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旅人に微笑みを、  作者: も
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疑問の返答

「……ラビさん、楽しいですか?」



 ニケが住んでいる場所は、森の深くにある岩の中である。「隠蔽」「結界」、家に入ってみれば「空間」と「空調」の魔法。他にも棚や装飾に使われている貴重な魔法の加護に、ラディウスは驚きを通り越して呆れた。

 その空間は、希少価値という概念が死んでいた。



「あぁ」



 祈士や魔法使いと魔術師の違いは、簡単に言えば魔法を物体に付与できるかできないかの部分にある。「物体に付与できる複雑な魔法を作り出せるか否か」とも言われている。


 殆どの祈士は、火を出す、水を出すといった単調なもの。

 魔法使いはそれら自然の構造を理解、構築して、操ることができる。

 そして魔術師は、「狂わない時計」や「明日の天気が見える万華鏡」など、何を組み合わせたらそうなるのか分からない複雑すぎる魔法を使うことができる。

 もはや魔法の種類が違う。魔法と言って良いのかも怪しい。


 そのため一般に普及されるものは、魔物の素材や身に付けている装飾品、野草なんかに付いている自然の加護を頼っている。


 その希少性も知らず、「保温されるティーカップ」やら「勝手に棚に戻る本」を見たラディウスは、頭部が重くなった気がして、片手で顔面を支えるように覆った。

 知らないということは、幸せだったのだと思える。



「魔法円は、魔術式や文字を真似るだけでは使えませんが……見ていて楽しいのですか?」



 大岩に『空間の魔法円』を付与して作られた家は、オーリアとニケの自室、台所や浴室、生活空間、様々な部屋が作られている。その中でも一番広いのが、作業場だった。



「ん」



 ラディウスは旅をしてほしいという頼みに頷き、魔力の揺れが戻るまではニケの家に世話になることとなった。もちろん不安定な魔力のことも人間性を監視したい意図もあるが、大半はニケへの興味から頷いた。


 実際、魔法だらけの家に開いた口が閉まらなくなり、人によっては宝の山のような場所に易々と踏み込ませてしまうニケの警戒心の無さにも、目が半開きになった。

 僅かながら警戒している自分が阿呆に思えて、じわじわと眉間に皺が寄る。


 言いたいことや衝撃を全て飲み込み、作業場の本棚からおもむろに一冊の本を取り出したことで……ラディウスは、頭にあったアレコレが綺麗に消え去った。


 そのまま黙々と読み始め、現在に至る。



「ラビさん、聞いていますか?」

「……ん」



 魔法円を紙に書き起こし、簡易な紐で括って束にしただけの本。魔法円の一覧。通常では見えても模様としか思えない魔術式と魔法文字。

 表紙を開いて説明書付きのそれらを見た瞬間に、ラディウスは一度だけ目を瞬かせると、ページを捲る以外は動かなくなってしまった。



「生返事ではありませんか」

「……」



 ついには返事も返さない。

 ニケも変に遠慮されるよりは図々しい方が楽なので、この状況を特に気にすることもなく苦笑を一つ浮かべるだけだった。


 仕方なく近くの椅子を引っ張って、そっとラディウスの後ろへ置いておく。気付いたら座れば良い、と知らせないまま置くだけに留めた。部屋の照明を一段階上げて、ニケはマントの下からポーチを取り出した。


 中は自家製の空間の魔法円が付与れている。

 あったら嬉しい機能を組み合わせた、高性能の空間魔法付きポーチ。ボタンを外して開けたところで、『覗き見防止』で真っ黒な闇が広がっている。軽く手を入れると思った通りの欲しいものを掴めるし、中で物同士が干渉することもないので、土塗れの鉱石と生肉を一緒に入れていても大丈夫な安心設計である。

 鞄の素材は、ただの布では魔法を受け止める器として弱かったので魔物の皮を使っている。


 ちなみにその魔物の皮も一般的には大変な希少素材だが、森に仕掛けた罠に勝手に嵌ってくれたものなので、ニケは大して希少な素材だとは思っていない。罠を仕掛けておけば嵌ってくれる魔物の皮、という印象でしかない。


 机の横の棚を開けば、鉱石の入った瓶や魔物の牙や角が並んでいる。ポーチから取り出した鉱石をそれぞれの瓶にしまっていると、後ろからパラリと紙の擦れる音が聞こえた。



「……魔術師ってのは、お前みたいなのが多いのか」



 本日何度目か、青い瞳が呆れたように細められる。



「……というと?」

「収集と、研究」



 部屋中に並べられた棚のほとんどは可動式で三重になって、その全てにぎっしりと素材が仕舞ってある。天井から吊るされて乾燥させている植物と、壁際には魔物の皮。机の上には試験管が並べられて、一つ一つに丁寧に素材の名称が記されている。


 ラディウスが何気なく目に留めて一番気になったのは、やけに光沢のある布切れ一枚が瓶に詰められているもの。

 「一生触らない危険」と書かれた紙が瓶に下げられている。瓶の口には大きな魔石が嵌っていて、それが何か封印の魔法が施された厳重な蓋なのだと気付いて口元が引き攣った。

 気にはなるが、あまりの怪しさに見なかったことにした。



「婆様が言うには、大体の魔術師が趣味で一生を終えるそうです。こういった研究に関しては、『魔術師は己の欲求を満たす為に必要な研究を延々と続ける』と聞きました」



 とても納得しました。ニケは言いながら楽し気に手を叩く。

 ラディウスは真顔で黙ったし、つい城に勤めていた約三百年ほどのまったく楽しくない時間を思い返してしまった。無駄な時を過ごしたとまでは言わないが、楽しかったかと言われれば首を振る。こんな人生を送る種もいるのかと、溜息ではない息が口から吐き出された。

 ふ、と肩から力が抜ける。むしろ全身脱力したような心持ちになって、ラディウスは後ろに置かれていた椅子に腰かけた。


 ニケはその様子を見て、やっと座ったと嬉し気にまた手を叩く。決して乱暴なものではなく、むしろ嫋やかで静かな振る舞いに見えるそれは、少女と大人の狭間を行き来している。


「(言動が、城で見ていた貴族と……いやそれ以上に……)」


 しばらく魔法円についての会話をしながら、ラディウスは小さな姿を観察していた。

 首を傾げる様子は子供らしいが、ほとんど音もなく瓶を棚に置く仕草は上流階級のそれで、鉱石の形が花のようだと金の目を輝かせるのはいかにも少女だが、時折見せる本心を隠すような微笑みはなんとも貴族らしい。

 混乱してしまいそうな光景に一貫して言えることは……どこか眩しいとすら思える、圧倒的な存在感だった。それがニケ特有の物なのか、魔術師という生き物なのかは判断が付かない。


 不安定な魔力に気付かずに、回復魔法を使おうとして止められたことを思い返す。あの瞬間が一番顕著に現れていた。抗おうとしても抗いきれない、酷く心を惹く何か。

 王の命令などまともに取り合ったことのないラディウスが、初めて王命でも下されたかのような激情を感じた瞬間だった。



「ラビさん、わたしに何かついていますか?」

「顔」

「そうですか。それは安心しました」



 いつの間にかまじまじ見ていたらしい。

 ラディウスは適当に返事して目を逸らしたが、その返事にもふんわりとした微笑みを返されたことに考えていたことを散らした。

 どうせ考えても知れない。魔術師とは解明されていない人類なのだから。



「ラビさん、今度はわたしから質問していいですか? 一つだけで良いので」



 ス、と僅かに姿勢を正したニケに、ラディウスは組んでいた足を解いた。自然と、そうするべきだと感じた。


 城勤めだったこともあってラディウスの立ち居振る舞いは整っているが、城から出た今はもう整える必要が無いので崩れ気味である。それでも目の前の子供に、何故か姿勢を正さなければならない気にさせられる。訳がわからない衝動ではあるものの、今日何度目かのそれに慣れた。

 慣れてしまえば、そういう気になったからそうしているだけだと気付く。自分の意思であることに違いない。



「どうぞ?」



 ラディウスは平静を保って促した。

 元より、こちらから答えられないことは特に無い。一応は軽く事情を説明はしたが、他に気になる点と言えば呪いの魔術のことだろう。出所は分からないが、危険なものを破棄したいというなら万全な状態になってから手を貸そう。

 そして緩められた金色の瞳が嬉しそうな色を浮かべ、ゆるりと首を傾げた。



「貴方は、死にたかったのですか?」



 ラディウスは一瞬、全ての音が消えたように錯覚した。



「……は?」



 困ったように笑うニケに、「そんな訳ねぇだろ」と開きかけた口に手をやって眉を寄せた。真っ直ぐに、揺らぐことなく向けられる金色の瞳に、自分は一体何を聞かれているのかと改めて考える。

 考える間にも、ニケの口は疑問を並べる。



「長く身を捧げて勤めて来た場所に未練は無く、呪いまで持ち出した祈士を害する事も出来たはずなのに、逃げることを選択しました」



 滔々と静かに語られる言葉を黙って聞き、次いで言われた言葉に目を見開いた。



「諸々の判断が、早すぎる気がしたのです」



 行動が早すぎた。ずっと以前から自らの死を考えていなければ、「死ぬ」と状況を把握したとしてもすぐに行動に移すことはできない、とニケは思う。



「いつから、死ぬことを考えていたのですか?」



 咄嗟に逃げた、と言うにはラディウスは冷静で、簡単には感情のままに動くことはしない人間だと見ていれば分かる。



「理想の死に方があったのですか?」



 微笑みながら近寄るニケは伺うように見上げる。ラディウスはその仕草に心臓の裏側を覗かれたような気がして、そっと隠すように片手を胸に置いた。

 あっ、と小さく声を漏らしたニケに、ラディウスはいつの間にか伏せていた視線を上げる。



「質問が三つになりましたね。今の全部無かったことにしましょう」



 アッサリと言われて、深く沈みかけていた思考が霧散した。

 金色の瞳は元の色を取り戻し、何事もなかったように背を向ける。ニケ専用の机へ向かう様子を疲れたように眺めるラディウスは、自然と足を組んだ。



「あ、ラビさん嫌いなものはありますか? お夕飯はどうしましょう。婆様は偏食家で、食べたいものしか食べないので苦労しました」

「……お前が作んのかよ」

「刃物は危ないって言われて、殆ど魔法で作りますが」



 ホッとしたように息を吐くラディウスに、ニケはなんとなく納得がいかない。

 できるのに。なんなら包丁も使えるのに。ちょっと包丁が大きくて握りにくいけれど、ちゃんと使えるのに。



「お前の好きにしろ」

「そういうのが一番面倒なんですが」



 苦笑しつつ頷いたニケによろしくとばかりに手を挙げて、ラディウスは未だに考え続けようとする思考を逸らすために、棚から適当な本を取り出して開いた。



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