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旅人に微笑みを、  作者: も
19/23

彼の芸術作品

 ラディウスは咄嗟に、ニケの頭を掴んで止めた。

 旅人ギルドのまであと数歩という距離での、反射的な行動だった。



「だぁから、俺は黒と金色の旅人に届け物をしに来ただけだ。そう言っただろ? そう言いながら入ってきたはずだ。あぁ記憶に自信もある、なんせたった数十秒前に言った言葉だ。お前たちを害する気はないさ。…………だがしかし、なんだ? 新作の使い心地を確かめたいという気持ちは大いにある。そして今! お前らは剣を抜いた! この状況で剣を抜いたということは、どういうことだ? そうだな、それはつまり……!! 俺様の為に、試し切りをさせてくれるってことで、よろしいだろうかアァァァッッ!!」



 聞こえてくる何かが壊れる音と、叫び声。

 聞き覚えがありすぎる声が中心となっている騒動に、ラディウスは心底嫌な顔をした。




 今日も今日とて朝から良い天気に恵まれたが、ニケとラディウスはいつも通り昼近くに起きる。

 朝ごはんは逃したが、宿主が「お二方いつも起床時間遅いけど、なんか優雅だからサンドイッチ作っちゃいました」と軽食を作っておいてくれた。ニケはありがたく受け取ってチップを渡し、普通はあり得ない待遇をラディウスは無表情のまま受け取った。

 フガタウルスの肉を渡した辺りからサービスが増えた宿主も面白いが、いつの間にかチップを渡す文化を覚えているニケもなかなかに面白い。ただチップの金額が大きすぎていつも半額ほど返されているが。


 軽食を終えて、今日もギルドの依頼ボードを見に行ってみようという話になった。面白そうなものがあれば受けてみてもいい、と。ニケにとっても、どんな依頼があるのかは沢山見ておいた方が良い。




 ……そして現在、二人はギルドの入り口三歩前で立ち止まっている。



「聞き覚えのある声です」

「図書館に行くか」

「剣ができたのかも」

「露店街も行きてぇって言ってただろ」

「ラビさん、後回しにしてもこの問題が消える訳ではありません。これはそういう問題です」

「つーかなんでわざわざあいつが持ってきてんだ。舎弟がいんだ、ろ……」



 ドガッ、と大きな音と共に人が飛び出て来た。そのままギルド前の道に投げ出されたその人は、呻きながら起き上がろうとしている。次いで、もう一人はじき出されるようにして外へと飛び出て来た。荒い息遣いで倒れ込み、ギルド内へ罵声を飛ばす。

 基本的にギルドの両開きの扉は開け放たれている為、簡単に覗き込めるようになっている。ニケは少し考えた末にギルドの扉から中を覗いてみることにした。


 深海の色のツナギを着た男が、剣を片手に五、六人の旅人を圧倒している。外へ出された人を含めると十人近くを一人で相手をしている。



「ラビさんとの戦闘時にも思いましたが、凄いですね」

「あぁ。ただ剣の訓練は受けてないな。型が無ぇ」



 あぁいうのは厄介なんだ、とニケと一緒になって扉から覗き込んだラディウスは溜息を吐いた。剣の良し悪しはなんとなく分かるが、剣術についてはまだよくわからない。

 ニケが「型の無い剣術」をこっそり観察していると、受付に居た一人がクワッと目を見開いた。



「黒と金のお二人ってあの方たちではないでしょうか!?」



 まるで助けを呼ぶような叫びである。


 ギィンッ……。

 静かになった空間に剣が交わる鈍い音が響く。やっと止まった戦闘に、周囲に安堵する空気が満ちていく。


 机の下に隠れる、壁際で小さくなる、受付のカウンター内に入り込む、昼近くで人が少なかったとはいえ、職員含め三十人近くがギルド内で逃げ切れずにいた。

 壁に穴が空き、机は一つ破壊され、ものの数分でなかなかの被害である。



「こんにちは、ラナーテさん」

「金色の! 黒いの! 良いところに来たな、たった今試し切りが済んだところだ!!」

「試し過ぎだろ」



 抜き身の剣を振り回すラナーテに、ニケは周囲を見回しながら苦笑する。



「これは弁償ですね」

「あ? ふむ……確かに、もっと広い場所でやるべきだったな。考えてみれば俺のせいでもあるわけだ」

「依頼したのはわたしたちですから、お金は出しますよ」



 様子を伺って緊張感の漂う周囲と、ふんわりと眉を下げて微笑むニケの、何と温度差のある光景かと受付は思う。


 ニケはテーブルの下から出てきた一人に、比較的出来の悪い緑がかったポーションをいくつか渡して、怪我をした人に使ってくれと押し付けた。

 ラディウスは周囲に散らばる破片やら机の残骸やらを、魔法で入り口近くに移動させる。歩きずらいという理由もある。更に埃っぽい空気を片手を払うようにして、室内に風を巡らせて換気した。自分の鼻が痒いという理由もある。


 ニケが受付へ弁償額を聞いている最中、ラナーテは先程まで上がっていた気分がガクンと下がっていた。



「なんだ……俺は今もしかして、とんでもなく大人げないかもしれない……」



 気付いたか、とラディウスは気付かれない程度に微かに頷く。

 昂っている間は見境がないが、ラナーテはただの馬鹿ではない。必ずきっかけがあって、自分の中で決められた何かに従って戦う理由を見出している。

 こちらが丸め込むだけの理由を持ってくれば、会話さえできれば落ち着かせることは可能だ。ラディウスはそう考える。


「(どっかあいつと似てんだよな)」


 受付で感謝されているニケをチラリと見てから、ラディウスは大きく息を吐き出した。

 違うのは、「興味が無いことでも知れば常識として蓄える」と、「興味が無いことは自分の世界の常識に不必要だから加えない」という差だろうか。前者のニケに関して今のところ害を感じたことはそれほど無いが、後者のラナーテに関してはこうして目に見える被害が出ている。

 なんにせよ面倒臭いという点ではどちらも変わらないだろう。



「それ、完成でいいのか」

「あ? おぉそうだった、見ろ! 久しぶりの傑作に俺は心が踊ったんだ!!」



 がっしりと肩を組まれて嫌そうな顔をするラディウスを見ることなく、ラナーテは腕をいっぱいに伸ばして正面に剣を掲げた。


 美しい剣身が、薄暗いギルド内で僅かな光を青く反射している。

 ロングソードにしては細身でレイピアに近く、しかし重さはしっかりとある様子。持ち手部分に喧しい装飾は何一つなく、「実用」なのだと一見して分かる堅実さを感じる。


 見惚れるほどに……高潔と正しさを体現したような剣だった。



「光の加減によって剣身が青に見えるだろう? 反射する光もよく見てくれ。真っ直ぐ均等で歪みが無いと知れるだろ? 刃の先まで色むらもない……」



 熱い息を吐き出したラナーテは、その剣を眺めてうっとりと深海の瞳を鈍く輝かせて笑う。



「ふ、ははっ……美しすぎるシルバーブルーは人を魅了する。いつまでも見上げていたい気分だ。お前はどうだ、黒いの? 見惚れたか?」



 隣りで青い目を剣身に向けるラディウスに、ラナーテは満足気にまた笑い声を上げた。別に答えが欲しいわけではない、自分と同じ目を、同じ気持ちを目の前の作品へと感じていればそれでいい。

 ギルド内で落ち着いてきた旅人たちも見惚れてはいたが、その剣が先程まで暴れていたかと思うと少々の複雑さはある。


 つらつらと、ラディウスの肩を揺らしながら興奮気味に語り始める姿は、先程の落ち込んだ姿はどうしたのかと思うほど楽しげだ。少々面倒くささはあるが、語っている間は比較的大人しいので好きに喋らせた。



「つーか、普通の鋼で良いつったろ」

「知らん。金色が持ってきた一見普通に見える鋼を使ったらこの色になった。俺様は何も悪くない。一見普通に見える鋼が悪い。だが質は通常の鋼より何倍も良いぞ! 見ろ! まずこの刃先を床に向けて……!」



 また追加の説明が始まった。肩を組まれている手前逃げることもできず、過剰な声量に辟易しながら一応聞く。刃先の鋭さうんぬんから始まり、絶妙な厚みを出す技術を自慢され、重さの調節が難しかったなどの説明をされ……。

 幸せそうな雰囲気は益々ニケに似ている。夢中になれる何かがある者は似るのだろうと、ラディウスは適当な相槌を打って聞いた。

 一方的に一通り語り終えたラナーテは、満足気に息を吐き出す。


 そして……くるりと然も軽そうに柄を回して刃を下に向けると、そのままラディウスの胸に押し付けた。



「やる。金は要らん」



 素材は金色がくれたものだしな、と言いながら暗い瞳が輝き、楽しげに口角を上げる。

 ラディウスは胸に押し付けられた剣を受け取ると、ラナーテから一歩離れて感触を確める。未だに警戒する周りが近付いて来ないのは丁度いい。


 何度か縦横に振ってから、剣身を光に翳す。

 細い割に希望通りの重さは有していることに、ラディウスは技術力に関心すると同時に……若干の呆れが湧いた。ニケが持っていた鉱石は一体なんなのか。不安よりも呆れが先立つ。むしろ不安はない。質の悪い物をニケは持たないし、人に渡す物に関しては特にそうだ。


 確認が済んだラディウスは、ラナーテを振り返った。



「鞘は」

「ぁしまった、作り忘れたな」



 えぇ……、とどこかから残念そうな声が漏れ聞こえる。


 自分の工房から抜き身の剣をそのまま持ってきたということだ。そんな人間が堂々とギルドに入ってきたなら、ラナーテを知らない旅人たちが危険人物として認識し、剣を抜いてもおかしくない。

 ギルドの乱闘騒ぎは結局こいつのせいか、とラディウスはゆっくりと瞬きをして目を逸らした。


 まぁいいかと、ため息を吐き出しながら左手のバングルを確認する。

 剣先を左手首に向けると、そのまま空間魔法に差し込むようにして仕舞った。



「おぉ! 鞘がなくてもイケるもんだな!」

「そうだな」



 そんなわけ無いだろ。じっと様子を伺っていた周囲が一斉に頭を抱える。

 非常識なアイテムを持っているからこその行動に、心底恨めしい目を向けられた。ラディウスがそれに動じるわけもなく、空間魔法から取り出した財布を取り出す。その深海のツナギのポケットに「技術料」と金貨を二枚を入れた。

 ラナーテは納得してありがたく受け取る。


 今までの費用計算はどうしていたのか、舎弟たちにやらせていたのか、疑問は多々あるがラディウスは開きかけた口を閉じて黙った。加護を付けては鉱石を捨てていたニケと同じようなものだと考えれば、「興味がそこに無い」のだろう。


 ニケを見れば受付と弁償の代金を話し終えたらしい。近付いてくるニケがラディウスの視線に気付いて微笑みながら首を傾げた。ラディウスは少し目を細めながら小さく首を振る。それだけで、ニケは大したことではないのだろうと察して流す。踏み込まない。

 そういう察しの良いところは本当に楽だと感じる。



「お話が終わりました。修繕費は全額払っておきました」

「なんだと! 金色……お前はそんなに俺が嫌いか? 俺は今とても大人げなさを感じている……そう、今日から俺は大人げ無い人間、つまり子供として生きて行かなければならない……」

「いえ、修繕費は条件付きで半額になりました」



 安心してください大人でいられますよ、と笑うニケに……訝しむラナーテはもちろん、ぴくりとラディウスの眉も歪められる。

 一体なんの条件を飲んで半額にしたのか。安請け合いして騙されてはいないか。交渉に関しては負けるようなニケではないが、知識の無い範囲での交渉は弱い。情報が無いから当たり前だが、自らの監督下に居ない言動は未だ不安が残る。


 ほぼ表情に出さないラディウスの不安を察して、ニケは小さく笑った。



「ナラーテさん、この契約書にサインをお願いします」



 す、と持っていた紙をラナーテへ渡す。

 受け取ったラナーテは顎に手を当てて静かに文字を追う。じわじわと顔を顰め始めたところで、ニケはペンを渡した。



「『旅人ギルド内での喧嘩、及び暴力行為、それに準ずるものを禁止する。これを破った場合、今後は仲間含め一切の立ち入りを禁止する』」



 納得がいかない顔をするラナーテは首を傾げる。


 どうやら、ラナーテがギルド内で暴れたのは今日が初めてではないらしい。それもそうか、とラディウスはチラリと手慣れたように片付けを始める周囲を伺ってから目を逸らした。


 過去四、五回は起きており、ギルド職員たちの間でも問題の一つとして上げられていた。しかしいい武器を売ってくれることもあるし、ラナーテ自身が依頼者として金払いの良い依頼をすることもあって、声だかに来るなとも言えない。舎弟たちが代理で来る時はとても平和に事が運ぶのだが、本人が来た場合はいかに何の波風も立てずに対応できるかが職員たちの試練となる。


 ほぼ毎回と言っていい程予定通りにいかないのは、ラナーテの存在を知らない街の外から来た旅人たちである。

 今回もそのパターンで、抜身の剣を肩に担いだまま堂々とギルドに入ってきた姿に、暴漢か何かかと思って旅人の一人が剣を抜いてしまった。

 死者は出ないものの、止めようと割り込む者も剣を抜くし、ラナーテと勝負したい旅人たちも便乗して切りかかるのでお祭り状態になり、結果ギルドが半壊する。


 よくも毎回そこまで楽しい状況になるものだと、聞いたニケは笑ってしまった。



「試し切りも、相手に切りかかってしまったら暴力ですよ」

「なるほど……ギルドと俺の常識が食い違っていたらしい。試し切りはアリだと思っていたが駄目なのか」

「建物を壊されてギルドが無くなってしまったら、依頼者も旅人も、街の人も困りますからね」

「そうか、しまった……俺も素材を手に入れる術が無くなってしまうのは困るな」



 二、三度横に体を揺らして、大人しく契約書にサインをし始める。


 あっさりとサインする様子に、ギルド職員たちは目を丸めて凝視した。その紙を持ってきたニケを見てから、もう一度ラナーテへと目を向ける。

 長いこと悩みの種だった男がこうも簡単にいくとは思わなかった。こちらを謀っているのではと、受付職員全員が疑いの目を向けていたが……不意にラナーテが受付側を見て片手を挙げる。


 髪の間から見える淀んだ瞳と、よく見れば整った顔付きをしている喧嘩大好き男が、申し訳なさそうに眉を下げて、申し訳なさそうな空気を漂わせて片手を挙げている。

 思わず契約書の紙をクシャリと握った女性の受付は、「顔が良いからって騙されないわよ……」と悔しげな呟きを漏らす。力強く反抗する言葉だが、敵対する気持ちがしゅるしゅると萎んでいく。

 憎々しげな割に嫌悪感が薄いような声を聞いたニケは女性の受付を振り返り、しっかりと、深く頷いた。

 顔が良いと許されることもある、ニケは大切なことを学んだ。

 そして何かを噛み締めるようなニケの雰囲気に、またおかしなことを学んだ、とラディウスは察した。



「さて……俺は工房に戻ろう。金色、お前がくれた素材はまだ沢山あるんだ。あの赤い石も気になる。試したいことも多い」



 その目は次の傑作に向けて、どんよりと鈍く輝いている。

 軽く体を曲げてニケと目線合わせたラナーテは、ニケの頭にペタリと手を置いた。



「いつでも来い。お前らなら俺の作業場に入れてやる」



 楽しいぞ、と今度はラディウスの肩を叩いて、嫌そうに目を逸らしたそれを笑う。

 堂々とした足取りでギルドを出て行く姿に、ニケはにこにこと手を振った。


 嵐が去り、やっと穏やかさを取り戻したような空気が漂い始める。街で一番の鍛治師は、街で一番の厄介者扱い。誰もが実力を認めているが、関わり合いにはなりたくない。

 悪い人ではないが、良い人でもないのだ。



「やっぱり頼んで良かったですね。素晴らしい剣を頂きました」



 まぁなと気のないような返事を返しながら、ラディウスはバングルから剣を半分ほど引き出した。一見普通の鋼、というのは本当にそうだったのだろう。多くの鋼を見て来たであろう剣マニアの目を欺く、そういうおかしな鋼だったのだ。

 質が良いなら文句はないとラディウスがチラリと横を見れば、瞬きもせずに剣を見つめ、そして次第にただでさえ眩しい金色の目を更に輝かせながら、はぁっ……と熱い息を吐き出す。

 ……その表情はラディウスにとって見覚えのあるもので、早々に剣をしまった。



「あれっ、どうしてしまうのですか? 素晴らしい造りが魔力の通る道筋を最高に構築している姿をもう少し見ていたいのです。ちゃんと一から説明しますから」

「いらない。……っ、要らないつってんだろ、引っ張んな、アホ」



 やはり興奮状態にあるらしい。髪飾りを作った時と同じ顔をしている。むしろ先ほどのラナーテと同じ種類の目をしている。

 あいつの次はこいつか。逃げるようにギルドを出て行くラディウスの服の裾を掴みながら、ニケはいつもの賢さをどこかへ投げ捨てて、ただただ穏やかに懇願する。面倒くせぇという表情を隠すことなく前面に見せながら、「後で」と苦渋の決断をしたラディウスはため息を吐き出した。


 ラナーテに続き、二人がいなくなったギルドは興奮にざわつき始める。

 話題はラナーテの喧嘩強さから、青みがかった剣の話、そして鞘として使ったバングルの話である。潜めていた声は当人たちがいなくなった分だけ大きくなり、旅人伝手でまた街中に様々な噂が広がる。



 そして数日後には、「手の中から魔剣シルバーブルーを取り出す旅人」のカッコ良すぎる噂を聞きつけた街の子供がラディウスに突撃することになる。

 もちろん、ラディウスが睨むと一瞬で逃げていった。




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