信頼されたいですわ〜。
「貴方がいらっしゃるのは意外でしたわ、ルジュ様」
アイオラは、微笑みを浮かべて話しかけた。
横でこっそりミラリオーノが『辺境伯領と交流のある大公国の行商人だ』とリオノーラに耳打ちしてくれる。
ーーーあら、あら〜。間者なのかしら〜?
ニコニコのんびりと、その情報と現状から、使者であるルジュの正体について考えている間に、アイオラがこちらから持ちかける話を説明していた。
「ほぉ〜ん。なるほどねぇ……」
ルジュが、無精ヒゲの生えたアゴを撫でる。
「何だかなぁ。まるで、誇り高きムゥランの民が、ここに対する略奪の使徒になってるってぇ言い草に聞こえるんだが?」
「そのようなことは決して。しかし、飢える者がいなくなれば、奪うこともなく過ごせる者が増えるのは自明の話ですので。両領の友好には必要なことかと」
両国の小競り合いを解消するための、食糧の提供の提案に対して、ルジュと名乗った男は冷たく目を細めた。
しかしアイオラは、美麗な微笑みを浮かべてその絡みつくような難癖を躱す。
「あんたらとは、今まで上手いことやってきた」
「ええ、そうですわね。貴方個人とは、辺境伯家として懇意にさせていただいておりましたわ」
「しかしそいつは、あくまでも商売相手としての信用だ。国や民としての信用とはまた別の話だねぇ」
風の公爵様は、直接の商売相手ではない、とルジュは匂わせる。
「ふん。うちの主人は必要ないと仰る気がするがね。そもそも敵国からの食料供給を受け入れて、なんか仕込まれたり金の面で足元見られちゃ敵わねぇしなぁ」
「提供する相場については、こちらの資料に。どちらかと言えば破格かと思いましてよ。それに、輸送費をそちらでお持ちいただけるならさらに安くする用意がございますわ」
リオノーラは、自分の私費を投じるので、ほぼほぼ仕入原価での提供を考えていた。
辺境伯領内で賄える食糧にも限りがあるため、他領から仕入れて、それを風の領地側に流すのだ。
国の北西側にあるバルザム帝国にも輸出は行なっているため、国外への食糧輸出そのものは、理由を明確にして正当な手続きに則れば認められる。
問題は、この食糧提供が攻撃や相手の国力を削ぐものではなく、共存共栄の為だと認めてもらうことだと、成り行きを見守りながらリオノーラはぼんやりと考えていた。
「その後の改善案や協力できる点についても、明確に記してあります。どう判断するかは、貴方と風の公爵様次第ですわね」
「ふ〜ん?」
ルジュは資料を手に取り、農作物等の事柄や、瘴気について記した部分にまで、興味なさげな様子ながらしっかりと目を通していた。
「こっちに都合が良過ぎる話はますます信用出来ねーなぁ……うまい話にゃ、裏があるもんだ」
「あの〜、質問があるんですけれど〜」
リオノーラがのんびりゆっくり手を上げると、ルジュが胡乱げな目をこちらに向けた。
「なんだこの嬢ちゃんは」
「妹ですわ」
「辺境伯の娘は、あんた一人だったはずだがね」
「最近出来たのです。リオノーラ?」
「はい〜」
リオノーラは、のんびりゆっくり、アイオラの言葉にうなずいてから、問いかける。
「軋轢を起こさないため、というのは〜、そこまで疑うに足る理由ですか〜?」
ほんのりふんわり、そう口にしてみると。
ルジュは、軽くリオノーラに興味を持ってくれたようで、へぇ、と笑みを浮かべた。
「嬢ちゃん、そいつがどういう問いかけか、ちゃんと理解してるかい?」
「多分〜、理解していると、思いますわ〜」
リオノーラはたおやかに口元に手を当てて、ゆっくりと首を傾げる。
軋轢を起こさない。
それは、多くの意味合いを含んでいる。
ただの関係性の改善ならば、ここまでの計画や資料は必要ないのだ。
小競り合いを本気で防ぎたいのなら、それこそ風の公爵領との間に強固な要塞でも築いてしまえば良く、実際に金銭面の現状の不足を考えて、新たに先駆けの見張り台や砦を作る計画案も出ていた。
しかし風の公爵領の特産物は、辺境伯領にとっても有用であったり珍しいものであったりと、利益がある。
そうした交流が盛んになることによって、どちらの地域も潤うけれど。
争いを武力ではなく交渉と契約によって解決することによって、交易の迅速性を確保しつつ、同時に奪い奪われていた貯蓄の削り合いもなくなり、対応に費やされる人件費や設備費、維持費が必要なくなる。
平和的解決というのは、それらの相乗効果によって、得られる豊かさの総量が桁違いに増えるのだ。
「相手が本当に必要なものを〜、最初に贈ることが、大切だと思いますの〜」
もうすぐ、冬が来るのだ。
それを乗り切れるだけの蓄えがあるのなら、秋の収穫が終わってからの侵攻など起こしはしない。
まして辺境伯側の守りは鉄壁と呼んで差し支えなく、思ったような略奪が出来ていない以上……民の飢えに対しては、焼け石に水。
「今、目の前のことが〜、わたくしは一番大切なのですの〜。だから、この計画ですのよ〜?」
ニコニコと告げると、ルジュの瞳の色が変わった。
敵対心が増して、同時に深い思索の色が宿る。
「……嬢ちゃん」
「はい〜」
「ナメてるのかい?」
計画の初期には、格安での食糧提供のことしか書いていない。
それ以上の対価も、なんらかの特産物に対しての有利な計らいを望む条件も、何なら輸送代以外の関税すらも、条件の内にはない。
それをルジュは、施しだと、受け取った。
『あなた方の領地は、辺境伯領よりも貧しく格下なのだ』と言われているのだと。
もちろんリオノーラにはそんな意図はないので、全く変わらない調子で、ルジュの瞳をのんびりと見返して。
「ルジュ様が〜、この計画に賛同していただけるのでしたら〜、わたくしたちは〜、きちんと、他に代えのない対価を受け取ることが出来ますわ〜」
「ほぉ? そいつは何だい?」
リオノーラは。
ほとんど確信を持って、のんびりゆっくりと、自分の考えを伝える。
「風の公爵領からの、信頼ですわ〜。……そうでしょう〜? 風の公爵、ムゥラン・ムゥラン様〜?」
のんびりゆっくりモードでも、別に頭の良さや洞察力に影響があるわけではないのがリオノーラです。
そして実は、相手が賢ければ賢いほど、頭の回転が早ければ早いほど、このペースに知らず知らず自分のペースを乱されて、巻き込まれて、本音の部分を引き出されてしまいます。
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