お探しもののようですわ〜。
「あれは〜、ペソティカ男爵令嬢でしょうか〜?」
王都繁華街。
いつものように、サラリアお義姉様に連れられてお出掛けに来たリオノーラは、雑貨屋の店内をあれこれ目移りして歩き回るその早さについていけないので、いつものようにぼんやりと窓の外を眺めていたのだけれど。
店の外をうろうろしているご令嬢を見かけて、のんびりのんびり、首を傾げた。
アルミニカ・ペソティカ男爵令嬢。
何かを探して困ったように地面を見回している彼女は、一方的に顔と名前を知っているだけの少女である。
ふわふわの茶色い髪をした少々地味な印象の彼女は、貴族学校入学式でリオノーラと横の席になっただけの人で、特に言葉を交わしたこともなかった。
「メリル〜? 彼女は何をお探しだと思われまして〜?」
「あまり人のことをご詮索なさるものではないと思いますが……落とし物をなさったのでは?」
近くに馬車が止まっていて、従者らも周りを探しているように見える。
ということは、街を歩いている時というよりも、どこかのお店に入った時にでも落としたのだろう。
一番可能性があるのが、馬車の乗り降りの時だろうから、ということとは思うのだけれど。
ーーー何か大切なものなのでしょうか〜?
明らかに顔色が青く、必死な様子が見受けられる。
「少しお外に出ましょうか〜」
「お嬢様……サラリア様に怒られますよ……」
「少しだけですわ〜」
のんびりのんびり、店の外にメリルを伴って出たリオノーラは、アルミニカ様に声を掛けた。
「失礼ですけれど〜、何かお探しものですの〜?」
「え、あ……貴女は?」
アルミニカ様は、リオノーラのことを覚えていないようだった。
「ノホーリ子爵家のリオノーラと申します〜」
「あ……子爵家の? 失礼致しました」
スッと背筋を伸ばした彼女に、リオノーラは目をぱちくりさせた。
姿勢が良い。
淑女としてのそれではなく、何か武道を嗜んでおられる方の……そう、レイデンのような姿勢の良さである。
女性では非常に珍しい、そして地味な印象の外見にむしろ似合う類いの気配だった。
ーーーなるほどですわ〜。
地味に感じるのは、目鼻立ちや雰囲気の問題ではなく、おそらく『お洒落に興味がない』が故のものなのだろう。
「それで〜、何かお探しものですの〜?」
「はい。恥ずかしながら、白いウスバユリの意匠の花飾りを……」
と、彼女が腕を上げると、そこに細い金のチェーンが巻かれていた。
そのチェーンが巻きつけるタイプの腕輪になっており、片端に小さな輪がある。
本来なら末端飾りがある筈のそこに、何も下がっていなかった。
「小指の先ほどのものなのですが……小さな、呪玉が嵌め込んでありまして。小さなものなので、もう見つからないかもしれませんね」
悲しそうに微笑む彼女は、暗に『誰かに拾われて売られる可能性もある』と口にした。
「落とされたのは、今日ですの〜?」
「ええ、今朝はあったので、移動した先を探しているのですけれど」
「なるほどですわ〜、お声を掛けて、申し訳ありません〜。わたくしも〜、周りを見ておきますわね〜」
「いえ、人の手を煩わせる訳には……!」
と、そこで店の中から『リオノーラ!』と声を掛けられた。
「お嬢様。サラリア様がお呼びですわ」
「あら、あら〜」
相変わらず、のんびりし過ぎて何のお役にも立てなかったようだ。
「あ、では私はこれで」
「はい、あの〜、見つかったら〜、ご連絡致しますわね〜」
どうやらもうこの場所での捜索は切り上げる様子のアルミニカ様に、リオノーラは小さく手を振ってゆっくりゆっくり、サラリアお義姉様のところへ戻る。
「リオノーラったらリオノーラ! ノロノロノーラはもうゆっくりしてるのにすぐにどこかに行ってもう!」
「申し訳ありません〜」
ニコニコと答えながら、リオノーラは考える。
小さいとはいえ呪玉を嵌めているような高価なものとなれば、作り主や送り主はそれなりに財産を持っておられるだろう。
何せ呪玉は、同じ大きさだと宝石の倍の金額になる価値のあるものなのだ。
アルミニカ様がご自身で買われたにしても、誰かに贈られたにしても焦る気持ちは分かる。
けれど。
ーーー白い、ウスバユリ……。
それは、花弁の半ばから根本が薄く、ガラスのように透けていることから付けられている花の名前である。
花言葉は『脚光を浴びる』『飾らぬ美』ーーーそして『偽り』。
それは、アルミニカ様自身を表しているものなのだろうか。
美しい花ではあるけれど、モチーフとして使ったり、誰かからの贈り物であるとしたら少々意味合いが悪意や皮肉を含んでいるように感じられる。
ーーー気になりますわね〜?
けれどそんなリオノーラの疑問は、すぐに解消されることになった。
「あら、リオノーラ嬢ではなくて? お久しぶりね」
「セフィラ様〜?」
結局あの後、プライベートなお茶会の為の茶器をサラリアお義姉様と共に購入して店を出ると、店の前に巨大な竜車が停まっていたのだ。
走竜の車は馬車よりも遥かに高価で、数も希少。
オルブラン侯爵家の威信に相応しい竜車の脇に立っていたセフィラ様が、ニッコリと相変わらずグローブを嵌めて日傘を差し、ショールを巻いた完全武装で微笑みかけてきた。
「あら、オルブラン侯爵令嬢じゃない。何よ何よ、何の用ですの?」
「サラリア嬢、そんなに警戒なさらずとも何も致しませんわ」
珍しく少々、感情よりも警戒心を見せているサラリアお義姉様に、セフィラ様はヒラヒラと手を振る。
「ただ、ちょっと拾い物を届けにきただけですの」
「拾いものぉ〜?」
爵位は上ながら、年齢は一つ下のセフィラ様と、面識自体はあるようだった。
サラリアお義姉様は、〝オルミラージュ侯爵家の懐刀〟と呼ばれるデスターム伯爵家の出身である為、高位貴族との交流があってもおかしくはない。
「ええ。こちらを」
と、セフィラ様が差し出したものを、リオノーラがゆっくりゆっくり手を出して受け取ると……そこにころん、と転がったのは、呪玉の嵌ったウスバユリの小さな飾り。
「あら、あら〜?」
「ふふ、アルミニカ様に届けて差し上げて下さる?」
彼の言葉に、リオノーラは微笑んだ。
「セフィラ様は〜、これが何かご存じですの〜?」
「ええ。それは恋形見よ。もしかしたら、恋人同士ではないから、そう呼ぶには相応しくないかもしれないけれど、そうとしか呼べないものよ」
「アルミニカ様は〜、ご存じですの〜?」
リオノーラが繰り返したその言葉は、今度は多重の意味を含んでいた。
一つは、これに探査魔術が掛かっていること。
もう一つは、それ自体をアルミニカ様が知らないのであろうこと。
そして最後の一つは、その贈り主が、セフィラ様であろうこと。
「さぁ、どうかしら」
しかし全ての答えをはぐらかして、彼はさっさと竜車に乗り込んでしまった。
「……リオノーラ?」
「なんでもありませんわ〜、サラリアお義姉様〜。これは〜、知り合いのご令嬢の落とし物ですの〜」
事情を説明しなさい、とでも言いたげにジーッと見つめるサラリアお義姉様に、リオノーラはゆっくりゆっくり、首を傾げた。
何やら色々事情がありそうではあるけれど、何か知っているかと言われればさっぱり知らない。
ただ。
ーーーセフィラ様は、何やら謎かけをしておられるのかしら〜?
彼がわざわざこれを預けた理由を考えながら、リオノーラは大切にカバンの中に仕舞い込んだ。