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旅人に微笑みを、  作者: も
23/23

楽しいお宅訪問

 ブラウンツリーは群生しているのが通常で、大抵一本見つかれば近くに十本はあると言われる。



「最低一キロでしたね。これは何キロくらいですか?」

「二十はあんだろ」



 楽しく歩き回った結果、三箇所の群生地を見つけた二人は、ざらざらとまるで果物の皮でも剥くように樹皮を削ぎ落とす。

 普通は短剣かナイフで地道にやるものを、ラディウスは面倒くさいと魔法で削いだ。ニケは短剣で地道にやることが楽しかったが、途中から筋力が無くなって結局魔法で削ぎ落とした。


 太い幹三本分は丸裸にしただろう頃、そろそろ行くぞと声をかけたラディウスに、集中し切っていたニケは自分の採取量を見て目を瞬かせた。時間を忘れていた、と顔に書いてラディウスを見上げれば、眉を寄せて軽く眉間を押さえる。

 お昼ご飯の時間も過ぎてしまったと残念に思いながら、ニケはバッグに採取したものを詰めて森を出た。


 それからの道程は、ニケが地図の一点を示した場所にただ向かっていった。


 しかし地図上で示したそこは住居というには森過ぎて、ラディウスは真顔になって固まった。それでもニケが示したならそうなのだろうと、自分の手前で馬の鞍を掴んで、早く発信しろと準備万端の金色の頭に手を乗せる。

 「案内頼むぞ」とだけ言って、馬を走らせた。


 馬の足で、およそ四十分。

 途中、ニケが馬の速度を聞いたので、速歩、駆歩、襲歩まで見せた。途中、流石に馬が疲れてしまったので半分くらいは馬を降りて歩いたが、ニケはかなり満足そうな顔で馬の手綱を握っていた。


 そして二人は、森か山かという景色を前にして黙る。



「……この奥か?」

「奥、かは分かりません……ちょっと待ってくださいね」



 一番手前に立つ木の前で、ニケは何やらゆらゆらと手を揺らし始めた。

 魔術師にしか見えないなにかがあるらしい。ラディウスは視線を外して、静かな森の中へと目をやった。


 百魔の森とも、旅人泣かせの森とも違う。

 背の高い針葉樹が所狭しと並ぶが、完全に光を遮り暗澹としたような場所はなく、そこここに太陽の光が地面まで落ちている。お陰でかなり奥の方まで見えるが、逆に眩しさのせいで最奥までは見えないようになっている。


「(……普通の森にしては、静か過ぎる……)」


 光が差し込む姿から希望か、葉の揺らぎすら微かであることから静寂か。ニケのように森の雰囲気を表現してみたものの、違ったらバカらしいと言葉にすることはない。

 ラディウスが暇潰しに観察していると、ニケが何かをしていた木の上から鳥の声が聞こえた。



「ピキョピキョヒュゥーイッ」



 それはバサバサと音を立てて、木の上、森の奥へと飛び立った。



「……鳥?」

「呼び鈴の鳥です」



 ラディウスは薄く開いた口を、奥歯を噛んで閉めた。

 鳥かどうかを聞いたつもりだったが、それは鳥の種類だろうか。一瞬で放棄してしまった思考を、これまた一瞬で拾い上げる。魔術師と居るのだ、何が起きようと不思議ではない。そう考えて今日も心の安寧を保つ。


 しばらくすると、どこからか葉っぱを踏むような音が聞こえて来た。サクサクと軽快に、少々焦ったように、眩しい光の中から走って近付いてくる。

 その足音はゆっくりと止まり、小さく呟くように声を漏らす。



「ほ、本当に来た……!」



 それは木々の間から、若々しい色を覗かせた。



「はぁ……感動ですっ!!」



 新芽の化身のようなその少年は、目をまんまるに丸めて喜んだ。


 本当に来た、とは。来ると思っていなかったような反応に、ラディウスは目を細めて訝しむ。

 少年は黄緑色の髪に黄緑色の瞳を輝かせて、二人の姿を嬉しそうに見つめる。森の奥に住む妖精か何かかと思う程に光に満ちた光景に、ラディウスは旅人泣かせの森との落差に若干目が眩んだ。

 ハッと現実に戻った彼は姿勢を正すと、深々と頭を下げた。



「は、ほ、本日はっ、依頼を受けて下さり、誠にありがとう存じます!!」

「まぁ……いえいえ、ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ素敵な依頼をくださって、大変感謝しております」



 何をそんなに畏まってるのか。

 ラディウスは眩しい色をした二人に、何故だか色以外の疎外感を感じる。非常識同士が挨拶を交わして常識のように見えている中、その挨拶に疑問を抱くラディウスの方が非常識に思えるからだろうか。

 ニケはまだいい。相手の畏まった言葉に遊んで返していると分かる。しかし少年の方はどうだろうか。どこか勉強して来た言葉使いを使っているような気がする。



「お二人様、遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました!」



 胸元で手をぎゅっと握りながら、本当に嬉しそうな表情で頭を下げる。ニケは微笑んで、また「いえいえ」と手を振って宥める。

 部下と上司のような。どこかの子爵が犯した失敗を、どこかの公爵が肩代わりして精算した時と同じ光景だった。なんとも言えない場面を思い出してしまったラディウスは、口端を横に引っ張った。


 そもそも、どちらかと言えば金を出す依頼人の方が立場的には上だ。それでもこうして畏まっているのは、旅人ギルドの仕組みや知識自体がほとんど無いのか。

 それともこの腰の低さは、彼の性格か。


 圧倒的に後者な気がするラディウスは、軽く握った片手で眉間の皺を隠した。



「お前が依頼主、でいいのか」

「あ、はい!」



 どこか圧のあるラディウスに恐れ慄きながらも、次の瞬間には顔をへにゃりと緩めた。照れたように胸の前で指先を合わせて、黄緑色の髪を揺らす。えへへ、と笑った彼は指先を揃えて誇らしげに言った。



「ボクはシュネット。『記憶の魔術師』です」



 どうぞよろしくお願いします、と丁寧に頭を下げる。

 その挨拶に反応を示したのはニケだった。ラディウスは視界の端でピクリと跳ねた頭と、揺れた髪飾りを見た。表情はよく見えないものの、手がゆっくりと持ち上がり、じりじりと足が踏み出される様は、どこか興奮しているように見える。

 ラディウスの見解は当たっていたらしく、ニケは前のめりにシュネットへ近付くと、その肩をポンと叩いた。


 シュネットが頭を上げた先には……この一瞬だけは世界で一番輝いているであろう好奇の瞳があった。



「なんですかそれは! まじゅししには役割があるのですかっ?」

「ひょわぇっ!? ちち、ち、近いです、近いぃぃ……!!」



 飛び上がって一歩さがるシュネットに、ニケは構わず一歩を詰める。顔を赤やら青やらにするシュネットは喋るどころではなくなっている。

 話もできないのでは進まないと、ラディウスはニケを捕まえて小脇に抱えた。それでもニケはシュネットに向かおうと興奮に身動ぐ。



「記憶のまじぁすひって何ですか!」

「いやそうはならねぇだろ」



 興奮しすぎた滑舌は過去一の頼りなさをみせる。

 何度かニケの頭を軽く叩いて落ち着かせたところで、ラディウスは首を傾げた。



「魔術師の挨拶みてぇなもんか」

「そっ、そうです」



 ラディウスの言葉に慌てて頷いたシュネットは、小脇に抱えられて尚前のめりのニケに目を瞬かせながら説明してくれる。



「そ、その魔術師が何に興味を持って、何が好きで、何に夢中になっているのか……自分の知識のベクトルがどこへ向いているのかを、すぐわかるように……自分が得意としているものを誇る為、でもあるそうです」



 未だに目をキラキラさせてシュネットを見つめるニケは、挨拶、夢中、誇り……と呟いて嬉しそうに微笑んだ。



「素敵な挨拶ですね! 私たちは、貴方が初めて会うまじゅつちなので、その常識が分かりませんでした」

「えっ、ぼ、ボクが初めてですか? そ、それは緊張してしまいます! せ、責任重大では……!?」

「重大です」

「重大だな」



 ひえぇ、と情けない声を上げて涙目になるシュネットに、ニケはニコニコしながら頷いた。

 先ほどより比較的大人しくなったニケに、もういいかとそっと地面に降ろしたが……いやまだかと測りかねて、頭を撫でるフリをして前に出ないように押さえた。念の為である。


 そしてその頭が動いたと思えば、ニケは困ったように眉を下げてラディウスを見上げた。



「私は何のまじゅつちなんでしょう?」

「……」



 何かと言われたら、首を傾げてしまう。


 そもそも人類から特化している魔術師である。また更に細分化するのかと、面倒くさそうに眉を寄せた。更に言えば、判断材料も少ない。ラディウスにとって、出会った魔術師とはニケとシュネットだけだ。

 なんなら魔術師にも出来ることとできないことがあるのか、とたった今理解した。



「ボクの知り合いは『可能性の魔術師』と『不在の魔術師』のお二方です。噂だけなら『花園の魔術師』という方もいらっしゃるそうです……」



 確かに名称だけで何に特化しているのかなんとなくわかるような、分からないような。

 納得できるようなできないような。シュネットの話を聞いた二人の顔には、小難しい色が増したように思う。


 ラディウスはニケの家で千を超える魔法円の資料を見ているが、何に特化しているかと聞かれたら全く分からない。用途も様々、ジャンルも様々、素材だって植物から石から布から空間から……その都度欲しい機能を考えて開発しました、と言わんばかりの魔法が多かったように思う。

 あと途中からジャンルごとの整頓がされてないことに、ラディウスは若干苛々した。生産に整頓が追いつかなかった跡があった。諦めるな。


 ラディウスはニケと同じ方向へ首を傾げて、答えた。



「…………生活の魔術師」

「わぁ耳障りが良いですね。生活の役に立つ豆知識とか、沢山知ってそうです」



 ちょっと気に入ったらしいが、褒めながらも指でバツ印を作っている。ちょっとだけ気に入ったので否定はしない。でもなんか思てたんと違う。

 困ったように首を傾げるニケとじっと遠くを見て考えているラディウスに、シュネットが声を掛けようか迷っているその時……、馬がぶるるっと息を吐いて前足で地面を引っ掻いた。


 馬の首を何度か叩いたラディウスは、ポツリと呟くように漏らす。



「……旅人の魔術師」



 その呟きに金色の瞳は輝き、見上げた先にある顔に微笑んだ。

 青い瞳はその輝きを受け止めて、瞬きを一つ。



「こんなにも貴方が居て良かったと思ったことはありません」



 どうやら気に入ったらしいと、ラディウスは息を吐き出してからその顔に手を伸ばす。



「今まで教えてきたことは大して良くなかったみてぇな言い方だな」

「そん、っに、ひゃひふあぁ……!」



 頬を摘まんで横に引っ張る。

 会ったばかりのラディウスには、この高級品に軽々しく触ろうなどと……まず触るという概念すらなかったが、今なら分かる。所作から表情から嫋やかではあるが、その中に揶揄うような色が混じるのだ。そういう時は容赦しなくていい。そもそも外身が高級なだけだ。


 あわあわしながら見ていたシュネットは、ニケが変わらず楽し気に笑うので、これがただの戯れだと分かった。

 そして……少しの羨望を込めた目を二人へ向けて、ひっそり笑う。



「んぷぁっ……顔の形が変わったかもしれません。慰謝料を請求します」

「タチ悪ぃ。また変な本読んだな」

「変じゃありません。『スラムの矜持』という本です」

「……変だろ」

「なんと……」



 図書館の館長に勧められて借りたものだが、普通の本ではなかったのか。驚いた顔で頬を押さえたまま首を傾げて、気を取り直してシュネットへと向き直った。

 頬を触って摘ままれた跡を直してから、金色の瞳は緩められる。


 ……高潔に、高貴に、自分という生き物に誇りを持って、微笑む。



「『旅人のまじゅちし』、ニケです」



 見てくれだけは最上級なだけに滑舌で全てが台無しになる。……とは口に出さないまま、ラディウスは「付き添い、ラディウス」と淡々と名乗った。

 これからも隣にいるなら、こうしてキマらない挨拶を聞くことになるのだから、いちいち口を出していられない。何より、本人が満足そうに笑っているのだから邪魔するのもアレだろう。めんどうくさいと言う気持ちも、まぁある。



「ニケさんと、ラディウスさん……! あ、あぁあの……っ」



 胸の前で両手をギュッと握りしめて、シュネットは意を決したように顔を上げる。



「よ、よよければ……うちで、お茶でもいかがでしゅきゃっ!?」


 あぁいえあの急いでいるなら別にいいんですでもこんな街から遠い場所まで来て頂いたのですから何か報酬以外にもお手間を取らせてしまった謝罪といいますか感謝といいますかとにかく貴方がたに何かお返ししたい気持ちが大きく膨れて胸がはち切れそうでして……!!


 何をそこまで緊張しているのか、ニケとラディウスは互いに顔を見合わせて、特に先の予定があるわけでもないとラディウスの青い目が瞬きを一つ。

 それどころか、二人共がシュネットというニケ以外の初めて会う魔術師に興味を持っている。



「是非、お話したいです」

「……!」



 パァッと晴れた顔に、ラディウスはまた直視出来ない輝きを見て目を逸らした。

 隣の金色と同じく黄緑色にも慣れたら普通に見ることが出来るのだろうか、と目頭を指で押さえる。魔術師は皆眩しいのだろうか。光を軽減させる色付き眼鏡でも掛けようか。ラディウスはくだらないことを割と本気で考えた。



「で、では案内を……」

「あ、馬の御方はどうしたらいいでしょう?」

「あぁっ、すみません。馬様もご一緒にこちらへ……」



 ニケは完全に遊んでいると分かるが、相手はどうなんだ。ラディウスは未だ掴み切れない依頼主から目を逸らし、バレないように深く溜息を吐き出した。

 馬を気遣い始めたシュネットがどうか常識のある魔術師でありますように、と願う。もう無理だろうか。


 森の奥へ案内される途中、ニケが何度か指を立てて「あの木にも魔法円がありますよ」と木を指し示した。が、ラディウスには見えない仕様になっていたので首を振る。

 そもそも見えては怪しまれてしまうものだろう。例え見えたとしても魔法円というものが広まっていないから、怪しまれる心配はないのか。


 シュネットの森も、ニケの森の反射と同じく、入った人が奥までは入れない仕組みになっている。

 ニケの森は入って進んだハズがいつの間にか後ろへ進んで、勝手に森を出ているというものだ。一方シュネットは、入って進んではみるものの「何も無い」「奥まで行かなくていいか」「帰ろう」という気分にさせる。そして自然と帰っていく。


 自然な思考で森を出ていくので、「百魔の森」などと名前を付けられて恐れられることはない。ただただ普通の森だとしか思われない。


 歩きながら説明を聞いたラディウスは、対策の差は性格が出ているのだろうか、と目だけでニケを見下ろす。

 目が合ったニケは、なんだかよく分からないが失礼なことを考えられている気がして、とりあえず微笑んでみた。二秒目を合わせたが、ふいっと目を逸らされる。

 気になったニケがほんの少し服を引っ張るが、ラディウスが口を開くことはない。



「こちらです」



 立ち止まったシュネットに合わせて、着いてきた二人の足も止まる。

 そこは周囲の針葉樹と比べて、比較的低い木が一本。木の枝には洗濯物でも掛けるように、何枚かの布のようなものが垂れ下がっている。


 そして木の枝に掛けられた数枚のカーテンを、シュネットはそっと捲り上げた。



「わぁ……」

「……」



 ……その隙間から見える景色が、既におかしい。


 ラディウスは布の周りに森林が広がることを確認してから、もう一度布の向こう側を見る。切り取った絵を貼り付けたようにそこだけ景色が違う。

 布の向こうには本棚が並び、何か装置のような物が覗いている。


 布を片手で押さえながら、シュネットは揃えた指先を恭しく中へと向けた。

 少し跳ねるような足取りで、なんの警戒も躊躇もなくニケが吸い込まれていく。それを追って、ラディウスもその布の向こう側へと踏み込んだ。



 ―――そこは、夜明けの赤紫が混じる空に星が輝く……大きな図書館だった。



 ランプルの図書館と同じく、円柱形の構造で二階建て。天井は無く、代わりに明け方の眩しすぎない空が広がっている。

 所狭しと並んでいる本棚も壮観ではあるが、一番気になるのは真ん中にある大きすぎる天球儀だった。


 アーミラリ天球儀、渾天儀(こんてんぎ)とも呼ばれる形のそれは、中心に球体に沿うように幾つかのリングが周囲を回る。縦横斜め、折り重なるように球体の周りに設置されて、ゆったりと回って動いている。

 リングには測量の為の目盛りが刻まれ、一つには飾りが吊り下げられて揺れている。飾りといっても無駄な装飾は無い。魔石の入った透明の箱が幾つか連なっていたり、何かを知らせる為に音の鳴る装飾や、角度によって色の変わる装飾なんかも下げられている。どれも用途は不明である。

 中心の大きな球体は表面が水で覆われ、ゆらゆら揺れて不思議な存在感を放っている。よく見れば、中には無数のぼんやりとした光の球が見える気がする。しかし何故か目で追っているはずなのに捉えきれない、不思議な光球だ。


 ニケもラディウスも、その景色に圧倒されて、足を止めたまま美しい景色に魅入ってしまった。



「わぁ……! 人の観測装置ですか?」

「はいっ、そうです!」



 人の観測装置、と聞こえた辺りでラディウスは造形の美しさを讃える思考が一気に傾いた。

 芸術の博物館ではなく、人間の研究施設の方だったのか。一体人間の何の観測をするのか。倫理観は生きているか。

 顔の角度は天球儀から離れないが、見る目は確実に変わった。瞼が半分下り、天球儀から焦点をズラす。ぼやけた視界では辛うじて水面の揺れが見えるだけだ。

 理解できない魔法を、ラディウスは直視出来ずにいる。


 採取物はこちらにと木箱へと案内され、そこへザラザラと大量の木の皮が投入された。納品を終えてからも、ラディウスとニケはぼんやりと天球儀を見上げる。考えていることが真逆の為か、目の輝きは全く違う。



「ぼ、ボク、人の人生が大好きで……どんな人でも、一生しかないでしょう? 一度きりの人生で何に感動して生きたのか、とても興味があります。人は、感動して生きる生き物ですから」



 照れたように頬を染めて、忙しなく胸の前で手を組んでは離して、はにかんで笑う。



「人は、生きて死ぬまでが一冊の物語なんですよ」



 幸せな溜め息を吐き出す様は、恋する乙女のような憂いすら覗かせる。

 それを見たラディウスは「あぁ同種だ」と納得する。ニケとは違うものに心を奪われてはいるが、同じように楽しいことを追求している。

 おどおどした性格ではあるが、好きなものに関しての説明が次から次へと止まらない。



「この装置で人の生を一冊の本にしています。あっ、もちろん、見せたく無い隠したいものは隠して頂いてますよ! 載せる情報は任意です!」

「へぇ」

「個人の意思が尊重されているんですね」

「はい! でもみんな、もう自分は死んでるからって明け透けにいろんな秘密も教えてくれます。公爵家の金庫の番号とか!」

「……へぇ」

「個人の意思が尊重されているんですね」



 ふふっ使用する気はありませんよ、と楽しそうに笑うシュネットに、それがいいと思います、と楽しげに微笑むニケ。この本の数だけ人の暴露話があるのかと、真顔で本棚を見渡すラディウス。

 人の政治に興味のない魔術師で良かったと軽く額を押さえた。


 こちらからもっとよく見えますよ、と楽しげに案内されて、シュネットは天球儀の水中に見える例の光の玉を指で示す。



「この一つ一つが、あの……亡くなった方の意識、意志というか……意識のある命? のような……えーと……」

「あぁ……いい、わかった」



 魂、とラディウスは口元を抑えて苦い顔をする。ニケの時もこうして「魂」という言葉を使わずに「鎮魂」の説明をしようとしていたことがある。

 魂という言葉を知らないのか、それとも魂という言葉では表せない何かなのか、それは魔術師の共通の感覚なのか、それともこの二人の個性か。

 問いただしたいが、ラディウスの直感が「止めろ」と制止をかけてくる。何故か、それを聞くことを恐れている。魔術師の深淵に触れそうで言葉にできない。

 むしろ二人の個性だったと、肩を落として呆れて終わりたい。



「ボクは『意識のカケラ』と呼んでいますが、知り合いは幽霊だって言って怖がります。でもボクは幽霊を見た事はないし、幽霊と違ってこの光が何から構成されているものか分かるので、やっぱりちょっと違うかなと思います……。す、すみません、分かりにくいですよね」



 ラディウスは視線だけシュネットへ向けていたが、高尚な話を聞いたような心地で目を天球へ戻して、水面に輝きを反射している光の塊を眺める。

 ニケは少しだけ唸ると、ラディウスの方へ向けて声を飛ばす。



「死んで肉体を無くすと、魔力が繋ぎ止める『意識と意思の塊』になります。魔力は肉体に依存するので、肉体が無くなれば『意識と意思の塊』はそのうち自然と霧散します。しかしその中には、稀に魔力が残ったままの命があって、そうするとその塊は魔力に繋ぎ止められて地上を漂います。……ラビさんは見ましたよね? 私が魔物を解体するとき、無暗に塊にならないように魔力を散らして世界へ還します」



 あぁ、とラディウスは声を漏らす。狩った魔物の血を魔力に変えていた場面を思い出した。そう考えると、肉体と言うよりは『血』に魔力が含まれるのか。いや肉体と言っているからには、血肉のどちらにも魔力はあるのだろう。

 そして魔力を散らすひと手間が無ければ、世界を漂う魂が発生するかもしれない、ということらしい。



「ぼ、ボクは本として記す事で、その人の魔力を世界へ還します」



 本も手に入るし塊も解消できるし一石二鳥だとシュネットはニコニコと笑う。

 ラディウスは天球儀の光の塊を眺めながら、魔術師二人の話を真剣に聞いてはみるものの、やはりところどころで会話が理解の外へ出ていく。

 世界を構築する万物について、理解できている範囲が違うのだろうと諦めながらも、耳はそちらに傾けていた。


 天球儀の中には、死んだ人間の『意識のカケラ』『意識と意思の塊』が迷い込む。

 そのカケラに協力してもらって、残った魔力とシュネットの魔法円を合わせて一冊の本にする。


 何をどう組み合わせたらそんな魔法が作れるのか、ラディウスには分からない。

 分かった事があるとすれば、この空間はたった二階しかない縦に対して、横は奥行きがあり過ぎて先が見えない非常識な広い空間である事。そしてその全ての本棚に、人の人生が並べられているらしい事。

 この量を読んだのなら見た目が少年であっても、もう相当な年齢なのではないだろうか。

 ラディウスが呆れるほどの量の本を遠目に眺めていると、ふと輝く目がこちらに向けられていることに気付いた。しかも二つだ。金と黄緑だ。まぶしい。



「ラビさんも本の内容が気になりますか?」

「も、って何だ」

「ぼ、ボクのおすすめの本はこちらに準備してありますよ!!」



 ニケは面白そうなタイトルに馬鹿正直に釣られてフラフラと近付いていく。


「(こいつ、第一声に『本当に来た』つってなかったか……)」


 自分たちが来る前に用意されている。しかも、来るか来ないかも分からなかった、自分たちにである。


 ラディウスは静かに周囲を観察しながら考える。

 練習したような出迎えの挨拶、ゴミ箱の横の紙束と、そこここに積み上がった本は急いで片付けた跡にも見える……そして座り心地の良さそうなソファと長テーブルにはティーポットとカップ。既にお茶の準備がされている。


「(……人と話せて楽しい、か)」


 森で会ったニケもその気があった。構いたがりというか、用があっても無くても振り返って存在を確かめてくるような。それでいて嬉しそうな雰囲気を醸し出す。

 ラディウスは若干残してあった警戒心を緩めた。

 要するに、彼は友達が欲しいのだ。



「この本は『国を渡り歩き色仕掛けを成功させ続けた魔女』の話です」

「読みましょう」

「却下」



 何故ですか?お前にはまだ早い。百十歳ですが?見た目考えろ。愛らしくはありませんか。愛らしいガキだな。この本はきっと人心掌握の本ですので後学のために読みたいのです。……自慢話だらけだぞ。それはそれで読みたいです。


 ニケの手の届かない場所でペラペラとページを捲り、音を立てて閉じる。

 国によって「魅力的な女性」は異なる話だ。太っていることを美しいとしたり、積極的に執着してくる女性を喜ぶ国民性だったり、確かに人心掌握といえばそうだ。

 しかし直接的な表現や色仕掛けのやり方、路地裏に男を連れ込むための作法なども事細かに載っている。

 破天荒な婆だったとはいえ初代女王、そんな良質なものを見て育ったニケはやはり良質に育っている。そこにこのような俗っぽいものを混ぜるなど……。


 淑女然としたニケが、嫋やかな所作で誘うように男に触れる。それは純真無垢な表情にやらしさを取って付けたようなもので、一部の好事家に大変刺さりそうな光景である。

 ラディウスは真顔で想像して、真顔のまま想像を消した。


 片手で目を覆うと、俯いて少しだけ首を振る。



「……無理」

「わぁラビさんがこんなにも落ち込む姿を初めて見た気がします」



 ニケは仕方なくその本をシュネットに返した。

 返されたからといって残念そうな顔は然程しないまま、シュネットは次から次へと本を紹介する。中身を簡単に説明してはラディウスに合否を確認して、途中でまたニケと言い合いになった。本のタイトルは『義姉を好きになったので義弟として許されるギリギリを攻めて結婚まで至った話』である。ラディウスが検閲をして、ティーカップの縁を舐める、下着を盗むなどの過剰な愛情表現と、後半に行くにつれ合意の下ではあるが既成事実の話があったため却下した。


 ちなみにシュネットの感想は「愛したいと思う相手は人それぞれなのだと深く感動しました」というものである。こいつは何故俗世に染まっていないのか、ラディウスはついうっかり尊敬してしまった。

 同じように純粋なままで知識だけ蓄えるなら読ませてもいいかもしれないが、ニケは覚えたことは実践に移すだろう。なんなら各地を旅しようとしている今、色仕掛けの魔女については実践できる現状にある。

 ラディウスは改めて無理だと悟って目を瞑った。



「じゃあこちらの一冊は…………っ、あ!」



 ……頭の上の方から、キン、と石がぶつかり合ったような音が聞こえた。


 夢中になって喋るシュネットが、黄緑色の瞳を丸くしてそちらへ振り返る。

 見上げたそれは天球儀の、その周囲の輪に吊り下げられた緑と紫の石であった。

 嬉しそうに笑ったシュネットはニケとラディウスへ振り返り、興奮気味に言う。



「今から、ボクが楽しみにしていた方の製本を始めますが、ご覧になりますか!?」



 見て欲しい。絶対見て欲しい。

 犬が宝物を飼い主に見せに来たような瞳だ。ラディウスもニケも、大きな天球儀がどう稼働するのか興味があるので、見せて貰えるなら見たい。

 よろしくお願いします、と言う楽し気なニケに合わせて、ラディウスも頷いた。



「あっ、その前に紙を作らないと……」



 待っててくださいね、と慌てて何かの装置へ向かっていくシュネットの後ろを……二人が続く。

 天球儀に目を取られすぎて、部屋の端の実用的な装置に目がいかなかった。シュネットはブラウンツリーの皮が入った木箱を台車で運び、装置の中にザラザラと雑破に投げ込んでいく。

 紙を作る装置の側で、まさにこれから作動させようと魔法円に手を置いた。



「えと、これも見ますか? 製紙作業なんて、見ても面白いことは特に無いんじゃ……」

「とっても面白そうですよ?」

「こいつは何にでも馬鹿みたいに興味がある」

「あっ……えーと、そ、そうなんです、ね……?」



 馬鹿みたいに、というところでニケがラディウスを微笑みながら見上げて、何事もなかったようにシュネットへ目を戻して変わらぬ柔らかさで微笑む。怒ってはいないけれど何か圧をかけられているような気がして、シュネットの言葉が尻すぼみに消えていく。

 それでも興味を持ってくれたニケに、近くへどうぞと手招きした。


 面白そうと言ったニケに嘘はない。初めてみる製紙の作業場。しかも魔術師の作った魔法円を使った装置である。

 どちらかと言えばこうした細々した機械の仕組みに興味があるのは、ラディウスの方だ。ニケの後ろで、いつもの見飽きた景色を見るような目では無く、いつもより一割ほど瞼が持ち上がっている。

 ほんの少しの変化ではあるものの、ニケは楽しそうなラディウスに気付いて口端を上げて頷いた。相方が幸せそうで何よりだ。


 「それじゃあ、動かしますね」と、装置に描かれた魔法円に片手を翳したシュネットは、緊張した面持ちで口を開く。



「Stel・sci」



 小さく柔く自信の無い声に、周囲の魔力が動きだした。赤紫の天に輝く星が魔力の揺らぎに合わせてチリチリと瞬いている。

 性格と声に比例しない雄大さを感じる魔力の流れに、やはり魔術師の使う魔法は、魔法使いのものとは違うのだろうとラディウスは感覚を研ぎ澄ました。


 ニケの人の心を撫でるような不思議な発音とは違う、シュネットは小さなものを大量に揺らして漣を起こすようなものを感じる。



「……意味は」

「『星々の知識』ですね」

「お前のは」

「秘密です。恥ずかしいので」



 人のは簡単にバラすんだな。人のは素敵に聞こえます。俺にとっては全部「人のもの」だ。じゃあラビさんの座右の銘を教えてください。……ねぇな。ホラ恥ずかしいでしょう?無いつってんだろ。


 なにやら口論を始めたニケとラディウスを、シュネットはハラハラしながら声を掛けるべきか悩んでいると、装置に刻まれた魔法円が薄く光りはじめた。


 同時に、装置が起動するお気付いたラディウスとニケは、樹皮が浸されている水槽の前にビタリと張り付く。


 口論が止まって二人並んで水槽の前に居ることに、シュネットはホッと胸を撫で下ろした。


 変化が起きるのを待っていると、次第に水槽の中に沸々と泡が湧き始めた。その泡が樹皮を浮かせては落として、必要な部分以外を優しく削ぎ落とす。分別された樹皮は隣の装置へ吸い込まれ、更に別の種類の水に浸けられ溶かされていく。


 隣の魔法円がぷわりと光を放ち、溶かされて繊維状にまでなった樹皮が隣の装置に運ばれ……。


 木のローラーに吸い込まれるように挟まれた。


 …………かと思えば、いきなり紙になって出てきた。



「わぁこうやって紙が出来上がるんですね」



 途中まで面白く見ていたラディウスは、最後の最後に木のローラーがやらかしたことに、口は開いたし眉間に皺も寄った。

 とりあえず、間違えた知識は正しておこう。



「ちげぇ」

「違うんですか?」



 出来上がった紙しか見たことのないニケは首を傾げる。その近くではシュネットも首を傾げる。

 二人の様子に説明を諦めたラディウスは、出てきた紙を手に取って眺めた。

 ブラウンツリーから製作されたものだけあって茶色気味だが、仕上がりは王宮で使えるほどに上質である。


 パラパラと音を立てて次々に積み上がる紙を適当に持ち上げたシュネットは、そのまま天球儀の側へ。

 リングの一つを回すと、吊り下げられた魔石が三つ、シャランと音を立てて降りて来た。その一つに紙を寄せれば、とぷんっと水に沈むように紙が魔石の中に吸い込まれていく。

 それを見て目を見合わせたラディウスとニケは、製紙されて積み上がる紙を、同じように適当に取ってシュネットの下へと運ぶ。

 「お客様にそんな……!」と恐縮しきっている姿にニコリと微笑んだニケは、「やってみたいです」と好奇心を金色の瞳に乗せて頷いた。黙ったまま後に続いているラディウスと、跳ねるように歩くニケを見比べてから、シュネットは少し嬉しそうに深々と頭を下げて、長々と感謝の言葉を並べ立てる。

 そのうちに、またキン……と石が音を立てた。



「催促ですか?」

「本当に意思があんのか」



 不思議そうに、水を漂う光の玉を見るラディウスが一つの玉を目で追う。それは一点で止まってユラユラと揺れて、すす、と逃げるように天球儀の裏側へと逃げていった。

 まるで観察の目を逃げるような動きである。何とも言えない顔で、ラディウスは口端を横に引っ張った。


 紙はもう十分だと、シュネットは天球儀のリングをゆっくりと回していく。

 


「今から……ボクが一番読みたかった方の製本を始めます」

「どなたですか?」

「魔法使いの国の賢王、ウィンクルム様です」



 シュネットはキラキラとした黄緑色の瞳を、ニケはくるんっと振り向いてキラキラとした金色の瞳を、同時にラディウスへ向けた。反射的に嫌そうな表情を浮かべてしまう。明るい。眩しい。

 小難しい顔をして黙ったまま、ラディウスはそんな国は知らないと意味を込めて首を振る。

 ニケはシュネットへ向き直った。



「魔法使いの国があるのですか?」

「おそらく。あ……正確には、あった、という過去形になります。約千二百年前に滅んでしまったそうです」

「何故でしょう?」



 天球儀の側に置かれた作業用の階段を登り、シュネットは天球へと手を伸ばした。



「……ボクもそれを知りたくて、今から本を開くのです」



 なんて素敵な目的だろう。

 ニケは昂る気持ちから思わず隣りにある手を掴むと、そのままシュネットの近くへと引っ張る。相当興奮状態にあると気付いたラディウスは、されるがままに引っ張られることにした。近くで見られるならその方が良いし、はしゃいで何か引き起こすより、遊んで気がまぎれる方が断然良い。


 自分の真後ろに二人が着いたことを確認したシュネットは、少し緊張した面持ちで天球の周りを囲う計測器を回した。



「Vi・bibl」



 手動で回した計測器は、ところどころに嵌め込まれた魔石によって自動で回り始める。


 また違う魔法の言葉を聞いた。ニケの隣にしゃがめば、嬉々として耳元に口を寄せてきた。『人生の図書館』と潜めた声で答えを教えてもらう。

 ねだったわけではなかったが、教えて貰えるに越したことはない。軽く口の中でシュネットの言葉も繰り返してみたが……一瞬、しっくりこない感覚に侵された。不思議な感覚にこめかみを押さえるが、すぐに目の前の天球儀が動き始め、自分の感情の正体を追うことを諦める。



「はぁっ……見てくださいラビさん」

「見てる」

「あの水面に二十か三十の魔法円があります」

「見えねぇ」

「周りの輪っかは魔力の伝わり方が滑らかですよ、見てくださいホラ」

「見えねぇつってんだろ」



 一応見るには見る。空気中の魔力の流れなら何となく感じ取れるが、物質の中の魔力の伝わり方となると分からない。

 興奮し切ったニケはラディウスの服を掴んで、穏やかにはしゃいでいる。隣りをやや煩く思いながらも、ラディウスもその光景に魅入っていた。


 暫くして、シュネットは天球儀の周りを回るリングの一つをコンコンと叩く。吊り下げられた箱の一つに手を伸ばし、その中の紙束を手に取った。



「……っ」

「どうしました?」

「は、あっ、すいません……。で、でも金色さん! ここを見てください、このページです」



 急いで階段を降りてきたシュネットは、本を開いて見せてくる。

 受け取ったニケは少し高めに持って、後ろから覗き込むラディウスに高さを合わせた。


『魔法使いの国は、地図上に存在しない。

 海の上に大陸を一つ、私の魔法で作り上げた。言わば幻想大陸だ。

 千と四百の年齢になって、自らの寿命を悟った時、単純に心の衰えを感じ始めた。それと同時に幻想で作り上げていた大陸は崩壊を始め、魔法使いの国は滅んだ。

 集まった魔法使いたちは散り散りに、また各地で息を潜めて生きることになっただろう。

 私が望んで自分勝手に作った国は、私一代で自分勝手に終わったのだ。』


 魔法使いの国は存在した。

 どこかの大海原にひっそりと建国され、魔法使いが自由に闊歩していた国。

 人が立ち入ることのできない場所で、魔法使いの為だけに用意された国。



「……大陸を作れるの莫大な魔力なら、人の世界の支配も可能だったんじゃねぇの」

「んー……ふふっ、きっとそうしたくなかったんでしょうねぇ」

「なんで」

「読めば、どこかに答えが書いてあると思います」



 その答えを、ニケは知っている気がした。


 初代女王と祀り上げられたオーリアも、さっさと逃げてしまえば良かったものの、結局国としての基盤を固めるまで女王として渋々君臨していた。文句を垂れながらも、結局女王としての務めを果たした。

 そして隣に居るラディウスにもその傾向がある。明らかな過労であろうと、課せられたものを投げて立ち去ることは死にかけるギリギリまでしなかった。



「オイ、これ……」

「あっ! 気が利かなくてすみません、どうぞお掛けになってくださいっ! 書見台もありますから、ここに用意しますね! あ、おちゃッッ!! お茶も淹れます……!」



 本を返そうと差し出したそれは受け取って貰えず、ラディウスは口をへの字に曲げながらその本の表紙を撫でる。嬉しそうに頬を赤らめて黄緑色の瞳を輝かせる姿に、言うはずの言葉も引っ込んだ。

 正直この本を読みたいと思ってはいたので、良いと言われてしまえば遠慮なく読む。


 邂逅に練習したような丁寧な挨拶や、自慢の装置を嬉しそうに見せる姿、久しぶりの人との会話が楽しいという態度を隠すことなく出してくるシュネット。それはいつかのニケと重なって見える。


 ここまで長く滞在する予定ではなかった、とラディウスは息を吐き出して……まぁいいか、と諦めた。急ぐ旅でもない。

 早く来いとばかりに自分の隣を叩くニケに肩をすくませて、座り心地の良さそうな椅子を目指した。


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