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お父様に提案いたしますわ〜。


 レイデンに、婚約破棄を告げられた後。


「わたくし、慰謝料はいりませんので、辺境伯様の養女になりたいのですけれど〜」


 ほんわり、ふわふわ。

 寝る支度をする前にリオノーラが告げた言葉に、少しの間、父母は呆けて。


「あー、リオノーラ?」

「なんでしょう〜?」

「ちょっと、ここに座りなさい」


 と、お父様に家族団欒のソファを示されたリオノーラは、のんびりゆっくり、腰を下ろした。


「それは、どういう理由でだい?」

「レイデンが、そうして欲しいかなと思いまして〜」


 そう、リオノーラがゆっくり答えると。

 お父様は難しそうに眉根を寄せた後、こめかみを揉んだ。


「あー、リオノーラ。君がのんびりゆっくりなことは別に構わないのだが、さすがにそろそろ夜も遅いことだし、それは極めて難しいことでもある」

「まぁ、そうなんですの〜?」


 リオノーラは、のんびりと口元に手を当てて、目を丸くする。


 ーーー何が、難しいのですかしら〜?


 ゆるふわと首を傾げるが、あんまり良くは分からない。

 そんなリオノーラに、お父様はちらりとお母様に目を向けた。


「なぁ、お前。構わないか?」

「そうですわね……まぁ、レイデンとの婚約を破棄するのであれば『アレ』をする機会も増えるでしょうし……仕方がないのでは?」

「?」


 両親の会話がよく分からず、ニコニコと待つリオノーラに、お父様はため息と共に告げた。


「リオノーラ。疲れるとは思うんだが」

「なんでしょう〜?」



「ーーー今、淑女として(・・・・・)振る舞えるか(・・・・・・)?」



 お父様の問いかけに、リオノーラは、のんびりゆっくり、うなずいた。


「分かりましたわ〜」


 そうして、人差し指の指先を、軽くこめかみに当てて。

 ふわっと目を閉じたリオノーラは、そこをトン、トン、トン、と軽く3回叩いてから……目を、開けた。


※※※


「これでよろしいでしょうか?」


 目を開けたリオノーラの変化に、両親は深く息を吐く。


 これは『淑女の演技』だった。

 のんびりゆっくりなリオノーラは、何をするにも人より遅い。


 だけれど、厳しい家庭教師の先生に告げられた。


 『貴女の振る舞いも、夫となるレイデン様の格を決める大事な要素なのです。嫁ぐのであれば、彼の方が恥をかかぬよう、レイデン様だけではなく貴女も真摯に務める必要があるのです』


 と。


 そこでリオノーラは、どうすれば自分が恥ずかしくない淑女として振る舞えるのかを、目の前の厳しい家庭教師……かつては侯爵令嬢でありながら、親の罪によって没落し、やがて子爵夫人となったオレライン子爵夫人の振る舞いを真似ることにした。


 しかし、そう振る舞ったとしても、自分は遅い。


 そして自分が遅いのは、人よりも人生のリズムがゆっくりだからだと思い至る。

 だったら、そのリズムを、テンポを、人と同じくらいまで早めればいい。


 リオノーラは、なぜかピアノを含む音楽の成績だけは良かった。

 人よりも緩やかなだけで、『いついつまでに覚えてくるように』と言われた動きはそのとおりに覚えられた。


 だから、後は、早さだけを合わせれば良いとリオノーラは思い立ち。

 そのスイッチになるのが、こめかみを指で叩く仕草だった。


 『そのままのリオノーラで良い』と言われた本当のリオノーラ以外の。

 『レイデンが恥ずかしくない淑女のリオノーラ』は、そうして生まれた。


「リオノーラ。君の考えを教えてくれ」

「はい。今わたくしとレイデンの間で問題となっているのは、婚約を解消しなければレイデンの望みが叶わないことですわ」


 淑女のリオノーラは、柔らかくも流暢な語り口で両親に伝えた。


「ですが、そのレイデンの行動は、わたくしとの約束を叶えるためであると、お父様達は仰いました」

「その通りだな。それで?」

「レイデンが、辺境伯様の娘婿に望まれているのではなく、レイデン自身を見込んで手元に置くとのことであれば、娘婿に引き入れる理由は、辺境の防衛を任せるために身内としたい、と考えられます」

「そうね」


 父母の頷きに、淑女のリオノーラは胸に手を当てて、小さく微笑んだ。



「であれば、わたくしの存在はーーーレイデンへの人質として、価値がありますわ」



 リオノーラの言葉に、二人は顔を強ばらせた。


 辺境伯がどのようなお考えなのかは存じ上げないが、慰謝料を自分が払ってまでレイデンが欲しいとなれば、彼の価値が辺境伯にとって高いことは推察できる。


 そしてレイデンが渋ることで、リオノーラへの愛情も、向こうは察している筈だ。


「レイデンが仮に当主にはならずとも、騎士団を率いさせるくらいの地位はお与えになると予測出来ます。であれば、嫁ぐのが『辺境伯の娘』であれば、御息女でなくとも良いのではないでしょうか?」


 この国では、女当主の存在が認められている為、御息女自身が当主であっても構わない。

 レイデンが辺境伯になることを強く望むのなら、御息女との婚姻を選ぶ道も残しておかなければならないけれど。


「レイデンのお父上からの上乗せの慰謝料は、そのまま受け取ることにして、わたくしに高位貴族の淑女教育を受けさせていただきたいのです。そして辺境伯様とのお話では、慰謝料と養女の話を提示して、最終的に養女とするか否かの見極めの為に、行儀見習いという形で身元を引き受けていただくのでも構いませんわ」


 おそらく辺境伯は、『国の盾』たらんとする為に、家柄よりも実力を重視する人物だろうという推測を、リオノーラは立てていた。

 であれば、レイデンに対する人質以上にリオノーラが……『淑女のリオノーラ』が、迎え入れるに足る人材だと認めてもらうことが出来れば、養女として受け入れて貰えるはずだ。


 男爵家のレイデンと、子爵家のリオノーラの婚約は解消せざるを得ないけれど。

 伯爵家のレイデンと、辺境伯家のリオノーラが改めて婚約を結ぶことは、問題がない。


 リオノーラにとって重要なのは、レイデンに選択肢を与えること。


 婚姻を決める場に自分がいて、それでもレイデンが御息女を選ぶのであれば、自分は養子縁組を止めてこの家に戻ればいい。

 恋形見をもらって、彼を想いながら暮らせばいい。


 レイデンと結婚できるのなら、リオノーラにとってそれは、とても喜ばしいこと。

 この恋は、死なずに実を結ぶことになるのだから。


「いかがですか? お父様」


 腕組みをして、厳しい顔をしているお父様に、お母様がそっと言葉を添える。


「提案してみる価値はありますわね。わたくしは、リオノーラがレイデンを逃す手はないという意見に変わりはないですわ」


 当主であるお父様が、あくまでも最終決定権を持つ。

 しばらく黙っていたお父様は、ふと顔を緩めて、うなずいた。


「疲れることをさせて済まなかったな、リオノーラ。君がそう思うのであれば、そのように計らおう」

「ありがとうございます」


 そう、頭を下げて、上げた後。

 リオノーラは気を抜いて、のんびりふんわり、顔をほころばせた。


「でしたら、わたくしは〜、お風呂に入って、寝ますわね〜?」

 

お読みいただき、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
「ザ・ファブル」を思い出した…。 おでこをトントンしてるときみたいな顔だったら笑うしかないww
[一言] おお!おっとりからの才女モード素敵すぎう ここがみたかった
[一言] 淑女版リオノーラすげぇ!(笑) 発想もスゴイですよね〜 この話も好きです〜
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