お友達に〜、なりましたわ〜。
「ということかと〜、思ったのですが〜、如何でしょう〜?」
また、数日後。
リオノーラが、別の夜会で出会ったセフィラ様を休憩室に誘って説明すると、彼は満足そうに頷いた。
「流石ですわね。アバランテ辺境伯の隠し球……貴女が今まで頭角を表していないのが、わたくし不思議でなりませんわ」
その言葉に、リオノーラはゆっくりゆっくり、首を傾げる。
「必要がございませんもの〜」
「欲のないこと。であればこそ、貴女と遊んでみたかったのですけれど」
「遊び、ですの〜?」
「ええ」
セフィラ様なら、アルミニカ様を利用出来ないとしてもどうにか出来るだろう、と思っていたのは、正しかったようだ。
ペソティカ男爵家と交流がある訳でもなく、それどころか社交シーズン中以外は王都にすらいないリオノーラに、彼が目をつけた理由は分からなかったのだ。
するとセフィラ様は、口元に扇を広げて、ふふ、と小さく笑う。
「そこについては、分かりませんの?」
「直接聞いた方が早いかと思いますけれど〜、実利の面で言うのなら〜、何らかの示唆でしょうか〜?」
「一面ではありますわね。けれど、わたくしの狙いはもう一つ『奥』ですわ」
パチン、と扇を閉じた彼は、そのまま言葉を重ねた。
「貴族学校で出会い、一目でわたくしの真実を見抜いた貴女との交流を深めたい、と思いましたの。その後の経歴まで含めて、とても面白いのですもの」
「まぁ〜、それは〜、光栄ですわ〜」
「こちらこそ、期待通りの方で大変嬉しく思っておりますわ」
「それで〜、これからどうなさいますの〜?」
ここまで、問題は何も解決していない。
それどころか、リオノーラが知っただけで、何も進展していないのだ。
たとえ相手がセフィラ様であっても、アルミニカ様の気持ちを直接伝えることはない。
彼ならきちんと察してはいるのだろうけれど、そういう『使い方』をしようとしたのなら、期待に沿うつもりはない。
けれど。
「どうもしませんわ。わたくしは、貴女にわたくしの人となりを知っていただきたい、と思っただけですもの」
「そうなんですの〜?」
「ええ」
ちょっとだけ意外な答えに、リオノーラがゆっくり瞬きをすると。
『そんなところまでゆっくりですのね』とおかしげに笑ったセフィラ様は、少しだけ悪戯っぽく、片目を閉じる。
「でも、そうですわね……よろしければ、アルミニカ様と仲良くしていただけると、嬉しいかもしれませんわ」
「今は〜、待つ時間ですの〜?」
「ええ」
その答えは、リオノーラ的にはあまり感触の良いものではなかった。
「先の見えない中で〜、心を痛めるのは〜、よろしいことではないと思いますわ〜」
最大限、オブラートに包んだ言い方で、セフィラ様にそれを伝える。
アルミニカ様は、この先どうなるかが分からない中で、彼が動くまで待ち続けることになる。
あるいはセフィラ様のことに整理をつけて、諦めるかもしれない。
そうなると、今度は彼の方が失恋することになる。
お互いの心が軽くなるのは、少しでも早い方が望ましいのだ。
けれどやはり、セフィラ様は揺るがなかった。
「あら、二年も今の旦那様の心を宙ぶらりんのまま置いておいたのは、貴女も同様ではなくて?」
そう問われて、リオノーラは驚いた。
ーーーそんな事情まで、ご存じですの〜? でも、考えてみれば当たり前な気もしますわね〜?
セフィラ様は、リオノーラに自分の人となりを知って欲しい、と仕掛けてきたのである。
であれば、彼も同じように情報網を駆使して、こちらを知っておかしくはない。
婚約破棄を口にしたのは、レイデンの方。
けれどその真意まで全て知った上で、確かに二年、リオノーラは彼を待たせていたのだ。
『やっていることは同じ』だと、セフィラ様は言っている。
「これは〜、一本取られましたわね〜?」
「察しの良い方は、とても素敵だわ」
つまり、待たせる理由があるのだ。
その理由まで同じだとするのなら。
ーーー準備期間、ということですわね〜?
リオノーラが、アバランテのお義父様や、その娘であるアイオラお義姉様に自分の価値を認めて貰う期間が必要だったように。
セフィラ様にも、おそらくはオルブラン侯爵や現在婚約しているソルディオン伯爵家に対する根回しや準備が必要である、ということなのだろう。
「例の書き換えの件だけなら〜、わたくしもお手伝い出来ますけれど〜、そういうお話ではなかったのですわね〜?」
「そうね。少しお願いするのも面白そうではあるけれど、こちらでもどうとでもなりますわ。わたくしはただ、貴女に知って欲しかっただけですの」
セフィラ様が、どこか楽しそうに目を細めるのに。
リオノーラはゆっくりゆっくり、パチン、と手を合わせる。
「つまり〜、わたくし達は秘密を共有するお友達になったのですわね〜?」
そう告げると、今度はセフィラ様が軽く瞬きをして、それから、初めて本心から不思議そうな表情で首を傾げる。
「友達……?」
「はい〜。気が合いそうだから〜、わたくしと『お話』をなさったのでしょう〜?」
セフィラ様はきっと、とても聡明だけれど、同時にとても不器用な人なのだと思う。
女性を演じ、どちらの性の者に対しても、本心で接することが出来ない形で生きてきた方。
周りに愛されてはいるけれど、あまり思考や行動を理解して貰えなかった頃の、リオノーラのように。
こうしたやり方でしか、そしてこうしたやり方が出来る人としか、今は心を通じ合わせることしか出来ないのである。
人となりを知ってほしい、と言う形で謎を提示したセフィラ様なりの、これは対話だったのだ。
「わたくしは〜、セフィラ様が本来のセフィラ様として生きていけるようになることを〜、楽しみにしておきますわ〜。これからも〜よろしくお願い致しますわ〜」
そう、ゆっくりゆっくり、リオノーラが告げると。
セフィラ様は花開く様に徐々に笑みを浮かべて、少し気恥ずかしそうに目を伏せた。
「これは、わたくしも一本取られましたわね。……ええ、これからは、友人として接していただけると、嬉しいですわね」




