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【番外編】捨てた令息、捨てられた令息。【後編】


「貴殿は何故、辺境騎士団に?」


 気になっていたことを聞いてみると、アーバインは隠している訳でもないのか、サバサバと口にした。


「家にも社交界にも居場所がなくなったんで。どうせやり直すなら、今までの甘ったれた自分をボコボコにしてくれるところに来ようと思ったんです」

「ふむ。……俺は社交には詳しくないが、伯爵家の出なら本来、俺がこうして自分から気楽に口をきくのも憚られる身分だ。何か失敗をしたのか?」

「直球ですね」


 アーバインは苦笑した。


「朴念仁だの、愛想がないだのとは、よく言われる」

「なるほど。まぁ、俺からしたら気性がさっぱりしてるのは自信の表れですよ。他人を僻むことなんかないでしょう?」

「そうだな。少なくとも、恵まれているからといって、相手を妬むことはない」


 『努力せずに得た地位を持つ者であっても、そうした立場に見合う苦労をいずれするものだ』と、生家の父は言っていた。

 『出来なければ落ちる。そして落ちた時に、あるいは落ちる前に、今まであったもののかけがえのなさに気づける者と、そうでない者がいるのだ』と。


 アーバインは。


「……俺は、いつも妬ましかったんですよ。先に生まれただけで家を継げる兄貴、周りに信頼されている父親、頭を下げる必要がない高位貴族。地位や権力があって好き勝手してるように見える連中。……俺にないものを持ってる奴らが」


 馬鹿な奴でしょう? と笑う彼に、レイデンは何も言わなかった。

 そういう人間はごまんといた。


 レイデンに対して、剣が上手い程度で、実家が金持ちなだけで、と陰口を叩く奴も多かった。

 彼らの方が恵まれている面も多いだろうに、と不思議には思ったが。


「だから、俺は失敗したんです。努力して得たと思ったものを、ゴミだと感じた。……そんな俺自身がゴミだったから、価値に気づけなかっただけなんですけどね。そしていいように利用されて捨てられた。命があるだけマシなんです。今の俺は」


 アーバインが見ている景色は、ここではないどこかのようだった。


「でも、やり直す機会を貰ったんですよ。だからやり直したいと思ってここに来ました。見返してやろう、って気持ちもなかったとは言えないですが、一番は、自分が死ぬほど情けなかったからです」


 素直に自分の心情を吐露する彼は、レイデンから見て、自身が口にしたような、他人を妬み嫉むだけの男には見えなかった。

 本人の言う通り、心根に変化があったのだろう。


「訓練もおちこぼれですけど、最初に比べりゃ、これでもマシになったんです。心配してくれてありがとうございました」


 ちゃぽん、と水筒を揺すって笑みを浮かべ、残りを飲み干したアーバインに、レイデンは提案した。


「貴殿は、俺の従者になる気はないか」

「は?」


 予想外の提案だったのか、アーバインが驚いてこちらに目を向ける。


「ズルせずに強くなりたいんだろう。少なくとも、辺境騎士団の中でも俺は腕が立つ方だ。貴殿の言う体力作りも大事だが、魔術を扱えるのであれば魔導騎士としての訓練をした方が、素質を活かしてより強くなれる」


 辺境騎士団の中にも、魔術に精通した者や、魔力の扱いに長けた者は少ない。


「幸い、俺には貴殿に教えられる程度の素養はある。魔導士にならないかと誘われる程度には魔力量が豊富だったからな」


 『最強の騎士』を目指していたので断ったが、恵まれた魔力はありがたく使おう、と、レイデンは魔導騎士として名を馳せた師に従事して、皆伝の証を貰っていた。


 師範として人を教導するのに特に問題はない。


「……俺にとっては願ったり叶ったりの提案ですけど、いいんですか? 見た通りのへっぽこですよ?」

「体力など、真面目に修練すればすぐに増える。後は貴殿の気持ち次第だ」


 そう告げると、アーバインは話し始めて初めて、おかしそうに笑った。


「レイデンさんは変わった人ですね。よろしくお願いします、と言いたいところですけど、少しお伺いを立てないといけない相手がいまして」

「そうなのか?」

「ええ。めちゃくちゃ厳しい爺さんでね。俺の父親の、歳の離れた兄に当たる人なんですが、つい十日ほど前に辺境に来て、俺の教師になりましてね」


 ゴルドレイ、という名前の老人に会って欲しい、と言われて、レイデンは了承した。

 

※※※


「なるほど、そうした経緯で、我が甥に」

「はい」


 夕食の場に、招かれて。

 レイデンは、髪も髭も白く、温和な印象ながら背筋の通った執事のような印象の彼に、自分の提案を説明した。


 アーバインは最初騎士団寮に住んでいたそうだが、ゴルドレイの指導を受けるのに合わせて、少し広い一軒家に引っ越したのだという。

 ゴルドレイが借りているそうで、その出自を知らないながら、レイデンは彼を只者ではないと感じていた。


「アーバイン様は、見込みがございますかな?」


 甥だと言いつつも、自分はもう貴族ではない、と敬称をつけて話すゴルドレイに対して、ハッキリと頷いてみせる。


「少なくとも、根性はあります」

「ほう、根性」


 チラリと目を向けた老人に、アーバインはバツの悪そうな顔をしていた。


「確かに、目的さえあれば努力は出来る素養はお持ちですが」

「ゴルドレイさん……その」

「ああ、何も仰らずとも結構ですよ。良いのではないでしょうか」


 彼の許可が出たことに安堵したのか、ホッと息を吐いたアーバインに、レイデンは告げる。


「では、夕食後に少し教えることがある」

「何ですか?」

「魔力を使って、体調を整える修練法だ」


 現時点での彼には、本当に体力がない。

 その上、辺境騎士団の訓練の後や休日には、ゴルドレイに必要な知識を習っているという。


 睡眠時間は最低限確保しているようだが、それでも無茶すぎて体を壊す懸念があった。

 目の下の隈はその証左だ。


「精神的に負担は増すが、短時間の睡眠や休息でもある程度回復が見込める。滋養強壮の薬草や魔力回復薬も併用するといい」

「高くて手が出ませんが」

「辺境伯や副団長と相談する。訓練内容によっては支給が認められる類いのものだからな」

「でも、俺なんかの為に騎士団に迷惑をかけるわけには」


 と言ったアーバインに、レイデンは真っ直ぐに目を向けた。

 驚いたように言葉を呑み込む彼に、キッパリと告げる。


「まず、自分を卑下するのをやめ、現状を受け入れることだ。俺は貴殿に素質があろうとなかろうと、指導に手を抜くつもりはない」

「アーバイン様。ご厚意は受け取った方がよろしいですよ。レイデン様は、必要であると判断したことをなさる方だとお見受けします。……遠慮していたら、天界への門が開くかと」

 

 ゴルドレイの言葉に、アーバインが青くなってゴクリと息を呑み、頭を下げた。


「……よろしくお願いします」

 

※※※


 それから、一年半。


 アーバインは、当初から見違えるほどの騎士になった。

 

 ーーー人を指導する、というのは、難しいものだ。


 聞くところによると、アーバインは歳が一つ上だったらしいが、レイデンが初めて育てた弟子とも言える相手だ。

 試行錯誤の連続で、やり過ぎたことも多々あるが、それでも彼は食らい付いてきた。


 結果として、立派に育ったアーバインが剣を振っているのを見ながら、レイデンは満足して一つうなずく。


 彼に技術を伝えるうちにレイデン自身も気付けたことや成長したこと、失敗からも成功からも学んだ事は数多い。


 またレイデンが苦手として避けてきた社交に関することなどは、逆にゴルドレイやアーバインから学ぶことが出来て、それもまた収穫だった。


「レイデン!!」


 背後から声を掛けられて振り向くと、辺境伯が笑顔で手を振っていた。


「おはようございます。ご足労いただき、申し訳ありません」


 レイデンが騎士の礼を取ると、辺境伯はガハハ、と笑い声を上げた。


「何、こちらも用事があったからな! お前の話から聞こう!」

「ええ。……アーバインが、休暇を取りたいと言っておりまして。王都までの行程を考えると、飛竜を使わせてやれないかと」

「ふむ? どういう用事だ?」

 

 レイデンは、フッと小さく笑みを浮かべて、答える。


「……昔、命を救われた相手から、披露宴の招待状が届いたのだそうです」

「ふむ。エイデスか」


 オルミラージュ侯爵の名を親しげに呼ぶ辺境伯に、レイデンは目を丸くする。


「ご存知だったのですか?」

「世情に疎いお前と違って、これでも辺境伯だからな! アレがどういう立場でここに来たかも、当然知っているとも!」


 アーバインはかつて、貴族学校を卒業する際に、婚約者を手酷い方法で捨てた。

 そして事もあろうに、その義妹と婚約を結んだのだという。


 しかし義妹は、実際は姉を生家や婚約者の酷い扱いから救おうとしていて、アーバインは排除される側だった。


 義妹に協力してアーバインに捨てられた姉を救い出し、一時貴族牢に彼を放り込んだ相手が、オルミラージュ侯爵だったそうだ。


 王族にまで侮辱的な発言をしていたらしいアーバインは、不敬罪に問われた。

 しかし彼は、更生の余地ありとして侯爵に温情をかけられ、自ら志願して辺境騎士団に入ったらしい。

 

 届いた招待状は、姉を虐げた者たちへの断罪の場で義妹を見初めた侯爵と、それを受けた義妹の披露宴だという。


 それらは全て、レイデンがアーバインに語られたことだった。


『侯爵は、俺に謝罪の機会を与えてくれたのです。……ですから、どうか』


 頭を下げた彼の後ろで、ゴルドレイが微笑んでいた。

 きっと彼が、侯爵へアーバインの様子を伝えていたのだろうな、とレイデンは何となく察した。


「行かせてやるといい。どうせ、アレの飛竜・・・・・は、アレにしか懐いておらんだろう?」

「ええ」


 アーバインは、見込んだ以上の才能があった。

 本来だったら生まれた時から育てた者や、竜飼いの才がある者にしか懐かないはずの飛竜を、手懐けたのだ。


 意思疎通の魔術に関する才覚を花開かせた彼は、飛竜と対話して友となった、と言っていた。


「ついでなら、授与式も済ませてしまうよう、王都に使いを出そう。ーーー〝殲騎〟に加えて〝騎竜〟の称号を与えられた騎士も囲えるなど、前例がないからな! 〝光の騎士〟を王都に連れ戻された穴は、十分に埋まった!」


 レイデン達が来る少し前。


 魔獣狩り部隊にいた有能な騎士が、聖女と婚約する為に辺境騎士団を辞めて王都に戻ったのだという。


 彼とレイデンを武の二本柱とするアテが外れたと悔しがっていた辺境伯だったが……レイデンと共に見つめる先で、訓練の休憩に入ったアーバインに駆け寄る少女がいた。


 戦で命を落とした、辺境伯の弟の娘。

 彼女とアーバインは、いつの間にか恋仲になっていたらしい。


 少女は一方通行だ、と嘆いているらしいが、アーバインも憎からず思っているとは、副団長の言だ。


「……それで、閣下側の用事とは?」


 睦まじく見える二人から目を離して、問いかけると。


「お前をそろそろ娘に会わせる。覚悟を決めろ」


 ニヤリ、と笑った辺境伯に、レイデンはスッ、と息を吸う。

 顔合わせをする、という事は……辺境伯の娘であるアイオラと、婚約を結ぶ時期が来た、という事だ。


 リオノーラと婚約解消を交わしてから、そろそろ二年が経とうとしていた。


 ーーーリオノーラ。


 手紙のやり取りも、もう終わりにしなければならない。

 今、どれほど愛していたとしても、彼女と結ばれる未来はやって来ないのだから。


 ーーー約束は守る。


 『最強の騎士』の座は目前だった。

 二年間ずっと胸ポケットに入れていた恋形見も、アイオラ嬢の目の届かないところに置かねばならないだろう。


 いつまでも引きずっていては、自分の伴侶となる人に失礼となる。

 顔合わせの前に、リオノーラに本当の別れの手紙を書かなければいけない。


 少し気が重いと思いながらも、レイデンは辺境伯に頷いて見せた。


「承知致しました」

「うむ。ま、そう気張るな!! うちの娘を見たら、あまりに美人で驚くぞ!!」


 ニヤニヤと告げる彼に、どう反応していいか分からなかった。


 もし、気持ちが記憶の中にあるリオノーラのふんわりとした笑顔に向いていなければ、違和感くらいは感じただろうに、と後になってレイデンは思った。


 辺境伯はその時、よくよく考えると、特大の悪ふざけをする時の顔をしていたのだから。


 顔合わせは、三日後。



 ーーーそれが、辺境伯に『娘だ』と紹介されたリオノーラとの再会までの日数。



 

というわけで、レイデン視点のリオノーラとの再会まで&アーバインのお話でした!


アーバイン自身の視点での、飛竜との話や懺悔、辺境伯の弟の少女の話なんかは、矜持の方でぼちぼちやれたら良いなと思ってます!


まだ付き合ってないのは、アーバインが『ちゃんと謝れてないのに』って気持ちがあるからですね。所詮どこまでもヘタレ野r……誠実な男に生まれ変わったので、うん。


レイデン君は、別れの手紙が忘れた頃に折り返し郵送で届き、それが皆にバレて揶揄われます。哀れレイデン。


次は、リオノーラが辺境伯領で何をしたか〜再会までをやって、一回完結ですね!

そして番外編は二人のイチャイチャだー!!!(そこが書きたい)


てことで、続きも読んでやるよ! って人は、ブックマークやいいね、↓の☆☆☆☆☆評価等、どうぞよろしくお願いします! 

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― 新着の感想 ―
[一言] 連投m(_ _)m 「番外編は二人のイチャイチャだー!!!(そこが書きたい)」 めっちゃ期待してます♪♪♪
[一言] いや〜アーバインの頑張りにうるうるしちゃいましたわ〜。 ここでアーバイン更生の話が読めるとは(笑)
[良い点] レイデンのびっくりする様子が楽しみです♪ イチャイチャ番外編も楽しみにしています。
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