【番外編】捨てた令息、捨てられた令息。【前編】
ーーーそうして、数ヶ月後。
アバランテ辺境伯領の隣、エイドル伯爵家の養子として迎えられたレイデンは、しばらく勉強も兼ねてエイドル伯爵領で過ごした後。
今日初めて、義兄ミラリオーノの案内で、アバランテ辺境騎士団の訓練場に赴いていた。
そこでふと、目にした人物が気にかかったので問いかけてみる。
「義兄上、彼は?」
「最近、辺境騎士団に入られた方ですね。領地は小さいですが、商売で成功なさっているシュナイガー伯爵家のご子息だそうです。なんでも、自ら辺境騎士団に志願されたとか。まだ見習いで、戦地や魔獣狩りには出ておりません」
人当たりの良いミラリオーノは、エイドル家の次男で、辺境伯の領地経営面での補佐官をなさっておられるらしい。
養子に入ったレイデンは年齢的にも立場的にも三男で、もうすぐ辺境騎士団の配属となった後、エイドル領で施されていた勉強をミラリオーノに引き続き教わることが決まっていた。
将来的に辺境伯になる為だ。
しかし正式な婚約までレイデンは、ご令嬢と顔を合わせることは禁止されており、特に疑問も抱かずそれを承諾していた。
レイデンは、ジッと彼を見る。
見目は整っていて貴族らしく、兵の中では目に見えて線が細い。
訓練が一つ終わって各々が水分を取ったり休憩したりしている中、膝に両手をついて息を整えるのも困難な様子だった。
走り込みにすら、先ほどついて行けていなかったのを知っている。
南部辺境騎士団は、近衛騎士団を含めて7つある騎士団や無数にある私兵団の中でも、特に厳しいと有名なところだ。
ーーー何故、そんなところに自ら志願を?
「変わった方なのですね」
「事情は存じ上げておりますが、あまり他者の口からお伝えするのは憚られます。気になるようでしたら、ご本人にお聞きするのが宜しいかと」
歯に何かが挟まったような物言いに、レイデンはうなずいた。
おそらく、良い意味での事情ではないのだろうと悟ったからだ。
「いずれ、そうさせていただきます」
その場での会話はそれだけで、レイデンは以前の遠征で慣れ親しんだ場所以外の施設を、幾つか案内されて荷物を与えられた部屋で解いただけで、その日は終わった。
※※※
数日経った。
何度か、ザムジード・アバランテ辺境伯が普段、執務に使っているという騎士団寮近くの別邸でスケジュール決めや食事を介しての話し合いを行った後。
初めて、辺境騎士団の訓練に参加した。
例のシュナイガー伯爵家のご令息は次男坊で、名をアーバインと言うらしい。
相変わらず、どの訓練でも遅れを取り、いつ見てもヘロヘロで目の下に隈を拵えているが、根性だけはありそうだ、とレイデンは評した。
「いつぶっ倒れてもおかしくない感じなのに、絶対弱音吐かないんスよね、アイツ。最初は死ぬほど馬鹿にされてたっスけど、最近はちょっと評価も変わってるスよ」
「いやいや、まだ賭けは継続だろ!? オレは辞める方に賭けてるからな!」
「賭け事?」
第三隊長のウィップスと、ベルメール副団長のやり取りに、レイデンは訝しんで目を向けた。
規律を乱すとして、王都騎士団では禁止されているからだ。
するとベルメール副団長は、黒髭の髭面をニカッと笑わせて、疑問に答えた。
「辺境伯閣下は、そういうとこ話が分かるんだよ! 団内で、決めた額なら賭けていいってな!」
聞くと、それは街で食事を一回出来るくらいの金額で、賭け事の種類や回数も、破産しない程度に厳密に決められているそうだ。
破った場合は即解雇という厳しい罰も設けられている。
「皆、団長兼任の閣下が恐ろしいから、決まりは破らねぇよ!」
「なるほど」
実質騎士団最高責任者のベルメールは、口は悪いが律儀で勇猛な男だ。
きっと彼が目を光らせているのだろう。
レイデンが武勲を上げた、隣の大公国との戦でも、頼りになる男だった。
「それにしても、レイデンさんは流石スね。共同訓練してもよその連中は大概音を上げるのに、ほとんど息も乱してねぇスし」
ウィップスが感心するのに、レイデンは生真面目に答えた。
「体を鍛えることは、己の身を守ること、引いては背負った国民を守ることに繋がりますから」
レイデンが自分に課していた訓練は、この騎士団での訓練よりさらに厳しいものだった。
いちいち口にはしないが。
ーーーリオノーラ。
レイデンはそっと、肌身離さず持っている、リオノーラから預かった『恋形見』である胸元に仕舞った髪飾りに手を触れて、二人に頭を下げる。
「少し行って参ります」
レイデンは、動けない様子のアーバインに、水の入った水筒を持って近づいていった。
「せめて水分はきちんと摂れ。体を損なう」
食事を終えたら午後からの訓練に入る。
他の者達はめいめい食事を摂る為に移動し始めていた。
「ありがとう……ございます……」
隅にある木立にもたれて滝のように汗を流し、顔も上げないまま水筒を受け取ったアーバインは、一気にそれを煽って咳き込んだ。
薄茶の髪に、日焼けに慣れていないのだろう肌が黒ではなく赤に焼けている。
「ついていけないのなら、無理をするべきではない」
レイデンが横に腰掛けて忠告すると、悔しげに奥歯を噛み締めた後、アーバインは自嘲するような笑みを見せた。
「無理でも無茶でも、ついていくしかないんですよ……」
その、どこか投げやりにも目的があるようにも聞こえる物言いに、レイデンはジッと顔を上げない彼を見つめる。
「何か事情が?」
問いかけに、アーバインは初めて顔を上げた。
そして、目を見張る。
「レイデン卿……!?」
彼の驚きように、首を傾げた。
前回の戦の後、一騎兵に過ぎなかったレイデンは騎士爵を賜って騎士となり、同時に〝殲騎〟の称号を賜った。
兵卒、兵長、兵隊長、騎兵、騎士、騎士隊長、副団長、騎士団長、軍団長、の順に並ぶ序列とは別に、騎士団には功績としての名誉叙勲と呼ばれる階級が存在する。
立てた武勲や本人の能力に応じて、個別に与えられるのだが、レイデンの与えられた〝殲騎〟の称号は定められたものの一つでありながら、あまり手にする者のいない称号だった。
ーーー単身一軍に匹敵する。
そう認められた者が得る称号で、騎士爵同様の一代称号ながら、騎士団長を超える報酬を国から年に一度与えられると共に、望めば領地も得られるという破格の地位、らしい。
個人的には『最強の騎士』に近づく為に受けただけで、自分の領地や兵を持つ気もなく、自分を大層な人間だとも思っていないレイデンは、アーバインの反応に戸惑った。
「卿、と呼ばれる立場ではないが」
「ご謙遜を」
アーバインは何故か嫌そうな顔をして、また顔を伏せる。
「俺なんかと違って、素晴らしい功績を残しておられるじゃないですか。貴族学校でまともに勉強もせず、魔術もそこそこにしか使えない俺なんかとは格が違いますよ」
「貴殿は魔術が使えるのか」
「大したもんじゃないですけどね。通り一遍と、火の攻撃魔術を多少使えるくらいです」
「十分だと思うが。身体強化魔術を使えば、訓練も苦にならないだろう」
レイデン自身は通っていないが、貴族学校ではそうした魔術も習うと聞いている。
魔力を身体強化に使う術は騎士団でも習うが、元々魔導士と違って魔力量がさほどでもない者がなる騎士は、効果の薄い常時型の魔術で身体能力や体力を補助する程度が常だ。
レイデンの疑問に、アーバインが苦笑した。
「俺は強くなりたいんですよ。……ズルして手を抜く奴は、マトモな人間にはなれない」
その今までで一番強い自嘲を含む言葉に、レイデンは小さく眉根を寄せた。
アーバインとレイデン。
至極対極な二人ですが、それぞれに思うところのある二人の出会いです。
レイデンってそんなに強ぇの!? そりゃ辺境伯に気に入られるわ!って思った方は、ブックマークやいいね、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、どうぞよろしくお願いいたします。