エルマリア様と、恋バナですわ〜。【前編】
『今向かうと、案内の間にレイデンと会う危険がある! しばらくは王都で過ごしたまえ!』
そう告げて、未来の養父となる辺境伯様が帰っていかれたので。
リオノーラは、のんびりのんびり、お引っ越しの準備をしながら、いつも通りに過ごすことにした。
その中で、サラリアお義姉様とお兄様が、デスターム伯爵領に向かわれた後。
エルマリア様からお茶のご招待があったので、リオノーラは楽しみにしながら、ゆったりと参加のお返事を書いた。
リオノーラ的にはあっという間に来た一週間後のお茶会は、想像通り楽しいものだった。
「デルトラーデ侯爵家は〜、辺境伯様のご家族と仲がよろしいのですわね〜?」
「そうですわ! アイオラお姉様は、才色兼備の美しい人でしてよ! 猪レイデンには勿体ないと思っておりましたわ!」
「あら、あら〜、そうなんですわね〜」
「ええ! 頭の足りないリオノーラが、あの方にはお似合いでしてよ!」
「それは、良かったですわ〜」
ーーーエルマリア様は、そう言って下さるのですわね〜?
たまにお父様やお母様が、夜会での噂でぷんぷん怒っていたのを、リオノーラは知っている。
リオノーラにレイデンは勿体ない、と聞くのを、特に気にしたことはなかったけれど、父母以外ではっきりとそう言ってくれるのは、エルマリア様くらい。
ーーー嫌味、では、ないと思うのですけれど〜。
リオノーラは、ゆっくりゆっくり、エルマリア様のご様子を観察して。
口さがない言葉を吐いた後に、いつも通りに目の奥に、チラチラとリオノーラが気分を害していないかを探るような瞬きがある意味を考えて。
「エルマリア様は、相変わらずお優しいですわね〜?」
と、のほほんを口にすると。
エルマリア様は、意外そうな顔でパチパチと目を瞬いて。
少し恥じらうように、肩をすくめて頬を染めた。
「……わたくしのことをそう言ってくれるのは、頭の足りないリオノーラだけですわ……」
「そうなのですの〜?」
「ええ、だって、わたくしはこの通り、口が悪いのですもの! 言いたいことをハッキリ言う我が家の毒に侵されていないのは、ツルギスお兄様だけですの」
そんなエルマリア様の様子に、ニコニコと応じて、ゆっくりとお茶を口にした後。
「でもそれは〜、照れ隠しですわよね〜?」
と、リオノーラが口にすると。
エルマリア様はビックリしたように口を開けた後、焦るように少しソワソワした。
「……アダムスお兄様には、悪いクセだから直せと言われますの……その、あた……リオノーラのことも、わたくし、凄く気に入ってますのよ……だから一緒に、学校で遊びたかったのですけれど……貴女お辞めになって」
そんな彼女は、いつものハキハキと自信に溢れた様子と違い、少し落ち込んでいるように見えた。
リオノーラとエルマリア様の出会いは、貴族学校に入ってすぐのこと。
いつも通りに、のんびりゆっくり、教室を移る為に移動していた時に、エルマリア様が手を滑らせて、風に巻かれたハンカチが噴水にひらっと落ちてしまったのだ。
水流に流されて沈んだそれを、エルマリア様は周りにいるご令嬢に囲まれて、拾うかどうか逡巡した後に。
『あ、あんなハンカチ、いくらでも持っているのでいらなくてよ! 行きますわよ皆様!』
と、悲しそうな色を瞳の奥に隠して、放置して行ってしまわれたのだ。
ーーー後で拾いに来られそうですわね〜?
そう思ったリオノーラは、のんびりゆっくり、噴水の前でしゃがんで、ハンカチをジーッと見つめた。
授業のチャイムが鳴ったけれど、そのままだと流されて排水溝に吸い込まれてしまいそうだったので。
浅いのを良いことに、誰もいないですしねぇ〜、とリオノーラははしたなくも靴と靴下を脱いで、ワンピースの裾をつまんで中に入り。
結局結構濡れながらハンカチを拾って、近くのベンチに腰掛けた。
ーーー来られなかったら、明日にでもお渡ししましょう〜。
どこか使い込まれた様子のハンカチは、きっと大切なものだっただろうから。
そう思いながら空の色が変わるのを、雲が流れていくのを、のんびりゆっくり楽しんでいたら。
夕焼けに赤く染まり始める頃に、エルマリア様が来られた。
『エルマリア様〜』
『……! あら、あなたどなた?』
『リオノーラ・ノホーリと申しますの〜。先ほど落とされたハンカチでしたら、こちらにございますわ〜』
立ち上がって手渡すと、湿って少し汚れたリオノーラの服を見て、エルマリア様は目を見開いた。
『あなた、頭が足りないのですの!? そんな濡れたまま、もしかしてずっとここにおりましたの!?』
『おりましたのよ〜?』
首を傾げてニコニコと答えると、エルマリア様は手にした扇をビシッと突きつけた。
『リオノーラと言いましたわね! 感謝いたしますわ! そして全く論外ですわ! そして恩を受けたのにこのまま放置しては、デルトラーデ侯爵家の名折れですわ! こちらにいらっしゃい! ああもう全く、動きが鈍いですわね! 日が暮れてしまいますわ!』
と、文句を言いながら、専用馬車まで案内され。
馬車の中にいた女性騎士にショールを肩に掛けられて、デルトラーデ侯爵邸まで連れて行かれ。
あれよあれよという間に、お風呂に入らされて体を磨かれ、身に合うドレスに着替えさせられて。
『差し上げますわ! ワンピースは汚れを抜いてお返しいたします! 風邪をお引きにならないよう、ちゃんと温まって寝るのですわよ!』
と、夕食までいただいて、そのままお泊りさせられて。
翌朝に、侯爵家から連絡があって気を揉んでいた両親のところに帰った。
「そういえば、エルマリア様〜?」
「何ですの?」
思い出の中から戻ってきたリオノーラの、のんびりゆっくりな問いかけに。
目をお上げになったエルマリア様に。
「あの、昔拾った刺繍のハンカチは〜、なぜ大切なものでしたの〜?」
「あ、れは、その……昔いただいたもの、ですの……その、お茶会で粗相をしてしまった時に、少し泣いてしまったら、それに気付かれた殿方から、いただいて……」
ーーーあら、あら〜?
エルマリア様の顔が、少し赤い。
「もしかして〜、エルマリア様はその方を、お慕いしておりますの〜?」
「ええ、でも……あちらはきっと、わたくしのことがお嫌いですわ……いえ、もしかしたら相手にもされていない、というほうが、正しいかもしれませんけれど……お歳も離れて、おられますし……」
先ほどまで顔を赤らめていたエルマリア様は、しょぼん、とまた肩を落とす。
「お父様にワガママを言って、自分で振り向かせたいと、今まで婚約者を決めずに参りましたけれど。……数少ない機会に会うたびに喧嘩ばかりで、その、とてもお見合いの申し出を出来るほどの関係には、なれませんでしたのよ……」
そろそろ年齢的にも、相手を決めないといけない。
お相手も、決まった方はおられないらしい。
でも、きっとお相手とは添い遂げられない。
そんな苦悩を、エルマリアからゆっくりゆっくり、心に沁ませるように感じ取ったリオノーラは。
わたくしでは、何も出来ないかもしれないですけれど〜、と思いながら、問いかける。
「そのお相手というのは、どなたですの〜?」
エルマリア様は、泣きそうな顔でまたみるみる赤くなると、ついに顔を両手で覆って、小さく小さく、呟いた。
「……ザムジード様です……」
彼女がつぶやいた、その名前は。
これからリオノーラが養子に入る、細君を昔に亡くしている、アバランテ辺境伯その人の名前だった。
というわけで、歳の差がある相手への恋心に悩むエルマリア嬢でした!
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