慰謝料の使い道ですわ〜。
「アイオラお姉様〜」
その日、リオノーラは、のんびりゆっくりアイオラの部屋を訪れた。
「あら、どうしたの?」
「少しご相談したいことがございまして〜」
さすがに実家のように、晴耕雨読の生活は望めず、リオノーラはアイオラの手伝いをしていた。
なんでも、現在対外的なことと騎士団の運用はお義父様が、内政に関する多くのことはミラリオーノとアイオラが任されているらしい。
そうした資料を浚い、アイオラの手伝いをする内に、リオノーラは慰謝料の使い道に目星をつけていた。
「大公国にぃ〜、わたくしの受け取った慰謝料を投げてもよろしいですか〜?」
のほほん、と口にすると、アイオラは眉をひそめた。
「どういうことか、説明してもらっても良いかしら?」
その問いかけに、のんびりゆっくり頷いたリオノーラは、ニコニコと告げる。
「風の公爵との小競り合いをなくそうと思いまして〜」
リオノーラが目にした資料によると。
大公国は『管理官』と呼ばれる、こちらでいう爵位持ちの貴族が治めていて、彼らは大公や公爵によって任命されているのだそうだ。
家の存続の為に代々領地を引き継ぐ王国の形式とは違い、基本的に領主としては一代限りらしく、手腕によって封じられる地が変わるのだという。
その管理官の領土は、それぞれに最大の領地を持つ、地水火風の家紋を持つ四公爵が上に立って税を集め、管理しているのだと。
そして軍と、王都に当たる大公直轄領を治めるのは、四公爵家から選ばれた大公だそうだ。
「現在の大公は、水の公爵家の出で海運業に力を入れていて〜、鉱山がある土地や港街への補助は手厚いですが、それ以外の陸運や農業にはあまり積極的でないみたいです〜」
ゆえに大公国は海産品や装飾品の類いが豊富で外貨を稼ぎやすいが、内陸の民への還元がイマイチ滞っているということだった。
それでも、現大公の政治的な手腕は高く、よく話を聞く方であるそうだが、いかんせん高齢で、最近は下の公爵家の制御が徐々に利かなくなっているという噂だった。
資料の数字などにも如実に反映されている。
南部辺境領の小競り合いは、その煽りを受けたものだった。
国内に、食料購入や育成、領地整備や開拓の為のお金が不足しているのだ。
「魔獣退治に力を入れられれば、その分だけ領地の被害は減るでしょう〜?」
最近、魔物や魔獣が強くなっているという報告があった。
にも関わらず、聖女と婚姻を結ぶ為に、王下騎士団に戻ってしまった〝光の騎士〟の抜けた穴は大きく、レイデンが騎士団で手腕を発揮できるのはまだ少し先の話。
その間も魔獣による領地の被害が増えている以上、他国との小競り合いを解消するのは急務だった。
そちらの警戒に割く戦力が減らすことが出来れば、魔獣の防衛に力を入れられるのだ。
南部辺境領は、南の天然要害のある港湾を挟んで向かい側に肥沃な火の公爵領、地続きの南西側に風の公爵領、西側に魔性の平原、東側に魔の森と山脈がある。
左右にどうしても兵力を割かねければならない関係上、〝光の騎士〟を失った風の領地側の戦力が削られるのは、痛手なのだ。
「なので〜、小競り合いを仕掛けてくる理由そのものをなくそうかと〜? 税を投じる余裕はしばらくないと思うので〜、わたくしの私財を使います〜」
何せ使いきれないほど有り余っている上に使い道もなく、税そのものではないとはいえ、元は南部辺境伯家の資産だ。
良い使い道だと思ったリオノーラは、ニコニコとアイオラの返事を待った。
「まだ来たばかりなのに、なぜそこまで領地の為に?」
彼女は訝しんでいるようだった。
「これからここに住むわけですし〜、レイデンの為にもなるでしょう〜?」
戦場に出るにしても、兵力が厚いのと薄いのでは危険度が雲泥の差だし、そもそも領民が作物を取られて被害に遭うとなれば、辺境伯領そのものの力が削がれてしまう。
「隣国が仕掛けてくる理由が、貴女には分かっているの?」
「多分、なんですけど〜、風の地にお金がないからです〜」
リオノーラの調べた限り、広大で平らな土地を持つ風の公爵領の主な収益は、馬などの放牧による畜産や質の良い毛織物、後は農作物だ。
元は遊牧民族だった領民が多く属していること、近くに魔性の平原があることなどから、瘴気の影響で農作物などは育ちにくいのだろうし、情勢的に最近ますます収穫高が減じているのではないだろうか。
その上、現大公が陸運に力を入れていないとなれば、馬車網なども発達せず、特産品に需要がない。
また需要ある品を産出したとしても、送るのに時間や金が掛かる道理。
「なので〜、最初は食料の輸出をしてあげて〜、特産品を輸入してあげて〜、交渉できそうなら瘴害に強い作物や育成の指導などを行って〜、領民が飢えない程度の収益が得られれば、こっちに攻めてくることはなくなるかと〜」
関係が良くなれば、心理的に攻めづらくもなる。
風の領地と、良き隣人としての関係を今まで築けていないのは。
南部辺境伯領自体が、他国や魔獣への対応に追われていたこと。
領土の広さに対して開墾が追いついておらず、輸出に使える資材の余剰備蓄が出来ていないこと。
国防の為に追いつかない内政に、王都からの支援や辺境伯家自体の私財投入などで保っていた側面があること。
以上の事情から、こちら側にも余裕がなかったのだろうと、リオノーラはのほほんと考えたのだ。
そうした問題も、以前お義父様に提案した事業などが上手く軌道に乗れば解消する予定だし、そちらに回したせいで一時的に減っている領の予算なども、早めに着手できる事業ですぐに回収出来るはず。
隣国との関係改善の初動を早める為に、リオノーラの持つ財産が役に立つのなら、特に執着はないのだった。
アイオラは顎を指で挟んで、リオノーラの渡した資料を眺める。
「……ミラリオーノとお父様にも相談してみないと、何とも言えないわね。多分反対はなさらないと思うけれど、貴女に一任することになるかもしれないわ」
「はい〜、問題はないです〜」
アイオラには、まだ『淑女のリオノーラ』の顔を見せていないけれど、のんびりのんびりしているリオノーラにイライラした様子も見せないし、お話もちゃんと聞いてくれるし、何より頭ごなしに否定しない。
ーーーいいお姉様ですわ〜。
サラリアお義姉様といいアイオラといい、リオノーラは姉に恵まれている。
ニコニコしていると、チラリとこちらを見たアイオラが、笑みを浮かべてうなずいた。
「どの程度の投資をするかは相談になるけれど、隣国との関係改善については打診してみても良いでしょうね。風の公爵に手紙を出しなさいな。貴女の読みが正しければ、追って返答があるでしょう」
「分かりました〜」
そう言ってリオノーラが退出し、返事を待ちつつ話を詰めている最中。
風の公爵の使者を名乗る人物が面会を求めている、という連絡があった。
リオノーラのことは、まだ辺境伯家の一部の人以外には秘密なので、ミラリオーノ一人を護衛に伴ってアイオラと共に交渉の場に赴くと。
バンダナを斜めがけにして、ヒラヒラした遊牧民系の服装を身につけた男性が、そこにいた。
細身に見えるが、日に焼けて筋肉のついた腕と、耳飾り。
素朴なミサンガや、ブレスレットに色とりどりの玉のネックレス。
人懐こそうな顔立ちだが目つきだけは鋭く、無精ヒゲの生えた口元にはニヤニヤと笑みが浮かんでいる。
そして、開口一番にこう告げた。
「風のムゥランが使者、ルジュだ。……で、あんたらが和睦の打診てのは、どういう風の吹き回しだい?」
と。
ライオネル王国南部辺境伯領の課題。
そんなところにさっそくメスを入れていく、のんびり令嬢リオノーラ。
現れたのは、クセのありそーな二枚目。
まぁ、リオノーラなのでそんなえげついことにはなりません。
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