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旅人に微笑みを、  作者: も
17/23

身嗜み

 ゆるゆると、髪を触る手に身を任せながら、ニケは目の前の二着を見てじっと考えていた。



「不壊、防塵……伸縮を付けたら不壊は破綻して……でもこれから成長する予定ですし……」

「あんま動くな、ズレる」



 謝りながら前のめりになっていた身体を戻す。

 ラディウスは、サラリと溢れてしまったニケの髪を束ね直した。


 ニケの髪は癖の少ない髪で、装飾品を付けるにも工夫が要る。自分で結う時は頭の後ろに一つに纏めるくらいしかしない。髪飾りもリボンの端に魔石を付ける程度しかできなかった。


 宿に来て何日目かで、ラディウスは無言でニケを椅子に座らせた。そしてどこからか買ってきたらしい櫛で丁寧に梳いて、少し不器用な手つきで髪を纏め始める。それも三日目くらいで小慣れた手つきとなったのだから、装飾品といい、見た目に合わず器用な魔法使いだ。


 長年貴族を見てきただけあって、髪型のレパートリーは無駄に多く知っている。ラディウスの指先が器用なこともあって、既に仕上がりは宮廷メイドにも負けていない。

 そうして「出来たぞ」と言う声に「素敵ですね」とだけ返す。たくさん褒めてもあまり聞いてくれないので、ニケはとりあえず好きか嫌いかだけは伝えておくことにした。未だ嫌いな髪型は無い。

 柔らかく頭を触って確認するニケは、貰ったばかりの髪飾りをなぞって微笑んだ。



「ラビさん、装飾師としての腕を上げましたね」

「上げたっつーか、感覚が戻ってきただけだ。それもまだまだだけどな。……手が忘れてんだ」



 握って開いてを繰り返すラディウスは、不満そうに呟く。数百年のブランクはちょっとやそっとじゃ埋まらない。こんなに素敵なのに、とニケは鏡を手に顔を傾けて飾りを揺らす。


 夜の読書時間に、初めはラディウスも付き合って本を読んでいたが、二日で飽きて装飾品を作り始めた。服に取り付ける細工も作るつもりであったため丁度よかった。

 時折、読書に夢中になるニケの髪を一束掬っては落とし、何かを確かめては作業に戻る。本に夢中になりすぎているニケは気付いたり気付かなかったり、警戒心はどこにやったんだとラディウスに言われるほど意識全てが本に奪われている。

 ラディウスが近くに居る空間で警戒心を持っている暇があるなら全ての意識を本の内容へ向ける方が効率がいい、とニケはそれっぽい理由を一息で言って誤魔化した。


 実際今のところ危険は無いから放っておこう。ラディウスは苦い顔のまま放置することに決めた。奇しくもオーリアと同じ選択肢をするようになっていることに、ラディウスは気付いていない。



「で、まだ決まんねぇの」



 ラディウスは、ニケの正面に下げられた二着に目を向ける。



「不壊、防塵は付けます。ラビさん、何か欲しい加護はありますか?」

「目立たなくなる何か」

「隠密の加護はありますが、服につけない方がいいですよ。何かの手違いで自分の魔力と混ざってしまうと、本人の存在自体が薄くなります。あと……」



 なんだ「本人の存在自体が薄くなる」って。

 魔術師でなければ扱いが難しい理由を次々に挙げ連ね説明されたラディウスは無言で顔を顰めた。魔法円は便利な分、何かと紙一重だ。その辺に出回っている加護付きの品は、誰でも発動できるようなものばかりで、魔力を流して使うものはほとんどない。回復薬を作る為の魔法円や、それこそラディウスが受けた呪いの魔法円が、魔力を流して使う主なものと言える。

 いっそ貴重な体験をしたらしい、とラディウスは口を横に引っ張って複雑な表情をした。


 再びニケは悩む。なんせ初めてのオーダーメイドである。大事にしたい。



「加護って消せねぇのか」

「消せますけど、その素材自体が持つ魔力が不安定になるので、一ヶ月くらいは新しい加護が付けられません。ラビさん状態になります」

「病名みてぇに言うな」



 ニケの見立てによれば魔力は馴染んで元に戻っている筈だが、ラディウスからしたらまだ若干の違和感があるらしい。

 風や光を利用した高度な隠蔽の魔法を、一年通して使い続けるほどの精神力と緻密な魔法技術を持つラディウスの感覚は馬鹿にできないとニケは思う。細かいことが好きな人とも思う。馬鹿にはしていない。決して。



「とりあえず加護を二つだけ付けますね。防護の加護は髪飾りに付いてますし、ラビさんも自分の飾りを作ってください。わたしが最強の加護を付けますよ」

「何付けようとしてんだ、やめろ」



 周りに人が居たなら、魔術師からの加護を断るのかと非難轟々となる。しかし提案者がニケであるかぎり、ラディウスは何度でも一蹴する。

 ニケは小さく声を上げて笑うと、「残念です」と微笑みながら首を傾げた。全く残念そうでは無い様子に、ラディウスは傾げた頭に揺れる装飾に手を伸ばす。

 ……それから傾げられた頭を、頬を包んでそっと真っ直ぐに戻される。


 そして舌打ちする。



「人の顔の前で舌打ちしないでください。傷付きます」

「お前の顔に文句ねぇよ。わかってんだろ」



 分かっていても傷付く。ラディウスもニケの言い分は理解できるので目を逸らしてそっぽを向いた。しかし口から自然と漏れたのだから仕方ない。

 ニケは感心してしまった。やはり加護より装飾品の方が気になるのだ。話の最中であってもそちらに目がいってしまうラディウスは、技術が戻っていなくとも立派な職人の目だ。納得して一人頷いた。

 ニケは頭に手を伸ばして、チリチリと小さな金属がぶつかる音に、その存在を確かめる。何度確かめても、綺麗な髪飾りとしか思えない。


「(何かが気に入らないらしい。揺れる部分の装飾の長さ、とかかな)」


 苦笑しつつ、ニケは立ち上がる。


 二着の服の前に立ち、人差し指を立てて二重の円を書くと、ゆるゆると動かして文字を書き込んでいく。子供の落書きのような手つきだが、そこに一切の迷いはない。


 ニケが見えない魔法円を描く後ろ姿を、ラディウスはじっと観察していた。

 魔術師を知らない人から見たら、多少指先から光が散っているように見えるだけ。魔法使いならば魔力の流れがおかしいことに気付くだろう。訓練された祈士でも、おそらく魔力が揺れたくらいにしか感じないだろう。

 ふわふわと手を揺らし続けるニケは服を見ては嬉しそうに笑って、音のような歌のような、不思議な魔法の言語を唱える。

 ラディウスは目を閉じて軽く口元を隠した。口の中だけで発音を真似て、舌を動かしてはニケの発音に近付けていくが、まだ正しく発音できていないと目を開ける。


 いつの間にか唱え終えていたニケと目が合った。



「……言えましたか?」

「何をだ」



 ぱち、と瞬きを一つして微笑んだニケは、また微かに頭を傾ける。揺れる出来損ないの装飾を見せつけられているようで、ラディウスは少しだけ眉を寄せた。

 ニケはそれ以上何を聞くでもなく、「終わりました」と服を壁掛けから下ろす。ラディウスは息を吐きながらその服を受け取った。


 寝巻のままだった二人は、その場で着替え始める。もちろんお互い後ろ向きで。

 ラディウス的には自分の部屋に帰れと常々思っているが、それも今更かと常々思っている。



「想像以上に軽いです。でもわたしの印象って白なんですか? あぁラビさんが黒なのは納得ですよ」

「色は工房の奴らが譲らなかったな」



 白い魔法使いの服に身を包んだニケと、黒の魔法剣士の服を纏っているラディウス。


 見る人が見ればすぐに上等と分かる生地に、また貴族だのなんだの言われるだろうことをラディウスは想像した。それでもニケに安い服が似合わないのだから仕方ない。

 腕を回して可動域を確認する。糸まで上級素材で作られた服は、文句の付けようがなかった。




 早朝、ニケとラディウスがまだ寝ている頃、宿へ駆け込んで来たのは一人の服飾工房の人間である。


 曰く、『今日は起きたらこれを着るべきです』と宿主へ預けて帰ったらしい。見るからに上等な箱を受け取った店主は、慌ててラディウスの部屋をノックした。少し眠そうにしながらニケが顔を出したことに面食らったが、それよりも高そうな箱を自分が持っている事実に耐えられず、部屋の手前にその箱を置く。

 手放したことで幾分か冷静になった宿主は、服飾工房の人間の伝言を伝えて、早朝に申し訳なかったと謝罪して、やっぱり二人部屋を用意しようかと提案して首を振られ、混乱しながらも朝ごはんの支度へ向かった。忙しない。


 そしてラディウスを起こし、冒頭へ戻る。



「珍しく朝食の時間に起きてますね。せっかくなので食べに行きますか?」

「まぁやることねぇし」



 朝ごはんはパン派かライス派かと話をしながら食堂へ行けば、スクランブルエッグを作っていた宿主が上等な服を身に纏う二人の姿を見て奇声を上げた。そして「なんでそれで貴族じゃないんですか!?」と木べらを床に叩きつける。

 スクランブルエッグは火を入れ過ぎたのでオムレツになった。それはそのままニケとラディウスへと提供された。



 服飾工房へ歩く途中の現在も、いくらか視線を集めてしまうことにラディウスはうんざりしている。寄って集ってくることがないだけマシだが、敏感に感じ取るラディウスには視線だけでも鬱陶しく眉間の皺が消えない。

 その様子に苦笑したニケは、手をポンと叩いて思い出す。「美しい無機物は一瞬で飽きられますよ。だから話の上手いババアの方が魅力的だって、婆様は言ってました」と。

 ラディウスの眉間の皺はフッと消えた。なんだか納得してしまった自分への呆れと、ニケの口から『ババア』という単語が出た衝撃で。


 そうして昼頃になって服飾工房へ踏み入ると、それまでに稼働していた機械音がパタリと消えた。



「お邪魔します。届けていただいたので、早速着てみました」



 ふんわりと微笑むニケは、作業場などに招くことが畏れ多いような雰囲気を纏っている。白、という清廉な色がそうさせているのか、更に金色の髪と世界の叡智を集結させたような瞳のせいかは分からないが、見た者たち全てに、決して害してはならない守るべき尊い物を前にしたような畏れを抱かせた。


 黒を纏うラディウスは華やかさはないはずなのに目を引く立ち姿で、そこはかとない強者の風格を漂わせる。しかし剣士にしては線が細く、魔法使いにしては体付きが良い。ラディウスの意見から動きやすさを重視したが、職人たちが譲らなかった腰元から追加されたローブ素材が決してガタイが良いとは言えないラディウスを隠している。



「へっ、はっ、はぁっ……! 想像以上です! 想像以上でございますっ!!」

「ありがとうございます……っ!!」

「感謝を……神に感謝を……おぉ神よ……!!」



 興奮した息遣いの職人たちが涎を垂らさんばかりの勢いで、しかしぐっと立ち止まって涙を流しながら両手を合わせた。

 それはさながら女神に跪く信徒のようである。


 次々と職人たちが集まってくるが手を伸ばしても届かない程度の一定距離で止まり、その場所から拍手をしたり首を伸ばして縫合を確認したり、片目を閉じて丈の採寸をしたりと忙しない。

 よく見れば床に白いテープが貼られ、「距離制限」「出たら減給」と書かれている。以前来た時は無かったはず、と隣りを見上げたニケは、服飾工房の職人たちを心底嫌そうな目で見ているラディウスを見た。

 何か言ったのだろうと察して、微笑んだまま黙った。



「とても素敵なデザインです。ありがとうございます。お支払いに来たんですけど……」

「私が担当してます。こちらへどうぞ」



 副工房長だと言う女性に付いて行く際にも、ラディウスはニケの肩を押して壁際を歩かせ、職人たちと距離を取らせる。ニケは懸命にこちらを見ようとする職人たちの話を伺おうとしたが、「前向け」と手で遮られたので叶わなかった。

 


「金額はこちらです」

「……ラビさん、これ安いですよね」

「まぁ、通常のオーダーメイド注文に比べたらそうだろうな」



 物の値段や価値の勉強は街に来る前から始まっている。何気ない会話で大体の金額を聞いたり、百魔の森で出会う魔物の貴重さも、主にラディウスの表情から教わった。ニケが貴重な素材をぞんざいに扱っていると、残念なものを見る目をして口が半開きになる。

 街についてからは、露店から、宿から、ギルドの依頼料から、図書館の利用料から、様々な金額を見て物の相場を理解した。そうして尋常でない学習能力から、短期間で得た知識を総動員して予想金額を割り出す。


 そしてラディウスへと答え合わせをする。

 通常のオーダーメイドなら考えている金額で良いはずなのに、この注文はどこが通常ではないのか。ニケは価格の相場は覚えたが、通常のオーダーメイドがどんなものかはわからない。

 首を傾げたニケに、副工房長は眉を下げて笑いながら請求書の詳細を見せた。



「素材は全てそちらの持ち込みですし、ベルトや留め具の細工も彼がやってくれた分、外注しなくて済みました。ただ上級素材の加工になるので、特殊な技術費が掛かりまして……このお値段です」

「普通は素材費や装飾師への費用が掛かって、特殊な技術費が掛からないということですね。通常ではありませんね」

「はい、通常ではありません」



 にこにこと笑いながらハッキリと言われたそれに、笑顔を返して頷いた。ラディウスは指をトンと置いてどこが通常のオーダーメイドと違うのか示す。九割の項目が普通じゃないのだと教わったニケは、「勉強になります」と微笑んだ。



「ラビさん、わたしは金額の予想は大体つくようになりましたが、普通の出来事が分からないようです。どうしましょう?」

「俺はもう諦めた」

「わぁ悲しいですね」

「お前の婆様が諦めた理由が今ならよくわかる」

「でも成長してますよね?」

「……まぁまだ街に来て一週間程度だしな」

「目標は『一般市民ですね』って言われることです」

「それは諦めろ」



 二人は軽口を交わしながら、互いに袋から半分ずつの代金をトレーに乗せていく。

 簡単に金貨を積み上げていく様子を、副工房長は「一般市民には無理だろうな」と呟いて、口元を引きつらせながら見ていた。


 工房との支払いが終えたところで、ニケはそっと服の至る所にある装飾を触る。取り外せる白の外套を止めているチェーンの金具と、下がる青い鉱石。魔力を込めることも、加護を付けることもできる空の鉱石である。

 空の鉱石の装飾品はラディウスの服にも付けられている。


「(素材は家から持ってきたもので、価格は……。技術費から素材費を引いて……)」


 ニケはラディウスのバングルに金貨を五枚程突っ込んだ。



「は、……オイ」

「素材費を抜いた技術費です」

「多いだろ。ちゃんと計算してんのか」

「素晴らしい技術にはそれ相応に評価して金額も上がります。今学びましたから間違いありません」



 金貨五枚を引っ張り出したまま固まったラディウスを置いて、ニケは工房の出口へと歩き出す。学んだことを生かしていることは評価できるが、常々貰い過ぎている意識のあるラディウスは苦虫を噛み潰したような顔しかできない。その内一気に返すことが出来たらいいが、おそらく難しい。

 知識を付けた分だけ、ニケは正当な理由を付けて何かを押し付けてくる。


「(なにかやってる訳じゃねぇのに、なんで押し付けてくんのか)」


 情を持たせて一か月の約束を伸ばそうとしている、と考えて頭を振った。この約束に関して、ニケが脅す様なことをするとは思わない。もしそうだとしたら一か月経ったら分かるだろう、とも思う。


 一定の距離を保ったまま手を振り合っているニケと職員を見て、ラディウスは舌打ちしながら手に持った金貨を財布に入れた。何か話をしているらしいその間に割って入り、ニケの後頭部をそっと押して歩かせる。



「行くぞ」

「はい」



 服飾工房の職人たちに惜しまれながら、ニケは工房を後にした。



 ちなみに、上級素材を使用したオーダーメイドを頼まれたことによって、それほどの技術を持つ店ということで名前が上がり、ここ最近の売り上げが爆発的に伸びた。オーダーメイドも既存服も飛ぶように売れて、生産が間に合っていない状況である。


 ラディウスは知っていた。

 服飾工房の職人たちから「商売の女神様と男神様」と呼ばれ崇められていることを。

 そしてニケがこれを知ることは、今後も永遠にない。

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