【おまけ短編】お化け屋敷に、行きますわ〜。
「お化け屋敷〜、ですの〜?」
「そうよそうそう! 行くわよ行くわよ行くったら行くわよ! 面白そうなのよ!」
「どういうものなのですの〜?」
リオノーラは、ゆっくりゆっくり、首を傾げた。
社交界の始まる季節。
特に興味はないのだけれど、レイデンが辺境伯の一家として迎え入れられて最初の年なので、来るように言われたのだ。
ついでに実家に里帰りした際に、サラリアお義姉様が告げたのが、そうした話だった。
「お化け屋敷っていうのはね、こう、暗くされてる室内を歩いて行くと、ゾンビとか幽霊とかに扮した連中が驚かしてくるっていう場所よ!」
「あら、あら〜」
「……それは、何が楽しいんだ?」
横で話を聞いていたレイデンが、微かに眉をひそめる。
「不意打ちに備える訓練だろうか?」
「そんなわけないでしょ堅物ね! ビックリするのを楽しむのよ楽しむったら楽しむのよ!」
ウサギのようにピョンピョンと跳ねながらプンプン怒るサラリアに、レイデンがますます首を傾げる。
「……誰かがそこにいるのなら、気配で分かるだろう?」
「ははは、レイデン。普通はそんなこと分からないものなんだよ」
同じように話を聞いていたミリアルドお兄様が、片眼鏡を上げ直しながら苦笑する。
「貴方は本当に朴念仁ね! ニブニブのニブチンね!」
「申し訳ない」
ビシィ! と指差したサラリアお義姉様に、レイデンは生真面目な顔で頭を下げる。
「というわけで行くわよ! 行くったら行くのよノロノロノーラ! 可愛い貴女がビックリするところを見るのよ!」
「僕は君の方が大騒ぎする未来しか見えないけどね」
ノリノリでお出かけを決めるサラリアお義姉様に、ミリアルドお兄様はほんわりと答える。
「どうするんだ? リオノーラ」
レイデンの問いかけに、リオノーラはのんびりのんびり、考えて。
ゆっくりゆっくり、答えを口にした。
「行きますわ〜。面白そうですもの〜」
※※※
「お、お化け屋敷!?」
「ほほう!」
ぼんやりしている間に『お化け屋敷』というものの前に着くと、そこには何故か義父である辺境伯と、彼と結婚したエルマリアの姿があった。
青ざめて狼狽える彼女の横で、辺境伯が目をキラキラと輝かせている。
「は、入りませんわよ!? 何でわざわざ自分から怖がりに行くんですの!? 全く意味が分かりませんわ!!」
「しかしエルマリアよ、こうした目新しいものは王都でなければ体験出来ぬものであるぞ!?」
「冗談じゃありませんわ! 行きたいのなら、アナタお一人で行かれませ!」
さらに、レイデンの友人であるというアダムス・デルトラーデ侯爵令息までいた。
どうやら、侯爵家に挨拶に向かっていた二人に言伝てがあり、事情を知らないままについてきたらしい。
「お化け屋敷……」
げんなりした顔のアダムス様に、レイデンが問いかける。
「アダムス様、具合が悪そうですが」
「いや、俺お化けとかそういうの苦手なんだよな……」
「……作り物でしょう?」
相変わらずイマイチ、怖がる人たちが理解出来ないのか、レイデンが首を傾げている。
「ここまで来てビビってんじゃないわよないったらないわよ! さぁ入るわよああ楽しみねノロノロノーラはどんな反応をするのかしら!」
「中であまり騒がしくしてはいけないよ、サラリア」
そうして、元気なサラリアお義姉様にお兄様と共に引っ張られてお化け屋敷の中に入ったリオノーラだったが……。
「んきゃぁああああああ!!」
「サラリア、大丈夫かい?」
「あら、あら〜、ビックリ致しましたわね〜、レイデン〜」
「人が宙に浮いていたな。どういう仕掛けだ?」
部屋の奥から物音がしたかと思ったら、フッと現れて消えた女性の霊を見てサラリアは腰が抜けており、リオノーラの反応を楽しむどころではない。
リオノーラも驚いているのだけれど、驚き始めた時には女性の姿は消えていて、出てきた辺りに歩み寄ったレイデンはじっくりとその辺りを眺め回して眉根に皺を寄せていた。
「多分、ですけれど〜、上から紐で吊るして揺らしているのではないかと〜」
「なるほど、曲芸の類いか」
「レイデンは〜、怖くありませんの〜?」
「出てくる直前に気配を感じた。今も壁の奥や天井から複数の視線を感じるが、敵意はないようだ」
のんびりのんびり、リオノーラが説明すると、レイデンは納得したように頷いた。
「もも、もう出るわよ! 出るったら出るのよ!!」
「さっき入ったばかりだよ、サラリア。出口はあっちらしいね」
同じように動じていないミリアルドお兄様は、慌てふためくサラリアお義姉様にしがみつかれながら先に進んでいく。
今いるのは玄関ホールから右手に進んだ廊下で、その並びの部屋のドアが幾つか開いている。
けれど、レイデンが入室した部屋の窓は板や黒いカーテンで塞がれており、外から見た屋敷の形に対して少し部屋の広さが狭いように感じた。
よく目を凝らすと、窓の隙間から明かりなどが漏れていないのを見てとり、リオノーラはのんびりのんびり、手を打った。
「分かりましたわ〜」
「何がだ?」
「ここのお部屋は〜、周りを衝立で囲われておりますのよ〜。この奥に、通路のように細い場所があって〜、視線はそちらにいる方々のものではないかと〜」
「なるほど……部屋の大きさを誤認させているのか……砦などで攻め込まれた時に、防衛に使えそうな仕掛けだな」
「そうですわね〜」
仕掛けが理解できて、リオノーラが少しスッキリしていると、今度は後方から野太い悲鳴が聞こえる。
「ぬおぉぉぉ!?」
「あれは、お義父上の声だな」
「最初の仕掛けでしょう〜」
いきなり灯されていた蝋燭が全て消え、まばたきの間に全てつく、という仕掛けである。
その後、シャンデリアから血糊が滴り落ちてきて、見上げるとシャンデリアの上に白目を剥いた死体が乗っている、という仕掛けだ。
見た感じ、その死体は人形である。
精巧な作りだったが、本物にしては血の色と肌の色合いが鮮やか過ぎた。
その後も、レイデンは動じず、リオノーラは驚きながらも仕掛けを見抜いていき、お化け屋敷の仕掛け人は『あの子何者だ……?』と思っていたとかいないとか。
「面白かったですわね〜」
「そうだな、興味深かった」
リオノーラは、ニコニコとレイデンの手を取りながら感想を述べ合った。
「ちちちち、ちっとも面白くないわよないわよぉ!! 二度と行かないわ! 行かないったら行かないんだから!!」
「君が行きたいと言ったんだよ。それに、僕は楽しかったなぁ」
横では、サラリアお義姉様が涙目で大騒ぎしていて、それをミリアルドお兄様が宥めている。
そして辺境伯とエルマリア様のペアは。
「……思ったより怖くなかったですわね……ちょっと、大丈夫ですの?」
「うむ……血も仕掛けも特に問題はないのじゃが……雰囲気がの……昔、孤立して敵兵に追われ、警戒しながら一夜を明かした廃屋に似ておってのう……」
少し青ざめてはいるものの、それなりにしっかりしたエルマリア様に、辺境伯が背中をさすられている。
辺境伯は、どうやら極限状況の記憶を思い出してしまったようで、別の意味で気分が悪そうだった。
アダムス様は、しれっと入らなかったようで、出口で待っていた。
「どうだった?」
そう感想を訊ねられたレイデンは。
「砦の仕掛けに通じるものがあり、参考になりましたね」
と、生真面目に答えて呆れられていた。
そんな皆の様子を見ながら、リオノーラはのんびりゆっくりお化け屋敷を振り向き、小首を傾げる。
「それにしても〜、ず〜とついてきていた〜白いモヤモヤは〜、何だったのでしょうね〜?」
一つだけ正体の分からなかったそれを思い出して、二日ほど、のんびりのんびり考えたけれど。
結局よく分からなかったので、また今度、本で調べましょう〜、と頭の中に疑問としてしまっておいた。
久しぶり過ぎる更新で、お久しぶりでございます!
季節外れにも程があるお化け屋敷話が描きたくなって書きました!
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