想うのは〜、自由ですわ〜。
ーーーなるほど〜。そういうことでしたのね〜。
話を聞き終えたリオノーラは、ニコニコと頷いた。
「お話しいただき、ありがとうございます〜」
「いえ、その、申し訳ありません……」
話している内に涙ぐんでいたアルミニカ様が、ハンカチで目元を拭う間にリオノーラはのんびりのんびり考える。
ーーーセフィラ様に〜、一度お会いする必要がありますわね〜?
アルミニカ様から見れば、想い人が女性であった……という形で現在の関係は終わっている。
接点はたった二度だけ。
にも関わらず、アルミニカ様が未だにセフィラ様を想っているのは、狙い通りなのか、誤算なのか。
そして一番の問題は、それを何故彼が放置しているのかだ。
あの方は、多分アルミニカ様の気持ちに気づいている。
リオノーラとしては、セフィラ様が彼女との関係を作ったことも気に掛かる部分ではあった。
アダムス様を通じて、ただ誤解を解くだけであれば、アルミニカ様に話しかける必要はなかっただろう。
また、探知魔術を掛けた腕輪を贈る必要もない。
ーーー何か狙いがありそうですものね〜。
セフィラ様は、かなり頭の回る方だ。
リオノーラに正体を見抜かれた時も、焦るでもなく巧妙に、こちらと交渉をなさった。
アルミニカ様とのそもそもの出会いから、もしかしたら彼が仕組んでいた可能性すらある。
ちょっと目を腫らしつつも落ち着いたアルミニカ様に、リオノーラは問いかけた。
「失礼ですけれど〜、アルミニカ様は〜、ご婚姻の予定がおありですか〜?」
「いえ……おそらく、いずれはすることになるとは思いますけれど、この性格と容姿なので……ご縁も特に。お父様やお母様も、他家との繋がりにあまり興味がおありではないですし、そもそも兄もまだ結婚しておりません」
と、アルミニカ様は首を横に振った。
実直で活発、おしゃれに興味がある様子もなく、客観的に見てさほど目立つ女性でもない。
確かに性格も、ちゃんと乙女な部分もあるけれど、本来は騎士団に混ざって剣を振るうほど男勝りな方だ。
その上、家までそんな気風であるのなら、しばらくは大丈夫だろう。
基本的にライオネル貴族の風習としては、結婚は嫡男から順にしていくものである。
アルミニカ様のお気持ちは心配だけれど、リオノーラがセフィラ様の秘密を勝手に明かすわけにはいかない以上、もうしばらく待っていただくことになるだろう。
「恋形見を〜、わたくしも実は持っていたことがありますの〜」
「え?」
「わたくしは〜、それが形見になるまでは二年、と、考えておりましたのよ〜」
と、リオノーラは自分とレイデンのことを語った。
のんびりゆっくりなお話に、アルミニカ様は根気強く付き合って下さった。
とても優しい方である。
「凄い……一大恋愛ですね……!!」
「わたくし自身は〜、そう思ってはおりませんけれど〜、アルミニカ様の恋も〜、その腕輪が形見になるには少し早いかもしれませんわ〜」
「…………は?」
「だって〜、アルミニカ様は特に〜、家をお継ぎになる訳でも〜、子を産む必要がある訳でもございませんもの〜」
と、リオノーラは少々別の方向から彼女の心を慰めることにした。
「で、ですが、セフィラ様には既にご婚約者もいらっしゃいますし……」
「そうですわね〜。ですから〜、あの方が結婚なさるまでは〜、想って良いのではないでしょうか〜?」
そう言って、アルミニカ様に微笑みかける。
「たとえ相手が女性でも〜、心が求めたのなら〜、その想いは大切ですもの〜。無理に忘れようとなさる必要はないので〜、残った時間で想うことを楽しむ方が〜、アルミニカ様の恋も報われると思いますわ〜」
すると、彼女は目をぱちくりさせた。
「た、楽しむ?」
「はい〜。想うのは自由ですもの〜。でしたら〜、その想いを悲しいと感じるか、楽しいと感じるかもまた〜、心の持ちよう一つですわ〜」
リオノーラは、アルミニカ様の握ったウスバユリの飾りを指差す。
「相手が誰であっても〜、それを必死で探すほど深い想いを抱いたことは〜、素晴らしいことですわ〜」
「……そう、ですね」
アルミニカ様は、自分の手に目を落として、ジッと飾りを眺める。
「相手が、誰でも」
「ええ〜。……わたくしは〜、これで失礼いたしますわね〜」
表情から察するに、まだ飲み込めてはいないようだけれど。
別に焦らなくていいのだから、アルミニカ様がそのことについて考えるのも、のんびりゆっくりで良いのだ。
「あの、リオノーラ様」
「はい〜?」
「本当に、ありがとうございました!」
と頭を下げたアルミニカ様は、またテーブルにゴン! と頭をぶつけた。
そんな彼女に見送られて、馬車に入ったリオノーラは、侍女に話しかける。
「メリル〜?」
「はい、お嬢様」
「後でちょっと〜、アバランテのお義父様に手紙を届ける手配をしておいて貰って良いかしら〜?」
「畏まりました」
リオノーラは現在、実家であるノホーリ子爵家に帰省している。
サラリアお義姉様が『ダメよダメダメ、社交界シーズンはノロノロ可愛いリオノーラと過ごすって決めているのよ! 決めているったら決めているのよ!』と大騒ぎするからである。
レイデンとサラリアお義姉様には、帰ってから話が出来るので問題ないだろう。
ーーーお義姉様のご事情も〜、詳しくお聞きしておかないといけませんわね〜?
大体は把握しているのだけれど、以前セフィラ様は自分を『サラリアお義姉様と一緒』と告げたのである。
ただ出身の家が王家やオルミラージュ侯爵家の懐刀である、という部分だけを指しているのではないとしたら、これももしかしたら、あの方のヒントである可能性が高かった。
「ちなみにお嬢様」
「は〜い?」
「アバランテ辺境伯に届ける手紙の内容は?」
「そうですわね〜」
リオノーラはゆっくりゆっくり、唇に指を当てた。
「『ライオネルの刃と秘密について、お伺いしたいことが』と、お伝えして欲しいですわ〜」




