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旅人に微笑みを、  作者: も
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王弟はその背を追う

 建国から約四百年の歴史を持つ、ファスト国。

 十代目の新国王迎えてから、まだ数年。


 ラディウスが城で働き出したのは、七代目の治世からだ。その時代の宰相がラディウスの友人であったが、相談役として任命されてから十年後に、病気で亡くなってしまった。

 友人がいなくなったから退任したいと申し出たが、七代目国王は「宰相がいない今だからこそ貴方が必要だ」と説得。ラディウスも七代目を悪く思っていなかった為、「では国が落ち着くまで」と受け入れた。


 しかしファスト国の「相談役」として八代目、九代目と、ずるずる引き止められ続けることになった。


 情に弱い訳では無いが、七代目国王の面影がある少々気の弱い八代目を放っておけず、相談役として様々な場面で支援していた。

 九代目国王は気の弱い八代目とは違い、多部署に介入している魔法使いのラディウスが気に入らなかった。それでもまだ、国の歴史から外交まで把握しているラディウスの重要性を理解していたので、「気に入らないが給金は上げるので国の為に働いてくれ」と面と向かって言い放った。

 ラディウスはちょっと面白く思ったので、残ってみた。


 そして九代目がまだ若くして病に倒れ、政務もままならず寝たきりになってしまった頃。

 まだ若過ぎて不安は残るものの、急遽戴冠の儀が行われ、ファスト国には十代目国王が誕生した。


 それから数日で……ラディウスの仕事量は明らかに増える。


 九代目が行っていた、可愛らしい意地悪程度の嫌がらせでは無い。明らかな殺意を持って、無茶な仕事ばかりを押し付けられ始めた。

 九代目まで大人しくしていた祈士たちも、嬉々としてラディウスを追い詰めていく。


 その意図を察せないラディウスではないので、それなら出て行くかと仕事を各部署に少しずつ、一年掛けて引き継いでいた途中……。

 ―――例の『呪いの加護事件』がおきた。


 その為、ラディウスがいなくなった穴埋めがこちらに来ると察した各部署の、それなりに歳を重ねた要人たちは我先にと退職した。ラディウスに肩入れしていた者が次々と辞めて行くことに疑問を持ちながらも、現国王は嬉々として退職を許してしまった。役職を取りまとめる人事の者たちは知っていたら、逃げる年寄りたちを止められただろう。

 しかし年の功、人事を通さず現国王へ直接掛け合っての退職に止める術もなく。いつの間にか居なくなっていた……。


 ラディウスが去って一ヶ月経った現在も、人手不足の混乱の最中である。



「何故、この程度の仕事が終わっていない……!!」

「そ、それは……王宮相談役様が辞めたことに重ねて、各部署の要人が退職を……っ!」

「たった数人辞めただけではないか! もう言い訳は聞きたくない。動く口があるなら手足に回せ」



 王弟ソリアスは、兄の声に困った顔で笑いながら、扉の前で文官二人と足が進まないままでいた。


 一応、王弟として処理できるものを終わらせて持ってきたのだが、これでは渡すだけの用事でも文句を言われかねない。溜息のように笑いを漏らしながら、手元の紙束に目を落とす。

 扉前の騎士などは「今日は殊更ご機嫌が悪いかと……」と、内緒話のように漏らす。

 愚王とは、警護している筈の騎士にすら信頼を得られないのだと苦笑を返した。



「……ラディウスのお爺様がいなくなれば、こうなることくらい分かってただろうに……」



 今年十六になる王弟は、国王の執務室から聞こえる怒声に溜息を吐いた。


 こうなった原因である祈士長は、ラディウスの後処理に追われている。アイツができたことが私に出来ないはずがないと豪語して、毎日減ることのない書類仕事に精を出している。

 が……どうにも最近、体調が悪いらしい。日によって執務をしたりしなかったりされると、どうしたって重要なことは任せられない。

 福祈士長は正直頼りないが、祈士長がいないのだから使う他ない。



「……この国はそろそろ終わるかもしれないな。魔法使いを担ぎ上げて出来た国が、魔法使いを追い出したせいで終わるのなら、もっともな話じゃないか?」

「ソリアス様、冗談に聞こえません……」

「はははっ!」



 数ヶ月前までは第二王子であったソリアスは、ラディウスを師として、遠くから敬愛の眼差しで見ていた。遠くから。


 あくまでも、遠くから、である。


 第二王子という気楽な立場と身分を笠にかけて、ラディウスが不在の執務室に押しかけ処理された資料を覗き見ては文字の美しさに感嘆の息を漏らし、騎士との演習に押しかけては柱の影から動きを分析し無駄の無さに目を輝かせ、果ては魔物討伐にまで討伐隊のフリをして同行していた。

 つまり、ファンである。無害なストーカーとも言える。


 もちろんラディウスにはバレていた。

 第一王子より余程賢い身の振る舞いをする第二王子に一目置いていたが、なにぶん近付いて来ない。近付いて何か言うようなら、派閥の無い中立な立場として対応する気でいたが、近付いては来なかったのだ。特に害もないので、ラディウスは気にしないことにした。

 それどころか、身分を隠して着いて行った魔物討伐では剣の振り方を直され、こっそりと覗き見ていた資料には、「目を通しておけ、勉強になる」と書き置きを残すこともあった。


 王宮相談役の執務室で働く文官達は、書き置きを見た瞬間のソリアスを……高貴さを纏いながら歓喜に塗れた顔を忘れない。初めて自分の為に贈られた、たった一枚の書き置きを何度も読み返す姿を忘れられない。

 緩みに緩んだ顔で大事そうにポケットにしまい込んで、真剣に資料を読み始めた姿勢を……。


 ―――この方こそ王になるべきだと、直感にも似た気持ちを抱かせた姿を。



 しかしソリアスは、この国の王座に何一つ魅力を感じていない。

 王弟に収まったのも、その執着の無さからである。


「(せめてお爺様の亡骸に、私一人だけでも祈りを……)」


 優秀すぎるが故に、この国が一人の魔法使いに寄りかかっている、泥舟のようなものだと理解していたからだ。


 王弟は国が沈みかけている今ですら、場内を優雅に歩く。共に沈む気は無い。ただ一人で生きていく知識と自信はある。師と定めて憧れている魔法使いが、間接的にそう育てたのだから間違いない。

 自分に自信があるわけではない。自分を認めてくれたラディウスを信じているだけだ。


 別宮への通り道、白い柱が陽をまだらに遮る長い渡り廊下。

 その途中、ソリアスはピタリと足を止めた。



「……ラディウスのお爺様の行方は掴めたかい?」



 何もいないように見える場で王弟の発した言葉に、疑問を唱える人間はいない。



「―――……いいえ。百魔の森に落ちたことは確実ですが……奥地まで向かうことができず、上位の魔物によって八人殺されました」



 姿の見えないその者は、小さいながらも通る声で報告を済ませる。

 その報告に少しだけ目を見開いて、ソリアスは何も無いように見える柱の影へ視線を向けた。



「そうか……。それはすまない命を下したな。まさかあの森がそこまでとは……」

「いいえ。気に病まれる必要はありません。元より、貴方様に身を捧げている者達です」

「それでも人の命は尊いし、数は必要なものだと君は言っただろう……悔やませてくれ。この命令は一時保留だ。手を引け」

「ではそのように……。それと、もう一つご報告が」



 柱の影から、吹き込んだ風に黒いマントが靡くのが見えた。



「今現在、ランプルの街にて、魔術師と魔法使いの旅人が現れたと」

「……!」

「その魔法使いは、ラディウスと名乗っているそうです。しかし、王宮相談役ラディウス様とはあまりにも見た目が……」



 老いた姿ではなく二十代ほどの青年に見える魔法使い。見た目通りの年齢ではないにしろ、癖や歩き方、言動までもが違いすぎる為、同一と考えるのは早計。ただこの期間で同名の魔法使いが現れるのも、また不思議な話である。

 ただでさえ人前に出て来なくなった「魔法使い」という人種が、だ。

 

 ソリアスはラディウスの本当の姿を知らない。

 王宮では見た目を老けさせて、動作や仕草も見た目に合わせていたラディウスは、王弟が生まれた時には既に偽りの姿で城の中を歩いていた。

 本当の姿を晒すようなことは、一度たりともなかった。本当に無かった。


 それでもソリアスは興奮と確信を持って、一言。



「っはは! それはラディウスお爺様に違い無い!」



 王弟は柱の間から空を見上げて、断言する。

 口元に笑みさえ讃えて、それが当然のように言ってのける。



「魔術師と一緒ならば、呪いを解くことが出来たのではないだろうか。あの恐ろしい呪いの加護も、元は魔術師が作ったものだろう? なら、呪いが解けてもおかしくない」



 ソリアスはその指先をスリ、と擦り合わせる。


 一度だけ。ほんの一瞬だけ。

 見たことはないが、触れたことならあった。


 剣の持ち方を教わった時に一度だけ、ラディウスの素手に触れたことがあった。それは老人の乾いた皴の多い感触とは言えない気がして、しかし見た限りでは皺くれの手であるため人には言えないままでいた。

 熱狂的なファンは恐ろしいものだ、何をもってして確信しているのか分からないが断言しておられる。後ろに立つ文官は顔色すら変えないが、優秀な主にそう感じてしまう。


「(もし、見た目を変えることが、魔法でできるとしたら……)」


 執務を学び、剣術を学び、ラディウスの背を追い掛けることと並行して、「魔法使い」についてももちろん勉強している。執務と剣術については三、ラディウスが六、魔法使いが一、その程度の興味の割り振りではあるが、例え一割の興味でも三年経てば立派に知識として披露できる程になる。それもラディウスが関係するものなのだから手は抜かない。


「(自然の現象を操る、魔法使い。使いようによっては幻を見せることは可能だろう。蜃気楼、という自然界の幻があるのだから)」


 自然界で起こり得る現象なら、魔法使いなら引き起こすことができる。

 ソリアスは確信していた。



「何人か、ランプルの街へやってくれ。気付かれたなら、敵意はないと……無事を確認したかったのだと、どうにかお伝えしてほしい」

「御意」



 それきり、柱の影にあったはずの気配は消えた。

 ソリアスは暫くの間、空を見上げたまま動けず、かと思えば大きく息を吐き出し笑い出す。



「ふ、ははははっ! ……お爺様が生きてるなら、なんとかして会いに行かなければならないな!」



 くるりと振り向いたソリアスは、文官二人へと太陽のようににっこり微笑む。


 現王の補佐として滞っている業務を消化し、演習場での模擬戦に参加して騎士たちの士気を上げ、予定済みの謁見要請を済ませて、今後に差し支えるような案件なら解決策とセットで王へと奏上して、再度会談の場を整えて…………あぁ一番の難題は、各部署に数日間の不在を通達することに、何か理由を考えなければ。

 後ろに着いていた文官二人はやや笑顔を引き攣らせながら、晴れやかな主の表情に仕方ないと頷いた。


 計画さえ立ててしまえば、全てを滞りなく終える有能な主人に、羨望の目をむけながら。


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