危ないこと、して欲しくないですもの〜。
リオノーラの言葉に、その場にいた他の面々が固まる。
ルジュすらも、表情こそ変えていないものの、一瞬動きを止めていた。
「リオノーラ……? 何を言っているの?」
「わたくしは〜、ここに来るまでずっと疑問でしたの〜。この十年ほどは、何度も小競り合いが起こっているのに〜、こちらの死傷者がとても少ないんですのよ〜」
最初は、争いの規模が小さくなったからだと思っていた。
しかし見せてもらった資料によれば、相手が出す兵の規模は、変わった様子もない。
辺境伯家側の練度が上がったのかというと、それも違う。
元々鍛え上げている騎士団や兵団ではあれど、新たに画期的な戦術を開発したというわけでもなく、しかしきちんと、地の利を利用して立ち回っているようだ。
となれば、残る理由は一つ。
「風の大公側の練度が落ちているのですわ〜。その理由は、彼らが罪人だからなのではないかと〜」
リオノーラは、ニコニコと続けた。
「風の領民は、元々放牧民でしょう〜? 増えすぎた人口を、土地の作物や家畜で支えきれなくなってしまっていたのですわ〜」
のんびり、ゆっくり、そう伝えると。
口を挟んできたのは、混乱した様子のミラリオーノだった。
「……リオノーラ嬢。申し訳ありません。私には少々理解し難いのですが、もっと詳しく説明していただいても? 罪人が送られていたことと、ルジュ殿をムゥラン風公爵と名指した理由に、繋がりが見えないのですが?」
「それは〜、こちらの損害が大きくなり過ぎないように〜、攻める地域を限定なさる采配が、あまりにも的確過ぎましたので〜」
リオノーラが立てた仮説に基づくと、相手側の指揮官がわざと不利な地域を攻めていたのは自明だった。
辺境伯領に劣らない強力な騎馬兵や騎獣兵を有するからこそ、風の領地は今まで一進一退の攻防を繰り広げていたのである。
それが、騎兵を有効に活かせない土地へと標的を切り替えた。
広い平原から、こちらは迎え撃つ騎兵を展開できるのに、自分達は細い山間を通り抜けないと展開できない地域であったりとか。
レイデンが勲功を挙げたのも、そうした相手が圧倒的に不利な状況で、不意打ちを行ったからだ。
そんな状況を作り出すには、相手も逆に、土地をよく知っていなければならないように思えた。
不自然でなく、しかし確実に敗走に至る道筋。
それをきちんと把握するのに、一番良い方法は何か、と問われれば。
「指揮官自身が、土地をよく知っていなければなりませんわね〜。そして風領からよく来て、辺境伯家と懇意になさっている行商人となれば〜。いかがでしょう〜?」
リオノーラは、徐々に笑みを深めていくルジュに対して、のんびりゆっくり、頭を傾げる。
「ですから〜、この提案ですのよ〜。瘴気に強い作物は、バルザム帝国北方で急速に広まっている丸芋というもので〜。貧民の栄養状況を改善する、安価で年中育ちよく取れる、根につく作物ですの〜」
しばらくの小麦支援に、魔性の地域に近い風領でその芋の育成を掛け合わせれば、食糧状況が改善されて、人口削減の為に、こちらに罪人を攻め入らせる理由もなくなるかと思った。
「それに、食糧が手に入るようになれば〜、苦渋の決断で、減らさなければならないような罪人も減るでしょう〜? ムゥラン風公爵様の心労も減るかと思いますわ〜」
そう締めると、他の三人が黙り込んでしまった。
「リオノーラ……貴女は……」
まるで畏怖するかのような顔をしたアイオラの囁きに、ルジュがいきなり笑い声を上げた。
「ハハ……ハハハハハッ! お嬢ちゃん、あんたとんでもねぇな!!」
ギラつくような目でこちらを見据えたルジュは、さらに言葉を重ねる。
「だが、オレは知りたいことを聞いてねぇぞ? 何で、軋轢を、起こさない為にそこまでやる? こちらの事情まで見透かしているような事まで言いやがって、トロクサいフリして!! お前、一体何者だ!?」
その質問を、リオノーラは心の底から不思議に思いながら、答えた。
「平和になれば〜、レイデンが、危ないことをしなくても済むでしょう〜?」
と。
「は?」
「わたくし、レイデンの元・婚約者ですの〜。婚約解消の時に〜、アバランテの家と男爵様に慰謝料をいっぱいいただきましたから〜、この財源はそれですのよ〜?」
初めて、ルジュの顔がぽかんとしたものに変わる。
「好きな人に、危ないことは、して欲しくないでしょう〜?」
だからですわ〜、と言葉を締めると。
しばらく固まったルジュは、ガシガシと頭を掻いてから、テーブルの上にある資料に目を向ける。
そしてため息を吐いた後、また最初のような皮肉げな笑みを浮かべて、席を立った。
「アイオラ嬢。この件に関しては、また改めて訪ねさせて貰う。ーーー行商人のルジュでも、使者のルジュでもなく、誇り高き〝風〟の公爵、ムゥラン・ムゥランとしてな!」
「では、貴方は本当に……!」
「リオノーラ嬢! 豪胆で奇怪なあんたとの再会、楽しみにしてるぜ!!」
そうして、開いた窓からヒュゥ、と小さく風が吹いてカーテンがはためくと。
ーーー風の公爵の姿は、跡形もなく消えていた。
「〝風渡り〟の魔術ですわね〜。風公の血統だけが扱えるというそれを、わたくし初めて目にしましたわ〜」
良いものを見ましたわ〜、とニコニコと、アイオラとミラリオーノを見ると。
二人は、目を見交わしてため息を吐いた。
「どうかなさいまして〜?」
「いえ、わたくし、今更ながらお父様の気持ちが分かったと思っただけよ」
アイオラは額にその美しい手を当てて、遠い目をする。
「お父様……貴方、本当にとんでもない拾い物をなさいましたわね……」
ようやく!! よーーやく!! 次にリオノーラとレイデンの再会後の話になります!!
長かったー……。
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