お兄様とお義姉様が、帰ってきましたわ〜。
「リオノーラ!」
バァン! と少々大きな音を立てて、団欒部屋のドアが開いたかと思うと、金色の髪を持つ女性が駆け抜けてきて、ソファに座るリオノーラに抱きついて来た。
「まぁ〜……サラリアお義姉様〜?」
いつも通りの、のんびり、ゆっくりで。
ドアが開いてから抱きしめられるまで、ドアのほうに首を曲げることしか出来なかったリオノーラは、抱きつかれて数秒してから、彼女を抱き返した。
「お久しぶりですわ〜」
「あぁん! 相変わらずノロノロしてて可愛いぃいいいいい!!」
抱きついて来たと言っても、体重は掛けられていない。
それでも、まるで覆いかぶさるように豊満な胸をリオノーラに押し付けるポニーテールのサラリアは、お兄様の婚約者だった。
ーーーいつもながら、褒められているのかどうなのか、分からないですけれど〜。
サラリアお義姉様は、リオノーラを好ましく思ってくれる数少ない人の一人だった。
さほど背が高くない自分よりも、さらに小柄でさながら小動物のようにちょこまかと動き回る彼女は、なぜか正反対のリオノーラに気分を害すことなく付き合ってくれる。
可愛い可愛いと頭に頬擦りするお義姉様に、リオノーラはのんびりゆっくり、問いかけた。
「一体、どうなさいましたの〜?」
「可愛い可愛い可愛いわぁ〜……え? 何しにきたって一大事じゃないのだから私の可愛いリオノーラを捨てるクソ野郎をぶん殴りに来たのよ!!」
リオノーラが喋る間にも、早口で話し続けるサラリアお義姉様だけれど、話はちゃんと聞いてくれている。
「サラリア、我々はそんな理由ではなく、休暇で帰ってきたんだよ。だから少し落ち着こうか。それと、伯爵令嬢とは思えないような暴言と音を立ててドアを開くような行動も、慎もうね」
彼女の後ろから入って来て、やれやれと声をかけたのは、リオノーラの兄であるミリアルドだ。
片方の目が少々悪く、そのせいで転ぶことが多かった彼は、片眼鏡を掛けている。
男性にしては伸ばしすぎな背中までの髪は、サラリアの趣味で伸ばしていると言っていた。
リオノーラとミリアルドはどちらも母親似で、兄も少し垂れ目気味の優しい顔立ちをしている。
とても線が細く、恰幅の良い父には昔よく『体を鍛えろ飯を食え』と口うるさく言われていた。
結局それは実を結ばなかったけれど、長身で整った顔立ちのお陰で、貴族学校では陰で『百合の君』などと呼ばれていたりするらしく、本人は悩ましいらしい。
リオノーラが一年で脱落した貴族学校に今も最終学年として通っている兄は、入学式の時に同い年の伯爵令嬢、サラリアに一目惚れからの猛アタックを受けて、三ヶ月後には婚約した。
それが教師の間でも語り草になるくらい有名な話らしいことを、たまに仕事で学校を訪れるらしいお父様から聞き及んでいる。
どうやら、試験を終えて長期休暇に入るので家に戻ってきたらしいことを、リオノーラはのんびりゆっくり、悟った。
ーーーもうそんな時期ですのね〜。
多分、周りから見ると隠居したような、あるいは修道女よりもはるかに楽な晴耕雨読の生活をしているリオノーラにとって。
季節や時間は見える花々や木々、自然の移り変わりを楽しむものでしかないので、細かい日付は、覚えていようとしない限りすぐに頭から抜け落ちてしまう。
そんなリオノーラをよそに。
性格や背格好含めて、全てが正反対の情熱的で行動的なサラリアお義姉様は、口を尖らせてミリアルドに反論した。
「何よミリアルド! 慎み深さなんかリオノーラの危機の前ではゴミよゴミ! 今からレイデンをどつき回しに行くわよ! 全く信じられないわ喋れないくらい殴り倒してから問い詰めなくちゃ!!」
「喋れないくらい殴ったら喋れないし、君の綺麗な拳が傷ついて血まみれになってしまうから、やめようね」
意見ははっきり言うが、口調はいつでも柔らかな兄にそう言われて、サラリアお義姉様は頬を染める。
「そんなミリアルド私が超絶綺麗で可愛くて今すぐにでも抱きしめたいだなんて私も大好き!!!」
「思っているけど、そこまで言ってはいないかな」
リオノーラほどではないけど、ゆったりしている兄がそう告げた後で。
「サラリアお義姉様、レイデンは〜、今は男爵家にいませんわよ〜」
テンポが二つくらい遅れた話題に、リオノーラはのんびりゆっくり、口を挟んだ。
彼は今、先日口にした身辺整理のために、騎士団の寮や役所に出向いている。
どうやら、先の小競り合いの処理が終わったアバランテ辺境伯様が、ようやく王都に着いたらしいことを、お母様が言っていた。
「あらどこに行ったの逃げたの逃げたわねそうに違いないわ! 地の果てまで追いかけるわよ!!」
ようやく体を離してくれたサラリアお義姉様が、俊敏な仕草でシュバババ! と右の拳を連続で突き出す。
とてつもなく手慣れていて、実にサマになっているのに、その拳は女性らしく丸みを帯びていて肌にはシミ一つない。
伯爵家の三女なのに、子爵家跡継ぎの元に嫁ぐのがあっさり認められた理由は、高位貴族なのにあまりにも破天荒なその性格を、初めて御せたのがミリアルドだったから、と伝え聞いた。
ちなみにサラリアお義姉様の実家は、筆頭侯爵家の懐刀とも言われる、切れ物揃いの名門家で、学校ではミリアルドと同じくらい優秀だそうだ。
首席争いを婚約者同士でしているというから、相当なものらしいことくらいは、のんびりゆっくりなリオノーラにもぼんやりと分かる。
「だから、少し落ち着こうね。事情も何も、我々は知らないのだから」
「サラリアお義姉様〜。わたくし、納得して婚約を解消しますのよ〜」
「リオノーラが納得してもこの私が納得しないわ! ノロマな亀みたいなのに賢くてネジが百本くらい抜けてる感じが可愛くて試験時間内に答案が書き終わらないくらい図太くてやっぱり可愛いこの私のリオノーラを、ちょっと雑魚の隣国相手に武勲を立てただけのレイデンごときが!」
「それに、わたくしは〜、少し考えていることがありますの〜」
「やっぱどう考えてもあの堅物はいわしてやらないとあらリオノーラ、何その考えってちょっと教えて?」
あまりにもナチュラルに途中からリオノーラへの返答に変えるサラリアお義姉様を、変わらないですわね〜、とほんわりした気持ちで笑みを浮かべて眺めながら。
リオノーラは、自分がやろうとしていることを説明した。
「なるほどアバランテ辺境伯にね? いいわねそれちょっと面白そうねいいわお母様に口利きして貰えるか尋ねてみるわね速達でね、大丈夫多分協力させれるから気にしないでこないだご令嬢を弄んだクソ令息の家を捻り潰すために脱税の証拠を調べて教えた貸しがあるからそれ使って引き受けさせるわ!」
「一応、君が関与してることは内密にって言われてたんだから、あっさり喋っちゃダメだよ、わたしの可愛いサラリア」
「あらやだそうだったわねでもリオノーラなら良いんじゃないかしらああもう手放したくないほど溺愛してくれてるだなんてミリアルド大好き!!」
「わたしも愛してるから、そういう話は慎重にしようね」
「分かったわ!」
ミリアルドの腕の中に飛び込んで、頬擦りを始めたサラリアお義姉様を眺めながら。
リオノーラは、のんびりゆっくり、手にしていた本を閉じて、お茶を一口飲んで。
それから、さっきの言葉に対して、こう告げた。
「お口添えはありがたいのですけれど〜、わたくし自身が辺境伯様に認めてもらえないと、意味がないので〜、そういう方向でお願いしたいですわ〜」
すると、イチャイチャ、というか一方的にミリアルドにコミュニケーションを取って早口で話す合間に『分かったわ任せて!』というお返事が戻って来たので。
リオノーラは、ゆっくりほんわり、ニコニコとうなずいた。
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四話目は『嵐のお義姉様サラリア登場』でした。
五話目は『お義姉様とのお買い物』の予定ですー。