夜会への招待ですわ〜。
ーーーそれから、一年後。
アルミニカは、今日も今日とて男装して修練場で剣を振らせて貰っていた。
「精が出るな、アール」
「おや。久しぶりだね、レイデン」
アルミニカは、声を掛けられたので素振りをやめて、男口調で旧友に笑みを浮かべる。
二年の間に、周りを取り巻く環境は変わっていた。
未だに訓練場は使わせて貰えるけれど、一番仲が良かったアダムスは家の仕事で忙しくなり、レイデンは辺境に行ってしまった。
代わりに同じくらいの時期に騎士団に入ってきた見習いが一人前になったり、騎士になったりしていたから、これまでと変わらず過ごせているけれど。
アルミニカ自身も正式な入団に誘われることが多くなり、そろそろ潮時かと思っていた。
「南部辺境伯領騎士団長様だって? 偉くなったね」
「やっていることは、ここにいた頃とさほど変わりはない」
相変わらず生真面目な男である。
軽口に乗るでも否定するでもなく、淡々とした受け答えが心地よい。
「君の方は?」
「相変わらずだけど、そろそろ邪魔かなと思ってるよ」
「邪魔?」
「そう。入団した訳でもないし、タダで修練場を使わせてもらってるだけだからね」
未だに性別を偽っている以上、アルミニカは決断をしなければならない時期に差し掛かっている。
性別を明かしてペソティカ男爵家を抜け、女騎士として身を立てるか。
あるいは令嬢として、どこかの令息や若い当主との婚約を結ぶか。
アルミニカは刃を落とした練習用に剣を土に立てて、空を見上げる。
二年だ。
セフィラ様とここで出会ってから。
結局自分がどうしたいのか、という答えは見つからなかった。
けれど、このまま騎士団に入る未来も、セフィラ様ではない誰かと添い遂げる未来も、どこかしっくり来なかった。
ーーーいっそ、誰も私を知らないところに行きたいな。
そんな風に思いながら、アルミニカはまた軽口を叩く。
「レイデンのコネで、南部辺境騎士団にでも雑用として入れてもらおうかな」
「君がそれで良いのなら、その程度は容易いが」
そう告げたレイデンは、一枚の封筒を差し出した。
「何、これ?」
「夜会の招待状だ。リオノーラから預かったものだな」
言われて、アルミニカは驚いた。
「……リオノーラ様から?」
「ああ」
「え、じゃあ、知ってるの?」
アルミニカがどこの誰なのか。
思わずそう尋ねると、彼はやはり表情を変えないまま生真面目に頷いた。
「ああ」
「そっか」
言われてみれば、それはそうだろう。
リオノーラ様の旦那だというのなら、騎士団でのアルミニカに関しては彼に尋ねるのが一番早い。
彼女には、仲が良かった相手としてレイデンのことも伝えている。
そうして、封筒をくるりと裏返して……アルミニカは、思わず固まった。
「……?」
その招待状は、連名で書かれている。
一つは、ソルディオン伯爵令息の名前。
もう一つは、セフィラ様の名前だ。
お二人の主催で行われる夜会の、招待状。
「レイデン、これ……」
「『行くかどうかは、アルミニカ様にお任せしますわ〜。わたくしは、何となく参加した方が良い気がしますけれど〜』だそうだ」
アルミニカは迷った。
あれ以来、セフィラ様には会っていない。
けれど、オルブランの名を聞く度に耳を立てる程度には気になっていた。
多くは彼女のお兄様に関するお話だったけれど、そろそろ年齢的に妹君のご結婚も、という話はちらほらと出ている。
もしかしたら、結婚の日取りを正式に発表する会、なのだろうか。
ーーー諦める機会、ということ?
この、リオノーラ様以外の誰にも言えないセフィラ様への想いを。
アルミニカは迷った。
この夜会に参加して、ソルディオン伯爵令息の横に立つセフィラ様の顔を見て、諦められるだろうか。
もしかしたら、もっと鮮明に、想いが募ってしまったら。
「アール」
「え、あ、ごめん」
自分の思考に沈んでいたアルミニカが、ハッとして顔を上げると、レイデンは少し首を傾げていた。
「おそらく、だが」
「うん」
「リオノーラの言うことは、やっておくと様々なことが上手く行く」
「……どういうこと?」
「説明が難しいが、彼女は間違わない」
その断定的なレイデンの口調には、リオノーラ様に対する信頼が滲んでいた。
「そうした方が良い、というのなら、おそらくは従った方が良いと思う。俺は彼女ほど賢くはないから、君の事情に深く踏み込むつもりはないが、共に腕を磨いた友人の未来は、明るい方が良いとは思う」
彼は一度そこで言葉を切り、拳を突き出した。
「君が戦っている敵が、何なのかは分からないがーーーどうせ戦うなら、勝てよ。アール」
愚直な騎士の、不器用な言葉に。
アルミニカはだんだんおかしくなってきて、思わず口元を緩めてしまった。
敵。
誰が今の自分の状況を、そんな風に捉えるのか。
大体、相手が誰なのかも分からない。
ソルディオン伯爵令息なのか。
あるいは、セフィラ様なのか。
それとも、自分の抱くこの恋心なのか。
もしくは、将来的な自分の境遇なのか。
だけど、力強いその言葉は、アルミニカに向けられた言葉。
大層出世した騎士からの、それでも自分を友人だと言ってくれる彼からの、真っ直ぐな言葉に。
アルミニカは、立ち向かう勇気を与えられたような気がした。
「敵、ね。ふふ、せいぜい鮮やかに勝ってみせるよ」
言いながら、アルミニカがレイデンの突き出した拳に自分の拳を合わせると。
彼は片頬を上げて、笑みを浮かべた。
「ご武運を、戦友」
「ご期待に応えてみましょう、南部辺境伯領騎士団長殿」