どういうことですの〜?
「ありがとうございます!」
アルミニカ様に面会の申し込みをして、男爵邸に赴いたリオノーラが飾りを手渡すと、彼女はわざわざ立ち上がって腰から曲げて思い切り頭を下げた。
そして、ゴン! とテーブルに頭をぶつけてしまう。
ーーーとっても痛そうですわね〜?
ちょっとした沈黙が流れる中。
心配になるほど大きな音に対して、リオノーラはゆっくりゆっくり、首を傾げた。
「頭を上げて下さいな〜」
「は、はい!」
バッと体を起こしたアルミニカ様が涙目なのは、痛いからなのか感極まっているからなのかはよく分からない。
「ど、どこで見つけられたのですか!?」
「アルミニカ様にお会いしたあのお店の〜、前ですわ〜」
「本当に、本当にありがとうございます!」
また頭を下げた彼女は、再びゴン! とテーブルに頭をぶつける。
「そろそろ〜、頭が割れてしまいますわ〜」
「頑丈ですので!」
そういうものかしら〜? とのんびりのんびり考えたリオノーラは、椅子に座ったアルミニカ様にニコニコと問いかける。
「えっと〜、お話ついでに一つお伺いしてもよろしいでしょうか〜?」
「はい、何なりと!」
飾りが戻ってきて気分が高揚しているようで、アルミニカ様が満面の笑顔で頷く。
「その飾りは〜、何か大切なものですの〜?」
リオノーラの問いかけに、彼女の笑顔がビシィ! と固まった。
ーーーあら、あら〜?
「この、飾り、の、お話、です、か?」
「はい〜、もちろん〜、話したくなければそれで構わないのですけれど〜」
「話したく……というか、あまりその、外聞の良い話ではないので……」
見るからにしょぼくれてしまったアルミニカ様は、肩を窄めて両手で飾りを包んだまま、眉根を寄せた。
「あの、恩人ですし、お話はしても良いのですが……ご内密にお願い出来ます、でしょうか?」
「それは〜、もちろんですわ〜」
答えながら、リオノーラはゆっくりゆっくり、頬に片手を当て。
「わたくしは〜、お茶会などをするお友達も〜、おりませんし〜」
と、さりげなく伝えておく。
リオノーラ自身は経験がないのだけれど『内緒のお話です〜』とお話したことをすぐに別の方に話す、というような行動を、よく目にしていたので、少しでも不安は取り除いておくのが良いだろうと思ったのだ。
「この飾り……というか、腕輪は、私の、その……想い人からいただいたものなのです……」
「はい〜」
『恋形見としか呼べないようなもの』とセフィラ様も仰っていたので、リオノーラはのんびりのんびり頷く。
「ですがその、あの方は……女性です、から」
「はい〜。アルミニカ様は、女性をお好きな方なのですか〜?」
多くはないが、物語の中などで描かれることがあるので、リオノーラはそういう形の愛情があることは勿論知っている。
けれど、アルミニカ様は首を横に振った。
「違うのです。その、最初にお会いした時、あの方は男装をなさっていたのです……」
「まぁ〜、そうなのですの〜?」
セフィラ様はそもそも男性なので『男装』というのは間違っている気がしたけれど、多分アルミニカ様はそれをご存じではない。
あの方が明かしていないことを、リオノーラが勝手に明かすわけにはいかないので、とりあえず黙って聞いておく。
「ですが、あの。出会った時は……私も男装していたのです。多分、一目惚れに近かったのですが、その、私も事情で自分の性を明かすことが出来ず」
話が、少々複雑になってきた。
「次にお会いした時に、改めてきちんとこうした姿で、初対面の体でご挨拶を差し上げようとしたのですが!!」
そこで、アルミニカ様は泣きそうな顔でこう吐き出した。
「……再会した時に、あの方が女性だと知って……!! い、言い出せなくなってしまったのです!!」
ーーーとっても複雑ですわ〜。
リオノーラは、少し困った。
「ええと〜、アルミニカ様は〜、本当に女性でいらっしゃるのですよね〜?」
「それははい、勿論です!」
ーーーであれば、何の問題もない筈なのですけれど〜。
セフィラ様は男性だから。
ただ、『明かせない』という一点が非常にややこしい。
とリオノーラが思っている間に、アルミニカ様はさらにズーン、と沈んだご様子で、こう口にした。
「もし、私が男性であったとしても、どちらにせよあの方とは……あの方は、既に婚約者がいらっしゃいますので……」
言われて、リオノーラは目をぱちくりさせた。
ーーーそういえば〜。
以前、貴族年鑑で目にしたことがある。
セフィラ・オルブラン様は、そこにも侯爵令嬢と記されていた筈だ。
事実が違ったので、頭の中でセフィラ様ご本人と結び付いていなかった。
そして確か、その婚約者は男性。
ーーーどういうことですの〜??
あの記載が虚偽なら、高位貴族としてかなりの大問題である。
オルブラン侯爵家は変わり者の多い家だけれど、性別の虚偽や、それを隠したままの他家との婚約は明確に『罪』になるからである。
ややこしい話になってきたので、リオノーラは一度引き上げて、じっくり考えてみることにした上で、アルミニカ様の身の上話に耳を傾けた。