お土産ですの〜?
ーーーあら〜。いい雰囲気ですわね〜?
男爵家の近くに着くと、丁度男爵家の前でアルミニカ様が降りられたところだった。
馬車を見上げている彼女の顔には笑みが浮かんでいる。
オルブラン侯爵家の黒塗りの馬車は巨大なので、門の前に横付けしてあるとかなり目立つ。
慌てたように男爵家の執事らしき人が出てくる間に、馬車から顔だけ見せていたセフィラ様が近くで止まったこちらを見る。
窓越しに小さく手を振ったリオノーラに、彼は片目を閉じて、人差し指で自分の鼻先に触れた。
それは女性からの『家』への誘い仕草。
つまり、『話はオルブラン侯爵家で』ということなのだろう。
それを伝えると、横のレイデンが疑問を呟いた。
「確認しなければいけないことがあったのでは?」
「今すぐどうこう、という訳では〜、ありませんもの〜」
リオノーラは、のんびりのんびり、それに応えた。
腕輪の探査魔術について、話したかどうかを知りたいだけである。
そしてセフィラ様がそれを今答えるつもりがないのであれば、何か理由があるのだろう。
彼は多分、それを察しており、その上で場所を変えようと提案しているのだ。
先に移動を始めたリオノーラ達がオルブラン侯爵家近くで待っていると、少し遅れてセフィラ様の馬車が現れた。
横並びになった馬車の窓が開き、セフィラ様が顔を見せる。
「お待たせしてしまって、申し訳ありませんわね」
「いえ〜。お話し合いは〜、上手く行きましたの〜?」
「恙無く、ですわ」
車体が巨大な分、高い位置にあるセフィラ様の顔を見上げながら、リオノーラはゆっくりゆっくり、首を傾げる。
「セフィラ様、お伝えしましたのー?」
「ええ、想いは。けれど、リオノーラ夫人。貴女はまだ気づいておられないことが、ありましてよ」
ーーー気づいていないこと……?
含みのあるセフィラ様の言い方に、リオノーラは口元に手を添えた。
「何か、口に出来ない理由がまだある、ということですの〜?」
「ええ。過日にお会いした時に、お伝えしたでしょう? 貴女と遊びたかったと。こちらが遊びに誘ったんですもの。手土産は、ご用意しておりましてよ?」
手土産。
つまり、セフィラ様の大嘘の裏には……アルミニカ様の行方を追う為の腕輪の存在には、まだ何らかの意味があると。
ーーー思ったより、大きなお話なのでしょうか〜?
事の発端は、セフィラ様の性別を偽っていたことを、上手く解決する為だと思っていたのだけれど。
「リオノーラ様。わたくしは、別に押し付けられてこの格好をしている訳ではございませんわ。ウスバユリは、仕立てたものですの」
つまりセフィラ様の私物ではなく、最初からアルミニカ様に渡すために仕立てたもの。
けれどそれは、アルミニカ様を利用する為ではなかった、と。
他に何らかの事情があったとするのであれば……それは監視ではなく。
ーーー守る為……?
セフィラ様の行動の発端が、悪意ではなく善意であるとするのなら、全ての構図がひっくり返る。
人の居場所を知る為の道具には、二つの使い方があるのだ。
例えば、犯罪者を監視する為の使い方が、管理的な使い方であるとするのなら。
護衛対象に持たせるのであれば、万一のことが起こった時に追跡するような使い方。
ウスバユリが、セフィラ様ではなくアルミニカ様を指すものならば。
そして今もってその事実を彼女自身に明かしていないのなら。
それをアルミニカ様自身に口に出来ない事情が、セフィラ様にある。
あるいは彼女が、セフィラ様ではない誰かに狙われている、あるいは今後狙われる可能性がある……ということ。
ーーーまだ、終わっていない……?
リオノーラは思考する。
今回の件で、他に何かあるとするのなら。
より大きな物事が動いているとするのなら。
セフィラ様が今まで関わって来たものは、アルミニカ様……ペソティカ男爵家以外に何だったのか。
「ソルディオン伯爵家……」
「やはり貴女は優秀ですわ、リオノーラ様」
ふふ、と扇を広げて、セフィラ様は目を三日月の形に変える。
「貴女への手土産に関わるのは、正確には、彼の新たな婚約者であるミスティ子爵家ですわね。わたくしの口から与えられる助言は、後二つだけですわ」
「どのようなご助言ですの〜?」
「霧に覆われた先で通じるのは、海に面した北の端。そして猪の出自ですわ。上手く動かれませ」
あっさりと口にされた情報に、リオノーラがゆっくり目を瞬いている間に。
セフィラ様は御者に視線を移して、出るように伝えた。
そうして去っていく馬車を見送りながら、リオノーラは笑みを消して、唇にゆっくりゆっくり、指先を触れる。
話し合いが終わったと判断したのか、レイデンがリオノーラの実家であるノホーリ子爵家に戻るように指示して、しばらくしてから声を掛けてくる。
「考えは纏まったか?」
「ええ〜、ちょっと、真剣にまずい事態なのかもしれませんわ〜」
「どういう話か、教えて貰っても?」
レイデンに問われて、リオノーラは慎重に口にした。
「ミスティ子爵家が通じているのは……北部辺境伯、のようですわね〜」
ライオネル王国には、三人の辺境伯がいるのだ。
義父である南部辺境伯、東の大樹林に南部と共に面して魔獣の脅威を抑えている東部辺境伯、そして北の内海に面して、その先に帝国を見据える北部辺境伯である。
そして北部辺境伯は、かつての争乱から、反帝国勢力なのである。
しかし横に隣接しているオルブラン侯爵家は、現当主が帝王陛下の従姉妹を妻に迎え入れた親帝国勢力。
そうなると、ソルディオン伯爵家の婚約者交代劇が、別の様相を帯びてくる。
当初にリオノーラが危惧したよりも、状況が悪い可能性があった。
「二人のお義父様に、お話を伺う必要が出てきましたわ〜」
「二人?」
「ええ〜、一人は、ザムジードお義父様で〜、もう一人は〜、男爵家のお義父様ですわ〜」
幼い頃から懇意にして下さっている、レイデンの実父。
「北部辺境伯関係で、義父上に話を聞くのは分かるが、何故父上にも?」
「セフィラ様が仰っていたでしょう〜? 猪の出自に関係があると〜。どこかで聞いたあだ名ではございませんの〜?」
「……俺のあだ名か」
『猪レイデン』。
真っ直ぐで融通の利かないレイデンに、エルマリア様やサラリアお義姉様がつけたそのあだ名は、由来のないものではない。
「かつてのレイデン・ブル男爵令息……貴方に関わるお話だと言われたら〜、調べない訳にはいかないでしょう〜?ー」




