瞳の色と合わせられては? 明るい緑と組み合わせた落ち着きのあるツートンで……」
「あらいいわねそれ。良いじゃない似合いそうだわ!」
「でしたら、ドレスに組み合わせる装飾品のお色は〜」
と、きゃいきゃい盛り上がるサラリアお義姉様と店員さんの横で、リオノーラはニコニコと座っていた。
オシャレのことは、さっぱり分からない……というわけではないのだけれど、のんびりゆっくり決めていると、朝から夕方までかかって店員さんがとても疲れてしまうから。
なので、ただ座って、たまにのんびりお茶を飲んで。
ふと、外に目を向けると、窓際に飾られている白い花が目に入る。
ーーーあら〜?
それは、レイデンの誕生花だった。
時期外れなのになぜ咲いているのかしら〜、と、ゆっくり立ち上がって近づく。
そうして、香りを嗅ごうとしたところで……それが造花であることに気がついた。
ーーー残念ですわね〜。
糸で花弁を織り上げられた造花は、非常に美しく、枯れない。
高価なものではあるけれど、期待していた分だけ、少しがっかりして。
リオノーラは、のほほんと気持ちを切り替えた。
ーーーでは、織りの美しさを愛でましょう〜♪
美しいことに間違いはないので、じっくりゆっくり、眺めてから。
満足して振り向くと、店員さんとサラリアお義姉様は立ち上がって、どうやら布をあれでもないこれでもない、と決めている様子。
もうしばらく掛かるのかしら〜、と思ったリオノーラは、せっかくいいお天気なので外に出てみることにした。
ゆったりと鼻歌を歌いながら、店の外に出る。
高級なお店が立ち並ぶ辺りなので、歩いている人たちも貴族が多い様子。
王城のほうに向かう道は赤い煉瓦敷き、平民や市場、屋台があるほうに向かう緩やかな下り坂は右曲がりに石畳へと切り替わるコントラストを描いている。
ーーー綺麗ですわねぇ。
何でもないのんびりとした日常を、リオノーラはそんな風に思う。
建物の美麗さと相まって、きらきらと輝く景色の中。
愛する人と、侍女に日傘を差し出されて歩いている貴婦人がいる。
どこかで商談をした帰りの下働きなのか、顔を赤くして大きなカバンを持った礼装の男性がふぅふぅと息を吐きながら坂を登ってくる。
二頭立ての栗毛の馬に引かれた立派な馬車が、のんびりと通り過ぎる。
目を細めて、ニコニコとそれを眺めるリオノーラに。
「あら!? 頭の足りないリオノーラではなくて!?」
と、甲高い声が掛かった。
「?」
頭の白いつばひろ帽を押さえて、いつも通りにゆっくりのんびり、そちらを振り向くと。
金の髪を複雑なハーフアップに結い上げた勝ち気そうな少女が、連れ合いのご令嬢たちと共にこちらを見ていた。
全員日傘を差している。
「あら〜? エルマリア様〜?」
「相変わらず喋るのも動くのもおっそくてよ! もっとキビキビなさい!」
ビシッと手に持った扇を突きつけて、エルマリアが傲岸な笑みを浮かべる。
その後ろで、ご令嬢達がクスクスとリオノーラを見て笑っていた。
全員、貴族学校やお茶会の席で顔を見たことがある方々だった。
特に、侯爵令嬢であるエルマリアは、ことあるごとに学校でリオノーラに声をかけてくれた人物。
もっとも、大概は二言三言言葉を交わすと「日が暮れてしまいますわ!」と会話を切り上げられてしまっていたので、お友達と呼べる関係かは少し微妙だったけれど。
後ろのご令嬢たちは、直接お話をしたことはない。
主にリオノーラの返答が遅いせいで声を掛けられても会話にならなくて。
そういう時に、ちょっと蔑んだような目でリオノーラを見てきた方々だった。
「エルマリア様は〜、どうなさったのですの〜?」
普通、エルマリア様ほどのご令嬢が街中を歩くなんてことはない。
お店の前に馬車をつけ、その馬車に乗って帰るのが常だから。
しかしよく見ると、周りに平服を着た屈強な男性達が立っており、腰に剣を佩いている。
護衛の方々らしい。
「庶民の生活を見て回るのも貴族の務めでしてよ! 劇場の帰りに少しお散歩ですわ!」
と、ちゃんと答えてくれた後。
「あなた、どうして貴族学校をお辞めになって!? 頭の足りないリオノーラでも、学問や礼儀作法は学ぶべきでしてよ!?」
「あ〜、それはですね〜」
「だからおっそいですのよ!!」
またもやビシィ! と扇を突きつけられる。
後ろのご令嬢たちは、もう隠す気すらなくニヤニヤとやり取りを見ていたが。
「もしや誰かに虐められまして!? それならわたくしが、リオノーラより頭が足りないことをお伝えして差し上げましてよ!!」
というエルマリア様の発言に、ピシッと固まってから、一斉にその背中に目を向けた。
ーーーあら〜? もしかして、エルマリア様こそ、わたくしを虐めていたと思っていらっしゃりそう〜?
と、リオノーラはのんびりゆっくり、考えた。
エルマリア様は、思ったことをハッキリと仰る方ではあるけれど、さっぱりとした気性をされている。
侯爵家のご令嬢としては破天荒とも言えるけれど、向上心に溢れた公平な方でもあった。
なので、リオノーラは、のんびりと頭を横に振る。
「いいえ〜、わたくしが学校を辞めたのは、落第したからですのよ〜」
と、事実を伝えると、エルマリア様はパチクリと瞬きをした。
「落第しても、別にやめる必要はないのではなくて?」
「そうなんですけれど〜」
いつもならこの辺りで会話をやめて立ち去ってしまわれるのだけれど、気になるのか、エルマリア様は今日はお話を聞いてくれた。
筆記試験が試験時間中に書き終わらず、論述試験も同様で。
論述試験だけは、最後まで書きたかったので教授の元へ書き上げて持って行ったこと、を、リオノーラはのんびりゆっくり、説明した。
「まぁ、その論述の学科はなんですの!?」
「経済学と〜、地学と〜、農学ですわ〜」
それぞれに、地域活性と、鉱物採掘の地層研究、農作物の品種改良についての論述だった。
「まぁ、試験時間中に書き終わらなかった時点で落第は確定ですけれど、それを書き上げて提出する心意気はまぁまぁとお認めしますわ! で、あの鬼教授、悪魔教授、蛇教授の反応はどうでしたの!?」
ーーーそんな風に呼ばれているのですわね〜。
特に厳しいと有名で、怒鳴るように喋る方、冷淡と思われる態度をとる方、嫌味を交えて話す方、ではあったけれど。
友達もいなかったリオノーラは、そんな言い方をされていることを初めて知った、とのんびり考えながら、質問に答える。
「君に教えることは、何もないと言われましたの〜」
「は!?」
「えっと、いくつか質疑応答を受けて〜、そう言われて〜、なぜか研究員としてゼミに誘われましたの〜」
それを聞いて、後ろのご令嬢達が息を呑む。
エルマリアだけは、ギラリと目を輝かせて、さらに質問を重ねた。
「それで、どうされましたの!?」
「お断りしましたわ〜。わたくし、レイデンとの婚姻予定がありましたし〜。先日破棄を言い渡されましたけれど〜」
ニコニコとそう答えると、後ろのご令嬢たちがヒソヒソと話し始める。
どこか楽しげだ。
「なんですって!? 頭の足りないリオノーラが、猪レイデンに振られましたの!?」
「そうですわ〜。レイデンをご存知ですの〜?」
「お父様が訓練生に筋のいいのがいるって言って連れてきて、家で話をしたことがありましてよ!」
どうやら、侯爵様のお眼鏡にかなうくらいレイデンは凄いらしい。
ーーー流石ですわ〜。
のんびりと誇らしく思いながら、ニコニコとうなずく。
「そうだったのですわね〜」
「ですわね〜、じゃ、なくってよ! なんか色々情報量が多いですわ! あの教授達が認めたってことですの!?」
「よく分かりませんけれど〜、一番興味のあったことを、教えないと言われましたので〜」
なら、家で一人で本を読んでいても変わらないかと思い、お父様に聞かれた時に貴族学校を辞めた、という経緯だった。
「……は〜、貴女、本当に頭が足りませんわね! 賢いとかお馬鹿とか以前の問題で!」
「そうですの〜?」
「貴女とお喋りしていると、時間もないしおバカが移りそうですわ! もっと時間がある時にじっくりとおバカでない部分の会話をしたいので、二人お茶会に誘いますわ! おいでなさいな!」
「ええ〜、ありがとうございます〜。楽しみにしておりますわ〜?」
最後が疑問系になったのは、なぜ今の会話の流れからお茶会に誘われたのかイマイチ分からなかったのと。
お茶会がどう楽しいのかはイマイチ分かっていなかったせいだけれど。
ーーーエルマリア様と二人きりなら、別にいいかもしれませんわね〜。
皆がわいわい話しているのに加わるのは苦手だけれど、お話を聞いてくれるエルマリア様となら、お喋りは出来そうな気がしたので。
「では、失礼致しますわね! そろそろもう少し頭を足らしなさいな!」
そう言って、来た時のように唐突に、エルマリアは去っていった。
物語の進みものんびりゆっくりなリオノーラです。エルマリア、根は悪い子じゃありません。
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