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旅人に微笑みを、  作者: も
6/23

月に装飾

 ラディウスは窓際に椅子を寄せて、木々の間から見える月を眺めていた。


 死にかけた日の夜は眠れないものだと、眠るという行為自体が死ぬことを連想させて恐ろしくなるのだろうと、いつだったか死の淵から目を覚ました人間を眺めて考えたことがある。

 そう考えていたからこそ寝ないことを前提に外を眺め始めたのに、どうにも瞼が重い。心が騒つくようなことも特にない。


 軽く目を伏せて思い出したのは、苦しい瞬間の記憶ではなく、自分を覗き込む金の瞳。陽の光の当たり具合で、甘やかにも荘厳にも見える不思議な色。ちょうど窓から差し込む月の光と、色も感触もよく似ている。

 手に陰影を作る光はぼんやりと滲むようで、陽の光ような温度も無いため煩わしさを感じない。触れているのに不快ではない感覚が、心臓の近くで手を揺らして魔力を流していた瞬間と同じように思える。


 月の光が気紛れに形を得たら、ニケになるのではないだろうか。


「(……アホか)」


 窓枠に頬杖を着いて、詩的な表現はガラじゃないと鼻で笑ってはみたものの、どうにも間違いではないような気がしてならない。


 ラディウスは元々、魔法よりも武術の方を好んでいることもあってか動物的な直感力に優れている。

 気配であったり、毒物の有無や人の言葉の真偽、長年の城勤めによって鍛えられてしまった部分もある。その培われた鋭い感覚が、ニケを「人間」と定義していいものか怪しいと言っているのだ。


 しかしニケの正体がなんであれ、全てを呑み込めるだろうとラディウスは思っている。いっそ魔法そのものだと言われても驚かない。ただ「人類」と定義されていることを否定するつもりもないので、これらはただのラディウスによる暇つぶしの妄想だ。


 いつもはまだ執務机で書類の処理をして頭が回っている時間であるため、自然と頭が回ってくだらない思考をしてしまう。思い出してしまえば、未処理の書類が山になっていた光景が出てきて思わず溜息を吐いた。さぞ大変だろう、と。

 もう関係なかろうと、仕事の山というものは他人のものでも同情してしまうものがある。



 眠気を誘うような月明かりと、微かに怠い気がする身体に、寝てしまおうかと考え始めていたその時、コンコンと木の扉が叩かれた。

 入室を許せば、今の今まで考えていた相手が寝巻き姿で現れた。



「ラビさんすいません、枕を取り替えるのを忘れていました」

「……あぁ」



 ベッドから枕を掴んで渡してやる。代わりに持ってきたらしい枕を受け取るが、違いが全くわからない。


 ラディウスがいるのは、婆様の部屋ではなくニケの部屋。「ラビさんの部屋を作りますか?」と首を傾げたニケに、全力で嫌な顔を向けた。簡単に言ってくれるな。それに魔力が安定する数日間の滞在に、専用の部屋など要らない。


 ニケにとっても少々面倒な魔法であったために、ラディウスの嫌な顔を見て満足げに頷いた。

 しかしもう何年か経つとはいえ、亡くなった人間の部屋で寝るのは躊躇われる。かと言って十歳の少女の部屋を使うのも喉に引っかかるものがある。


 それでもラディウスが迷ったのは一瞬だった。



『このままお前に遠慮してたら、この一か月で気ぃやられんだろ』

『わぁその通りだとしても失礼ですね』



 ニケとしても、一歩引かれた関係よりもやはり図々しい方がやり易いので、楽しげな笑顔のまま頷いた。

 置かれている服や小物は可愛らしさはあるものの、少女らしく無い必要最低限の部屋。「寝る為の部屋」と言った方が正しい。むしろ作業場の方がニケの趣味が全開で華やかである。


 これがピンク色の壁やひらひらした天蓋付きのベッドだったなら、新しいシーツを敷かれても拒否していただろう。


 枕を確かめるニケが少女とはかけ離れた趣味で良かったと、心の中で深く感謝した。その視線をどうとったのか、目を合わせたニケが眉を下げてふんわりと微笑む。



「眠れそうですか?」



 ラディウスには、金色の髪の一本一本が月の光に照らされてやけに鮮明に見えた。



「……お陰様で」



 穏やかな声色に嘘はないと分かったが、ニケとしては自分が眠れるような何かをしただろうかと考えてしまう。思い当たることは特にないが、眠れるなら何よりだとすぐに考えるのをやめた。ニケは今とても眠い。



「では、おやすみなさい」

「……あぁ」



 パタンと扉が閉まったことを確認して、ラディウスはベッドへ横になった。代わりの枕は、確かにニケの物より硬い気がする。林檎か梨かの違いでしかないが。


 枕を選ばないので何を渡されても良いが、おそらくこれにも何かしらの加護が付与されている気がして目を細めた。考え通り「肩の凝らない枕」ではあるが、魔法円の見えないラディウスには分からない。

 何か付与されているのだと察せる程度には、一日でニケの生態を理解してしまったことに、フッと短く笑うような息を吐いた。







「おはようございます……」

「……なにしてんだ」

「寝ぼけました」



 いそいそとベッドから降りるニケは、寝ぼけたという言葉通り目が半分開いていない。


 夜明け前、ラディウスは扉の前に誰かが立った気配で目が覚めた。

 そのままノックも無しに入ってきたニケが、のそのそと目を擦りながらベッドに向かってくるのを黙って眺める。寝ぼけていることは分かっていたので、そのままじっくりと生態を観察していた。

 ベッドに片足を乗り上げたところで、半分閉じていた瞼が上げられて目が合う。そこから二秒、状況を把握したニケはもそもそと離れた。



「あ、ついでに魔力見ていきます」

「……後にしろ。目ぇ開いてねぇぞ」



 ラディウスが指摘している間に、既に手が心臓の近くでふわふわと動かされている。こうなっては、魔法円の見えないラディウスに余計な手出しは出来ない。手出しして自分の魔力がおかしな流れをしてしまっては困る。

 しばらく待っていると、ゆるりと緩められた口元がこちらへ向けられた。



「月までは飛べなくなってしまいましたよ」

「そりゃ安心だな」



 そうですか、とニケは微笑みながら言ってはいるが、やや残念そうな声色は隠せていない。

 ラディウスはベッドから立ち上がると、ニケの体を持ち上げてベッドの上に乗せてやった。ぼんやりとした様子で自分を見てくる金色の目に、そっと片手を翳す。

 弱い力で肩を押せば、すぐに倒れてしまった。



「寝とけ」



 既に半分ほど寝ていたのだろう。ハイだかヘイだかの弱々しい声の後、すぐに寝息が聞こえてきた。こだわりの枕とは違うが、眠い頭ではもう何でも良いのだろう。


 窓から、冷えた空気の中で緑の葉が朝露を落としているのが見える。ニケに掛けた毛布を肩まで上げて、枕で跳ねた髪を慎重に梳いて流した。


 魔法円の一覧でも読むか、とベッドの側を離れて……おもむろに窓のカーテンのタッセルを外した。静かにカーテンを閉めて、足音もなく扉から出る。



「…………保護者かっつの」



 自然と行ってしまった行動の数々に苦虫を噛み潰したような顔をして、また静かに作業場への扉を潜った。





 ニケが再び起きたのは陽の光が完全に顔を出した頃。

 作業台に齧り付いていたラディウスは、扉の開く音に頭を上げた。



「おはようございます。朝食はいりますか?」



 扉から覗いた金色の瞳は先程と違ってぱちりと開かれ、ふんわりとした微笑みに合わせて細められている。身支度も終えて、更に朝食の準備まで終えたらしい。

 ぐっ、と背中を伸ばしてから立ち上がれば、それを返答と取ったニケがキッチンへ戻っていった。

 その背を追うように踏み出した足は一歩目でピタリと止まり、元の作業台へと戻る。その上に置かれていたものを手に取って朝食へと向かった。


 テーブルに並べられた料理を見て感心したが、スープやサラダの器を魔法で運んでいたことには眉を寄せた。小さな体で重いものを持つのも見ていて心配になるが、魔力の無駄だと思わなくもない。



「厚切りにしてみました」



 パンに卵とベーコンを乗せて丸ごとトーストしたものと、新鮮なトマトやレタスを千切っただけのサラダ。スープは野菜と鳥肉のみ。あっさりとした味付けが朝の胃に優しい。


 ラディウスはそれらを一匙ずつ口に運び味わってから、おそらく年老いた婆様とやらの胃に合わせた献立なのだろうと当たりを付ける。

 実際、完食してくれないオーリアに試行錯誤を繰り返したニケの研究の成果だ。最も、オーリアには食事を完食する生活をしていなかったことも問題ではあるが、それもまた別の話である。



「野菜はこの辺りで採ってくんのか?」

「婆様の部屋の続き部屋に、菜園があります」



 何でもありか。もう溜め息も出ない。


 相変わらず綺麗な姿勢のままで匙を手に持つニケを眺めていれば、金色の髪が一束頬へ流れた。何気ない仕草で耳に掛けてそのまま食事を続けている。

 席を立ったラディウスはニケの背にまわって、顔周りの髪をできるだけ優しい手付きで後ろへ流す。簡単にハーフアップにした髪にパチンと音を立てて装飾品を留めた。


 食事の手を止めたニケが、不思議そうにしながらも慎重に髪留めに触れている。



「……これでは、わたしが見れないではありませんか」

「取るなら食ってからにしろよ」



 なるほど、と髪留めを付けた意味を理解して伸ばした手を引っ込めた。そうでなくとも今は食事中だと思い出して頷く。ニケは軽く頭を傾けて、きちんと髪がまとまっている感覚に笑みを深める。



「とても良い品ですね、おいくらですか?」

「金貨三十枚」



 装飾品、特に髪飾りなら良いものでも金貨五枚がいいところ。ラディウスも金を取ろうとは思っていないので冗談のつもりで適当に提示したが、首を傾げるニケの反応に目を眇める。



「……それは、高額ですか?」

「ぼったくりの価格だな」



 ニケは少し考えるように宙に目を巡らせてから、ラディウスに視線を戻した。



「原価が無料なだけに、かなり儲けられますね?」



 柔らかく、しかし譲らない強い瞳が緩やかに細められたことにラディウスは軽く目を見開いた。


 材料費はこちらが出したのだと、更に言えば作業する場所も工具も用意されたもので、取れるとしたら精々技術料くらいだろう。しかしそれも三百年は工具を触っていない、錆び付いたような腕前の細工師とも呼べない者が作成した作品では値段も無いに等しい。


 どこまで考えてその言葉を発したのか分からないが、平然と食事を再開したニケにラディウスは笑いが込み上げてきた。



「ふ……っ」

「何か楽しいことがありましたか?」

「あぁ……おかげさまで?」



 クツクツと一通り笑い終えてから料金は要らないことを伝えれば、ニケは満足そうな微笑みを浮かべた。その反応にラディウスも満足して匙を持ち直した。

 その後も他愛無い会話をぽつぽつと交わしながら、ラディウスはニケを眺めてもう何種類かの髪飾りを考える。次は思わず金を払いたくなるような物を作成してやろう、と。


 しかし……ラディウスの密かな決意はすぐに叶えられることとなった。







「なんですかこの素晴らしい髪飾りは。金貨五十枚払いましょう」

「待て馬鹿」



 三十でも高額である金額を更に釣り上げられ、食事を片付けたテーブルの上に、丁寧に金貨の塔を積み上げるニケの手を掴んで止めた。

 ラディウスは眉間を押さえてから、輝きの増したようにも思える金色の目を一瞥して、逸らす。



 数分前……。

 食事を終えて片付けも済ませて、また作業場に篭ろうとしたラディウスは、ニケが髪から装飾品を外している姿を見て足を止めた。

 手の中の飾りに目を落としたニケは、じっと固まったまま動かない。


 作った物の評価などあまり気にしたことはないが、ニケの反応となると自然と気になってしまう。可愛いものを作ったつもりはなく、清廉な空気を纏ったニケをイメージしたデザインになっている。しかし作ってから、まだ小さな子供には大人すぎたかと悩んだ作品だった。


 それ故に反応を見たいとしばらくそのまま待っていたが、いつまで経っても動かないニケに痺れを切らして、ついに声を掛けた。


 そして今、金を積まれている。



「要らねぇって言っただろ」

「こんな素敵な物が無料なはずありません。見てください、青と緑の魔石が綺麗に配置されていてお互いの加護を邪魔していません」

「見えねぇよ」

「あとこのシルバーの花の中心に埋め込まれた青の魔石の削り方が正しいので加護が強まっています。ほらここです、見えますか?」

「だから見えねぇよ」



 魔法円が浮いているらしい宙を指差しで教えてくるニケに、ラディウスはやや複雑な気持ちで眉を寄せる。

 正直、加護同士が邪魔し合うだとか魔石の削り方次第で加護に強弱が付くだとか、研究対象として相当気になる。しかし穏やかに興奮している状態のニケに聞く気は起きない。



「とにかく要らねぇ。遊びで作ったもんに値段なんて付けらんねぇだろ」



 ラディウスは溜め息を吐きつつテーブルの金貨の塔を崩し、ニケの鞄へ無造作に詰め込み始める。一度ではしまい切れず二度三度と運んでいれば、その手は緩い力で止められた。

 自分より低い位置にある相手を見れば、ふんわりと柔らかい笑みが向けられる。いつもと同じ微笑みに、ラディウスは何故か口角が引き攣った。



「ラビさんは今、手持ちのお金が無いでしょう? ここで稼いでいくのも悪くはないと思うのです」



 ラディウスは開き掛けた口を閉じる。じわじわ眉を寄せて、ジトリと睨むような目をニケへ向けた。普通の子供なら逃げ出すような目付きもニケには効かない。返事を促すように、ゆるりと瞬きをしてくるだけだ。


 金目の物と言えば、着ていた国紋付きの白いローブ程度。売るにしても小さな村では裏店も無いし、噂も飛ぶ恐れがあるので表では売れない。

 今は王都に戻るのは得策では無いし、必然的にしばらく金無しの野宿生活が始まる。



「(俺だけならそれでも構わねぇが)」



 見下ろして目が合ったニケが、ゆっくりと首を傾げた。旅を約束した以上、ニケにも野宿生活をさせることになってしまう。最悪「宿代くらい払いますよ」と払おうとする姿がありありと想像できる。


「(絶対に嫌だ。こいつに払わせてたまるか)」


 唇を横に引き結んだラディウスは深くため息を吐いた。



「…………金貨五枚。髪飾り程度なら、それが最高額だ」



 最初は金貨三十枚と言っていたのに随分ふんだくろうとしたものだ、と頷いたニケは、テーブルの上に金貨三十枚を出して押し付ける。ラディウスが話を聞いていなかったのかと嫌な顔をすれば、ニケは満面の笑みで頷いた。



「聞こえませんでした」

「お前めんどくさくなったんだろ」



 ザラザラとどこからか取り出した別の袋に詰めて、ラディウスの方へ押し付ける。



「じゃあ二十五枚はわたしの気持ち分です」

「気持ちっつーか、勢いじゃねぇのか」

「気持ちが無ければ勢いも付きません」



 満足げな顔が、これ以上拒否することを許さないようにラディウスへと向けられる。



「……今とこれからの授業代だと思っておく」



 金を受け取るとなると、途端に作った髪飾りの出来が気になってしまう。素晴らしいと評価を貰いはしたが、決して納得できるような物では無い。最高額の金貨五枚も貰える品ではない。

 ……付与されている加護があるので五枚でも間違いでは無いが。


 ラディウスは不満顔のまま、そのうち返済する算段をつけようと考えて、金貨の入った袋を手に取った。

 その様子を、ニケがまじまじと見つめる。その様子を見たラディウスは、嫌な予感に顔を顰める。



「……鞄が欲しいですね?」

「待て」



 ただの鞄なら貰っただろうが、ニケがただの鞄を出してくるわけがない。



「鞄自体はラビさんが作ってくださいね。空間魔法はわたしが付けますから」

「待てっつってんだろ」

「旅をするんです。無いと不便ですよ?」



 自然と、ラディウスの口元は歪められていく。



「お前のことだ、どうせ空間魔法以外も付けるだろ。そんな国宝レベルのもん渡されて、気楽に旅なんかできねぇよ。もし盗賊にスられたら……、……」



 ニケのふんわりとした微笑みの瞳に、わくわくしているような楽しげな色を見つける。ラディウスはそれを見てハッとした。



「お前まさか……防塵だのよくわかんねぇ加護付けてたのは旅のためか」

「そうです。必要でしょう?」



 柔い力で腕をぺしぺしと叩くニケに頭を抱えつつも、加護の貴重性や一通り物の相場、それを安易に差し出す危険性を教え込んだ後……結局押し切られて空間魔法付きの鞄を貰うことになる。

 全身国宝級の加護を身に付けて旅をするのかと、ラディウスは今から身が重くなった。


 その際に、ニケへの贈り物として髪飾りと新しい鞄を作ることになった。それでも対価には程遠いとラディウスは片手で顔を覆うのだが、元より燃えるゴミのリサイクルとしか思っていないニケは、ただ微笑むだけだった。





 早速作業場に篭り始めた二人は、ポツポツと会話を交わしながら穏やかに過ごしていた。無駄に高価な材料を並べたり、時折ラディウスの近くで加工を見学したりしていたニケだったが、しばらくして部屋を出て行った。


 あまり相手にしないから飽きたのか、と作業を続けるラディウスが髪飾りの細工を一通り終わらせて一息ついた頃、また作業場に戻ってきた。



「ラビさん、聞いてください」



 変わらない微笑みを浮かべながら、空間魔法のポーチから何か動物の足を掴んで引っ張る様子にラディウスは全力で嫌な顔を向ける。



「待て、ちょっと待て」

「はい」

「魔物か?」

「そうです。ホワイトウルフが罠に掛かっていたので、加工して鞄作りに使ってもらおうと持ってきました」



 ポーチの数倍は大きいであろうホワイトウルフの足が覗いている。引っかかってしまったのか、掴んだ足をぐいぐい引っ張りながらポーチの口を広げるように押さえている。

 乱雑な行動と嫋やかな手付きが、やけにチグハグな光景に思えて頭が痛い。



「素手で掴むな、違和感しか無ぇ」

「婆様と同じことを言いますね」



 懐かしげに笑いながらも、その手は足を掴んだままだ。

 ラディウスはポーチごと奪って、中身を引き出す。ホワイトウルフなんて上位種が間抜けにも罠に掛かるのだろうかと疑問に思ったが、そこはニケだからと納得する。

 それはそれは自由度の高い魔法円で何かしたのだろう、と。


 鞄にするにはウルフでは長毛過ぎではないかと毛先を確かめていると、ニケはパッとポーチに手をやった。そしてまたズルズルと何かの足を掴んで引っ張り始める。

 何故足を掴むのかと思いつつ、ラディウスはまたその手を止めた。



「……ドルヒラビットか」

「珍しい色です。これなら鞄になりますか?」



 悩んでいたことを的確に読み取って、代わりのものを提供してきたニケに思わず苦笑してしまった。

 何を考えているか分からないと言われていた城での自分の印象はなんだったのか。人によっては皮肉でもあるのだろうが、ほとんど本心だったように思う。


 ラディウスが根菜を引き抜くように魔物を取り出し柔らかい短毛を確認している間、ニケはラディウスの手元と顔を交互に観察する。

 これならば大丈夫そうだと微笑んだ。


 ただの白い毛だと思ったそれは、光の加減で青く見える。



「ドルヒラビットのほとんどは、緑がかった色をしますよね?」

「環境に左右されるってのは聞いたことがあるな」

「白と青色なんて、空から降ってきたんでしょうか?」



 さぁな、と軽く返しながら、ラディウスは作業場のどこからか見つけたグローブを手に着けた。大小のグローブがあったのはオーリアとニケの二人分である。

 しかしニケは細かい作業でなければ、全て魔法でどうにかしてしまうので、ほとんど使うことのないグローブだ。


 ラディウスはそれを見つけた時、ニケも魔物の解体をするのだと察して眉間に皺が寄った。世界一似合わない。



「……欲しい装飾があれば言え」

「作ってくれるんですか?」

「可能な限りな」



 嬉しげに手を口に当てて真剣に考え始めたニケに、ラディウスはそのまま静かにしていろと願いながら解体作業を始める。

 魔物の解体は個体によってそれぞれで、切り方によっては一瞬で腐るような特殊なものもある。最悪、爆発する魔物もいる。しかしラディウスは慣れた手付きで捌いていく。


 城での名目は「相談役」という、まるで魔物に関わらない役職だが、稀に騎士団に同行して国境間へ魔物を狩りに行っていた。狙いとしてはラディウスが魔物による襲撃で死亡するものだったが、国随一の魔法使いであり剣技にも秀でていた彼がその程度で死ぬ訳もなく。「不運の事故」として処理するために幾度となく背後を取るが彼が後れをとることもなく。

 魔物の盗伐自体もほぼ一人で終わらせてしまう為に、その腕は磨かれていく。


 力では敵わないからこそ、禁止されていた呪いの魔法円まで持ち出すことになったのだが、それでもラディウスは生き延びた。



「オイ、洗浄の魔法を掛けてくれ」

「早いですね」



 ゆらゆらと手を揺らして作業台の上に水を巡らせ、その流れで血抜きの為に吊るされている魔物へ指を向けて、くるりと円を描いた。



「Te・ust・amem」



 魔力の篭った声が周囲の空気を揺らした。ラディウスはその声にそっと目を伏せる。自分を助けた時と同じ、声に合わせて魔力が動く。


 パッと手を開いたニケが「血抜きが終わりました」と声を掛けるまで、ラディウスはじっと呪文を唱えるニケの声を聞いていた。終わった台詞を聞いて、まさか血抜きの為の呪文だったのかと複雑な気持ちになる。



「……血抜きの魔法なんてあるのか」

「そんな一点集中の魔法ではないんですけど……」



 苦笑するニケは、一滴も血を流さなくなった肉の塊を見て……首を傾げる。



「えと……どんな姿であっても愛し続けますよ、みたいな意味で……」



 説明するのは難しいと言いたげに頬に手を当てて首を傾げるニケは、空中でふわふわと手を揺らす。



「Te・ust・ame(灰になろうと愛します)m」



 魔法円を描いているわけではないようなので、ただ頭を回す為にふわふわと手が動いているらしい。


 しかしラディウスは、魔力の塊が皮膚を撫でて流れていくことを感じとった。それはニケに体内の魔力を揺らされたからこそ、魔力だと気付いたようなものだが、目に見えない何かが確かに肌をなぞっていく感覚は、意識しなければただの微風だ。



「敬意を持ってですね、命を一滴も無駄にしないことを誓う、とか……殺してしまった自分を恨まずに受け入れて、対象物を糧に生きる自分を否定しないってことで」

「わかった、もういい」

「伝わりましたか」

「いやまったく」



 聞いていると「わたしは悪くない」という我儘のように聞こえるが、要するに食前の祈りのような尊敬と感謝である。



「感謝しながら命を魔力に変えて世界に戻す……『いただきます』と同じようなものです」



 そんな世界規模の『いただきます』があってたまるか、とラディウスは眉間にシワを寄せた。


 血抜きの魔法ではなく、命を魔力に変換する魔法。

 魔力の篭った血や体液には魂が残留してしまうために、森や草木を枯らしやすい。それが死んだ者の思念によるものなのか、はたまた自らの死に気付かずに生存本能として栄養を吸うのかは分からない。

 「無駄に魔力が残って悪影響を与えるくらいなら栄養にでもなりなさい」という婆様の文句からやり始めた、ニケの魔法である。

 ただし、ニケ自身も言葉で説明するとなると複雑すぎて表現ができない。



「うんん……埋葬、風葬……意識の、沈静化……? いえ、尊敬の気持ちを伝える魔法だから……」



 ラディウスはポツポツ零す言葉を聞いて、一瞬「鎮魂」という言葉を思い浮かび目を見開いた。

 そして軽く頭を振って考えを飛ばす。


 ……魂を扱える魔法が存在している事実を深く考えるのをよそう、と。



「夕飯は煮込み料理にしましょう」



 考えることをやめたニケは、ホワイトウルフの肉の塊を持ち上げながら目を輝かせる。少女が嬉しそうに頬を緩ませて生肉に想いを馳せる強烈な光景から、ラディウスはそっと目を外した。

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