出会いですわ〜。
リオノーラがゼフィスと知り合ったのは、一年間だけ通っていた貴族学校でのことだった。
相変わらず、のんびり歩き過ぎて授業に間に合わず教室から締め出されていたリオノーラが、校内中央の噴水近くにあるベンチに座っていると。
「あら、そこのご令嬢。一年生はこの時間必修ではなかったかしら?」
と、声を掛けられたのだ。
日傘を差したすらりとした長身の美人で、声音が少し掠れていてハスキーである。
身につけているドレスは、貴族学校に通う年齢だとまだ珍しい首元まで覆うハイネックのもの。
体のラインが出ない、少々華美とも取れるドレス姿だけれど、白い肌に目鼻立ちのハッキリしたその人物にはよく似合っていた。
声掛けの調子から、おそらく上級生なのだろう。
けれど微笑んでいる口元と違い、緑の目に浮かぶ感情は、咎めるでもなく、面白がるでもない平坦な様子だった。
ーーーどういう意図で話しかけてきたのか分からないですけれど〜。
そう思いつつ、リオノーラはゆっくりゆっくり、首を傾げる。
「授業に〜、遅刻してしまいまして〜」
「あら、そうなのね。あの教授、時間に厳しいものね」
あっさり納得した様子で頷く美人に、はい〜、と返事をして、こちらからも問いかける。
「あの〜、失礼ですけれど〜」
「何かしら?」
「何で〜、女装なさっておられるのでしょう〜?」
すると、美人の上級生は驚いたように軽く目を見開いた。
「……へぇ。気付かれたのは初めてよ」
「あら、あら〜。そうなのですか〜?」
リオノーラはゆっくりゆっくり首を傾げた。
すると、彼は、扇を広げて軽く顔を寄せてくる。
そうした所作は完全に淑女のそれで、サマになっていた。
「何故分かったのかしら?」
小さく囁かれたので、リオノーラはのんびりのんびり、質問に答える。
「わたくし、少しだけ人より耳が良いのですわ〜」
それが最初の違和感。
彼の声音は、女性のものに聞こえるように少し『作った』ものではあるけれど、声変わりをした男性のもの。
「それに〜、ドレスも〜、お体の線を隠すためにあつらえてあるように見えますわ〜」
喉元まで覆っているのは、喉仏を隠すため。
首からの線に少々違和感のある肩口は、おそらくワタを詰めている……撫で肩に見せて肩幅の広さを目立たなくしているのだろう。
しかも肩に関しては、暑気が迫っているこの時期にさらにショールで覆う念の入れようである。
「ふふ、貴女、凄いわね。エルマリアのお気に入りなだけはあるわ」
「?」
その発言に、リオノーラは首を傾げる。
ーーーお知り合いなのでしょうか〜?
エルマリア様は、ハンカチの一件以来、会う時に一方的に色々捲し立てられるけれど、一緒にお茶をしたりというような親しい仲ではないので、お気に入りというのにピンと来なかった。
けれどそんな疑問を口にする前に身を起こした彼は、扇を閉じて、綺麗に口紅を引いた口元にグローブで覆われた人差し指を添える。
「このことは内緒にしておいていただけるかしら?」
「はい〜」
リオノーラは、ニコニコと頷いた。
そもそも言い触らすつもりもなければ、そんなことを話す友人もいない。
「ありがとう」
「どう致しまして〜、ですわ〜」
「貴女のお名前を伺ってもよろしいかしら?」
問われて、別に拒否する理由もなかったのでリオノーラは素直に答える。
「リオノーラ・ノホーリと申しますわ〜」
「そう。アタシはセフィラ・オルブランよ。また機会があれば、お茶でも致しましょう」
「ええ〜、機会があれば、是非〜」
もっとも、そんな機会は来ないだろう、とリオノーラは思った。
彼の名乗った家名……オルブラン侯爵家は、上位貴族の中でも国内有数の大貴族である。
エルマリア様と懇意にしている理由は、納得出来た。
彼女のお父様、デルトラーテ侯爵家の現当主は、ライオネル王国の軍団長閣下であらせられるからだ。
幼い頃から親交があってもおかしくはなかった。
しかしリオノーラは、家柄が古いだけでさして目立つところもない下位貴族、ノホーリ子爵家の令嬢なので、そもそも上位貴族と接点などほぼない。
同じお茶会に参加することもないので、おそらく何らかの繋がりが出来るにしても、この貴族学校の中だけでの話になるだろう。
ーーー王太子殿下と同じようなものなのかもしれませんわね〜。
リオノーラの代には、ライオネル王太子殿下がおられる。
けれどその正体を隠してご入学なさっているので、きっとセフィラ様にも何かしら同様の事情があるのだろう。
「では、ご機嫌よう、リオノーラ嬢」
「はい〜、セフィラ様も健やかに過ごされますように〜」
そのまま、ニコニコのんびり、手を振って彼と別れたリオノーラだったけれど。
結局、学校でもそれ以降会うことはなかった。
何で声を掛けてきたのかも分からないままの、たった一度きりの邂逅。
けれどその後、貴族学校を辞めてから……リオノーラは彼と再び出会うことになる。
そう、一人の御令嬢の恋形見をめぐる、ほんのちょっとした出来事で。