レイデンに〜、お話致しますわ〜。
「……君は本当に、突拍子もないな」
その日の夜。
男爵家ではなくノホーリ邸に帰宅したレイデンに知ったことや考えたことを話すと、彼は少し呆れたように首を傾げた。
「歴とした犯罪だぞ」
彼は柔軟ではあるけれど根はお堅いので、そうした評価になるのは分かっている。
「リオノーラ自身が、その犯罪の片棒を担ぐと?」
「そうですわね〜」
お風呂に入って寝巻きに着替え、ベッドの上でレイデンの足の間にちょこんと座ったリオノーラは、ゆっくりゆっくり、唇に指を当てた。
「多分ですけれど〜、大きな問題にはならないと思いますの〜」
「何故、と聞いても?」
「この件には〜、国王陛下も関わっているからですわ〜。正確には、黙認しているのではないかと〜」
「……陛下が?」
顔を見上げると、レイデンが戸惑ったような顔をしている。
「ええ〜。だって〜、出生に関することですもの〜」
もしこれが、オルブラン侯爵家の独断で行われたことであった場合。
それが明らかになった時に、大きな問題になるのは当然である。
いかに嫡男でないとはいえ、結局のところ男子を女子と偽っているのだ。
ただ、現オルブラン侯爵が仕えるべき相手と定めているのは、ライオネル国王陛下なのである。
自家だけのことではなく、侯爵家が問題を起こしたとなるとそれは諍いの種になる。
ましてライオネルでは、王太子殿下の婚約披露パーティーが先立って行われており、そこでも高位貴族の令嬢や令息を巻き込んで一悶着あったばかり。
その際に粛清された公爵もおり、国力や国内貴族の関係性という観点から見て、これ以上の問題が起こるのはおそらく避けたいところ。
であれば、オルブラン侯爵に何か意図があったとしても、国王陛下にセフィラ様の事実を伝えるだろう。
サラリアお義姉様を含むデスタームの一族も同様に、主家であるオルミラージュ侯爵家に伝える筈だし、あの家であれば放置はしないと思われる。
そして陛下が知っているのであれば、法は王の名の下に存在している為、法の権限を超えて秘密裏に改竄を行うことを出来るので、表面上は何事もなく終わる。
セフィラ様に関する事実は秘匿されたまま、生涯独身という形でも、こっそりと領地に引きこもって暮らすという形でも良いだろう。
なのに、陛下と『裏』の人々がこんな情勢の中で動いていない。
リオノーラはそうした諸々を説明した後に、自分の結論をレイデンに伝えた。
「きっとセフィラ様は〜、オルブラン侯爵家という〝影〟として〜、その立場を与えられて育てられたのですわ〜」
「……スパイ、ということか?」
「はい〜」
「何の為に、女性として?」
「あら〜、だって〜、男子では女性の社交に入り込めないでしょう〜?」
オルブラン侯爵家の子どもは二人で、どちらも男子。
そうなれば、現状はオルブラン侯爵夫人がいるとしても、その後を担う者がいないのである。
ご長男の婚約者は、あまり社交的な方ではない。
まして幼い頃から婚約している為、その気質はオルブラン侯爵もご存じなのだろう。
では次男にそれを担える婚約者をつけるか、と言われても、次男は『嫡男に何かあった時の為の保険』という意味合いで育てられることもある。
であれば、もしセフィラ様の兄上に何かが起こった時には、その婚約者を娶って当主として立たなければならないので、安易に誰かと婚約を結ぶことも出来ない。
「だから、女装をさせた、と? わざわざ貴族籍まで偽って?」
「はい〜」
あまり納得出来なさそうなレイデンは、さらに問いかけてきた。
「どう考えても、発想が飛躍しているが」
「きっと一番の理由は〜『面白そうだから』ですわ〜」
「面白……?」
ますます混乱しているレイデンに、リオノーラはゆっくりゆっくり、頷いた。
「そういう家、なのですもの〜。女性がいないから〜、なら女装させよう〜、だったのでしょうね〜」
そうすれば、嫡男に何かあれば男性に戻せばよく、そうでなければスパイを続けさせる。
ソルディオン伯爵家は、オルブラン侯爵家と何らかの繋がりがあり、偽りの婚約者としての立場を受け入れたのだろう。
しかし時が過ぎ、嫡男は無事に育って今後結婚し爵位を継ぐことが確定している。
王太子殿下らと共に、国内のトップに位置する貴族家の当主や令息令嬢が一斉に結婚式を挙げる……国を巻き込んだ祝賀祭が行われることが決定しているからだ。
今、おそらくセフィラ様は岐路にある。
「ソルディオン伯爵家との婚約は〜解消して男性に戻るか〜、対外的に偽ったまま婚姻して〜、ソルディオン伯爵令息は別に妾を囲って〜、子どもを作るのでしょう〜」
それがどちらになるのかは、まだ決まっていないのだ。
「今〜、セフィラ様がそれを決めることが出来るかを〜、試されているのでしょうね〜。ここまで来たら女装を続けた方が〜、侯爵家としては便利ですものね〜」
「もう話についていけないんだが……誰に試されているんだ?」
「それは勿論〜」
リオノーラはちょっと眠たくなってきたので、レイデンの胸元に頭を預けながら答えた。
「オルブラン侯爵に、ですわ〜。『男に戻りたければ、貴族籍を自分で書き換えろ』という課題でも〜、出されているのだと思いますの〜」
ーーーだからきっと、困っているのですわ〜。
よりによって。
利用するつもりだったアルミニカ様に、心を寄せてしまったから。
だから、リオノーラは考えたのである。
ーーーであれば〜、別の方法で貴族籍を書き換えて、男性であることを公表してしまえばよろしいですわ〜。
と。




