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旅人に微笑みを、  作者: も
18/23

はじめての討伐依頼

「討伐依頼受けますか? ラビさん、そろそろ大きい魔法使ってみたいのでは?」

「剣が無ぇ」

「ラビさんは魔法使いです」

「腰に下げてねぇと落ち着かねぇ」

「木の枝でも下げておきますか?」

「代わりになんなら良いけどな」

「無理ですか。じゃあいざとなったら、氷で作るのはどうですか?」

「氷で剣……んな細かいことできんのか」

「なら魔法で頑張りましょう」



 ギルド内の依頼ボード前で、黒が白を抱えている姿は大変目立っている。服を設えたばかりの二人を全員が二度見する。

 ふふ、と微笑みながら上位の依頼を指さしているニケと、それを当たり前のような涼しい顔で「出来ない」とは言わないラディウス。更に魔法使いで剣が無いと落ち着かないだとか、氷の剣だとか、聞き耳を立てている周囲からしたらツッコミどころ満載である。

 しかし止める者は誰もいない。上位の依頼が出来ないとは到底思えないからだ。



「じゃあコレにしますか? 馬車の通り道にフガタウルスの群れが居て困ってるそうです」

「依頼主が商人なのに報酬がケチくせぇな」

「討伐したフガタウルスの肉と素材は、全部くれるそうです。だから報酬が安めなんでしょうね」

「……まぁやりてぇならいいんじゃねぇの」



 分かりました、と手を伸ばして依頼の紙を取る。

 周囲からは「本当に大丈夫か?」と落ち着かないような空気を感じるが、ラディウスはニケが魔物に遅れをとることはないと知っているので、周囲の目など無用な心配であると放置する。


 紙を手にしたニケが受付の列に並ぶ。今日は朝の天気が悪く、晴れた昼から依頼を受ける旅人が多いらしい。少々混み合っている中で、五番目に並んだ。


 ニケはふと、前の人物を見上げる。



「あ、こんにちは」

「ん? えっ……こ、こんにちは……」



 ニケは列の前に並んでいる男に声を掛ける。

 戸惑っている男はラディウスの方を見るが、ラディウスの方は男に見覚えがないので、俺を見るなとばかりに視線でニケを示した。

 男はどうしたものかと一瞬悩んだが、ニケに視線を合わせるように屈む。



「わたしがここで喧嘩を売られる度に、助けようとしてくれた人ですよね?」

「あぁ……覚えていたんだな」



 一体何を言われるのかと構えていた体から、ふっと力が抜ける。


 初日と先日、ニケと野蛮な旅人の喧嘩騒動に、男は偶然居合わせた。

 以前から例の旅人は、自分より弱そうなものに対して粗暴な振る舞いをすることでギルドから目を付けられていた。そこで起きたのか小さな女の子に対してのそれである。正直、歩いているだけで気圧されるような二人にまで突っかかる鈍感さは尊敬に値するし、助けが本当にいるのか、全く分からなかった。

 しかしニケが小さな女の子であることには変わりなく、そうでなくともあの旅人には仲間が再三絡まれて鬱憤が溜まっていたのだ。

 結果的には、助けに入らなくてよかったのかもしれないが、万が一はある。要は、ただ普通に心配だっただけだ。


 心配されたことは、ニケもラディウスも理解している。

 ゆったりとした動作で相手の片手を取って、ニケはふんわりと微笑む。



「心配くださって、ありがとうございます」



 白いローブに金色の髪がさらりと落ちる。

 金色の瞳は嬉しそうに細まり、男は何か最上の誉れでも受け取ったような気になってくる。小さく息を飲み、目を見開き、その目には情けなくも少しだけ涙が浮かぶ。

 屈むだけだった体勢は、何故か片膝をついていた。


 返事のない相手に、ニケは伺うように頭をもたげる。



「……大丈夫ですか?」

「へっ!? あ、はい、だいじょうぶ……?」



 目の前の小さな子が、やけに強大なものに見える。見た目に合わず大人のように喋り、緩慢な動きでしかないのに取られた手から逃げられない。



「わたしはニケです。お名前は何ですか?」

「……イース。中位ランカーだ」



 ニケはうんうんと頷いた。

 そっと手を解放すると、あからさまに男の体から力が抜ける。ラディウスはただただ気の毒そうに見ていたが、イースから何か言いたそうな視線を貰って、速攻で逸らした。同情はするが面倒なので助けはしない。


 そんなやり取りの中でニケは鞄を漁り、目当ての物を取り出す。



「お礼です」

「えっ?」

「貴方は勇敢な性質みたいですから、必要だと思うんですよ」



 再び手を取られ何かを握らせてきたニケを、イースは目を丸めて見たが、ハッと我に返って返そうとする。



「いや、結局自分で解決してただろ? これは受け取れない!」

「心配してくれたことに対してのお礼ですよ。それに……」



 考えるように口元に手を当てたニケは、一人納得したように微笑む。



「女性の感謝を突き返すのはどうかと思います」



 イースは何故か自分が悪いことをしているような気になってきた。何故だ。


 相手にしてはいけない人間と喧嘩しているような心地に、じわじわと苦笑いが浮かぶ。

 手の中にある見たことも無い薄黄色の液体が入った瓶を見て、無駄だとは思うがラディウスの方を見る。変わらず可哀想な目を向けられながら、なんの説明も助けもしてくれない。イースは本当に無駄だったと悟る。

 諦めたところで、ラディウスから溜め息が聞こえた。



「オイ、前」



 早く進め、とばかりに膝をついたままのイースの腕を引っ張り上げる。立ち上がらせたラディウスは、その瞬間に耳元に口を近付けた。



「最上位回復薬。腕が取れた程度ならくっ付く。人前で使うな」

「…………」



 その会話が聞こえたニケは微笑みながら、持たせた回復薬を手ごと彼の鞄に突っ込んだ。大胆な行動だというのにどうして嫋やかで上品に感じるのか、イースは口元が引き攣った。


 無名の薬品の正体と効能、注意事項を教えてくれたラディウスは果たして助けてくれたと言えるのか。助けるつもりがあるならこの子の行動ごとどうにか止めるべきではないのか。

 イースは様々考えたが、「後ろが詰まってる」と背中を押され、掴んだままだった回復薬の瓶を鞄の中で落とした。



「よい旅を」



 イースの手元を見たニケは、満足そうに手を叩いた。


 納得がいかないままチラチラと振り返るイースだが、ラディウスとニケは既に目を向けてはいない。依頼書のフガタウルスは一度に何匹相手にできるのかを話し合っている。普通は一対一でもキツい。

 諦めるしかないらしい……。イースは全てを飲み込んで平静に努めた。



「ラビさんが五匹なら、わたしは三匹です」

「楽しようとすんな。今剣がねぇつってんだろ」



 早くも平静が崩れるような会話にぐっと奥歯を噛めば、受付も同じような顔をしている。イースは小さく笑いながら、これが二人にとっての普通なのだと、今度こそ受け入れた。





ーーー


 街から隣町への乗合馬車は、フガタウルスのせいで運行を見合わせている。

 そのためこの依頼は、ギルドの馬車を使って現場へ向かうことになる。


 馬車を出すギルドの御者は、噂の二人を見てギョッとして慌て出した。確かにちょっとやそっとじゃ負けないとは思うが、普通群れで行動するフガタウルスに二人でいいのかと確認をされる。

 とりあえず行ってみますのニケの微笑みに一瞬だけ安心したが、ハッと現実に戻って二人を見た。剣士のような服を着て剣を下げていない魔法使いと、実力未知数の少女がいる。

 不安を拭えないまま、御者は現地へと二人を運ぶことになった。



「ランプルの街周辺は、西も東も平原なんですね。見晴らしがいいです」

「森が広がってんのは南側だな」

「どんな森ですか?」

「風の通りが悪りぃ」



 今度採取の依頼でも受けて行ってみましょう、と笑いながら手を叩くニケと、依頼込みならいいかと頷くラディウス。

 おおよそ百五十メートル先に、黒い大きな牛が数匹見えている中での会話である。


 馬車の影に隠れながら、ピクニックに来たんじゃねぇんだぞ!!と御者は心の中で叫んだ。



「三、四……八ですね。子供が二匹です」

「まぁまぁめんどくせぇな。見えたら突っ込んでくっから、左右に別れて挟むか」

「じゃあ、わたしはこっちで」

「ん」



 行ってきますと手を振るニケに、御者は一気にほんわりと優しい気持ちに切り替わり、笑顔で手を振った。

 思えば粗暴でゴツめな旅人たちの中に、唯一と言っていい穏やかすぎる旅人である。自分には癒しが足りなかったのだと御者はこの瞬間に気付いた。

 しかしすぐに目の前の状況を思い出して、ハラハラとニケの背中を見守る。


 風魔法でふわふわと跳ぶように移動するニケは、同じく風魔法で加速しているラディウスを遠くに認めた。

 フガタウルスは目が悪く、感覚程度で二人の存在を察知しているが、空腹時でなければ攻撃的では無い。今は攻撃的では無いので、ニケもラディウスも近付きやすい。


 トッ、と静かに地面に足を付いたニケは、フガタウルスの向こうにいるラディウスが光の魔法を空へと飛ばした合図を見た。

 ニケも空中をくるくるとかき混ぜて光を集め、空へと飛ばす。


 と、同時に広範囲に地鳴りが響き渡った。


 地面からグニャリと現れた土の塊が、逃げ回るフガタウルスを次々に捉えていく。


「(地魔法も上手……婆様はあんまり魔法を使わなかったから、ちょっと楽しい)」


 オーリア以外の魔法使いの魔法に見惚れていたが、そういえば討伐の依頼中だったと思い出した。

 ニケは這い回る土魔法に、大地の魔法を追加する。土の塊から緑の蔦が生えてフガタウルスを絡め取った。五匹をラディウスが、三匹をニケが捕まえて絡めとる。

 ものの数分の出来事であった。


 トッ、と捕らえた魔物の近くまで跳ぶと、既に近くにいたラディウスが口をへの字にしてニケへと視線を向ける。



「寝てたのか」

「見惚れてました」



 疑う青い目と、「楽しい」と書かれた金の目が三秒ほど見合う。負けたのは青い方である。



「感覚は戻りましたか?」

「あぁ……一気に使ったら違和感が無くなった」

「自分以外の魔力が混ざっていた分が違和感として残っていたんでしょうね」

「自分以外の魔力を取り入れるなんて非常識、普通は有り得ねぇからな」



 フガタウルスを捕えたままの土塊をゆるゆると動かして、風を操って喉を割いた。確実に殺すなら首を落とす方が早いが、そこは売れる部位を多くする為に喉を縦に裂いて殺していく。

 辺りが血の海になる様に苦笑しながら、ニケはゆらゆらと手を動かし始めた。



「Te・ust・amem」



 ゆら、と風に吹かれるように水面が揺れると、揺れた先から赤い血が霧散していく。と同時に、周辺の魔力の濃度が上がった。

 ラディウスは静かに深く息を吸って、吐き出す。


「(なるほどな)」


 街の人の多さに呼吸がしづらいのだと思っていた。実際そのせいもあるだろうが、百魔の森が過ごしやすかったのはまた違うのだと気付く。


「(魔力濃度の違いでここまで変わんのか……)」


 ニケの鎮魂の魔法によって、魔力濃度の濃くなった百魔の森。上位の魔物がいるにも関わらず、心地良く穏やかで、どこまでも清廉な空気だった。

 まるでニケそのもののような森である。



「ヒェぁっ!!」

「あ、御者さん」



 おかしな声に、ラディウスはいつの間にか閉じていた目を開いた。周囲の魔力の濃度は元に戻っている。

 御者は「死んでるんですよね?」と恐る恐るフガタウルスをつつく。揺れただけで飛び跳ねてラディウスとニケの側に逃げてくる。



「え、えと、八匹全部いますね。確認しました」

「辺りに同型の魔物の気配はありません。ちょっと馬車道の路面を荒らしてしまったので、片付け次第直しますね」

「あ、うん……その、タウルス引っ掴んで鞄に仕舞うのやめて貰えますか。なんか違う」



 なんか違うらしい。

 ニケはとりあえず、今掴んでいる分のタウルスの足をギュッと引っ張って鞄に入れていく。御者は「うわぁぁ違う……」と愕然とした様子で、指の隙間からニケを見ていた。

 そもそも、珍しい空間魔法が付与されたバッグが二つあることすら見ていて恐ろしいのに。


 我関せずと顔を逸らして、残りを回収することに集中するラディウスも、らやはりニケが生々しい何かをしているのはできれば見たくない。似合わない。



「お肉は宿主さんに持っていけば、夕飯に出てきますか?」

「あー、喜ぶんじゃね」

「泣いて喜ぶと思いますよ。すげぇ高級肉だし……」



 ただ、高級宿屋でもないのに高級肉が出てくるのは普通では無いので、御者としては、なんて贅沢な宿だ、と思ってしまう。なんならその肉が出る日だけ泊まりたい。


 御者がもやもやと考えている間に、ニケとラディウスが土魔法で荒らしてしまった地面を、なんとなくならしていく。


 こんな感じだった気がします。もっと草が生えてなかったか。そういえば岩があったような。低木もあった気がする。花も咲かせましょう。勝手に咲かすな。でも綺麗です。俺は知らねぇからな。見てくださいホラ綺麗ですよ。



「よし、帰りましょう」

「あれっ……こんな美しい場所でしたっけ」

「醜いよりいいだろ」



 景観の良い場所となった。屋根付きのベンチでも置いたら良い休憩地点になるだろう。


 長時間馬車に乗り続けると尻が痛くなる。道がそこまで整備されていないこともあるが、座面が木であることもその理由だ。貴族の馬車には出来るだけ衝撃を無くすための綿を詰めたクッションが取り付けられているが、市民の相乗り馬車や、ギルドの馬車ですら座面は木材のみである。

 街から街の間には、大体の休憩地点が決められているが、そのうちここが休憩地点の一つとして使われるのではないか。御者は遠い目をしながらその光景を眺めた。


 ちなみにニケの場合は、大きめの衝撃吸収クッションを敷いているので快適に過ごしている。

 行きの馬車の揺れで背中をぶつけたニケが、いそいそとクッションを取り出して尻の下に敷くのを、ラディウスは無言で眺めていた。


 余っていたドルヒラビットの毛皮に、これまた余っていたコカトリスの胸の羽を詰めてふかふかに仕上げた。もちろん、本来余っているような素材では無い。「ラビさんの分もあります」と渡した時は文句がありそうな目をしたが、ラディウスは何も言わずに黙って使い始めたが。


 こうしてニケは、旅に出る前の事前準備のお陰で、快適な馬車移動を実現していた。



「はい、お疲れ様でした……んっ? なんですか、今の? なんか良いクッション片付けませんでした?」

「良いクッションを片付けました」

「チラッと見せてくれません?」

「チラッとだけです」

「あっ、えっ、そ……うわぁ良いクッションだぁ……」



 御者はクッションの端だけを見て目を逸らす。ふわふわのクッションを尻に敷いての旅路など、なんと羨ましいことか。

 御者は頭を振って、なんとなくニケへと手を差し出した。子供の背丈が乗り降りするには段差が辛いだろう。

 ニケはふんわりと笑いながら、手を乗せる。小さなお嬢様をエスコートしたようで、なにやら幸福感を得た御者は暫く手を離せなかったが、ラディウスがなんの感慨もなく引きちぎった。

 そして感謝を述べて去っていく二人に、御者は自分がただの御者であると思い出す。しばらく一緒にいて話しただけで仲良くなったような心地がしていたが、所詮は御者である。


 旅人ギルドに入っていく背中を見送って、「色々、現実感がなかったな……」と、しばらく馬の首を撫でて気持ちを落ち着かせた。



 

 ものの二時間と少しで帰ってきたニケとラディウスに、受付は椅子から半分立ち上がったところで固まった。そのまま完全に立つか座った方が確実に楽なはずだが、驚きで中腰のままで迎えた。



「お、おかえりなさいませ。お疲れ様でした」

「はいっ、討伐完了しました」



 受付の女性を前に、机の上にギルドカードを二人分と……コトン、コトン、とフガタウルスの角を並べていく。

 討伐に関してはギルド職員である御者が見届けたため、本来なら必要な部位証明も無しで良い。しかしニケは討伐報告には、部位の証明が必要だと事前に習っていたので、迷うことなく角を出して見せた。しかも、それをバッグから一つ一つ出して、まるで野原で摘んだ花を並べるようにゴツい角を並べる。

 中腰のままで対応していた女性は、遂に立ち上がったと思ったら天を仰いだ。



「討伐完了印押すから、あの、それしまってくれます? なんか、見たくない……」



 見たくないと言われた。

 ニケは天を見上げたままこちらを見ようとしない受付に、完了印が貰えるならいいか、と途中まで出した角をしまっていく。

 ラディウスは受付に着いた瞬間から目を逸らしていたので見ていない。だから「あなたがやったらこんな気持ちにならなかったのに」という受付からの憎々しげな目も見ていない。


 戻ってきたギルドカードをしまいながら、ラディウスは角を一つ取り出して、くるくる回して確認する。



「要らんもん売りにいくか」

「その前に宿主さんにお肉持って行きましょう。きっと美味しくしてくれます」



 意外と食い意地張ってんだよなと呟くラディウスに、聞こえなかったニケは何言ったのかと問いただしたが教えてもらえなかった。

 言わないなら大したことではないのだろうと、微笑んでその足を追った。


 その夜、聞き耳を立てていた旅人が何人もハナミ亭に一泊し、値段以上の豪華な夕食を味わったという。


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