馬車の中で。
「アルミニカ様」
「はい!」
馬車の中でセフィラ様にそう声を掛けられて、アルミニカはピン! と背筋を伸ばした。
すると彼はコロコロと笑い、口元に手を当てる。
「そんなに緊張なさらないで。わたくしは、別に貴女をとって食おうとはしておりませんわ」
「はは、はい! 申し訳ありません!」
幾らそう言われたところで、セフィラ様は高位貴族である。
対してアルミニカは男爵家令嬢。
そもそも天地ほどに地位に隔たりがあるのだ。
ーーー緊張するなっていう方が無理です〜!!
セフィラ様が男性だったことや、求婚されたことに対する混乱は抜けたものの。
何度見ても、所作から全て、完璧に女性にしか見えない。
「あのぅ……ひ、一つ、質問をよろしいでしょうか!!」
「ええ、何なりと」
「セフィラ様は、本当に男性なのです?」
「ええ」
「……えっと、女装しておられる理由は……? あの、だって婚約までなさっていましたし。いずれこうなることは分かっていたのでは……?」
するとセフィラ様は、少し考える素振りを見せた後。
「一つは、当主命令ですわね」
「命令」
「ええ。ちょっと事情がありますの。そしてもう一つは……」
「もう一つは……?」
アルミニカがごくりと唾を呑むと、セフィラ様はニッコリと答えた。
「趣味ですわ」
一瞬、理解出来なかった。
「し、趣味?」
「ええ。アルミニカ様も男装して剣術の稽古をなさっていたでしょう? わたくし、お化粧をしたりドレスを作って身に纏ったり、宝飾品を眺めたりするのが本当に大好きですの♪」
嘘をついている……ようには見えなかった。
そう語るセフィラ様は、うっとりとして本当に嬉しそうだったから。
「だから、修練場で貴女を見かけた時、凄く嬉しかったんですのよ。わたくしと同じような方がいらっしゃるわ、と思って」
そこでセフィラ様は、翠の瞳を細める。
まるで、全て見抜かれているような、深い知性を感じさせる色合いの視線がこちらに向けられる。
「アルミニカ様は、ドレス姿よりも、あの男装をしておられる姿が本当でしょう? そうした格好をしている時は、まるで窮屈に押し込められているようなお顔をなさっておられますもの」
「……!」
「けれど、男装しておられるアルミニカ様はいきいきとなさっていて。その姿を、わたくしは美しいと思いましたのよ」
「セフィラ様……」
言われて、アルミニカは初めてあの時の、セフィラ様を思い出す。
そう、自分が一目惚れしたあの時、彼のことをどう思ったか。
ーーー綺麗、と。
男性の姿……きっと、セフィラ様にとってはきっと男装をしていてなお、その佇まいを美しいと、アルミニカはそう思ったのだ。
「だから……です、か?」
あの後出会った時に、ショックを受けているアルミニカを見て悲しそうな目をなさったのは。
そして腕輪を渡してくれたのは。
「ふふ。失恋をしたかと思いましたわ。だって、わたくしに見惚れてくれていた方が、絶望したような顔をしているのですもの」
「だって、せ、セフィラ様には、ご婚約者がおられて。それに、私は、女性だとばかり」
「あら。言われてみればそうですわね?」
そう言ったセフィラ様は、からかうようにくるりと目を回した。
「でもこうして、無事想いを通じ合わせることが出来ましたわね?」
「え、あ……」
アルミニカは、ボン! と爆発するように顔が熱くなる。
言われて気づいたけれど、今の受け答えはもう、想いを伝えたも同然である。
「あの、ああのあの!」
「ふふ。だから、アルミニカ様。どうぞわたくしと添い遂げて下さいな。わたくしは、本当のアルミニカ様と一緒にいたいのです。もう、そのような格好をなさらずともよろしいですし、剣の鍛錬でも何でも、存分にすれば良いのです」
と、そのグローブに包まれたセフィラ様の指先が、たおやかな仕草でこちらの頬に伸ばされる。
「そのままの貴女が、とても素敵だとわたくしは思いますから。白いウスバユリの三つ目の花言葉から、抜け出しましょう?」
「あ……」
あの、腕輪の飾りの意味。
それは、女装をしているセフィラ様を指していたのではなくて。
「私、を……?」
『脚光を浴びる』『飾らぬ美』ーーーそして『偽り』の花言葉を持つ、透けた花弁の美しい花。
「もう、偽らずとも宜しいのです。貴女は、貴女のままで、わたくしの側にいて欲しいのですわ」
「う……」
そんな風に、誰が声を掛けてくれただろう。
アルミニカの懊悩を、誰が気づいて、受け入れてくれただろう。
寛容だけれど、無関心な父母。
ちくちくと女性らしからぬと苦言を言う兄。
騎士団で仲良くなった人たちにも、本当のことは打ち明けられなくて。
アルミニカの頬を、涙が伝う。
ーーー私は、認めて欲しかったんだ。
誰かに、本物の自分を。
そのままの自分でいて良いと。
「セフィラ様……わ、私は……」
「泣くほど喜んでいただけて、嬉しいですわ。婚約して、いただけまして?」
指先で涙を拭ってふわりと笑うセフィラ様の首に、アルミニカは両手を広げて抱きついた。
「あら」
「セ、セフィラ様ぁ……!! 私も、ずっとずっと、お慕い申し上げておりましたぁ……!! セフィラ様は、とても美しい人です〜!!」
「嬉しいわ。ありがとう、アルミニカ様」
「うぇえええ〜ん!!」
泣きじゃくるアルミニカの背中を、屋敷に着くまでの間、セフィラ様は優しく撫で続けてくれた。




