リオノーラ・アバランテの本性。
ーーー数ヶ月後、北部辺境伯領。
「少し寒いですわね〜」
南部と比べると気候がかなり涼しく、秋口の今は肌寒さを感じるくらいだった。
罪を犯した貴族女性を収容する場所として有名な『北の修道院』も、この土地にある。
リオノーラとレイデンは、カーマ・ソルディオン伯爵とクゥ・ミスティ子爵令嬢の婚約挨拶に帯同していた。
ちょうど良いタイミングで、『婚約を改めて祝いたい』という北部辺境伯の申し出があったのだ。
その際の供として内密に……と表向きはなっているけれど、実は帯同自体は、ザムジードお義父様と北部辺境伯、双方の了承を得ての動きである。
帯同を許された裏向きの事情。
それは鉱山のある領地を南部辺境伯領傘下に収めたことを受けての、交渉だった。
勿論それすらも、リオノーラにとっては、北部辺境伯に会うための手段として使ったに過ぎない手だった。
真の目的は、調べ上げた事実を元に、北部辺境伯の謀反を起こさせないこと。
身の危険がある、という心配をされたけれど、リオノーラは謀殺の危険はないと考えていた。
もし直接手を出そうとするのであれば、それは南部辺境伯領騎士団長と直接戦って勝った上で、南部辺境伯の義娘諸共殺すということに他ならないからだ。
最悪でも拘束。
その上で北部辺境伯の計画では謀反の正当性を訴える旗頭として、レイデンの首を縦に振らせる時間が必要である。
何の準備も整っていない状態で、王家と南部辺境伯領双方を敵に回す程、北部辺境伯は愚かではない。
アバッカム公爵の処刑に際しても、連帯の尻尾を掴ませずに逃げ切った人物である。
ーーーそれに〜、北部辺境伯の事情と〜、これまでの行動を見れば〜、今すぐにどうにかしようとは〜、思わないでしょう〜。
一見悪辣で老獪ではあるけれど、彼の行動が対外的に見てそれ程か、と言われると、リオノーラはそうは思わなかったのだ。
好戦的ではある。
反帝国主義であり、戦争を望んでいるのだから。
けれど国内で起こした問題行動と言える行動は、二つだけ。
一つは、王家の資料を管理するペソティカ男爵家に接触して、少々脅しをかけて資料を閲覧しようとしていたこと。
もう一つは、ソルディオン伯爵家とオルブラン侯爵家の婚姻を邪魔するためにミスティ子爵令嬢を送り込んだことである。
前者はあまり擁護出来ないけれど、一応未遂。
後者は貴族同士の勢力争いでは、昔からよくあることだ。
何せ、領地や派閥繁栄の為に、自陣の貴族令嬢を使って親交を結ぶ行為の最上級が、『王家に正妃・側妃を送り込む』ことなのだから。
ライオネル王家は、国王陛下も王太子殿下も正妃のみを置いているが、むしろ歴史上においては稀なことである。
「……上手くいきますか?」
馬車の中で、北部辺境伯邸の開門を待っている間、クゥ・ミスティ子爵令嬢の不安げな様子でポツリと漏らすと、同上しているレイデンが淡々と答える。
「リオノーラは平和主義者ですが、決して、楽観的ではありません。この場の誰よりも……もしかしたらライオネル中の誰よりも、冷徹です」
「え……?」
まるでレイデンがリオノーラを貶したように聞こえたのだろう、クゥ嬢が戸惑ったように顔を上げた。
カーマ伯爵は、無表情にそれを見ている。
「リオノーラと同じ視座で話が出来る人物に、私は一度たりとも会ったことがありません。セフィラ・オルブラン侯爵令息ですら、本気になったリオノーラには、深慮遠謀で勝てないでしょう」
「あら〜、褒めすぎですわ〜」
「決して、そんなことはないと思う。リオノーラは、緩やかに過ごす為、平和を保つ為には何でもするだろう? ……ミスティ子爵令嬢、あまりにも手際が鮮やか過ぎてお気づきではないのでしょうが」
そこで、レイデンが力強く微笑んだ。
「他の誰が、これ程軋轢を起こさず、目立たず、かつ迅速に、国の要の一つである鉱山の領地を手に出来るのです? 本来であれば、この一事をもって内紛が起こってもおかしくはないのですよ。仮に『ミスティ子爵領を渡せ』と言われたとして、お父上なら渡すと思いますか?」
「……!」
「それと同等のことを、既にリオノーラはやってのけている。一切表に出ることもないままに」
目を見開くクゥ嬢に、レイデンは一つ頷いてみせる。
そして馬車の外、庭を囲う柵越しに見える北部辺境伯邸に、目を向けた。
「上手く行くか行かないか、ではありません。リオノーラが動いた時点で、この件は『終わっている』のです」
※※※
リオノーラは、ノホーリ子爵家の令嬢として生を受けた。
そして、3歳頃には既に、両親や周りの口にする物事を完全に理解していた。
文字を読めば、それを一度で理解できた。
話を聞けば、一体どのような問題がそこにあるのかを察することが出来た。
けれど、何もしなかった。
必要がなかったから、だ。
人よりも動きが鈍いことで、周りはリオノーラの本質に、最初気づかなかった。
全ての物事を一度で『識る』力を秘めているが、体を動かすことだけが苦手だと評されていた。
そして、魔術の中でも特に、人を傷つけるものに嫌悪を感じていた。
初等の魔術は人や物の在り方に影響を及ぼすものが多く、使用に気が進まないことを、周りは『魔術が苦手なのだ』と誤解した。
両親がリオノーラの本質に気づいたのは、8歳頃にピアノを習った時のことだった。
指の動きを早くすることは出来なかったが、リオノーラはテンポを一定に保って打鍵するという行為を、一度も間違えることがなかった。
勉強では、答えを書くのは遅々として進まないが、その回答を間違えることはなく、教科書に書かれたことを質問されても同様だった。
全て、誦じていた。
その異常さに、女家庭教師が最初に気づき、両親に報告したのだ。
ーーー『不気味だ』と。
彼女は結局そのまま辞め、リオノーラは次の女家庭教師に問われた。
『曲の速度を楽譜に完璧に合わせることは出来ますか?』と。
最初は頭ごなしに『遅い』と言われるばかりだったリオノーラは、そこで初めて考えて、合わせる方法を実行した。
今まで『自分の時間』の中で生きてきたリオノーラが、その時間を早めて『周りの時間』に合わせた瞬間だった。
間延びした喋り方は、本当に間延びしているわけではなかった。
リオノーラとしては、普通に話しているつもりだったのだ。
動きの鈍さは、本当に動きが鈍いわけではなかった。
『リオノーラの時間』の中で生きているから、周りに比べて遅いように感じられていただけだった。
問題とされていることを認識し、解決方法を問われる。
後まで長く面倒を見てくれた女家庭教師が、それをしたのはあくまでも偶然だったけれど、それまでのリオノーラにはその過程を経ることが必要だったのだ。
リオノーラが『周りに合わせる』ことを覚えたのは、それが最初だった。
〝淑女〟のリオノーラは、こうして生まれ、両親は悩んだ末にそれを隠してくれた。
周りに合わせることが、リオノーラにとって極端に疲れることだと、『ずっとそうしていれるかい?』と言われて、最後に発熱してしまった時に、気づいたから。
その後、リオノーラは『リオノーラの時間』に合わせてくれるレイデンに出会った。
そうして徐々に、彼に興味を持ち、やがて心を惹かれた。
レイデンは、両親に続くリオノーラの理解者だった。
だから、彼が南部辺境伯領へ行くという時に、初めて自分の能力を、自発的に使った。
レイデンの望みを叶えずに自分の横に縛り付けることは望まなかったけれど、彼を失うことは、リオノーラにとってはあり得ないことだった。
リオノーラは平穏が好きだ。
自分が自分のままで居られる時間が、長くなるから。
リオノーラは平和が好きだ。
レイデンが危ない真似をする必要が、なくなるから。
リオノーラは、闘争が嫌いだった。
自分が傷つくことはなくとも、増えていった大切な人々が泣き悲しむ姿は見たくなかったから。
だから、ずっと、ニコニコ笑っていた。
大切な人々がずっと笑っていられることが、のんびりのんびり生きていけることが、リオノーラにとっては大切だった。
そんなリオノーラを見て、『真の賢者は晴耕雨読に生きる』と口にしたのは、サラリアお義姉様だった。
あの人は、レイデンと同じくらい、リオノーラの本性を見抜いていた。
リオノーラは、必要ならば手段を選ばない。
レイデンの『最強の騎士になる』という願いと、『リオノーラと結婚する』という望みを両立させる為に、動いたように。
ーーー平穏の為であれば、どんな手でも使うのである。
だから、北部辺境伯にどれ程の渇望があろうとも、関係がなかった。
だから、過去の境遇にどれ程の悲哀があろうとも、関係がなかった。
今と未来に、その過去が『闘争』を振り撒くというのなら、北部辺境伯の気持ちの方を、叩き潰すのだ。
冷徹に、冷酷に。
これから先の、平穏の為に。
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