わたくし、今、とても幸せですわ〜。
リオノーラは、レイデンと再会するまでの間に、改めて風の公爵として訪ねて来たムゥランと話を詰めた。
冬を乗り切れるだけの食糧の提供。
一方的な施しは受けないという彼に代わりに望んだのは、風の領地で使われている騎獣の提供。
他に、瘴気を栄養として育つ丸芋の育成に関する業務提携。
そして、国境線の相互警備による賊の取り締まりなど。
リオノーラの私財提供によって成された、それらの業績は、レイデンが騎士団長を継承するという段階でリオノーラの存在と共に辺境伯領で公にされ、概ね好意的に受け入れられた。
また、辺境伯領内での様々な資源や人材の有効活用や、魔石鉱山の発見等も、リオノーラの力添えによるものということも周知され、その恩恵に預かった者達はこぞって彼女に面会を求めたが。
過労でリオノーラが倒れたことで、レイデンと嫁いできたエルマリアがキレたので、辺境伯は慌てて面会を制限した。
『淑女のリオノーラ』がそんなに疲れるものだとは知らなかった、という弁明は、言い訳するなと即座に返されたそうだ。
身内の結束を大切にする辺境伯領なので、一部、レイデンとリオノーラという、ライオネル王家の血統でもなく、アバランテ家の血統でもない二人が婚姻し、領の頂点近い位置にいることを危惧する声もあったが、直系であるアイオラが当主という点で黙らせたらしい。
その彼女についても、聡明で戦の采配も見事ではあるが、個人としては魔導にも武芸にも、それなりにしか通じていないことで反発があるそうだ。
それを補うための、ミラリオーノやレイデンとの婚約だったのだが。
辺境伯自身が、どうしてもリオノーラが欲しいという欲求を強引に押し通し、さらに押し切られてエルマリアを妻に迎えるという騒動が目立ってしまったことで、本来の目的であるアイオラへの不満を抑えるという部分が霞んでしまったのは、誤算だったという。
次期当主として、アイオラとミラリオーノがどうするべきかを思案する間、全ての騒動の原因となったリオノーラはというと。
今日はレイデンと、訓練場の近くでボーッと座っていた。
ポツポツと話をしながら、延々動かずに空を見上げる。
王都ではよく見られたその光景は、二人にしてみれば実に二年ぶりに実現した、最高の時間だった。
「もうすぐ〜、夕暮れですわね〜」
「そうだな」
「徐々に〜、赤くなっていく空も綺麗ですわね〜」
「そうだな」
「レイデンの腕は〜、また逞しくなりましたわね〜」
「そうか?」
「とても〜、カッコいいですわね〜」
精悍さを増して、日焼けをしたレイデンに、リオノーラはニコニコゆっくり、腕に触れながらうなずく。
「リオノーラも、綺麗になった」
そう言われて、頭をくしゃりと撫でられたリオノーラは、のんびりゆっくり、目を細めてその感触を楽しむ。
「レイデン〜?」
「何だ」
「抱きしめて〜、欲しいですわ〜」
お願いして、横に座るレイデンに向かって両手を広げると。
レイデンは、少し戸惑ったような顔をした。
しかし、すぐに頷くと優しく抱き締めてくれる。
かすかな汗の匂いと、干草のようなレイデンの匂いを感じながら、リオノーラは幸せを噛み締めた。
「落ち着きますわね〜、レイデン〜」
「いや、ドキドキする」
「あら〜? そうなんですの〜?」
だったら離れた方が良いかしら〜、と、リオノーラはのんびりゆっくり、考えたけれど。
体を離そうとしたら、腕に力を込められた。
「離れなくていい」
頭を撫でられて、レイデンがそれで良いなら〜、と、もう一度体を預ける。
夕暮れの中、胸元に硬い感触を感じる。
「レイデン〜、ここに入っているのは何ですの〜?」
「君から貰った恋形見だ」
彼の答えに、リオノーラは目を、ゆっくりパチクリさせてから。
「そうでしたわ〜、レイデン〜? わたくし、お願いがありますの〜」
夕暮れに赤く染まり始めた平原の中で、顔を離したリオノーラはレイデンの顔を見上げる。
「どんな願いだ?」
「わたくし〜、恋形見が欲しいですわ〜」
その言葉を発すると、レイデンが何故かピシ、と固まる。
「レイデン〜?」
「以前、恋形見はいらないと言っていた。今更、何故だ?」
焦ったような色が、微かにその顔に浮かんでいるので、リオノーラは不思議に思いつつ、のんびりゆっくり、首を傾げる。
「だって〜、わたくしの恋は終わりますもの〜」
リオノーラにとって、それは当たり前のことなのだけれど。
二年前、レイデンはリオノーラとの恋の終わりに、と恋形見を望んだ。
リオノーラは、自分の恋が二年後に終わるなら、貰おうと思った。
「これから〜、レイデンと結婚して育むのは〜、恋ではなくて、愛でしょう〜?」
幸せな、恋の終わりに。
その記念が、リオノーラは欲しかった。
「レイデンに恋してる間〜、わたくしはずっと幸せでしたわ〜。だから、いつでも思い出せるように〜、大切な恋を仕舞っておきたいんですの〜」
「リオノーラ」
レイデンの、自分に回された腕が震え始める。
「どうしましたの〜?」
「リオノーラが可愛くて、もっと抱き締めたい。けど、これ以上力を込めたら壊れてしまう」
我慢するように目が潤んでいるレイデンに、リオノーラは、ん〜、と唇に指を当てて、のんびりゆっくり、考える。
「だったら〜、別の方法で示してくれたら良いですわ〜」
そう言って、微笑みながら目を閉じた。
「ん〜♪」
と、僅かに唇を窄めれば、レイデンも気づいたのだろう。
「リオノーラ。少しはしたないぞ」
「誰も〜、見てませんわ〜」
言いながら、彼の肩に手をかける。
「レイデンは〜、したくありませんの〜?」
「物凄くしたい。止まらないかもしれない」
と、言い終えるか終えないかの内に、柔らかい感触が唇に触れた。
それから、何度も、何度も、触れるような口づけを落とされて。
幸せにふにゃふにゃになったリオノーラは、レイデンの肩に頭を預けて、囁く。
「レイデンに〜、貰いたい恋形見があるんですけれど〜、いいかしら〜?」
「……君が初めてくれた刺繍のハンカチは、渡せないぞ」
「まだ持ってましたの〜?」
それは、とても簡単な図柄をヘタクソに縫った、10歳ごろの刺繍である。
まだ大事にしてくれているらしい。
しかしリオノーラが欲しいのは、それではない。
「わたくし〜、レイデンに初めて贈った〜、練習用の剣が欲しいですわ〜」
刃を落とした、子ども用のそれを、レイデンが使えなくなっても男爵家の自室に飾っていたのを、リオノーラは知っている。
「持ってきてますでしょう〜? アレを、新しく住む部屋に飾っておけば〜、いつでも見れますもの〜」
そんなリオノーラに、分かった、と頷いたレイデンは。
「リオノーラ。……俺は君に、ずっと恋をしていた。これから先は、君をずっと愛そう」
「うふふ〜。わたくしも、レイデンにずっと恋していましたわ〜。これからは〜、ゆっくりゆっくり〜、レイデンを愛していきますわ〜」
大好きな人と、婚約を解消して。
それでも、今までずっと、レイデンのことしか考えられなかったから。
レイデンが、本当は別れたくないって、言ってたから。
のんびりゆっくり、歩いた先には。
素敵なエルマリア様と、アイオラお義姉様と、ちょっと間の抜けたお義父様がいて。
レイデンとまた、こうして、ただ一緒にいるだけの日常が、あった。
四季二巡り分。
離れ離れで募らせた、恋心は。
新しい家で、剣と髪飾りに姿を変えて、いつかの優しい思い出になるのだと。
リオノーラは、そう思ったから、満面の笑みで、自分から愛しい人に口付け返す。
「レイデン〜。わたくし、今、とても幸せですわ〜」
第一章、これにて終了です〜!
おまけをぼちぼち挙げつつ、第二章準備していきまーす!
とりあえずここまでお付き合いいただきありがとうございました!
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